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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
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雲の上の天海道

 アゲハは点々と浮かぶ雲の階段を登っていた。

 天高き場所にある天海道への道のりは、薄い空気の中を重く赤い空に向かい高く、高く、足場の安定しない黒い雲の上をひたすらに登らねばならない。天に近くなるほど霊気の流れは消えて行き、畜生道で霊気を足場にして進む事も許されない状況にある。

 アゲハはサヤカに道案内を任された蝶を頼りに進む。時折流れる風が、足場の雲の流れを早め、危うく地表に落っこちそうになる。黒く染まる肌の痛みはマヒし、心臓の鼓動も小さくなり味覚も痛覚も消え、アゲハは呪いに殺される日も数日の内である。そんな悲壮感を見せず、ひたすらに天海道へ向けて進む。


「……だいぶ登ってきたが、まだ天海道のいる場所へは着かねーか。やってられねぇな。落ちたらマジ死ぬぞ? なぁ、蝶々さんよ?」


 別段、高所恐怖症で無いと思っていたアゲハだが、流石に地表から千メートル以上の空から見下ろす景色には顔も青くなり息を呑むだけであり、つい弱音が出た。途中、蝶にサヤカからもらった梨の汁を与えつつ自分も雲の上で休む。次第に赤い空が段々と黒く染まり初め、視界が不良になり足場にしていた雲さえも見えなくなるが、ただひたすらに進む。すると、真っ暗闇の天から小さな飛行物体が数匹現れた。冷や汗が流れ、瞳孔が開き足を震わせるアゲハは、


「来やがったな……丁度暇してた所だ。来いよ」


 パンパンッ! と顔を叩き、蝶を背後に下がらせ、刀を左手で勢いよく抜いた。

 満月の光に白刃が煌めく――が、肝心の刀身はサヤカと戦った時と同じく、物打ちの真ん中からポッキリと折れたまんまである。仕方なくも折れた刀を構え、サヤカに勝った時の勢いのを取り戻すように構える。ニシシ……と笑うその飛行物体は蜂だった。


「蜂かよ。ありゃ喋れねーな……こんな所で刺されたくないぜ」


 瞬きをし、仕掛ける瞬間を待つ――はずだったが、視界の先に蜂はいない。

 唖然とするアゲハは、脹脛と右腕に微かな痛みを感じた。蜂共は笑いながら肌に自身の針を刺し、毒を血液に送り込んでいた。あせりつつ振り払い蜂を追い払うが、呪怨じゅおんの蝕みが最終段階に入っており激しい運動が出来ない。黒く染まる肌が少しだけ赤く染まり、痺れる左手を見た。


(もう左手も駄目か……サヤカとの戦いで身体を酷使し過ぎたな。あれだけあった呪怨の痛みもろくに感じねーようじゃ、オレの寿命も……?)


 ふと、自分の足が無いように感じた。

 蜂を払った動きが足元の雲から足を離れさせていた。

 足の下駄は地上に向けて落下する。

 三匹の蜂はニシシ……としてやったような顔をした。


「野郎! うおおおおおっ――!」


 重力に圧されるようにアゲハは地表に落下する。


(くそっ、飛べねーのにどうにかなるか? 修羅道……いや、広すぎて自然融合は無理……蜂の毒が今更効いてきやがった! 蜂のように飛べたらこんな苦労は――せめてサヤカに案内役で渡された蝶だけは助ける!)


 ズバッ! と黒い雲を突き抜け落下し、意識は急速に失われるが折れた刀だけは手放さず、力が篭る。 天に伸ばす手は案内役の蝶に触れ、意識がクリアになり頭が真っ白になった。

 一陣の風が流れ、蜂達の視界からアゲハは消えた。





「ニャクイな」


 その枯れた老人の言葉で、アゲハは目覚めた。

 目の前は向日葵に埋め尽くされる向日葵畑の空間で、爽やかな花の香りが鼻につく。

 空には一匹の竜が雲のように空を流れて行く。

 寝ていた状態から上半身を起こし、周囲を確認した。

 側には一人の坊主頭で白い作務衣を着た老人。

 寝ていたのは熊の膝であり、熊の膝元から飛び起き、辺りの景色を見る。

 視線の先には大蛇や狼、梟に犬などの様々な動物が向日葵畑の中に点在していた。

 老人は瞑想をするように瞳を閉じ、あぐらをかきながら微笑している。

 熊に助けられたのかと思いアゲハは懐の中の梨を与えた。

 今一度周囲を見渡し、蜂に襲撃を受けた時の事を思う。


「何だここは? オレは……空から落ちて死んだはずじゃ?」


 見渡す限り辺りは一面の向日葵の花畑。

 空は青く、空気はすんでいた。

 世界の果てに来てからの半月以上の間、こんな心が休まる光景を見ていなかった為アゲハは深呼吸をして大きく息を吐いた。


「……ふー、随分いい場所だな。アンタが助けてくれたのか?」


「ニャクイな少年」


 老人はまた同じ事を言った。


「少年は自分の足でここまで辿り着いた。それ以上、それ以下でもない」


(ジジイ……オレが空も飛べねーのに辿り着けるわけがねぇ。何か隠してやがるな。まずはここの状況から確認するか)


 世界の果てとは思えぬ大自然の花畑の周囲を見回すアゲハは、


「……世界の果ては赤い空、青い大地が当たり前だったが、一体ここはどこだ?」


「ここの場所全てが天海道である」


「ほーう。後、ニャクイってなんだ?」


「若いって事さ、少年」


 相変わらず瞳を閉じ、座禅をしているような老人は答える。

 そして、アゲハの疑うような視線に感づいたのか口元を微笑ませながら言う。


「小生は天海道。おそらく、少年が探しているのはワシだろう。……目的は天海道の会得と、刀の修理といった所か」


「天海道の会得は当然の目的。しかし、何故刀の修理がわかる?」


 アゲハは沸き上がる感情を殺すように言う。

 いつもなら攻撃に出たい所だが、すでに身体がろくに動かない。

 揺れる向日葵に言葉を乗せるように天海道は言う。


「単純な事だ。少年の足取りがその尺の刀を持ってるわりには、おかしいかったからじゃ。微妙な空気の揺れが全て教えてくれる。いわば、自然を感じるという事だ」


「へぇ……そりゃ、けったいな事だな」


 表情から感情を気取られないように振る舞うが、全てを見透かすような天海道の振る舞いに嫌気がさす。ピトッと何気なく差し出した天海道の指に、蜂が止まった。それは紛れも無く天海道へ向かう時に戦った蜂だった。怒りの感情が立ち上ると同時に、天海道の声が響く。


「今の少年には天海道を会得する事は出来ん。時期を待て」


「待ってられるか! オレはこんな世界は早くおいとましてーんだ。この首筋や腕、足に拡がる肌を見ろ。呪いでもう寿命が削られ過ぎてる。残る道はアンタ含めて後三つ! 時間がねーんだ!」


 急激に立ち上がり叫んだ。

 その叫びに驚いたのか、蜂はどこかへ飛んで行った。

 近くにいた熊と狼が少し殺気立つ。

 やれやれと呆れるように溜息をつき天海道は、


「修羅道で何を学んだ? この向日葵の気持ちをわからんか?」


「!」


 立ち上がると同時に一本の向日葵を踏み潰していた。

 修羅道で学んだ事を問われたアゲハは、天海道のように座禅を組み、踏んだ向日葵を立て直した。

 修羅道にて向日葵に覆われるここの自然を感じたアゲハは気持ちが落ち着き、一糸乱れぬ平静な感情で話す。


「ここが天海道の世界……いい場所だ。ここなら畜生道で昇華された魂が洗練されて輪廻道へ向かえる。この世界は現世と同じく様々な面を持っているな」


「そう、よくそこに気が付いた。人間が存在する以上、どこの世界だろうが全ては繋がってるんだ」


「まるで絆だな」


 一瞬、目を見開いた天海道は自然と一体化するように微笑む。

 まともに動けないアゲハは、向日葵畑に寝そべりながら真っ青な空を見上げ、大自然を肌で感じる。

 天海道はまじまじとアゲハの首筋を汚染する黒い染みを見た。


(酷い呪いに侵食されている。呪怨は過去の歴史からの自分の弱さに比例して蝕んで来る……この少年は小生の試練の前に死ぬ)


 そんな考えを遮るようにアゲハは、


「今までの道は戦いで来たぞ? 何故オメーは戦わねぇ」


「戦いとは刃で語るのみが戦いではない。世の広さを知れ」


「そーかい。?」


 一つの殺気がアゲハの神経を刺激した。

 それに呼応するようにアゲハは振り向いた。

 プチッと掴んだものをアゲハは握り潰す。

 天海道はその掌で死に絶える生き物を見た。


「蜂か。生き物を無闇に殺すか」


「そう、殺すさ。殺さねばアンタほどの耐性があろうが死んでるぜ。今のは明らかに殺意を秘めていた。今までの耐性がアンタを殺しただろーな」


「その通りだ。よくぞそこまで見破った。六道輪廻の基本である修羅道は完全に会得しているようだ……自分とて今の蜂に刺されたら死んでいただろう」


 瞬間、アゲハの瞳の奥にある隠し切れぬ感情を感じ、口にした。

 それはどうにもならぬアゲハという人間の本質かもしれない。


「天海道においてこういう危険な奴はどこに行くんだ?」


「裏切りの標本」


「裏切りの標本?」


 その裏切りの標本とはこの向日葵畑とは離れた天海道の領域の末端にある洞窟の最深部にある。

 南極のような凍える寒さのようなまるで違う環境の空間に、全ての裏切り者は生きたまま氷漬けになっている。輪廻道で全ての罪を償い昇華された肉体と魂にも関わらず、今だ野心を秘める者に天海道は容赦しない。

 飴と鞭の使い方の問題なのか、人間という生き物は良い環境を目指せば成長し、それに慣れれば堕落する。その人間の本質を見極め、輪廻転生させる最終選別を行うのが天海道である。


「小生より少年の方が戦いでは強いだろう。だが、今の少年では勝てる事は無い。無意識を意識的にしなければの」


「もったいぶんな。とっとと教えろ!」


 その抜き打ちは、潜んでいた熊に止められた。

 その熊はアゲハに対し何もせず、ただ黙ったまま巨大な大木のようにそびえ立っていた。


「……ダイナミック大熊だぜ」


 舌打ちをし、痺れつつ握力が入らない右腕に嫌気がさしつつ言う。

 そして刀を納め、


「オレは光葉に素質を見出された。オメーから見てオレに素質があると思うか?」


「素質は誰にでもある。人間とは自分の素質に自らが気が付き素質を生かせるか」


「……」


 周囲の動物達はそんな殺気立つアゲハなどどこふく風のように暖かな日差しに目を柔らかく細める。

 向日葵の種を口に入れる天海道は、


「何故、刃も持たぬ相手に殺意を抱く? 他人が怖いのか?」


「お前はどうだ。越えるべき敵だからだ」


「敵なら斬る、か。そんなにも怖いか。敵、が」


「怖いだと? 怖い怖くないの問題じゃねー」


「少しは心を沈め、本質を見据えろ少年。力だけでは民はついてこないぞ」


 その言葉にアゲハの思考は混乱し、まるで心の奥底に住み着く誰かの言葉と被るようだった。

 肯定も否定も出来ず、誰かと被る天海道の声を聞いた。


「ここまで来たのだから全て自分で考え、自分で全ての迷いを払い、答えを導き出しなさい。天海導の試練とは何か? 六道輪廻の先にある物とは何か? その答えがあるのなら、輪廻道への道は開けるでしょう」


(光葉みてーな事言いやがって……。いい試練だ。精神を鍛えて勝つ)


 溜め息をついたアゲハは、


「どうやら抜き身の刃を突き付けても戦闘にゃ応じるような男じゃねーみてーだな。頑固さはまるで光葉だな」


「六道は単純な戦いのみで得るにあらず。戦いとは肉体だけでなく、精神でするものでもある」


「戦闘以外での戦い……こりゃ、厳しい事になったな。まーいいさ、時間がかかっても天海道は必ず会得する」


「ニャクイな」


 言うと、天海道は瞑想へと入り眠り出す。


「過去を乗り越えろ……」


「ん? 何だ……ってまた瞑想に入ってやがるか。とりあえずこの呪怨を何とかしねーと数日のうちに死ぬな」


 そのままアゲハは暖かな日差しが舞い込む向日葵の畑を抜け、奥の寒々とした世界の果てらしい暗く陰鬱とした洞窟へと向かった。次第に心臓が萎縮し、身体は言うことを効かなくなる。

 眠るアゲハの周囲を無数の毒針を持った蜂が現れる。

 そのどいつもがアゲハに自分の毒を体内に吐き出したいと我先に襲いかかる。

 呪怨の侵食が進行し過ぎて死んだように寝ているアゲハは無数の蜂共に気がつかずにいる。

 ニシシ……と笑うように蜂共は自分の持てるだけの毒を送り込み、毒で汚染させた場所を喰らおうとしていた。

 そこに、一匹の熊が現れた。

 毒の熱にうなされるようにアゲハは夢の中で誰かと戦っていた――。


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