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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
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赤池の牢獄

 降り止まぬ雨はアゲハの体力と精神力を削り続ける。

 疲労困憊、満身創痍のアゲハは畜生道のいるらしい城を、梨が大量に育てられている森の茂みの中から肉眼で捉えていた。強い雨のせいか、城の周りは霧のような霞が立ち込めている。それは氷の靄だった。畜生城は氷に覆われ、建物自体が氷の城だったのである。

 ズドン! ズドン! と城の周囲には原始時代の恐竜が蠢いており、まるで恐竜王国に迷い込んだ感が否めない。すでにアゲハの体温は平熱をかなり下回っており、全身が微かに震え、視点が定まっていない。スズメからもらった鎖帷子は激戦の中で損傷し、爆発に巻き込まれ消滅した。ボロボロの着物をまとい、茂みの中に身体を隠しつつ次の作戦を練る。空を旋回するプテラノドンを見上げ、歯軋りをした。


(あの女は追跡をやめたか……? にしてもここにいる恐竜は何だ? ここは原始時代かよ)


 息を止めて茂みに身を隠し、ティラノサウルスが通り過ぎて行くのを見過ごす。そして地面に落ちている梨をかじりながら、


(戦いから方みて、恐らく格闘戦が苦手な奴だろ。ここまでこれりゃ、こっちの勝ちだぜ。やっぱ餓鬼丸がきがんで体力を回復させてから仕掛けるか……呪怨じゅおんの広がりのせいで身体が言う事を聞かねぇ。氷の女王をしとめるにゃ、骨が折れそうだぜ……?)


 ふと、梨をかじる手が止まる。

 恐る恐るもう一度梨をかじる手が震え、突如気が触れたかのように地面の土を口の中に入れて味わう。 シャリシャリという音が、アゲハの顔を更に困惑させた。


「――味がしねぇ」


 そう、すでにアゲハの味覚は失われていた。

 何故こんな事になったかという疑問も、左胸の疼くような黒い染みが否応無く理解させる。

 呪怨の効果はまず、アゲハの味覚を完全に奪い去った。


(味覚なら何とかなるさ……何とか……)


 そう無理矢理自分に言い聞かせ、全身の傷の手当てをしたアゲハは、苦痛に顔を歪めつつも畜生道サヤカの城へ入ろうと足を進める。残り少ない時間の中、後四つの道をクリアしなくてはならない焦りから切り札の餓鬼丸を使おうとする。その真後ろに、一匹の鴉がいる事にすら気が付かなかった。その嘴が、餓鬼丸を狙い定め飛翔する。


「ぬおっ!」


 口に入れようとした瞬間、鴉に餓鬼丸を奪われた。

 全身に戦慄が走り、飛び去る鴉に手を伸ばす。

 餓鬼道の瞬間移動を試みるが黒く変色する両足は動かず、口を開けたまま鴉が飛び去るのを見送る。


(あれは最後の希望だぞ……ここまで来て、こんな所で……)


全てが絶望に染まる中、視界が一瞬白い何かで塞がれた。白い狼が飛翔し、爪で鴉を爪でしとめた。


「さっきの狼?」


 その狼は虚無僧に殺されそうになっていた先ほどの狼だった。

 狼は餓鬼丸を口にくわえ、アゲハの手に乗せた。


「……ありがとよ。だが、今は使わねぇ。まだ日数はある。肝心な時にコレは使うぜ」


「そうか。これで借りは返したぞ」


「喋った!?」


 牙狼関でも驚いたが、今まで動物が喋る事なんて無かった為、アゲハはまた驚く。


「驚くな。俺はカオル。現世では殺人と放火をした罪人。この城の地下にある赤池の牢獄内でも反逆行為をしてたから畜生道の奴にこんな姿に変えられちまったんだ」


「ほー、赤池の牢獄。そこに赤い川に流れていた罪人が囚われてるんだな?」


「そうだ。あそこは罪人が罪人を裁く地獄だ。力のみが正義の地獄」


「地獄……か。面白そうだな。畜生道をつつくなら、地下の牢獄から叩いた方がよさそうだ。すまねぇが道案内頼むぜ」


 あの妖しき城は足元から崩していくのが吉と考え、カオルに案内を乞うた。


「俺が案内出来るのは畜生牢獄までだ。罪人の溜り場だから、殺される危険性もあるぞ?」


「なーに、オレは狂ってるからな」


 笑うアゲハはカオルの後に続き、梨の森の茂みの中を赤い川の方向に向けて進んだ。





 世界の果ての東――修羅道ダンダラの小屋に向かって一匹の雀が飛んで行く。

 煙突から煙が上がり、その煙がダンダラの在宅を証明していた。

 バサバサッと羽ばたく雀は、小屋の前に止まった。

 小屋の中では囲炉裏の前でダンダラが串に刺した魚を焼いており、それを口に運ぶ最中だった。

 ガッと上下の歯が噛み合うと、口の中にあるはずの魚が無い。

 ダンダラの瞳がじろりと動く。


「……相変わらず食いしん坊だな、スズメよ」


「五月蝿い、よ!」


 ムシャムシャと串魚を貪るスズメは、ずっとそこに居たようにダンダラの前に座っている。

 やれやれと顔の皺を深め、囲炉裏の串魚を一本つかむと、


「久しぶりに修羅道の突破者。甘いんじゃない?」


「輪廻道に言われてな。奴はじっくり育てたいそうだ。そういうお前こそどうなんだ? 序盤はあの虚無僧の言う通りにしてたではないか」


「しょーがないじゃん! 因縁もあるしねぇ……」


 パチパチッと弾ける囲炉裏の墨と炎が、小屋に響く。

 二本目の串魚を手に取り、スズメは油が吹き出る魚の表面をまじまじと見据える。

 険しい顔をしたダンダラは、アゲハと過ごした一週間を思い出し串魚を握る手に力が入る。


(やはり今のアゲハでは力のみが正義の畜生道を越えるのは厳しいのではないか? 呪怨の洗礼を受けつつ、過去を乗り越えなくてはならない。やはり輪廻道の言い分を無視すべきだった……まだ早すぎたんだ。この場所に来るのが……)


「その顔、らしくないわね。もうアゲハは戻れない。自分の意思で、この世界の果てに足を踏み入れた以上はね」


「本当に超えられると思うか? あの畜生道を?」


「超えなければ、現世でも何も出来ぬまま死ぬだけの存在になるわ。アゲハの人生において、畜生道は最大の難関でしょう、ね!」


 手に持った串を片手でへし折り、スズメは言った。

 ダンダラは囲炉裏から登る煙を見上げた。

 その煙は煙突を突き抜け天に散り、やがて黒い雲は世界の果ての東側に強い雨をもたらした。


「……光葉に負けて以降、ヤツは光葉の思想の大きさ、存在の大きさに嫉妬し、いつの間にか三年前より変貌した。あの凍りついた城がいい象徴だ」


「熱き氷……溶けると思う?」


「溶かさねばアゲハは死ぬ。久方ぶりに畜生道へ行く必要があるな。アゲハは今の騒乱状態の現世に必要な存在。むやみに死なせるわけにはいかん」


 刀架けにある白鞘の一振りを手に取り、ダンダラは立ち上がる。

 頷いたスズメは立ち上がり、強い雨が降る外に出た。

 囲炉裏の火を消したダンダラは自分の黒鞘の大小を腰に差し、背中に白鞘の刀をくくりつけ外に出た。 そして小船を使い赤川から畜生道を目指した。





 罪人の死体の流れる赤川の底を泳ぎ、アゲハは餓鬼城の地下水脈まで辿り着いた。

 その場所は修羅道から流れ、餓鬼山のマグマを廻り、畜生道に辿り着く罪人が集まる赤池と呼ばれる場所だった。赤池から上がったアゲハは、プカプカと浮かぶ罪人達を一瞥し、狼のカオルについて行く。

 その赤茶色の空間は腐敗した生物の臭いに立ち込め、鼻が曲がるどころではない臭気が立ち込めている。氷で出来た城の地下のせいか気温は非常に低く、死霊の群れでも出てきそうな異様な雰囲気をかもち出していた。洞窟の奥からガラガラッ……という荷車を引くような音が聞こえた。

 すると数人の褌をしめただけの男衆が荷物の積んでいない荷車を運びながら現れ、赤池に浮かんでいる死体共を赤池から引きずり出し、その荷物に乗せて立ち去って行く。物影からカオルと共に見ていたアゲハは胸くそ悪くなり、


「ありゃ何だ? 罪人が罪人の処理をしてんのか? あの死体、実際まだ息があるよな?」


「世界の果て、ではな」


 物陰から出たカオルはスタスタと荷車を引く罪人の後を追うように歩いて行く。

 歩きつつ、カオルは淡々と語る。


「……先の罪人が後から来る罪人を回収し、後から来た罪人に首を落とさせ、天海道へと昇華させる。俺みたいに、牢獄内でも罪を犯す者にはこのように動物の姿に変えられる。畜生道は正に、人間を犬畜生として扱う奴って事だ。俺はそれが許せず、反抗した。罪人とは言え、人間が人間の首を落とすのは嫌なもんだ」


「後から来た奴が首を落とす……か。粋な演出だな」


「百の拷問のくらった後に、百の罪人の首を落とす。そうしなければ我々の魂は昇華されず、天海道へ行けない。俺はこの仕組みがどうしても許せん……だから仲間を募り、畜生道に反旗を翻した。それがこのザマさ」


「そうか。ならオレが暴れてれば畜生道の目をくらませてお互い、都合が良いって事だな。やってやろうぜカオル」


「おう。俺は牢獄の仲間を連れ出して戻る。お前は好きなだけ暴れてくれれば丁度いい。ここの牢獄はおとなしくしてれば何も咎められる事は無い。派手にやれよ」


「わーってるぜ。道が試練を与えず、殺す為だけに奇襲を仕掛けて来やがった。奴は殺るしかねーかもな」


「この畜生道は世界の果ての牢獄だ。力の世界においては自分の力だけが頼り。奴を殺らないと、この牢獄から出られる事は無いだろう」


「へっ、舐めんなよ。とりあえず、作戦決行は明日だ。今日は牢屋ん中で休むか」


 牢屋のある区画まで来たアゲハとカオルは、一列で歩く罪人の群れを見た。

 その中には人間と動物にされた連中も多数混じっており、異質な光景だった。

 監視をしているのはサヤカの命を忠実にこなす女の罪人の看守共で、その連中の目に入らないように、サッとアゲハとカオルは列の最後尾に並んだ。列の罪人は檻の中に二人づつ収監されて行き、最後に一番奥の牢屋に入れられた。首を回しながら、ザラザラした床に座ると、床は氷爆の塊で出来た床だった。


(おいおい、変に衝撃与えたら爆死するぞ? とんでもねー仕掛けだ)


 羽織を脱ぎ囚人服に着替えながらその状況に唖然としていると、暗い目の前の牢屋から誰かがじっ……とアゲハを見据えていた。その姿にアゲハは虫唾が走る。目の前の牢の中には虚無僧が居た。





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