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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
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聖光葉との再会

 古風な日本庭園の白州の上にアゲハは立つ。

 周囲の空気は凛と澄んでいて、西本願寺を思わせる屋敷がアゲハの心を和ませた。

 しかし、目の前の男が和みを許さない。

 同じ白州には色白の青年が居た。

 藍色の着物に仙台平の袴。白地に背中に赤く狂の文字が刻まれる重厚な羽織。総髪の髷はりりしく整い、目元の微笑は見るものの心を和ませるものがある。だが、この男を知る者ならばそんな外見的まやかしには引っかからない。この男の奥底には世界を歪めるだけの思想が有り、人間という生き物の限界を常に保つことを常とし、狂人たれ――という言葉を言い続けて日本を世界一の藩にしようともくろんだ好奇心旺盛な蒼き炎を心に宿す狂の中の狂――。


「久しぶりだな。聖光葉」


 と、アゲハはその男の名を言った。


「久しぶりですねアゲハ。元気そうでなにより」


 その男、聖光葉は相変わらずの微笑を崩さず言う。対峙する二人は互いに笑い、左足に力を込めた。キンッ! という鋭い金属音が弾け、二人は互いの位置が逆になる。光葉の刀が砕け、白州に落ち砂になる。


「私の有幻影の刀が折れて砂になってしまった。いい刀だ。そして、いい心を得たようだ」


「この刀は蛹。蝶になる為に進化する蛹だ。まだまだ進化するぜ」


 砂から作り出した有幻覚の光葉の刀は白州に還り、アゲハの蛹は磨ぎたてのような青白い光亡を刀身に光らせている。二人の挨拶は終わり、光葉はアゲハの実力の程が理解出来た。

 そして、アゲハは変革の時が訪れる現世に輪廻転生しない理由を聞いた。


「私は貴方の狂気に賭けてみたのです。そこで私を必要とするなら、日本だけでなく地球などは消えてしまってよい。そう、鬼京雅という少年の言う通り、柊なる異能が現れた以上人類は昔のままではいられない」


 相変わらずこの狂気の体現者は言葉に一点の曇りも無く言い切る。

 やっぱ雅に似てるな……と思うアゲハは、


「オレに賭けたなら現世に戻ってなんとかして来る。その前に、オレはお前を超える」


「数々の試練で自分の中に確固たるものが出来たようですね。まだ揺らぐのは若さ故か」


「そりゃお前を目指して来たんだ。動揺もすれば緊張もする。色んな感情が揺らぐさ」


「……過去に、私は貴方に学者になって欲しかったというのは半分本当です。貴方が学者になれば、その戦いに使っている直感や先読み、相手の力を引き込める吸収力が必ずや日本と私の力と成りうる。柊の花言葉の先見の明というのは他の全ての異能者ではなく、貴方の為に生み出した言葉。私が貴方の為に生み出した言葉です」


「オレの……為に?」


 少しずつ……確実にアゲハは光葉の言葉に、空気に、世界に呑まれて行く。

 断罪を下す白州場の中央にいる二人の対等な関係に変化が訪れる。

 光葉の言葉通り、京都比叡山の霊脈の解放によって自身の中に眠っていた力に目覚めた異能者の総称を柊と決めたのは他でもない光葉だった。物心ついた時からすでに狂という身体から脳まで全てを活性化させる異能に目覚めていた。

 そこで光葉は周囲の大人達から麒麟児として扱われ、尊敬と嫉妬の眼差しを受けながら成長していき、やがて日本の関西から下を束ねる十条グループに目を付けられその中枢に登って行った。光と闇の混沌の中で進化する光葉は人を導く『狂』を提唱し、光葉に感化される狂信徒が多数生まれ十条が恐れをなすほどの勢力を持つようになった。

 その最中、比叡山が突如鳴動し人間の異能を引き出す霊脈が生まれた。光葉は腹心を連れて大雨が降る比叡山の探索に出向き世界の果てに続く場所を見つける。その異界への扉の前に幼きアゲハと百合花は捨てられていた。餓えと寒さに苦しむ百合花とは違い、アゲハと名づけられる前のアゲハは新しい人間を見た好奇心で瞳を輝かせていた。それがこの二人の出会いだった――。


「……」


 様々な事を知るアゲハは、記憶から消えていた過去の断片を思い出し始めた。

 その失ったパズルのピースを光葉の言葉で埋めていく。


「今まで詳しく聞く事は無かったが、そういう事だったか。光葉がオレにアゲハと名づけたのか? だからオレの名はカタカナなのか?」


「違いますよ。当時、貴方は霊気に当てられたか、世界の果てに足を踏み入れたのかわかりませんが、記憶を失っていた。だから貴方は幼少期の記憶が無い。名前は着ていた衣装が揚羽蝶柄だったという事から揚羽と名づけたのですが、貴方は首を振りましてね。カタカナにしたら何故か喜んだので、カタカナにしただけですよ」


「……そんな理由か。そういう出会いだからオマエはオレに狂を求めたのか? 狂無きオレに狂を」


「アゲハに狂陰の連中のような狂は無いが、私は急激に冷めた現実家も欲しています。人物ならば全て必要です」


「そうかい……一つ聞きたい。何故、輪廻道を使い甦らなかった? 輪廻道はオマエが書いた六道の書の通りなら死者蘇生だろ?」


「輪廻道は使えなかったのよ。アゲハの力のせいでね」


「――何だと?」


 声の主は白地に裾の短い桔梗が描かれた着物に身を包む少女――。


「百合花!?」


 突如現れた百合花にアゲハは驚く。

 光葉は驚く事も無く相変わらずの微笑を崩さない。

 その百合花の瞳は光葉に対し、明らかに憎しみを抱いていた。

 ここまでの感情を剥き出しにした妹に、動揺せざるを得ない。


「知らなかった? 私は光葉が嫌いなのよ。アゲハの意識を変えてしまったあの男はね」


 自分を攻撃する言葉をまるで格調高いクラシックの音色のように感じる光葉は百合花の言葉を聞き続ける。


「……光葉は振り返らない。前しか見ない。ただ、自分の理想を求める一本の刀。他者を見て自分に還元するが、決して影響される事は無く、全ての他者は光葉の狂を増幅させる糧となり、その他者は光葉に感化される。そして狂陰の新たな戦士となり日本を、世界を変革する為の糧となり死んで行く……今までこの男の都合でどれだけの人間が死んだか……だから私はこの男が許せない」


「流石は百合花。私が見込んだだけありますね。貴女の狂がこの世界での単独行動を許している。いかな人間とてそこまで自由に動けたのは貴女だけですよ百合花。勝手に輪廻道へのきっかけを与えたのはまぁ良しとしましょう……ですが今は試練の途中、消えてもらいます」


 スッ……と光葉の右手の平が百合花に向く。そのあまりにも白い砂の白州が、殺意を秘めた気を発し、砂が百合花の足を絡め取る。同時にシャシャシャシャシャ! と地面から生えて成長する木が百合花の周囲を包み木の檻が完成され、閉じ込められた。すぐさまそこから出ようと手を伸ばす――。


「っ……!」


 ピッと手が切れ血が溢れた。

 それは目に見えぬ真空の檻。

 修羅道の有幻影で作られた真空の牢獄だった。

 格子状の窓枠はあるが、真空が展開する窓が脱出の行く手を阻む。

 その檻の危険性を察したアゲハは、


「動くな百合花! その木の檻の周囲に真空の膜がある。刃物だろうが何だろうが受け付けねぇ。今はじっとしてろ」


「フフ、よく見えましたね。流石はアゲハ」


「オレは柊の中でも特に直感に優れてるからな。まー、ダンダラの修羅道の自然融合を奴以上に使えるのはオメーぐれぇだろうな」


「直感に優れているのならば、現世の大阪で何が起こっているのかは知っていますね? 貴方も参加してた祭りの果ての姿を」


「――!」


 アゲハは思い出した。

 道との試練の中でたまに思い出す事もあったが、あえて思い出さないようにしていた現世での騒乱を。

 現世では京雅院と鬼瓦ファミリーの真っ向からの激突が行われている。

 脳裏に炎に包まれる大阪の街と仲間達が映った。

 その連中は一様にアゲハに怨み節を言いながら血まみれで、炎に焼かれ、半死半生のまま迫って来る。

 喉が、意識が硬直し、目の前が真っ白になる――。


「兄貴! 呑まれないで!」


 檻に囚われる百合花が叫ぶが、アゲハの反応は薄い。

 アゲハの全身の毛穴から冷たい嫌な汗が噴出し、鳥肌が立ち唇が青ざめる。

 焦る百合花は左の掌を切り、その血をアゲハに浴びせかけた。

 刹那――ズドッ! と胸全体を貫く衝撃があった。

 右胸には光葉の持つ木の枝が突き刺さり、細胞全てが右胸の血が溢れ出る穴に収縮する感覚がある。

 百合花は安堵した顔になり戦況を見守る。

 アゲハは動じず、いぶかしむ顔の光葉に言う。


「回避するはずだが、出来なかった。本物の太刀ならやられていたな」


「よく見切りましたね。私は心臓を狙ったのですが、外れました。百合花の血が真空を越えたのも予想外です。幕々(ばくばく)としてきましたかね」


「オメーに誉められるのは嬉しいが、浮かれてもらんねーんでな」


「やはり貴方は私の想像を越える男のようだ」


「お世辞はいらねーよ」


 シュン! とアゲハの抜き打ちが一閃し、目の前の光葉を斬る。

 それは幻と消え、本体は初めの場所から動いていなかった。

 その間、光葉は百合花の木の牢獄を遠くに追いやった。

 やーれやれと言う顔のアゲハは心で百合花に感謝しつつ顔にかかった血を拭いつつ刀を肩で叩き、


(ここは奴の縄張り。修羅道の自然融合の力は奴の方が上――ならば、先手必勝!)


 無心のままアゲハは仕掛ける。

 小細工のないシンプルな斬撃に光葉は受け気味になりつつ問う。


「貴方はどんなに狂を求めても狂には至れない」


「オメーはオレに期待してるんじゃなかったのか? 今までの言葉の真意は、オレの狂を引き出す為の言葉じゃ――!」


 対峙するアゲハは言葉に呑まれないよう自分を鼓舞し、特攻からの居合いを仕掛けた。

 その高速の刃に、全く反応をしようともしない光葉は何故か左真横に手を出した。

 居合いを仕掛けたアゲハは揚羽蝶の如く雲散霧消した。

 ピタ……と、光葉の手にはアゲハの鋭い刃の切っ先が有り、指先の皮が切れ血が出た。


「それは修羅道。しかし、まだ初歩の初歩ですね」


「そうかよ。オレは今までの全てを叩き込む。ダンダラの修羅道はこんなもんじゃないだろ?」


 ズザァ! と光葉の腹部が横一文字に斬られた。

 着物が切れ、皮が軽く切れた。


「やりますね。流石はアゲハ」


「何言ってやがる。完全に捉えたはずなんだがな。有幻影は完璧じゃなかったか?」


「いえ、完璧でした。だが、実戦での経験が足りませんね。いわば、狂が無い」


 その言葉を聞き、アゲハは黙る。

 そして刀の峰で肩を叩き、口笛を吹いた。

 光葉の耳に昔から聞きなれた口笛の音色が届く瞬間、視界からアゲハが消える。


「餓鬼道――」


 という光葉の呟きと同時に、光葉の頭の髷が多少斬られ飛ぶ。

 またも光葉は素手で刃を受けていた。

 一撃目を防がれたアゲハは、餓鬼道の連続で瞬間移動を繰り返しながら光葉を切り刻む。

 確実に刃は肉に届き、着物は破れ全身から血が出ているが致命傷にはほど遠い状況である。


(けったいな野郎だ……だが、まだまだいくぜ!)


 今までの道とは違い、一度人間の身で六道輪廻を全て会得した光葉にはここで得た全ては通じないのか? 一瞬そう思うアゲハだが、今までの六道輪廻と自分の技を合わせれば勝てない事は無い。荒みそうな心にダンダラ、スズメ、サヤカ、イズモの顔が浮かび、アゲハの心は激戦を経て得た絆の力で満たされた。次第に、餓鬼道のスピードは更に上がり――。


「ズアアッ!」


 ズザアアアッ! と激しく歯を噛み締め、畜生道の霊鬼人が解け目を見開いたアゲハの一撃が決まる。光葉の驚愕の表情と共に、その脳天から股間まで一気に切り下げられ真っ二つになった。はあっ……はあっ……と肩で息をし、地割れが起きた白州を見据え、腕の痺れを気にした。


「道の同時全力使用の一撃だと、流石に身体がすぐに動かねぇ。……それが、本物の輪廻道かよ光葉?」


 ブオオオッ……と真っ二つだった光葉の死体は黒い陰影を発し一つになり、何事も無かったかのように起き上がる。着物の汚れや傷は一切なく、それは身体にも同じ事が言えた。フフッと光葉は微笑み、言う。


「その通りですアゲハ。どんな致命傷すらたちまちに治す死者蘇生の輪廻道。狂無き一撃では私は何度でも甦りますよ。私を殺した時の純真無垢の気持ちを意識的に出しなさい」


「……」


 言葉の語尾の冷たさに、アゲハは言葉を失う。

 しかし気後れしたら負けると思い、刀の目釘に唾を吐き震える刀と心を安定させ構えた。


「次は天海道。行くぜ」


「天海道? ここにいる生物は私にアゲハに百合花。一体、何と天海変幻するつもりですか?」


「何って、仲間以外にゃねーだろ?」


 フワッ……と羽織の柄に化けていた無数の揚羽蝶がアゲハを取り囲み一つになって行く。

 光葉戦でサヤカから道案内で渡された揚羽蝶を修羅道にて仕込んでいた。

 背中に羽が生え、軽やかに舞うアゲハは一気に仕掛けた。

 優雅に燐粉を撒き散らしながら飛翔し攻撃を続けるアゲハはヒット&アウェイを繰り返すが決定打にならない。その動きに眠気すら感じるのか、光葉は眼をこすりながら有幻影の刀で返し続ける。


「……動きが遅いですね。眠くなる天海変幻だ」


「それでいいのさ。それが狙いだからよ――はあああっ!」


 意識が眠りに落ちた光葉は一太刀浴びてからまた目覚めた。

 その事に驚きつつ、スゥーと息を吐いた。

 そしてアゲハの瞳をまじまじと見据え飛んだ。

 空中のアゲハは光葉と交差し、次の瞬間蝶との天海変幻が解けた。

 ズザッと地上に落下し白州の砂を吐き出し前を見ると、光葉は蝶を右手の人差し指の先に止め、


「天海変幻――」


 と言うとその蝶は姿を消して行く。

 唖然とするアゲハはこの状況に対応する術を失ったと感じてしまった。


(不味いな。道の同時使用で攻め立てても奴の天海変幻を解除させるのが限界……光葉を超える答えは輪廻道にはねー。どうする……?)


 変わり行くはずの光葉は変化せず、蝶は百合花が囚われる真空の檻に居た。

 思考が硬直し、肌の隅々まで光葉の言葉が身体を蹂躙するように駆け巡る――。


「嘘ですよアゲハ。今のは邪魔な蝶を移動させただけです。さあ、次の一手を見せて下さい。まさか、もう詰みじゃないでしょうね」


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