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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
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赤池騒動

「また会ったなアゲハ。どうした? 顔が青白いぞ? ここの霊気に当てられたか? それとも呪怨じゅおんの効果が身に染みて来たか?」


 アゲハ達の向かいの檻には、自爆して死んだはずの虚無僧が居た。

 腹を下して最悪の体調だったアゲハは、制止しようとする狼のカオルを押しのけ自分のいる檻の格子にしがみつき、


「テメェ! 死んでなかったのか!」


「静かにしろアゲハ! 畜生道が俺達を探しているかもしれないんだぞ!」


「ってもコイツはオレ達を!」


「果たす目的があるんだろう? 今は我慢しろ!」


「まだ元気そうだな。その元気は畜生道戦にとっておいた方がいい。私を殺したところで呪怨じゅおんが消えるわけじゃないからな」


 ガシッ! と何度も感情のままに格子を叩き、虚無僧の言葉に耐えた。

 カオルはアゲハの着物の裾を噛み、牢屋の奥へ引きずり戻した。

 自分とカオルの糞尿の不快臭でアゲハは冷静さを取り戻し、内に迸る熱い激情を鎮めた。

 笑う虚無僧は、天涯の奥の目を光らせ話出した。


「……その冷静さはお前のいい所だ。ではこの城の主、畜生道のサヤカの話をしよう」


「別に聞いてねーよ」


 憮然とし、冷たい床にあぐらをかいたアゲハは虚無僧の話を聞いた。

 その話の中で、アゲハはサヤカの生き人だったときの話を知った。

 感情が落ち着いて行くにつれ全身に痛みを発していた呪怨の蠢きも去るが、すでに呪怨は背中の方にも進出し始め、右腕と両足は鬱血したような黒い染みが拡がっている。心臓が鼓動するたび、確実に死へ向かう自分の命を特に考えもしないアゲハは、身体をカオルにくっつけて体温が低下しないようにした。


「……サヤカには生き人だった時、仕事で人間関係に恵まれなかった。全てを自分の予定と自分の力でやりたいサヤカは男社会に適応出来ず、心が疲弊し不慮の事故で死んだ。どうになったサヤカは光葉に負け、更にその心を荊にした。そういうやりきれない恨み、つらみがこの畜生城を氷付けにした。この城は女の業で出来ている。この氷、簡単には溶けないぞ?」


「氷の割にはやけに熱いな。ドライアイスの間違いじゃねーか? 悲しみだろーが、憎しみだろーが、何もかも溶かしてやるよ。オレは六道の全てを手に入れる。ダンダラとスズメとの約束と絆だからな」


「……言うようになったな。だが、力の世界に口先が通用するかな?」


 冷たい霊気が天蓋の隙間から吐き出され、白い息が散る。

 スッと包帯が巻かれる右手を袈裟の中から出した虚無僧は、アゲハの黒く変色する右腕を指し、


「その右腕、もうすぐ使えなくなるぞ」


 虚無僧の言った通り、呪いは六道を仕様した場所に大きく進行していた。

 呪怨の蠢きは弱くなってはいるが、身体機能が自分の反応についてきていない事に、確実な死の予感を感じている。寒さで震える身体をカオルの身体にこすりつけ、まじまじと自分の掌を見る。


(これじゃー腕も足も長くもたねぇ……虚無僧を殺すだけじゃどーにもならねーなら、どーにでもなれ。オレは必ず六道を巡り、光葉を超えて雅を倒す……)


 体力の限界が訪れ、カオルの体温の温もりに眠気を誘われアゲハは寝た。

 同時に、牢屋の蝋燭の明かりが消され、就寝の時間になる。

 少しの間、向かい合わせの牢から睨みをきかせる狼に一瞥をくれ、虚無僧は天蓋を脱ぎ、右腕をもろ肌脱ぎにして巻かれる包帯を巻き直した。


(サヤカの奴はアゲハを殺すだろう。私にすら容赦なく殺しにかかってきたからな……。畜生道の試練は、サヤカに言われるまでも無く自分で理解しなければならない。だが、今のアゲハの力では……)


 手酷い右腕の傷が包帯によって完全に隠れ、虚無僧は天蓋をかぶり直し目を閉じた。

 闇に染まる地下牢獄に冷たい霊気が流れ続け、静寂とつかの間の安らぎが罪人達にもたらされた。





 氷の城の頂上から眼下の全てを蹂躙するが如く見下す畜生城・天守閣。

 氷の女王の根城であるその場所の開け放たれた窓辺に、畜生道を司るサヤカが居た。

 満月の明かりが差し込む畳張りの天守閣の室内は家具のような物は一切無く、中央に暖炉が有り蝋燭一本の明かりが周囲を照らす。天守閣内部には冷たい雨の匂いと畳の匂いのみが満ちている。少し先の空には、相変わらず重罪人のプテラノドンが空を舞い、雨が支配する空間の監視に余念が無い。

 眠る事も休む事も許されない状況で、プテラノドンは死ぬまで飛び続けなくてはならない。空も地上も地下も、雨が降り続ける畜生道の領域全てが死の生臭い匂いに満ちている。連日の光景に飽きもしないサヤカはにんまりと顔面全体をほころばせ、みずみずしい梨をかじり果汁をすする。


「聖光葉の溺愛したあの小僧もたいした事なかったわね。修羅と餓鬼を突破したのはおそらく奴等があの女の言動に惑わされ、手加減をした。私は潰すわよ。力の世界は、人間の本能である獣の意思と死の領域にある霊気の力が必要。たとえ小僧がまだ動物達に喰われて無かったとしても、畜生道は突破出来ない。物狂いの体質が無い凡人では野生も、霊気も操り切れない」


 サッと窓を乗り越え雨が舞う空を飛んだ。

 パッ! パッ! パッ! と蒼い粒子を足で弾けさせながら空を駆ける悪魔の豹のような瞳が、間近のプテラノドンを捉えた。いつの間にか手に持つ十手に、足で空を踏みしめると同時に弾ける蒼い粒子が満ちた。嗤うサヤカの接近に気がつくプテラノドンは瞳孔を開き、意識が飛ぶ。

 ズサァ! と脳天に蒼白い閃光が一閃し、力任せにタクトを振るう指揮者はプテラノドンの全身を消滅させると、にんまりと微笑んだ。浴びる返り血もすぐに降り注ぐ雨が洗い流し、自分が奏でた快感なフレーズに酔いしれるサヤカは、地上に降りて残虐な行為を繰り返した。

 死に絶える恐竜共は魂が昇華されず赤池の主の一人として永遠に拘束される。

 ただ一つ、夜の闇に映える満月のみがサヤカの標的にならない傍観者だった。





「一度火が点けば、一気に騒動は拡がるもんだ。畜生道サヤカの狼狽ぶりが目に浮かぶぜ」


 一晩泥のように眠り体力が回復したアゲハは修羅道の幻で看守の女達を騙し、牢獄の鍵を全て開けて全ての囚人をアゲハは逃した。狼のカオルは動物にされた仲間達と合流し、赤池を逆流して牙狼関から脱出する為に駆けた。夕方過ぎに始まった騒動は、吹き抜ける一陣の風のように牢獄内に感染し、全ての罪人達はまずは外と内を繋ぐ赤池に向かう。

 その時点で前の牢に投獄されていた虚無僧は姿を消していた。

 アゲハは修羅道の幻で牢屋に持ち込んだ刀を使い迫り来る女看守達を倒して行き、騒動を広げる。


(あの看守達は赤池を通って来てねぇ。必ずこの牢獄の中に、上へ向かう道があるはずだ。そこを進めば赤池に向かった連中は大多数が逃げられるだろー、よ!)


 迫り来る槍をいなし、峰打ちを叩き込んで女看守を黙らせた。

 ひたすらに奥に進むアゲハは、白い息を吐きながら上がらなくなり出した腕の痛みに耐え、城の内部と繋がる出入り口を探す。その最中、女看守から報告を受けた天守閣にいるサヤカは、特に表情を変える事無く報告を聞き流し窓から城の入口を見据えた。


「この騒動とも言えない騒動を起こした発起人は、この城の混乱と私の動揺を誘っている。……ならば本当の騒動を作ってあげましょう。バトルロワイヤルの始まりよ」


 その言葉と共に、女看守は血相を変えて消えた。

 嗤うサヤカの視線の先には、氷の城の入口に軍隊のように規則正しく整列する赤池から出て来た罪人達が居た。罪人達は一様に天守閣のサヤカの元に見えるよう整列していた。その光景に哀れな目でサヤカは頷く。


「力有る者には従順。哀れな男達ね。力無き者は力有る私に従えばいい」


 その言葉と共に、異様に甲高い警鐘が畜生城内外に響き渡り、畜生道の領域にいる全ての者は戦慄する。牢の鍵が開け放たれた後、赤池を逆流し地上に出た罪人達は逃げずに畜生城の前に整列した。それは単純に、サヤカの恐怖政治の成果である。ここで死ねば、永遠に赤池の一部としてさ迷うはめになる。

 その地獄の恐怖は赤池を通って来た者なら誰もが味わうもので、二度と味わいたいという者は絶無である。赤池を永遠にさ迷う事は、牢獄で罪を犯し動物などに姿を変えられるまで知る事は無く、姿を変えられた者はその時点で全ての気力は萎え、ただ天海道に昇華される事を望む存在に成り果てる。本来、罪人をいたぶる定期開催のバトルロワイヤルで混沌とする城内外は、天守閣の屋根に存在する悪魔のような氷の女王を見据えた。


「聞け! 罪人共よ! このバトルロワイヤルは勝者に昇華を約束する! 今までは目の前の相手だったが、今回は趣向を変えて、標的はこの畜生城に侵入したアゲハという小僧だ! この人相の小僧を殺せっ! バトルロワイヤルの始まりだっ!」 


 サヤカの力強い叫びは、全ての存在の鼓膜に響き渡り標的の存在を認識させた。

 右手の十手に霊気を纏い、その蒼白い粒子は闇の大空に散り、アゲハの人相を描き出した。

 アゲハを標的と定めた千人以上の人間、動物、恐竜と言った全ての存在は獣の心をむき出しにし強欲と殺意のみで動くマシーンになり、我先にと一番槍を狙うようにアゲハを探し出し始めた。その全ての出来事を聞いたアゲハは、畜生城の内部に入れる扉の空間に居た。

 その空間はだだっ広い空間で赤茶の壁が爪で引き裂かれたかのように刻まれ、無数の骨が散乱していた。ズン! と大きな影が、冷や汗が流れるアゲハに覆いかぶさる。目の前の何かに意識の大半を奪われている為、今はバトルロワイヤルどころでは無かった。その何かについて、言葉が出た。


「赤池に溜まった人間の絶望が生み出した赤鬼……か」


 瞬間、超直感による本能が冷静に怪異ともいえる存在の本質を見抜いた。

 目の前には、三メートル近い悪鬼のような赤鬼が異様にデカイ一つ目をぎょろりとアゲハに向けていた。歪んだ口が、食事に餓えた亡者のようによだれを垂らしながらゆっくりと口臭を撒き散らすように開いた。絶望的な状況下の中、味方なきバトルロワイヤルの幕は切って落とされた――。



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