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アゲハ  作者: 鬼京雅
百年老人編
5/67

二幕~煉獄の戦火~

 京都・比叡山。

日本の歴史の移り変わりを幾度と無く見てきたその山は、西暦二千年に起きた地殻変動によって目に見えるほどの霊脈が吹き出し、特殊な力を使える者が現れ出した。

 その霊脈の洗礼を浴びた人間は己の内面の意思を試され、それに打ち勝つ意思を持つ者は霊力を手に入れた。霊力は人間の細胞を活性化させ、常人よりも高い身体機能を有し、物を介する事で火を操るなど特殊な力を生み出した。

そこを江戸時代から守護してきた源空会げんくうかいはその危険性と利便性をいち早く察知し、政府には内密に比叡山を源空会の管轄下に置き、周囲を完全に封鎖して霊脈の力を独占した。霊脈の強い場所を調べるにつれて、山頂の一ヶ所に一際強い霊力を放つ場所を見つけた。そこが現在、六道の社がある場所だった。


 世界の果てに繋がる扉がある六道の社は神格化され、多数の源空会の幹部、構成員達はそこで洗礼を受けた。だが、それは世界の各地の有名な場所でも同様な事が起き、世界各国は自由に比叡山から各国に流れる霊脈の力を全ての人間に解放した。源空会の自らの利益の為に比叡山の霊脈を独占した事が仇となり、日本は幕末のような他国の侵略と内乱が起き、日本は混乱の渦に巻き込まれた。

 焦る源空会は京雅院きょうがいんの霊脈の波動を受けて覚醒した者に襲撃を受けて危機を迎えた。そこで更に力を得ようと世界の果てに繋がる扉を開き、霊脈の洗礼時に霊脈の精霊に言われる六道輪廻を目指した。

 しかし、扉を抜けた後に帰還する者が存在しない事から、社の奥にある扉には入らず、社の前にて洗礼を浴びるだけの者が増えた。

 だが、聖光葉ひじりこうようが六道輪廻を突破した後から霊脈の力は弱まり、世界中に流れる力も弱まった。そして欲に染まる各国は日本の比叡山の霊脈を奪おうと源空会と結託し刺客を送るようになったのである。


「……以上がこの日本の歴史です。日本は今や未曾有の危機にある。この現状を打破するのが私でありアゲハ、貴方である」


 光葉は西本願寺の本堂内であぐらをかきながら対峙するアゲハに日本の歴史について語っていた。二人の傍には蝋燭一本の明かりのみで、互いの顔と床の木目が淡く照らされている。


「……オレは学者が向いているんじゃなかったのか?」


「人は私が示した道に皆、進む。私は試したんですよ。貴方をね」


「そうか。オレの答えは学者にゃならねー。あくまでも目標はオメーだ光葉」


「温いですねアゲハ。私が目標ならば何故世界の果てを目指さない? アナタと同じ年に私はすでに六道を突破したというのに」


「それは……」


 じっ……と蝋燭に照らされるアゲハの顔を光葉は見つめる。その表情はいつもの微笑が無く、恐ろしいまでの殺気が含まれている。恫喝にも似た瞳の炎が今にもアゲハを焼き尽くしそうである。

 逃げ出しそうな気持ちだが、足の竦みがそれを許さずどうにもならない状況にある。ゆっくりと確実に溶けて行く蝋燭が長く、長く感じ、その間も一切アゲハから目をそらさない光葉はアゲハを呑み込もうとする。その瞳に呑み込まれるアゲハは光葉の世界に堕ちて行く――。


(その調子です。ゆっくり私に染まればいい……。そしてそれを脱した時……全ては始まる……)


 その時、一つの気配がその空間に存在を主張した。

 アゲハは我に返り、息を吐き出すように胸元を抑えた。


「来ましたか京子」


「京子……」


 現れた京子は黒髪のショートボブを揺らし、光葉の傍に寄る。


「もうすぐ日本は一つの藩として統一され、鬱屈した感情が人々の心を狂へと駆り立て、日本人は全てが柊として進化するでしょう。それが世界と戦う上での足がかりとなる」


 ただアゲハは光葉の話を痴呆症の患者のように聞いていた。

 光葉によって自分の世界が広がり、その増えすぎた知識の制御が自分自身でも出来なくなっていた。確実に変わって行き、自分の欲望すら感じるようになって来たアゲハは一人の暗殺者として迷いすら感じるようになっていた。

 しかし、持ち前の自制心からそれをひた隠しにし、日々の任務に取り組んでいた。そんな微かな変化さえ、光葉が見逃すはずが無い。アゲハの耳に、思いがけない声が響く。


「京雅院の三家楼さんかろうと源空会をどうするかの会談を行うので我々は当分西本願寺を留守にします。先の襲撃の一件で三家楼の一部が私に好意を抱いていないのは明白な事実。強大な敵と戦えるチャンスですよ。一緒に来ますか?」


 差し出された白い手に、アゲハの心は戸惑った。

 その戸惑いに光葉は失望したような瞳をし微笑する。

 そして、背中に描かれた狂の羽織を翻し光葉と京子は姿を消した。





 着実に京雅院内の暗部で活躍を続けるアゲハは、ついに京雅院最強の闇の部隊・黒百合の一員に入る所まで来た。五年前に百人超いた同期の少年少女はすでに各々の任務で死亡し、残るのはアゲハと数人だった。その数人も最近はまるで顔を合わしていない。そのアゲハは西本願寺の入口にて、聖光葉の在宅を警備員に聞いていた。

 あいにく光葉は在宅しておらず、腕を着物の中に入れて下駄をカラリと鳴らし来た道を戻って行く。夕方の冷めた風を全身に受けつつ、アゲハは思案した。


(今日も帰って来てねーか……光葉も源空会とのつばぜり合いと、関東圏の東京藩政府との交渉、それに伴う世界各国との軋轢で相当忙しいようだな。この半年以上まともに西本願寺にいた事が無ぇ。京子も常に護衛についてるから会えねーな。アイツも学校はずっと休学してるしよ……せっかくオレが黒百合に入れる手前まで来たって報告してーのに)


 カラリと軽快に下駄を鳴らし、アゲハは歩く。

 懐中には光葉が六道輪廻を突破し、現世に舞い戻った時に記した六道輪廻の書がある。毎晩読み返している為、すでに手の垢でだいぶ変色していた。 しかし、未だアゲハは比叡山の六道の社から世界の果てへ赴く気がしない。そこは源空会が管理しているというのもあるが、かつての英雄・豪傑が歴史に事を成す前に通ったという道を、まだ早いという弱い気持ちから行けずにいる。


(だけどよ……オレは黒百合に入って自信がついたら世界の果てへ向かう。せめて京子を越えないとあんな場所には向かえないぜ)


 自分自身に言い訳をしつつ、アゲハは自分を納得させた。

 そして、その足取りは何故か比叡山に向かって行く。

 現在は比叡山の入山口は京雅院が源空会を押さえつけるように管理していた。

 すると、一つ奥の電柱に黒髪のセーラー服を着た少女がいた。

 街灯に照らされる少女の特徴は艶やかなショートボブに、上向きの睫毛。空洞のような無機質な瞳、そして薄い刃物のような桜色の唇――。

 無論、アゲハはその人物を見た瞬間から気が付いている。


「京子……」


 迷い乱れる心が一気に京子一色に染まり、勢いのまま走る。

 スッ……スッ……スッ……と路地という路地で消えるように京子は曲がり、追いすがるように京子を追って路地を駆け続ける。


(んでだ? いくら追いかけても追い付けねぇ……)


 しかし、追いかけても追いかけても京子に追い付く事は無く、やがて比叡山の眼前まで来てしまった。


(……くそっ、登るしかねーか。京子の奴、わざと誘ってやがるのか? それとも自分が六道輪廻に進むつもりなのか?)


 京雅院共通の合い印である京雅の印籠を見せつつ、黒百合の監視を一瞥し山道に入り六道の社へ歩く。かすかに見える京子の姿は確実に霊脈のある六道の社に向かっていた。激しく不安で揺れる気持ちは何故か熱く高まり、身体の重さとは違い、心は何故か軽い。


 六道の社が見えた瞬間、アゲハは周囲を今更警戒した。


(源空会の連中がいない? 中腹にある霊脈は奴等にとって絶対死守のもののはず……もう敵は頂上に篭城させるほどの戦況なのか?)


 そして、六道の社の入口にたどり着いた。

 社の本堂前の扉の前にたたずむ京子は一瞬振り返るが、アゲハを見据えたまま無言で本堂の中に入る。


(……薄ら寒みー所だ。京子が世界の果てへ行くって事は光葉はオレより京子に期待するつもりか。やはり京子の狂は光葉に近いのか……)


 自分より上へ行く二人の人間を思い浮かべ、本堂の中に入った。

 すると、アゲハは霊気とじめっ……とした薄闇が支配する本堂の奥を見据えた。

 本堂の奥には阿修羅や不動明王、毘沙門天などが描かれた扉があり、その扉の奥に世界の果てへ続く、六道輪廻への扉がある。しかし、アゲハはそんな扉に関する事は頭に無い。あるのは薄闇の中で微笑を浮かべる羽織袴を纏う細身の優男だった。全身に鳥肌を立たせ、喉の奥から声を絞り出すように言った。


「光葉……どういう事だ?」


 そこには狂の大杯を掲げ、日本の県を廃し藩を成す廃県置藩を行い、日本を革命の渦に巻き込み、日本を改革させよという組織、京雅院内の最強派閥狂陰の神・聖光葉が居た。

 霊脈の影響かその威圧感、人間の存在そのものから発せられる圧倒的オーラは更に増していた。息を呑み、ただ目の前の男に呆然とするしかない状況に自分が成長しているのか全くわからなかった。その一瞬の間の後、光葉の声が響く。


「見た事はありませんでしたか? 今のは修羅道の幻の力。修羅道の幻は相手に幻覚を見せられる力。上手く騙されましたね」


 すでに放心状態のアゲハは、声も無く立ち尽くしている。


「あまり呆然とされても困りますね。この力はアゲハが今から手にするもの。今の力を見て、貴方は興奮したでしょう?」


「あぁ、興奮したさ。だけど、オレが六道輪廻を巡る何て本当に出来るのか? 正直、まだ力不足としか思えねぇ……」


 光葉の修羅道の幻に狂気の念で憧れつつ、アゲハは無理なく現実を見た。能面のような顔の光葉に、狂気の笑みが満ちた。


「今の貴方には、もう世界の果てへ向かう力は充分にある。後は覚悟。狂人になる覚悟さえあれば六道輪廻は越えられる」


「……オレは」


「決断を迷っている暇は無い。行くか、行かぬか今この時点で決めなさい。答え次第では私は貴方を殺す」


 ズズズッ……と光葉の姿は揺らぎ、六道の社の床板に融合するように沈んで行く。無意識の内にアゲハは社の中から出ようと扉に向かい出していた。


「逃げられませんよ」


 目の前には光葉が居た。


「京子も他の者も役不足。六道輪廻は常人では越えられない。意思の無い者には決して……」


「自分の腹心にした京子が何で世界の果てへ行けず、役不足なんだ。オマエは一体、オレに何を求めてる……狂う事がそんなに重要か?」


「やっと出ましたね、本心が」


 狂気に満ちた笑みで微笑む。


「それは大事なのですよアゲハ。狂陰の同士は誰も何も狂について言わない。ただ私に圧倒され、意思の無い人形になる。私の思想に心底同調するフリを続ける人形にね」


 事実、大多数の光葉に感化され京雅院に入った人間は自分の意思を光葉に預けていた。その事に気が付く者は京子を含めた側近の数名のみで、後はただの傀儡人形でしか無かった。


 彼らはただ光葉の狂――人間が全てにおいて最大限の力を発揮する為の物狂いになる狂を体現する集団でしかないが、一人一人は狂信徒の為に類い稀な異能を引き出している。逆に京子達側近連中は、光葉に引かれつつも狂という思想を否定する気持ちがある故に光葉は自分に異論を持つ連中を重宝している。


 しかし、それを光葉自身に言える人間は絶無で、唯一アゲハのみが直接疑問や異論をていした。それが至高の高みにいる光葉にとって、どれだけの感動と興奮だったかは当人しか理解しえないだろう。


(行くしかねーのか。光葉のようになれるなら、オレだって……)


 扉に一歩、足を踏み入れると人間の欲望の限りを尽くす阿鼻叫喚の歴史を見た。

 扉から引き下がるアゲハは全身を震わせ床に倒れたまま失禁している。


「……こんな少しの絶望、虚無、破滅の感情に心を殺られるか。やはり、アゲハ。貴方は凡人だ。狂には至れない」


 溜め息混じりのその声は、今まで聞いた光葉の声では無かった。

 自分に何の期待も持たない者の声だった。

 そして光葉は言う。


「ここは比叡山の入口でしかありません。修羅道の幻で幻影を生み出しただけですよ」


(敵の本陣の前でこんな茶番をするたーな……狂ってやがるぜ)


 そして、光葉の期待に答えられない自分を恥ずかしく思い、乱れ戸惑う心を抱えたままアゲハは黒百合選抜試練の日を迎えた――。





 今にも雨が降りそうな灰色の雲が空を支配する大阪北部の山中――。

 その森の中に、能面の仮面をつけた黒装束の男と、白地にアゲハ蝶の柄が描かれた羽織袴姿のアゲハがいる。対峙する二人は、身をかがめながら崖の先にある一つの洋館を見た。


「黒百合訓練生最後の敵だ。奴等を始末すればお前が京雅の闇の精鋭部隊・黒百合の部隊に入れる。光葉派・狂陰に入る前にお前の妹も居た場所だ。心してかかれ」


 アゲハの暗部訓練生卒業試練はいつも通り京雅院に邪魔や害を為す組織の要人を暗殺する事。

 ただ違う点は今までと暗殺する対象の規模が違う事と、その場所にいる全ての存在を消す事であった。百人以上の財界の要人が集まるという山奥の洋館の見渡せる崖にアゲハは佇む。

 会場の周囲には無数の監視カメラと武装したSPが配置され、更に広域に狩猟犬が鼻を利かせ侵入者を警戒している。警戒網に引っ掛からない洋館から五キロ付近の崖でそれを見たアゲハは笑う。


「会場内の要人関係が百とすると外のSPは二百。三百ちょいか……何時ものように内部に侵入して対象を殺すだけじゃないのが厳しいな。全員を殺るにゃ、あの洋館を爆破するしか……!」


 そう言った瞬間、ズゴウンッ! と洋館の東側が爆発した。黒装束の男が消え、呆気にとられたアゲハは、その上がる煙と騒ぎ出すSP連中と狩猟犬を見る。


「誰だか知らねーが先をこされたか。まぁ、いいさ。ソイツが殺し尽くしたらオレがソイツを殺せば全て終わる。意外に楽な卒業試練だぜ」


 刀を抜き、アゲハは駆けた。




 古びた洋館はすでに三分の一が何者かの爆破で破壊され、内部でパーティーを楽しんでいた人間共はほぼ死に絶えている。外のSPや狩猟犬はアゲハの手によって葬られ、火を灯され火葬された。

 左腕と右脇腹に銃傷を受け、全身に打撲跡と狩猟犬による噛み傷が痛々しいアゲハは、洋館を包む炎を確認し静まり返る洋館内に侵入した。高価で気品ある洋館内部は血と人間の死体が散乱し、その鮮やかさを赤い鮮血で際立たせていた。


「何だこの館は……明らかに京雅の連中がいやがる。知り合いを殺さなければならないのか……? これが黒百合に入る為の試練だと?」


 明らかにどこかで見覚えがある連中にアゲハの動揺は止まらない。


「ここは明らかに京雅と源空会の会合の場……霊脈共有会合を潰すつもりか? こんな身内同士の争いに何が……」


 止まらない殺し合いは相手をひたすらに殺し尽くさねば終わらない。鳴り響く銃声と悲鳴、そして鼻をつく硝煙の煙だけがまだ生きている人間に生を実感させる。アゲハは駆けた。

 しかし、相手を斬る事でしかこの争乱は収まらない。斬るごとに心が刻まれ、酸素がまだ薄くなっていないにも関わらず、心拍数は最高潮に達し、頭がまともに機能しない。気が付くと、通路の端でアゲハに卒業試練を伝えた男も息絶えている。


「無理だ……この状況はここにいない光葉派の連中を刺激する。京都で源空会との全面戦争になるぞ……オレは……オレは!」


 この争乱が描き出す未来を見たアゲハは、それでも自分の人生において繋がりのある光葉派の狂陰と京雅院最大派閥・十条家の仲間を助けようと刀を振るい駆ける。誰かを助ければ誰かが死に。誰かが死ねば誰かが助かる。収まらない死の連鎖は、アゲハの精神を疲弊させ続ける。しかし、生まれつきの愛情に飢えた心がアゲハの身体を動かし続けた。


(! アイツは!)


 その瞳に、血塗れで床に倒れる見知った男がいた。

 それは狂陰の参謀格の男だった。


「村田! 死ぬんじゃねぇ!」


「アゲハか……お前は生きろ。源空会はやはり光葉先生を許さずにいるらしい。すぐに戦争が起こる。西本願寺に逃げろ。そして源空会を潰せっ!」


「オレは京雅院の黒百合に入る為の試練でここに来た……この館を破壊したのはオレじゃねぇが、オレの目的はここの人間を始末する事だ」


「っ、お前は光葉先生について行くんだろう! この日本は今こそ変化しなければならない! 変化しなければ、日本の全ては源空会と異人に喰われる。異人の柊は更に増え、日本の関東を中心とした国土を侵食している……。東京藩の鬼瓦ファミリーの連中も外国の柊を利用している可能性がある。狂に至れアゲハ。お前は光葉先生の掲げる狂の体現者に……」


「霊脈で得た力を駆使する外国の柊の根絶の為に、オレや京子は殺人のスキルを高め、ここまで来た。今や銃弾を見切るだけの力もあれば、特異な柊相手にしても負けねぇ。確かにオレは光葉に憧れている……だが、京雅院の連中にも恩がある。絆がある。ここに居る人間は全部オレの仲間だ。今は仲間を助ける事が……」


「光葉先生を裏切るのか!」


 グッ! と思いっきり村田に胸ぐらをつかまれ、瞳孔が開き充血した目でアゲハは叫ばれた。


「いいか! 光葉先生はお前に狂があると期待してるんだ! お前は光葉先生の役に立たなければならない! お前は聖アゲハになるんだろう!? 全ての存在を超越する狂に至る――!」


 突如、村田は叫ぶのを止め、アゲハの足元に崩れ落ちた。

 その後頭部と背中には数本のクナイが突き刺さり、すでに村田は息をしていない。

 炎と硝煙が舞う通路の奥を見据えた。奥には確実にアゲハを見据える敵が存在した。


(誰だ? 相当な使い手だ。誘いに乗ってやるよ)


 血に汚れた羽織を揺らし、殺気が向けられる方向へと下駄を鳴らし歩いて行く。

 その真っ赤な絨毯がひかれる通路の奥に、一人の仮面の人間がいた。

 白い般若の仮面に桔梗が描かれた赤い女物の裾が短い着物。

 首には赤い鈴が有り、その両手には小太刀が握られ、じっ……とたたずんでいる。

 けったいなヤツだなと思うアゲハは、相手に嫌な何かを感じつつ痛む全身の痛みを抑えながら刀を抜いた。


「まーオレほどじゃねーが、一人でよくやったな。周囲は炎で包んだから逃げ場はねぇ。……にしても上手く内部と外部に別れて対象を始末出来たもんだ。オレ達はいいコンビになれそうだ……が、卒業試練でな。死んでもらうぜ仮面野郎」


 般若の仮面の奥から、意外にも幼い少女の声が響いた。


「死ぬのは貴方よ」


「言うねぇ。嬢ちゃんは天国でプリキュアでも見てな」


 館の内部にも火の手がだいぶ回り始めた事を感じ、一気に仕掛けた。

 瞬間、天井に頭が激突すると共にアゲハの意識は反転した。

 首の鈴がチリン……と聞こえるとパラパラッと天井の破片が落ち、右脇腹は串刺しにされる。 


「……何だその首の鈴は? ドラエもんでも意識してんのか?」


「この鈴は周囲の味方に私の存在を知らせる為のもの。私は目に映る全てを消すから」


 一瞬にして真下から胸元を十字に斬られ天井に激突し、意識が朦朧として落下する隙をつき突きを繰り出した。その二撃でアゲハのブ厚い鎖帷子は完全に破損した。


(このガキ、オレより強い……どこの組織のヤツだ? ――っ!)


 この状況をどうするか考えていたアゲハの左首に冷たい感覚が響いた。ブシュ! と首筋から血が吹き出、その刃を防いだ左腕の鉄甲が砕けた。


「らあっ!」


 右足を蹴りあげ、その爪先が般若の仮面を飛ばす。

 バッ! と羽織を脱ぎ捨て、般若の視界は塞がれると同時に全身全霊の突きを繰り出した。羽織に刃が突き刺さり、何かを貫いた感触があった。

 その刃の切っ先には般若の面があり、パチリ……と割れた。


 自分の羽織が刀に乗っかったままアゲハは動けない。身体の痛みではなく、心の痛みで身体が硬直していた。カランッ……と床に真っ二つになった般若の面が甲高い音を立て落ちる。双方は動かず、互いの顔を見ながら微動だにしない。

 震えるアゲハの手から刀が落ち、全身の闘気は失われる。

 アゲハは京雅院が課した暗部訓練生卒業試練の全てを理解した。

 京雅の闇を司り、京雅の利益を阻む全てを始末し、世界における京雅の立場を明確に位置付ける為の駒。私を持たず、どんな過酷な命令にもただ冷酷に遂行する鋼の心を持った戦士――。


 その時、般若の面をしていた義理の妹である人間の、薄い桜色の唇が動いた。ある任務で一緒になってから互いを意識し、兄弟だと思うようになった義理の妹からの死の宣告だった。


「卒業試練は全ての人間を殺す事。京雅院は私達に同士討ちをさせて最強の一人を選び抜きたいようね。つまり、今この瞬間にどちらかが死ぬ」


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