畜生道との別れ
「……で、答えを聞かせてもらおうか?」
アゲハは試練の戦いの時に言った答えを求めた。
自分の女になるか? ならぬか? の答えを。
顔は平静を保ちながらも、内心はかなりドギマギして体温と脈拍は上がり続け、全身の毛穴から汗が止まらない。晴れ渡る畜生城前に出来る水溜まりに反射するサヤカの唇が動いた。
「駄目だ。他の女を探せ」
「何故だ! 戦いの前に言ったはず!」
「私は弱い男は嫌いだ。第一に貴様の言った事を了承したわけでは無い」
「オレは勝った……試練を乗り越えたじゃねーか! それでもオレを認められねーのか?」
アゲハは初恋の為に感情の抑制が効かず、ただひたすらに自分が相手を好きという気持ちを伝える。
高ぶる感情がアゲハの瞳を潤ませた。
それを見たサヤカは息を呑み、自分に正直に気持ちをぶつけて来るアゲハに対し答えた。
「……聞け、アゲハ。私は死んだ身だ。身体はこの世界の果てを出る事を許されず、いつまで道の役割をするかはわからない。アゲハがどんなに私を好いていても、二人は結ばれる事は無い」
刺すように冷静なサヤカの言葉にアゲハは、
「そんなの……そんなのわかんねぇだろ。オレが輪廻道を手にしたら、六道輪廻全てを失ってもサヤカを輪廻転成させる……だからオレ達はまた現世で会える――」
「無理よ」
にべもなくサヤカは言う。
絶対に不可能という意思を込めた瞳と言葉にアゲハは声を失う。
「もう私は普通の人間と違い、生理も来なければ排泄行為をする事も無い。何かを食べる行為は生きていた時と違い腹を満たすのではなく、心を満たす為のもの。我々道は過去の苦しみを乗り越え力にし、それで得た経験を生かしただ試練を与えし者。故に子を成す事も出来ず、輪廻転成する事も無い」
高ぶる感情がアゲハの両目から溢れた。
止まらない鼻水をすすり、必死にサヤカの言葉に聞き入る。
「アゲハ、貴様は未来を掴む為に六道輪廻を得るのだろう? ならば小さい事は言わず、現世で共に未来を歩む生きた女を探せ。まぁ、私ほどの女は中々いないだろうがな」
スッとアゲハに寄るサヤカは感情の抑制が効かず溢れ出したままのアゲハを抱き締めた。
「! ……」
抱き締め返すアゲハの力は強く、少々サヤカには痛かったが我慢した。
感情の濁流の止まらないアゲハは、好いた女の肌と匂いの全てを自分に取り込むように抱き締めた。
やがて唇と唇が重なり合い、サヤカも瞳を閉じて少年の欲望に応じる。
そして、アゲハの初恋は幕を閉じた。
「天海道までの道のりは寒い。これを巻いて行け」
ファサ……とサヤカは自分が巻いていたマフラーをアゲハの首にかけた。
「ありがとよ、助かるぜ」
巻かれた赤いマフラーの暖かみとサヤカの香りにアゲハは癒された。
そして、目の前に一匹の揚羽蝶がヒラヒラと舞っている。
「この蝶は天高き場所に存在する天海道までの道案内だ。お前が天海道を突破すれば輪廻道までは役に立つ。連れて行け」
「狂ってるオレには必要無いかも知れんが、案内してくれんなら助かるぜ」
今までの畜生道の領域でどこにこんな蝶が生息していたんだ? という疑問を持ちながらもアゲハはヒラヒラ舞う揚羽蝶に頼んだぜと微笑む。そして、じっとサヤカを見つめ、
「現世で、女が出来たら報告しに来る。だからその時まで道でいてくれよ。約束だぜ?」
「それって何十年後よ? そんなに待てないわ」
「馬鹿! すぐだすぐ! カップ麺が出来るより早く作ってやるよ!」
「何をカップ麺より早く作るの? 強姦でもしたいの? 変態」
「だーかーら! 女だ! 女! 誰が子作りするっつった? オメーはどんだけドSなんだ。これだから強い女は面白い……ってオレはー」
「ドMね」
フッとサヤカは微笑むと、二人の間の空気が静まり否応ないお別れの時が来た。
唇を噛みしめるアゲハはまだ行きたくないという気持ちに駆られそうになり、足を踏み出せずにいる。
「早く行きなさい。時間は残り少ないわよ。男になって来い」
バシッとアゲハは尻を叩かれる。
その弾みでアゲハはまたサヤカを抱き寄せ唇を奪おうとするが――。
「行けアゲハ。また会おう」
その言葉で、アゲハは旅立ちの決心がついた。
踵を返し先行する蝶の後を歩き出す。
その背中は微妙に震え、時折咳き込む。
黙ったままサヤカは見守り、アゲハの影が消えるまで見続ける。
朝陽が小さくなって行くアゲハの影を揺らし、
「なーに、オレは狂ってるから余裕……さ。またなサヤカ……」
そのままアゲハは朝陽に向かって左足をかばいながら歩く。
生まれて初めて芽生えた感情にどう対処していいかもわからず、ただ唇を噛み締め歩く。
やがて、サヤカの瞳からアゲハの姿は消えた。
※
そして鬼京雅の六道輪廻破壊により時間軸が世界の果てと異なる現世では――。
世界を制し、京都以外の日本すら制した鬼京雅の京雅院に対する宣戦布告がされる直前だった。
黒いスーツ姿の人間達が祭壇にいる雅の映像発信の調整をし、直属の部下である鳳仙花はこれから戦争を始めようと薄い笑みを浮かべる少年の呟きを聞く。
「……一年近く経ってもアゲハが戻らないとなると、六道輪廻破壊で時間軸がズレてるだけの理由じゃなさそうだ。おそらくアゲハは六道輪廻の道に殺されている」
「では、この戦争は大きな苦戦も無く勝てそうですね。貴方に勝てる柊はいないでしょう」
「いや、奴等とて古い組織だ。幾度の困難も乗り越えてきた百戦錬磨とも言えるだろう。聖光葉が復活しないとも言い切れんしな」
「……」
戦争をする上で不確定要素を楽しみ、それを狂気として自分の力を高めようとする雅は宣戦布告を始める。それは京都藩にとっての断罪のメッセージであり、これから人類が異能を持つ柊に引き上げられる進化の瞬間を発動させる審判の言葉だった。
「人の終焉……そして進化した人類のみが生き残る柊大霊幕の始まりだ」
そして、大阪にある強力な霊気を溜めた巨大な剣・霊神報国剣の周囲に互いの勢力が集まる。
人類の転換点となる戦争は、静かに幕を開けた。
アゲハは天海道を目指して歩く。




