裏切りの標本
「ひでぇ雪だな。足元がおぼつくぜ」
アゲハは大雪の中を歩いていた。
降りしきる雪が頭の網傘につもってはボトリと地面に落ちる。
周囲は完全な白で、元の地面に何があったのかさえ判断がつかない。
アゲハは三匹の仲間を手に入れ、背後には熊と柴犬がいる。
熊は修羅道ダンダラにもらった羽織を纏い、柴犬の首には餓鬼道スズメにもらった印籠がある。
ここに来るまでに仲間にした連中だった。
向日葵畑の洞窟の奥に来るまでの二日間、自然融合をしつつ天海道の領域全てを歩いた。
その最中、アゲハは戦闘をせずに仲間を得ていた。
蜂には決闘状を書いた紙を渡し、届けさせていた。
今までの道との経験によって得た人間的魅力の全てを込めて、その先にいる天海道最強の動物がいる場所を目指していた。
その場所は光の標本、または裏切りの標本と言われ、氷の中に動物が凍り漬けにされる浄化の光がもっとも収束される広大な場所で、アゲハの今最も求める場所だった。天海道に来てから浄化の光を浴びて多少身体が言う事を聞くようになったが、所詮は一時的なものでしか無かった。一人と二匹の行く手に、白い雪に混じり一匹の白い虎がいる。明らかな殺意を秘めた唸り声にアゲハは笑みを浮かべた。そのまま白い虎に向かい、立ち止まらずに歩みを進める。
「道案内なら歓迎だぜ白虎。オメー等、手出すなよ」
襲い掛かる虎に対しアゲハは一人で対処する。
雪に足を取られながらも、一切の道の使用をせずに虎の攻撃を回避しつつすれ違い様に手刀を叩き込んで行く。その動きは光葉の得意とする流水の動きそのものだった。アゲハの疲労は溜まらず、虎の疲労は一方的に溜まる。その刹那――手刀を入れた瞬間、虎の天海道に対する恐怖の感情を察した。
(……何だ? この虎の感情?)
そこで、自分が虎に触れる瞬間に無意識の内に修羅道の自然融合をしている事に気が付く。
その虎は何も起きる事の無い天海での生活に嫌気が差し、刺激を求めて勝手に洞窟まで足を伸ばし誰も知る事の無い氷の標本を見てしまったが故に、天海道にこの場所に追いやられた虎だった。虎の目の前に立つアゲハは見下ろしながら言う。
「戦うのは構わねぇ。が、一緒に来ねーか? こんな所に一匹でいるだけの理由は何となくわかっちまったからな」
牙を剥き出しにする虎はアゲハの左腕を噛む。
「動くな」
アゲハの加勢に入ろうとする熊と柴犬を止め、右腕で虎を抱いた。
血が流れるのも気にせずに語る。
「天海道を得るにゃこの先にある場所で全身の呪いを解いて、更に天海道を会得しねーとなんねぇ。ちょっくら仲間になってくんねーか。一緒に奴を倒そうぜ」
腕を噛まれているのにも関わらず平然と語るアゲハに虎は恐れと、それ以上に愛情を感じた。
その疑う事の無い真っ直ぐな瞳は全身を震わせ、腕を噛む力が抜けて行く。
「わかってくれてあんがとな。チクと道案内願うぜ。梨でも食うか?」
梨を与え、サヤカからもらったマフラーを虎の首に巻く。
「これでオメーもアゲハ組だ。よろしく頼むぜ」
歩きながら傷の手当をするアゲハ達は虎の案内に続く。
その最中、自然融合で他者の感情が見える事について思う所があった。
(相手を知れば、全てに対処出来るのはあたりめーだ。今更気が付いたが、こりゃ応用が利くかもな。刀振るうだけが戦いじゃねーもんだな)
雪道をしばらく歩くと、先頭を歩く虎が立ち止まり振り替える。
「あの滝の方向か……」
真っ直ぐ、氷ついた大きな滝を目指し歩いた。
途中、洞窟がありそこを抜けるしかない為、洞窟の中に入る。
洞窟内は一本道で、左右は凍て付いた氷のショーウィンドウのようになっていた。
そこには、数多の古代生物達が氷漬けに保管されていた。
「……外と比べて暖っけーな。トリケラトプスにティラノサウルス。まるで畜生道の連中じゃねーか。この洞窟は太古の生物の博物館みてーだな」
すると、氷の標本の中の動物共がじろりとアゲハの方向を向いた。
その一瞥を無視し、氷の滝がある最奥の場所を目指して歩く。
そこには凍り漬けになる恐竜の中で最大の大きさを誇るマンモスが堂々と滝の標本として内部で固まっている。その形相から察するに相当な恨みを込めて閉じ込められている事は明白であり、氷から解き放ったら果てしなく暴れる事は誰にでも予想が出来た。氷を通してでも伝わって来るプレッシャーにアゲハは身震いした。背後の狼と熊は叫ぶ。
「おい、オメー等。ここじゃ、この氷漬けのマンモスが最強なんだろ? じゃあついでにコイツも従えて行くか。夜の決闘までに天海道の度肝を抜いてやるぜ」
ガスッ! とアゲハが拳をマンモスの目の前の氷に入れると、ピリリッ……と氷の標本にヒビが入った。
「ここは天海道だ。輪廻転生にゃ、まだ早えーぜ。手下になってもらう」
畜生道を纏う拳にで氷の壁を殴り続け、マンモスを無理矢理氷の標本の中から引きずり出そうとする。 少量の霊気でもその拳は二倍にまで強化され、次第に氷の伝うヒビは拡がって行き、やがてマンモスのいる場所まで到達する。
(コイツとの戦いで天海道を会得する。オレが蜂に襲われたと勘違いし、雲から落ちた時に無意識に使った天海道を意識的に出来るようにならねーと……)
ピキピキッ……という亀裂の音と共にマンモスの眼孔が鋭く開き、獲物を喰らう目でアゲハを見た。
二ッと笑うアゲハは、その殺気に喜んだ。
「いい殺気だ。畜生道じゃ常にそんな殺気に満たされた空間だったが、この天海道じゃーそんな奴は居ねぇ。何でオメーが氷漬けにされていたかは知らんが、オレと戦ってもらうぜ」
荒れ狂うマンモスは全身を大きく震わせながら自身の周囲にある氷の外壁を砕き始め、無理矢理にでもアゲハに迫ろうとする。少しずつ氷の外壁で肌を傷付けながら接近して来るマンモスを挑発しながら待つ――刹那。
「!」
ビョ! とマンモスは口にくわえた氷を弾丸のように吐き出した。
左に避けるアゲハは洞窟の外壁に穴が空き、空間に大きな震動が走るのを感じた。
(やっぱ、サヤカの所で動物に変えられた罪人か? だいぶ問題児だぜ。これなら――おうっ!)
突如目の前が真っ暗になると、雄大な姿をしたマンモスがアゲハに覆い被さるように存在していた。
餓鬼道の瞬間移動にて、狼と熊を連れてマンモスが眠ってた滝の氷の標本の内部に侵入する。
細かな氷が降り注ぐその中にアゲハはマンモスを誘い込む。
怒れるマンモスは挑発に乗り、再度元の道を引き返す。
あえて自分を窮地に追い込み、この戦いで天海道を会得しようとしていた。
今までの経験から天海道の本質を見抜きつつあるアゲハは時間が無い身ながらも焦りは無く、確実にこの戦いにと天海道を会得する自信があった。バコッ! とマンモスに蹴られる地面の氷は氷の散弾となりアゲハに迫る。そんな攻撃など物ともしないアゲハは左右に首を振り回避する――と同時に上空からは氷柱の雨が降り注ぐ。その氷柱を一本掴んだアゲハは一気にマンモスに向かって加速した。
血が舞い散り、アゲハの持つ刀は氷に姿を変えて折れた。その技は修羅道の有幻影。
聖光葉が得意とした物質を無理矢理有幻影で変え、自身の好きな物に変える修羅道を極めし者の技――。
「……まだ光葉のよーにゃ行かねーな。ここからは丸腰で行こうと思ったんだが」
血を流し怒るマンモスなど気にならぬようにアゲハは手に持つ折れた氷柱を見る。
そしてマンモスを見上げ、視界に煌めく降り注ぐ氷柱に目を奪われこの空間を飛び回りたいと思った。
(飛ぶ……必ずオレは飛んだ。相手の力を利用して飛んだ? あの時飛んでいたのは敵と錯覚した蜂……天海道は相手の力を利用する力だったな。光葉のを一度見た時はそんな感じだった)
アゲハは天海道の本質を見抜こうと思考を働かせる。
(ここにあってあの向日葵畑に無い物……)
天海道のいた場所には暖かさがあったが、この場所にはまるでそれが無い。
かと言って氷のこの洞窟が異常に冷え冷えとしているわけでは無い。
アゲハの脳裏に描く暖かさとは――。
「仲間だ」
アゲハは狼と熊が視界に入り、一つの答えを導き出した――瞬間。
ズゴッ! とまるで不意討ちを受けたようにマンモスの一撃を受けた。
全身に骨が軋むほどの痛みが発し、直撃した氷の標本の上部から氷柱の雨が降り注ぐ。
瞬時に狼と熊がアゲハに降り注ぐ氷柱の盾になる。
二匹はわたわたとしながらパントマイムのようにそれに身体を痛め付けられながらも、しっかりとアゲハを守った。
(暖ったけぇ……一時的とは言えここの寒さを忘れられるぜ……? こりゃ、動物の肌の体温じゃねーな……これは心の体温……)
一つの答えを導き出し、仲間に感謝する。
「痛て……助かったぜ。戦いに集中してなかったな。今からちゃんとするぜ。光葉並の修羅道をやってやる――」
両手を広げ、完全に無防備になり全身を空間に自然融合させつつ、神経を針のように尖らせ辺りの岩肌の固さ、氷の質感、空気の透明度を認識し自分を溶け込ませて行く。ワルツを踊るようにマンモスの攻撃を回避し続けたアゲハは更に修羅道を一気に飛躍させ――修羅道にて相手の荒れ狂う感情を感じ、読んだ。
(……)
アゲハの中に餓鬼山のマグマや畜生道の赤池で体験したような人間の意思を感じた。
流れて来る感情を冷静に感じ取ると、赤池にて昇華されたが天海道の領域で試練を与える番人としての役割を与えられ、輪廻転生せずに天海道にて試練の手伝いをする存在だった。ここにいる動物達は全て輪廻転生せずに天海道の試練を手伝う役割を担い存在していた。バッ! とマンモスの背中でバクテンをし地面に着地するアゲハは、
「仲間を裏切ったマンモスか。だからこの場所は裏切りの標本とも呼ばれんのか。スズメに言った通り、オレは全てを受け入れてやる。テメーの怒りも、何やかんやも全部ぶつけて来い」
意気揚々と達者な台詞を吐くが、修羅道の幻や自然融合は攻撃には向かず、餓鬼道の瞬間移動では相手の攻撃を回避する事しか出来ず、畜生道の鬼神の力も霊気の流れが悪いこの場所ではそれほどの威力を発揮しない。狼と熊も攻撃に参加するが、とても決定打になるような攻撃は出来ない。それでもアゲハは何かを確信したように攻撃を回避し続ける。すると、狼と熊が吼えた。
「ん? ……やっと来たか。天海道への決闘状を渡しちまった以上、ここでチンタラしてらんねーんだ。とりあえず、一気に行くぜ!」
畜生道の霊気の拳を両手に纏い、援護しに来た父親の蜂と共に仕掛けた。
一人と三匹は巨大な壁のようなマンモスに向かいひたすら攻撃を仕掛け続ける。
そんな鬼気迫る攻撃もマンモスにとっては蟻のようなものでしかない。
次第にジリジリと追い詰められ始め、奈落の底が手招いて待つ崖っぷちまで追い詰められた。
鼻息の風圧で蜂は吹き飛ばされ、岩肌に激突し崖の底に向かい落ちて行く。
助けようとする狼と熊を手で制止し、とうとう呪いにより視覚も失う。
(へっ! 丁度あの時と同じ状況……ならば!)
バッ! と躊躇い無く崖に飛び降りた。
同時に多少浄化された呪怨は復活し、アゲハの身体活動を停止させた。
身動きも出来ず、風を切りながらただ落下するだけで何も出来ない。
やがて気絶したままの蜂に追いついた。
しかし、何も身動きが取れない為に激突するのは明白である。
意を決したアゲハは自分の全てを蜂に委ねるように叫んだ。
「おおおおおっ!」
その叫びと同時に、柴犬と熊もマンモスに倒され崖に突き落とされた。
(……)
それを一瞥したマンモスは、意気揚々と来た道を歩き出す。
そして、洞窟から天海道のいる外への道を歩いて行く――刹那。
バリイインッ! と氷の滝全体が弾けるように砕け、滝壺に向かい落下していく。
崩壊する光の標本は黒く染まり上がり、浄化の光が呪いの力によって浸食され続ける。
唖然とした顔でその状況を見ていると、ブーンという羽の羽ばたきを耳にし背後を振り向いた。
そこには、蜂の姿をしたアゲハが居た。
そのアゲハは笑いながら言う。
「これが天海道の天海変幻。時間にゃ早えーが、この勢いで鬼退治と行くぜ!」
その勢いのまま、アゲハは天海道へ向けて鬼退治に向かう桃太郎の如く自分の少数精鋭の部隊を連れて駆けた。




