赤き美女・サヤカ
雨脚が更に増す中、アゲハと虚無僧の戦いが激しさを増す。
華麗なダンスを踊るが如く、二人は互いの武器を炸裂させ、一進一退の攻防をとる。
虚無僧の杖が刀を降った直後の隙を突き、アゲハの顔面に迫るが修羅道の幻を使っていたアゲハの一閃が直撃する。
「!?」
ズザァ! と真っ二つになった虚無僧の網傘が、地面に落ちる。
ポチャリ、とアゲハは水溜まりの上に着地した。
一瞬見えた横顔に、アゲハはスズメに似ている女のような男だと思った。
すぐさま懐の中から取り出した阿修羅の面をした虚無僧は面の奥で笑っている。
その面を見て、多少の疑念が浮かびつつ、
「坊さんのわりには女顔の色男だな。その阿修羅の面、そりゃどういう意味でしてんだ? 返答しだいでは許さないぜ?」
「……よく喋る少年だ。しかし、先程の戦いぶりから貴様の弱点を二つほど発見した。そのままでは畜生道サヤカには勝てない」
「そりゃ、一対多数の乱戦に弱いって事か? それよりさっきの質問に答えやがれ!」
アゲハは雨で濡れる虚無僧の阿修羅の面を見ながら言った。
チャリン、と杖を鳴らしギロリとアゲハを見据え、
「一つはそれだ。もう一つも気が付かなければ、私に勝てても畜生道には勝てない」
そのまま輪の部分に手を添え――。
「魔閃」
ビーーッ! と輪から一筋の光が伸びた。
微動だに出来ないアゲハは息を呑む。
「……ビームかよ」
左の耳たぶが少し焦げたアゲハは、驚きながらも動いた。
ビー! ビー! っと、虚無僧の魔閃はアゲハを狙い放たれる。
光の出所を見極め、回避する。
「魔閃か……? すい!」
「魔閃」
「はははっ! っぶねー! あははっ! 技撃つのにすいませんって! いいセンスしてるぜオイ! ってちっとは笑え」
余裕を見せながらも、アゲハは攻撃に転じる事が出来ない。
表情を変えない虚無僧に、不快感を覚える。
「――くっ! くっ! もう一つの弱点ってのは遠距離が苦手って事か?」
「違うな」
全く攻撃に移れないアゲハは魔閃を回避しながら、問う。
「ぐっ――はっ!」
魔閃の光に意識をとられていたアゲハは、急接近した虚無僧の杖の突きをくらう。
地面に転がらずに着地したアゲハは、突きを繰り出す。
「――チィ!」
チャリン、と杖を構えた虚無僧に本能的に回避運動をとった。
先程のように、魔閃の回避で精一杯になる。
その最中、虚無僧の声がアゲハの心を乱す。
「お前は狂ってなどいない。現世でも逃げ、世界の果てでも逃げる。本当にお前という男は逃げ腰だな。お前は狂ってなどいない狂う事も無いただの凡人だ」
「……どこまで知ってやがる? オメーは一体誰だ?」
「ダンダラもスズメもお前がここに負けて来た事くらい知っている。鬼京雅はすでに現世では世界の王と呼べる存在になりつつある」
「何だと! 今、現世はどうなってやがる!? 京雅院の皆は、京子は無事なのか!?」
「無事でなくていいじゃないか。凡人が消えても問題無い。……そんなに現世がどうなってるか気になるか? 現世がどうなろうがどうでもいいだろう?」
「……黙って教えろ糞野郎!」
「――教えてやらないよ」
ズドドド! と杖の連続突きをくらい吹き飛ぶ。
遠距離から来る魔閃に意識が集中しすぎていた為に、相手との距離感が上手くつかめない。
魔閃と杖の組み合わせ攻撃に、なすすべをなくし始める。
(いつまでも、これじゃ駄目だ。やるしかねぇ!)
意を決したアゲハは、虚無僧に対し突撃した。
ギン! と両眼を開いたアゲハは放たれる魔閃を紙一重とはいかず、かすりながらも回避していく。
アゲハは気が付いていた。
魔閃を放つには、一瞬の溜めを必要とする事、そして杖の輪を向けた方向にしか放てない事を。
「!」
迫るアゲハに驚いた虚無僧は、決死の覚悟で魔閃を放つ。
その光は、アゲハの腹部を貫いた。
「――ぬあっ! んんのぉっ!」
白刃が、肩口から斜めに斬り下げた。
と、同時にアゲハの身体に虚無僧は抱きついた。
「終わりだ。降参して畜生道まで案内しろ」
「確かに終わりだ。貴様は私の焦る表情を見て好機と判断した。それは私の狙いだ。私は絶対に許さない……」
突如、虚無僧の身体が輝き始めた。
「抱きつく事が狙い? ……おい、オメーの身体から出てる光は魔閃――!」
虚無僧の口元が歪むと、その場所が大爆発を起こした。
激しい轟音が、雨の中を通り抜ける。
硝煙が上がる場所には、二人の姿は無い。
少し離れた場所で、魔閃で貫かれた腹部を抑えるアゲハがいた。
その身体はへそから首元、左肩までが焼けただれていた。
「魔閃のエネルギーを自分の体内で爆発させて、自爆なんかしやがって……腹の痛みで餓鬼道の瞬間移動が少し遅れたぜ……はうっ! やべぇな……早く傷口を手当てしねーと」
満身創痍のアゲハは、フラフラと歩き出した。
その姿を、いつの間にか背後に現れた赤い傘を持った赤いパンツスーツのショートカットの女が蛇のような冷たい瞳で見つめていた。その手に持つ四角の黒い氷が雨の中を走り、アゲハの左脹脛で爆発する。
「! うっ……野郎!」
突如現れる謎の女からの爆撃を避け続け、餓鬼道の瞬間移動を繰り返し逃げた。
その女は赤い傘から冷たい目を嗤わせ、追跡した。
カラス共は狼達の死骸を食い終え、次の獲物を求め四散した。
激しい雨が、今までの戦闘の全てを消すように洗い流して行く。
※
「……じわじわとなぶり殺すつもりか? 嫌な性格してやがるぜ。スズメの話だと、おそらく奴が畜生道サヤカ。現代的な奴って言ってたからな……にしても、言葉も無く試練開始か? やってくれるぜ」
逃走するアゲハは、牙狼関を抜け荷物倉庫のような白い小屋の中にいた。
周囲にも同じ小屋が存在し、畜生城に関係する何かの貯蔵施設のように思われる。
室内には茶色い大きな袋が多数詰まれ、黒い粉のようなものが床にこぼれていた。
その室内の壁に背をもたれつつ、むき出しの窓から外の様子を見た。
(サヤカの奴はまだいねぇか……この雨じゃ周りの状況もよくわからねぇ。呪怨のせいか、右腕の感覚が悪いぜ。体温を奪う雨のせいか?)
雨は相変わらず降っていて、全ての音を消すように地面へと落ちる。
感覚の鈍る利き腕の右腕は多少痺れがあり、動きが悪い。
右腕全体が鬱血したように黒く変色している事にアゲハは気がつかなかった。
呪怨の効果はすでに胸から下腹部に到達し、さらに黒い蠢きは進行する。
(……にしても何だこの場所は? 微妙に生臭い。まさか、あの狼達の住み処だった場所か?)
思いつつ、辺りを見回すが糞尿や体毛の痕跡も無い。
奥には氷の塊が存在し、中に黒い粉が詰め込まれている。
「何だ? 氷の中に黒い粉? 何の趣味だこりゃ?」
「氷の爆弾、氷爆の原料だよ」
ふと、アゲハは頭上からの声に顔を上げる。
「カラス!」
窓の手すりに、狼の死骸を喰った白いカラスが一匹いた。
カアッ! というカラスの奇声と共に、アゲハは小屋の外に脱け出した。
「野郎共、今度はオレを狙うか……!」
外に出た瞬間、赤い傘が目に映った。
氷の爆弾、氷爆が心臓に向けられ迫って来ていた。
「のおっ!」
抜刀し、飛び出した氷の爆弾を弾いた。
そのまま一太刀浴びせようとするが、サヤカには回避される。
アゲハは一気に路地を駆け抜け、違う小屋の中に入った。
「虚無僧戦で体力を消耗しすぎた。もうスズメからもらった餓鬼丸で体力を回復させて戦うしかねーか――」
と、アゲハが考えつつ次の小屋へ移った瞬間、火薬の匂いが鼻腔を刺激し――。
ズゴウンッ! とその小屋は爆発した。
瞬間移動で間一髪回避し、爆風で転がったアゲハは、
「爆弾!? どうやってオレの位置を?」
そう思った時、上空を死神のような白いカラス達がぐるぐると奇声を上げ、旋回していた。
そして、次の爆発が起きた。
「ぐおおっ……!」
衝撃をくらいながらも、アゲハは駆ける。
嘲笑うように、白いカラス達はアゲハの居場所をサヤカに知らせた。
サヤカは指揮者がタクトを振るうが如く手にする十手を振るい、その区域に存在する小屋を次々と爆発させた。アゲハは窓の無い区画の中央にある小屋に入る。そこには他の小屋とは違い、火薬の入った袋は詰まれていない。安堵し、懐の中の餓鬼丸に触れる。
「……もうこの世界にとどまれる時間が無ぇ。畜生道の試練はおそらく力の比べあい。一気に仕掛けて天海道に行ってやる」
やがて、カラス共はアゲハを見失ったかの如く空から消えた。
アゲハは餓鬼丸を口に運ぶ。
サヤカは嗤いながら十手を振るい、ボウッ! ボウッ! ボウッ! と、次々と白い火薬小屋を爆発していき――。
「? オレのいない場所まで爆破してる? しかも、こりゃ外周部から爆破……真ん中に収束してるって事は、逃げ場が――」
外周部から中央に向けて収束するように爆発していった火薬小屋は、中央の小屋にある小屋も巻き込み、その一帯は大爆発を起こし、激しい雨に侵食されない火の海になる。炎の光に映える赤い傘が揺れ、狂々と雨粒を弾くように廻った。




