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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
56/67

天海道の試練

 乱戦――。

 それは敵味方が入り雑じり、ぶつかった相手が敵ならば倒すといったほどに互いに肉薄した乱戦だった。向日葵畑から少し離れた氷の洞窟の周辺は戦場になり、蜂は狐を四方八方から攻め、犬は蛇と戦い、熊は狼と一進一退の攻防となり、他のイズモ軍は味方同士のいざこざさえ始まっていた。有幻影により作られた実態のある幻が敵の数匹に化けて内乱を誘発させ続ける。完全にアゲハの術中にはまった動物達は誰が敵で誰が味方かわからず、アゲハの仲間のみが奮迅する。

 アゲハのまたがる虎は天海道の乗る龍を見据える。豪々とした砂煙が上がり、争乱に感化されるが如く風が荒れ、空間が冷たく広がって行くような感覚が周囲を包み込む。龍虎合間見えるといった様相のお互いのみが停止している。

 一瞬、ほんの一瞬だが永遠とも思える互いの睨み合い、正確には天海道は目を閉じている為に睨んでいないが、その睨み合いが終わった刹那――龍の頭に座していた天海道はスッ……と閉じていた目を開き全てを照らす神が如く立ち上がる。そして、アゲハが蜂に届けさせた決闘状を投げ捨て、よく通る声できらびやかに言う。


「小生は六道輪廻の一つ、天海道を司るイズモ。少年の名を聞こう」


「アゲハだ。名字はねぇ」


「結構。では仕合いましょう。今の君ならば小生と戦える」


「オメーの言った言葉の数々、今になってわかったぜ。心の戦いといこーじゃねーか」


 ギラリ……と洞窟の奥に置いて来た折れた刀を抜き、天にそびえる天海道に突き出した。

 刀身は研ぎに出した後のように青白い光亡を放ち、まるで斬る相手を待っているようであった。

 それを見たイズモはニィ……と微笑む。刀を持つ握り手の甘さから、その刀が有幻影という事に気が付いていた。しかしそれは黙ったまま言う。


「やるではないですか。貴方には人徳があるみたいですね。だが、まだニャクイ」


 いつの間にか自分の仲間を率いれているアゲハを褒めた。

 そしてアゲハはチラッと周囲の状況を伺いつつ、


「オレはいずれ世界を仲間にする。オメーの天海道も会得済みだ」


「喝ッ!」


 とイズモは別人とも思える怒気と共に、烈拍の気合いを発した。

 瞬間、アゲハについていた元イズモの郎党達は萎縮した。スーッと大きく息を吸い、


「オレを信じろぉ!」


 と、畜生道で声量を高め空間全体に響く声を発した。

 その頼もしい仲間の声を聞き、再び戦闘を再開する。

 そして、蜂がアゲハの元に駆けつけた。

 蜂がアゲハの有幻影の刀に吸収されて行く――。

 すると、アゲハの衣装は黄色と黒のシマシマ模様になり、背中に羽が生え、刀が鋭い刺のように変化した。ニッと笑い身体中に満ちる充実感をありありと感じた。


「……何とも言えねー気分だ。凄い高揚感もあるが、少し気を抜いただけで一気に天海変幻が解除されそうだぜ……」


 不安と期待が入り雑じるアゲハは、自分の全身に沸き上がる力のみなぎりを感じて言う。

 完全に天海道の全てを満たしているが、他者の力を当たり前のように自分の力として酷使する事は容易ではない。改めて、アゲハは天海道イズモの能力と力に恐怖の念を覚えた。


(……乗り越えるぜ。今までも乗り越えられたんだ)


 少し、固くなり始めた心を自分の力で立て直し、アゲハは駆けた。


「よろしく頼むぜハッちゃん!」


 人間の形をした蜂が、鋭い動きを見せその躍動を空間にいる全ての生物に畏怖感さえ与える。

 イズモはそのアゲハの様子を黙ったまま龍の頭の高みからじっ……と見つめる。


「おおおおっ!」


 一騎当千の動きを見せるアゲハは、イズモの郎党の群れを倒して行く。

 勢いを無くしていたアゲハの仲間はアゲハの勢いに便乗し始め、互角以上の戦いを見せ始めた。

 互いの衝突をまじまじと眺めるイズモは自軍が劣勢ながらも、ニィ……と笑う。


「いい反応ですねアゲハ。天海変幻を上手く使いこなしている。それこそが、他者を操り支配し、蹂躙し尽くす事。でなければ、裏切りが発生しますよ?」


 それを聞いたアゲハは鷲の群れを相手にしつつ、氷漬けになっていた光の標本が裏切りの標本と呼ばれていた意味を知る。毒針のレイピアで鷲を倒し、まだ距離があるイズモに向けて言う。


「違うな。天海道の真髄は変幻した仲間を信頼し、頼る事にある」


「ほう、ならば見せてもらいましょうか。支配し、蹂躙しない天海道とやらを」


「あぁ、見せてやるぜ。オレはオレの天海道でオマエに勝つ」




 ババババババッ! と各所で激戦が繰り広げられ、アゲハの生み出した有幻覚は消えて行く。

 混乱によりだいぶ数を減らすイズモの軍勢はまだ百近く残っており、犬と熊と虎はそれらを相手にしなければならない。アゲハは地上を仲間に任せ、傍観を続けるイズモに奇襲をかける。

 刀の間合いに入る一メートル手前でも、イズモは薄笑いを浮かべたまま静止したままである。瞬間、アゲハ下から大きな何かに激しく叩かれ、上からも叩かれた。衝撃が頭を駆け抜け意識を失いかけ、アゲハは地表に急降下して行く。


「――ぐううっ! 不味い……」


 紫色の粒子が弾け、アゲハは蜂との天海変幻が解除された。


「ニャクイな」


 という言葉と共にイズモの乗る龍は自慢の尻尾をなびかせ一気にアゲハに迫る。

 まだ身体に力が入らないアゲハは、蜂が意識を取り戻した事に安堵し、地表で戦う熊を見た。

 ガスッ! と目の前の馬を倒した熊は、アゲハを受け止める為に腕を大きく広げた。


(キャッチしてくれんのはありがてーが、このスピードだとキャッチされた瞬間に互いに御陀仏。さて、どうる? いや、どうしたい……)


 猛然と鋭い牙を持つ口を広げ、獰猛な両手の爪を早く獲物の血で染めたいように龍は迫る。

 瞠目するアゲハはガバッ! と開く龍の口内を見た。


(この瞬間を待っていた……)


 アゲハを受け止めようとする熊の爪がきらめくと同時に熊に身体をキャッチされ、地面を抉る龍の口に呑まれた。その龍の口内でアゲハの絶叫する声がし、仲間達はアゲハが回避出来なかった事を知る。空間は鎮まり返り、イズモの薄笑みが冷酷に響いた。





 争乱は終局を向かえたかのように止まった。

 動物共は争う声も無く黙り込んでいる。

 柴犬は背中に爪の跡があり、それが原因で戦闘不能に陥っていた。

 蜂も倒れ、残る仲間は虎と熊しかいない。

 イズモの軍勢に形勢が傾く中、その場の空気は停滞し、戦闘が終わったかのような静けさがただ流れている。いや、その場で一番黙り込んでいたのはイズモだった。乗っていた龍は口元の牙が折れ、全身から血を流し大地にひれ伏している。そして、黒い毛皮のような皮膚を纏い、野生本能丸出しのアゲハは狂戦士が如く黙り込むイズモの郎党共に襲いかかる。地面に立つイズモは、意識を失う龍に手を当てながら現状を見る。


(連続して天海変幻を使うか。先の蜂だけで相当に体力、精神力を消費している。故に、熊に意識を乗っ取られる事になる。あの熊には少年を監視し、最後に裏切るように仕込んでいたのですがねぇ……そろそろお灸を据えますか……)


 今や熊と天海変幻し、鉤爪のような四本の連刃刀で熊に意識を奪われるアゲハは、自分がギリギリで熊との天海変幻に成功した事がこんな状況になるとは思わなかった。表層の意識に出られないアゲハは、本能のままに動き続ける熊に歯軋りしながらも熊の行動を見続けるしか無かった。厚い毛皮に包まれたアゲハの腕を舐めるように見た熊は言う。


「ようやく、お前に報復する機会が来たぜ天海道イズモ。昔から最強の面してた龍は気に入らなかったが、俺達全員を屈服させ自分と変幻させ、したい放題にしていたお前には最高にムカついていたんだ」


「自分で輪廻せずにここに止まる事を望んだのにも関わらず、謀反を起こすか。結構、結構」


「いつまでもその気持ち悪い薄笑みを浮かべてられると思うなよ? この身体の男の仲間になるふりをして裏切れって命令を受けた時に思いついたんだ。仲間になるって事は変幻する可能性があるって事にな」


「そして、その機会に彼を乗っ取る事にしたのか」


「そうだ! 今はもう大半のお前の郎党は倒れている! アゲハの仲間の蜂と犬と虎はもうお前には従わねぇ……お前の敗北は確定だイズモ!」


「ニャクイな」


 まるでつまらない事をしたなと言わんばからに言うイズモに熊はキレた。

 鉤爪刀が唸りを上げてイズモの顔面を襲う。

 ピシャッ……と一番左の一本が、頬に傷をつけ血が飛ぶ。

 互いの目と目が合い、そのまま熊は動く事が出来ない。

 イズモの皮膚が緑色に変化し出し、硬質になる。

 ビクッ! と熊は何かを思い出すように恐怖した。


「その目、その目は……」


 驚愕する熊をよそ目にイズモの触れる背後の龍は消えて行く。

 その全てはイズモと天海変幻した。

 今まで勝つ事の出来なかった憎き龍と、恐怖の対象でしか無かったイズモと同じ瞳に同時見つめられた気分になり、熊の心は折れ、呆然自失とした。王の気品を携えた最強の名に相応しい竜の重厚なる鎧を身に纏い微笑むイズモは熊を見据え大きく頷く。


「征服し、蹂躙し尽くすという事はこういう事。相手に意識があろうが無かろうが、たとえ死んでしまおうが関係無い。全ては主の意のままに」


 いつの間にか持たれた、龍の皮膚のような金色の一刀が振り上げられ、降ろされる。

 絶望しか写さない熊の目から涙が流れ、弾けた。

 すると、イズモの耳に誰かの声が響く。


「……ったく人様の身体で自分達の争いしやがって。おい熊に、テメー等! このアゲハ様差し置いて勝手な事してんじゃねーぞ!」


 その一撃を受け、熊から表層意識を奪ったアゲハは、高らかに言う。

 裂帛の剣気で目の前のイズモを後退させた。


(……成長しているな少年。ですがまだニャクイ)


 パッと天海変幻が解除され、アゲハと熊が離れた。

 すぐさまアゲハは熊の両肩に手をおき、


「熊っち。力、貸してくれ。オメーも奴等ぶっ倒してーんだろ?」


 項垂れたままの熊はハッ! とした顔で満身創痍ながらも覇気を失わないアゲハを見た。

 その瞳は真っ直ぐに澄んでいて、自分を信じて疑わない瞳だった。

 言葉が通じない為、心を通して語りかけてくるアゲハに心の声で言う。


『……裏切った俺を許すのか? 俺は仲間のお前と柴犬を裏切ったんだぞ!?』


(許す、許さねぇも無ぇ。オレの天海道は征服し従わせる関係じゃねぇさ。仲間を頼り、頼られる関係。絆の力だ)


『……絆の力。俺を仲間と言うのか? お前を利用したこの俺を?』


(オレ達は天海変幻してたんだ。これが仲間じゃなくて、一体何なんだ? 言ったろ? オレの天海道は絆。融合出来た時点で、オメーもオレを信頼してくれてたって事さ。だからチクと力貸してくれ。犬の柴ちゃんにゃー後でちゃんと謝ればいいさ。心が通じた仲間だ。許してくれるさ)


 肩に優しく手を触れ、力を貸して欲しいという言葉に熊は全身を震わせ、大きく頷く。


『……承知!』


 アゲハの言葉に感服した熊は、自分の全てをアゲハに委ねた。

 シュワァ……とアゲハの身体は熊と天海変幻を行い、やがて熊の身体は固い体毛の鎧に変化した。

 右手には禍々しい四本の鎌が連なるような鉤爪刀がある。


「来い、虎蔵!」


 サササッ! と呼ばれた虎はアゲハの下に駆け寄りアゲハはまたがる。

 一見、まるで鎌倉時代の無骨な坂東武者のようだが、異装過ぎてハリボテのような外見的な迫力しか感じられない。残る内面的な迫力は、アゲハの熱を帯びた鋭い瞳が全てを物語っていた。


「外見だけで相手の強さを図れない、いい例である。ふざけた姿だが、隙を感じない……」


「ご高説有難うよ。んじゃ、そろそろ行くぜ!」


 兜の額に、体力の底をついた蜂がドッキングした。

 それに意味は無いが、アゲハ達には意味があった。

 仲間という絆で結ばれていれば、信頼し支えあう心が生まれ通常の何倍もの力が出るからである。

 飛翔を始めるイズモと地面を駆けるアゲハ。

 制空権を征する龍と地面を蹂躙する虎が、激しくぶつかった。




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