畜生道サヤカとの死闘
天守閣の周囲はアゲハの生み出した霊気の余韻と、サヤカが生み出す霊気が混ざり合い二人を包む球体の渦となっていた。その渦は畜生道の霊気特有のもので、この戦いの敗者にはこの膨大な霊気が惜しみなく注がれ絶対的な死が待っている。
サヤカは光葉の計らいでこの渦の力を免れたが、アゲハにそれまでの力が無い為にこの戦いの敗者は確実に死ぬ。崩壊する天守閣の屋根で二人の命が躍動する。
「左手だけじゃ、私の攻撃は凌げない! 畜生道を使い果たした貴様に勝ち目は無い!」
「右腕が死んでも、仲間との絆や今までの経験は消えねぇ!」
決戦の舞台は崩壊する天守閣の上にて行われている。アゲハは餓鬼道を使い、サヤカの天守閣に現れ、肉弾戦を望んだ。足場は脆く、一歩足を踏み外せば死のダイブが待つ空中のデスマッチである。肉弾戦で行われる戦いは、確実にサヤカに分がある。
だが、あえて素手で戦うのは力による完全勝利を望むからであった。呪怨で死んだ上がらぬ右腕は沈黙し、左腕と両足で攻防の両方を請負う。足場の問題と霊気の使用不可でサヤカも有利さを生かせてはいないが、アゲハも優勢になれずに拳を振るいつつもがく。
「そんなに動き回ってたら落ちるぜ? まー落ちても看守が助けるか」
「彼女達は全て私が力で押さえ付け、看守に仕立てた罪人。こんな変わり果てた状況では私に味方する事は無い」
「随分冷静だな。下にいる連中はオメーの仲間だろ?」
「違うわよ」
圧倒的にサヤカが攻勢にも関わらず、サヤカは次第に攻撃が弱まって来ている。
アゲハに畜生城を斬られた事で、サヤカはアゲハを認めざるを得なくなり、否応なしにその心に言葉が刺さって行く。足場の瓦は動けば動くほど地面に落下していき、攻撃するにも踏ん張りが利かず致命傷になる一撃を与えられない。
「……三半規管がイカれてんだか知らねぇが、平衡感覚がおかしくなってきやがった。攻撃の予測も、出来ねぇ……こりゃおかしいぞ……」
強すぎる畜生道の使用が脳と三半規管に影響を与えアゲハの思考と平衡感覚にノイズを与えた。
刹那――背後に現れたサヤカに背中を蹴られ、アゲハは瓦礫の中に突っ込んだ。
ガラァ! と木材を上げ立ち上がると、血が流れる背中を抑えつつ、
「オレが勝ったらオレの女になってもらうぞ」
「勝つ事は無いわよ」
不敵な笑みを浮かべ、サヤカはアゲハの少し手前に姿を現した。
「ハハッ、本当に対した自信だぜ。そこがたまらねぇがな」
照れながら微笑み、話す。
「三日間休養を兼ねて赤池の亡者も対話して心を柔らかくしてやったぜ。餓鬼山のマグマで乗り越えてるからそれほど苦じゃなかった。自然融合しつつ、赤池に隠れてたってのは意外に盲点だったろ?」
事実、サヤカは赤川に落ちた後のアゲハの消息を掴めないでいた。
丸一日の捜索も手がかりすら掴めずにいた為、壊れた天守閣の補修をして過ごした。
光葉の弟子という事で心の内で何かが引っかかっていたが、すでに死んだと思い込んでいた。
それが、罪人の悪意の奈落の渦である赤池で三日も過ごし体力を回復させまた舞い戻って来た。
そして、畜生道の力の源である霊気の流れを自身の強大な一撃で乱した。
そんな事は光葉ですらやっていない。
呪われた身体で半死半生の少年がここまでの成長を見せた事に、今一度サヤカは心を打たれ、本当にアゲハを認める事にした。
「……勝てたら貴様の女になってやる。勝てたらな!」
「勝つさ! 感覚が鈍ってりゃ、鈍ってるだけの戦い方があるんだよ! オマエはオレに勝てねぇ!」
「小僧がぁ!」
「醜いぜサヤカ! だが、オメーが必要だ!」
額に脂汗を浮かべながら、アゲハは瓦に片膝をついた。
すでに足も限界を越え、まともに動く事も出来ない。
「……オメーは外見じゃなくて、心が醜い。いや、醜い殻をかぶってる。まー、外見いいやつは性格悪くてもなんとかなる。だが道という存在としてはどーなんだ?」
嗤うサヤカは語る。
「フフフ……現世からの怨みの念が私を世界の果てにとどまらせ、畜生道と呼ばれるほどの力が出るようになった! それでも皆はアタシを恐れるだけで、このアタシの能力以外は認めようとしない……だから私は女の楽園を作り上げた! 現世で得られる評価をここで得たんだ! 不条理無き世界でな!」
「たりめーだ! 世の中不公平。無い物ねだるなら、自分の長所を見つけて伸ばせ。一つ言えるのは、暗い女は嫌われるぜ。基本な」
「……強がりはやめなさい。もう終わりましょうかアゲハ。貴方は私にひれ伏すしかないのよ」
スッとサヤカは十手を取り出した。
溜息をつくアゲハは、
「ケッ……好きにしろ」
倒れるアゲハに、サヤカは迫る。
振り上げられた十手がアゲハの頭部を捉えた。
しかし、その音は鈍い金属音だった。
「鞘?」
「そう鞘だ。鞘にも力はあるんだぜサヤカ! 刀名の刀身と鞘は大事な相棒。それは仲間と同じ。仲間を大事にしねぇ奴はグズだ。オレはそれを二つの道で学んだ。オマエさんはサヤ、カ。だろ」
上部が砕けた鞘を一閃し、サヤカは倒れた。
しかし、瞬時に起き上がり、月光蝶の刀身を砕いた。
瞬間、アゲハはサヤカの足を踏みつけ、脇差を自分の足の甲に突き刺した。
その切っ先はサヤカの足の甲も貫いていた。
二人の足の甲に神経を突き刺す激痛が走り、サヤカは正気か? と焦りを感じる。
「貴様……!」
「おいおい、何で焦るんだ? 肉弾戦ならオメーの方が有利だぜ。まさか――」
「黙れ!」
ガスッ! と容赦無い拳が頬を抉り、血が飛ぶ。
じろり、とアゲハの瞳はサヤカの根底を砕くように見据え、
「オレが光葉のように怖いんだろ。そして鬼京雅に未だ怯えてる」
「黙れーーー!」
この畜生城を真っ二つにされた怒りを思い起こし、サヤカの霊力は上がる。
二人は水を得た魚のように激しく相手を殴り続ける。
両者の足の甲に刺さる脇差は噴出す血の飛沫で真っ赤に染まり、ぐらぐらと揺れる。
その揺れはサヤカの心を焦らすように激しく揺れ、アゲハの拳がみぞおちに入ると共に両者の甲から抜けた。バッ! と背後に飛び距離をとり、
「戯言ばかりぬかすな! 貴様に負けるわけにはいかん!」
「そんな乱れた心じゃ、先が読める。結果が気に入らねーなら明日も戦おうぜ。畜生道の力よりもオマエが、オマエ自身が気に入ったぜサヤカ。オレの女になってもらう! その前に仲間ってのは何か教えてやるぜ」
その言葉とは裏腹に、アゲハは何もする事が出来ない。
決着の瞬間を、地上にいる女看守達も固唾を飲んで見守る。
修羅道の幻で無いアゲハの眉間に、絶望の一撃が繰り出された。
視線はサヤカを見据え続け、十手の先が眉間に触れた瞬間――。
「――ああああっ?」
ガラガラッ! と踏みしめた足場が音を立てて崩れ、サヤカは天守閣より地上に向けてダイブした。
霊力の流れが乱れている為霊気を足場にも出来ず、地表にはもう主従関係の薄れた女看守達しかいない。全ての状況を察し、全てを諦めた。その身体は、互いの畜生道が生み出した死の羽衣である鬼人霊気の渦に触れる寸前である。
(いつかは道とて死ぬ定めにある。死んだら新たな人物が、畜生道を継ぐだけだ。死んだ道は、虚無へ消え行くのみ……いや、赤池で私が殺した男共に弄られるだけか。私はただ力に溺れた裸の女王だったようだ――アゲハ、お前の勝ちだ……)
瞳を閉じて、今までやってきた畜生道としての過去を思い出した。
今までの全てはサヤカの強大な力におびえるだけで、皆一様にサヤカの存在の力に平伏しているわけでは無い。現世で自分が受けていた嫌な事を自分が同じように繰り返していた事に気が付き、サヤカは涙した。
「流石に畜生城全体に自然融合で干渉するのはキチー。上手く足場崩せて良かったぜ。肉弾戦でまともに勝てなかったのはかっこ悪いが、仕方ねー。後は頼んだぜ……」
もう動く事も嫌なアゲハは渦の先の地表を見つめた。
アゲハは修羅道の自然融合でサヤカが最後の一撃を入れようと踏ん張った足場をわざと崩し、サヤカを落下させた。天守閣での肉弾戦において、修羅道で畜生城全てに干渉し、わざと足場崩して致命傷を受けないようにタイミングをずらしたりして対抗していた。それをしていなければアゲハはとっくにお陀仏だった。死を覚悟し、歯をかみ締め地表に落下するサヤカは、暖かい温もりに埋もれた。耳には渦が何かとぶつかる音がする。
(……!)
ハッ! と目を見開くと、そこには大勢の女看守がサヤカを受け止めていた。
地上にいた女看守達は、見様見まねの畜生道で空を滑走し、その全員の力で暴風雨のような霊気の渦をこじあけサヤカを救出した。その力は、正に相手を思いやる信頼の力から生み出される奇跡の力だった。
(な……何故だ? 何故……)
力で従わせ看守の真似事をさせてただけの信頼関係の無い女看守達が自分を助けた事に、サヤカは呆然とする。
「お、お前達……何故私を助ける? 何故……」
『サヤカ様……サヤカ様……』
その女看守達は一様に涙を流しつつ、サヤカの名前を呼ぶ。
今まで罪人なのに看守の役割を与えられ、自分達を信頼して働かせてくれた事に感謝の念を抱いていた事を知るサヤカは、一方的に与えていた命令が、相手を信頼して与えていた事として彼女達が受け取っていた事に唖然としつつも人間の奥深さを知り、畜生道としての自分はただ力を誇示するだけの存在でなかった事を感謝した。空の雨は完全に上がり、まばゆい虹が架かっていた。その空を一匹のプテラノドンが舞い、背中にはアゲハが乗っかっていた。
(終わったぜカオル。これから畜生城は大きく変化し、罪人達がちゃんと人間として更生出来る場所に生まれ変わるだろ。オメーの意思は、サヤカがしっかりと受け継いでくれるぜ)
自分の意思を託して死んだカオルの事を思い、アゲハは雨が上がり出す空を見る。
そして地面に降り立ち、アゲハはプテラノドンから降りた。
女看守に囲まれ穏やかな顔をするサヤカに、
「それが仲間の絆って奴さ。結構良いもんだろ?」
「フッ、そうだな……貴様は光葉と違い、暖かさがある。不思議な奴だ」
微笑むサヤカは、目の前の少年の不思議な魅力に惹かれた。
アゲハは折れた刀を天にかざし、
「どんな名刀とて刀は消耗品。だが、人間は消耗品であってはいけねー」
「そうだな。人間は消耗品じゃない。人間には感情がある」
「まー、実際の現世は消耗品のように扱われてるがな。それを変えるのが畜生道の力。ありがとよ。で、さっきの件はどーなっ……」
「アゲハ!」
グラッ……と意識を失い倒れるアゲハを、サヤカは駆け寄り受け止める。
雲の切れ間から天の恵みである暖かな光が降り注ぐ。
畜生城の空に虹が煌き、戦いは終わった。




