精神修行
真っ暗闇の空間。
唯一見えるのは自分の身体と目の前の虚無僧のみ。
双方は戦闘中で、白い息が空間に散る。
周囲の暗闇に呑まれる事の無い虚無僧の姿はアゲハの視界にくっきりと浮かぶ。
ひたすらに刃を振るうが、斬ってはまた新しく現れ続ける虚無僧に翻弄されながら息を切らす。
「修羅、餓鬼、畜生まで得たオレが道と関係無いこんな虚無僧野郎に殺されるのか? たかがこんな染みに……オレは……!」
その時、虚無僧は明らかに女の声色で話す。
「死を受け入れろアゲハ。自分だけが理不尽に死ぬんじゃ無いだろう? 過去に殺した人間を思い出せ!」
「何だと? 一体オメーは何なんだ?」
ズバババッ! とアゲハの問いを杖の連続突きで返す。
刀を下からすくいあげるように降るが、一撃を浴びせる事が出来ずに吹き飛ぶ。
奈落のような黒い地面に転がり、目の前の虚無僧を見据えた。
スパッ……と顔を隠す天蓋が割れ、牙狼関で見たスズメに似た女顔の少年を見た。
いや、それは少女だった。
上向いた睫毛に、切れ長の瞳。
妖艶な口元には紅が塗られ、少女から大人への階段を登る変化を伺わせる。
(あれは……あの女は……)
アゲハはその少女を知っていた。
いや、その少女がもっと幼い年齢の時の少女を知っていた。
それは自分の血の繋がりがある妹。
幼少期から一緒に過ごして来た今は亡き自分が殺した存在――。
「あれは、百合花――」
そして、答えが出たアゲハは目を覚ます。
背後には梨を与えた熊が寒さから守るように抱いていた。
微動だにしないアゲハの瞳は、紅蓮の炎に染まっていた。
※
その夜、アゲハは天海道のいる向日葵畑の少し先の洞窟にいた。
薄暗い洞窟の中の天井が開く一角。
唯一外の光が射し込み、その下に二メートル四方の小さい向日葵畑がある場所をアゲハは自分になついた熊と共に生活拠点とした。
そこは天海道のいた向日葵畑に比べ凍えるほど寒く、数本の向日葵は黒く変色し萎れている。
残り少ない日数を数え、あと世界の果てにいられるのも後数日という事を改めて自覚した。
しかし、天海道に言われた通り自身の心臓から広がった呪怨の黒い染みは下半身から首筋まで広がり、その侵食は世界の果てで生存出来る日数を縮めている。それがアゲハを焦らせた。だが、何かの確信を得たように笑う。
「寒ぃな。天海道のいるこの土地全体は春同然なのに、この場所だけは真冬。何かカラクリがあるのか……? 奥には更に洞窟が続いてるしよーって、寒っ!」
サヤカからもらった赤いマフラーを首から口元に布を巻き付けたアゲハは言う。
そして、その土の上に座り座禅を組んだ。
「戦い以外から学ぶ……こいつは結構厄介だぜ。だが、焦っても仕方ねー。オレが今まで得た道の力と教訓を生かして乗り越えて行くだけだ。……まずはおさらい。修羅道――」
そのままアゲハは自然融合し、真冬のような寒さの向日葵畑から感覚を洞窟全体に網の目のように広げて行く。神経の行き届く限界以上に融合を進めて行き、少しでもこの場所の本質に迫り、自分に還元しようとした。その最中、神経を刺激するものがあった。その感覚にアゲハは覚えがあった。
「また蜂か」
天海道に来る途中に襲撃された飛んで来る蜂に一瞬嫌気が刺すが、同時に好都合だと思った。
雲から落下したにも関わらず、助かった秘密を知れる可能性があるからである。
少し離れた所にいる熊に大丈夫だと手で静止し、蜂はアゲハに襲いかかる事無く一本の萎れた向日葵に止まる。すると、向日葵が黒く変色し出した。
「?」
唖然とするアゲハの事など知らぬ顔で蜂は自分の中に溜まる毒を全て向日葵に注ぎ込んだ。
その黒さは、呪怨の呪いに通じるものがあると実感した。
生き生きと輝く向日葵と、黒く萎れる向日葵にこの場所の本質が有り、それは自分にも使えるものだと感じた。
(ここに蜂が蜜を求めて来たって事は、この向日葵には蜜がある。それは自然融合で知った。問題は見た目が萎れて黒く変色してんのになーんで蜜を求めて来るのか、だ。自然融合を向日葵に集中させるか……)
全ての感覚を向日葵畑のみに集中させより深く、より深く、向日葵を構築する細胞の全てにまで自然融合を果たし全てを知ろうとする。その間、生きの良い向日葵の蜜を吸う蜂をチラッッ……と見据え、
「そっちの向日葵の方が蜜の濃度が高い。ここだここ」
スッと指で蜂をつまむアゲハは一番濃度の高い蜜のある場所に案内した。
(この蜂もオレが奇襲を受けたと勘違いしただけで、攻撃を仕掛けて来たわけじゃ無かった。もっと冷静にならねぇとな。光葉のようにいつでも冷静に相手の出方を読む……いつまでも光葉、光葉って言ってられねーな)
そして、瞳を閉じて更に自然融合に集中する。
アゲハの全てが向日葵そのものになり、この場所の本質を見出した。
スッと瞳を開け、暖かい光を浴びながら呟く。
「この天井に穴が空いた場所は光が射し込み、土にあたり向日葵の成長を促進させる。よーするに浄化してんのか……」
この向日葵が咲く土壌は天から降り注ぐ太陽の光に暖められ、向日葵を蝕む全てを浄化させていた。
それは畜生道によって昇華された魂が太陽に干渉し、天海道を明るく照らす浄化の光だった。
その本質を知ったアゲハは呪恩の呪いを解くための鍵を知り喜んだ。
「これで呪怨を全て浄化する。修羅、餓鬼、畜生で一気に体外に排出する――」
修羅道で自然融合し、畜生道の力で心臓に干渉して呪怨を力でねじ伏せ、餓鬼道の速さで一気に呪いを体外に出する。それがアゲハの呪怨を解く為の答えだった。しかし、その表情は硬い。じっ……とアゲハは小さな二メートル四方の解毒の向日葵畑を見ている。
「――が、ここじゃ無理だな。ここじゃこの場所が死ぬ」
目の前の向日葵畑では呪怨の力に耐え切れず土壌ごと死滅してしまうだろうと感じた。
天海道のいた広大な向日葵畑は浄化の光が拡散し過ぎて浄化の力は弱い。
もっと広い場所で、尚且つ浄化の光が集中する場所を探す必要があると感じた。
蜜を吸い終わった蜂は向日葵から飛び立ちアゲハの頭に止まる。
「浄化の光が集中して蓄積する場所を探す必要があるな。それに、仲間が必要だ。残りの日数を考えると一人じゃ乗り越えられそうもねぇ。奴の言う事にも一理ある。オレは確かに武士気取りでいたが、武士にこだわるつもりはねぇ……一度刀を置いて考えてみるのもいいかもな」
特別に信仰心や特別に譲れない物が無い事を恥じていたアゲハだが、その思考を柔軟な考え方と割り切り刀を一度捨てる事にした。何の武器も持たない自分を恐れ、慕うような存在にならなければならないと思ったからである。その人間的魅力は光葉の狂とは少し違うかもしれないが、いずれ世界をヒラヒラと舞い人類を見守る自由揚羽蝶になる上での試金石になると確信した。
「しばしの別れだ」
スッと腰から刀を抜き、向日葵が咲く土壌の中央に鞘ごと刺した。
そして、アゲハは百合花との最後の瞬間を思い出した。
過去の全ての事柄と向き合う為に――。




