餓鬼道との別れ
アゲハに言葉使いを指摘しながら、自分の言葉使いを忘れていたスズメは匕首でアゲハの刀と激突した。
闇の中で、互いの刃物の激突音の火花がパッ! パッ! と光る。
アゲハは餓鬼道の瞬間移動を会得しつつあった。
修羅道の自然を知る力と合わせる事により、瞬間移動の速度を上げている。
ダンダラの畑と、餓鬼山で鍛えた足腰の強さが瞬間移動の動作に耐えうる力になっている。
しかし、付け焼き刃ではスズメの餓鬼道は攻略出来ない。
すでに脹脛は紫色に脹れ、骨が軋んでいる。
「――うっ……! チィ!」
瞬間移動のスピードに両足が悲鳴を上げたアゲハは、よろりと竹薮に背中をもたれた。
「もらいっ!」
その隙をつきスズメは迫る。
「んなろっ!」
無理矢理アゲハは竹に登った。
スズメの追撃を隣の竹に飛び移りかわす。
ググッと重みで竹がしなった。
接近され打撃を浴びた刹那を狙うが、簡単に刃はスズメにかわされる。
刃の一閃が、竹藪の竹を斬った。
「? ――なっ!」
倒れるはずの竹が倒れない事に違和感を感じた瞬間、その竹が槍のようにアゲハに迫った。
「ぐふっ……!」
腹部に直撃を受け、竹藪の中を転がった。
地面の土をつかみ、すぐさま立ち上がる。
「……やってくれるなスズメ。って、何隠れてやがる! 出て来やがれ!」
「! 怒る人は嫌い、よ!」
「あーそうかよ。怒らしてんのは、オマエの方だと思うがな――」
言いつつ、アゲハはスズメに突進し、刃を一閃した。
しかし、スズメは一瞬にしてその場から姿を消した。
サッ! と先程アゲハが転がった付近に現れ、
「遅いよ。遅すぎる、よ!」
すると、刃を一閃したアゲハの姿は無数の揚羽蝶の姿になり消えた。
「え? どうゆう事、よ?」
「修羅道の幻だ、よ!」
地面に積もる竹やぶの葉の中に隠れていたアゲハは、すくいあげるように白刃を振り上げた。
「チィ!」
確実にスズメの隙をついたはずだったが、アゲハの一撃は空を切るのみだった。
「惜しいけど、ハズレだよ。ハズレだ、よ!」
「惜しかったけどアタリだよ。アタリだ、よ!」
「えっ!」
気が付くと、スズメの右肩口の布が切れていた。
「ええっ! やってくれたね。とりあえず逃走、よ!」
「待て、よ! ……この口癖はまじーな。気を付けよ! すでに末期か……?」
スズメの口癖が移った事に多少の動揺を覚えつつ、アゲハは追撃をかけた。
目視出来るギリギリの所にスズメの影が見え隠れする。
(……野郎、オレの視力のギリギリの所で上手く立ち回りやがって。このまま走ってもらちがあかねぇ。……こんな時光葉ならどうする? いや、オレの答えはここまでの道で得たものしかねぇ! オレの思い伝えなきゃしょうがねぇ)
思案しつつ首を振り、自分の答えを見つけスズメを探す。
「消えたと思ったらまた現れやがる。苛々するぜ。ったく、スズメはホント構ってちゃんか……遊んでいるようで楽しいが、終わるぜ」
ふと、ヒットアンドアウェイを繰り返すスズメに対し言った。
そして、自分自身の答えを告げた。
「聞けスズメ! 言葉が通じなかろうが、人種が違おうが犯罪者だろうが、性別、宗教、思想、全て違おうが全て受け入れる場所を作る。オレが最強であるなら、全てまるっと収まるからよ。そしてその場所から旅立つのも、帰って来るのも自由。それがオレの目指す自由揚羽蝶の世界図だ」
ピクリ、とスズメの口元が揺らぐ。
「ふーん、それでも裏切ったら?」
「斬る」
にべも無くアゲハは言う。
「まー、それは仲間を傷つけた場合だがな。それ以外なら、オレに魅力も強さも無かったてことで残念と思うさ。そーならんように絆を磨いていくしかねーな」
「そっか。いい答えだね。きっと百合花も喜ぶよ。鬼ごっこはおしまい」
「じゃあ次は化かし合いだ」
アゲハは竹薮を利用し、空中へ飛んだ。
飛翔したアゲハは、闇にぽっかりと存在をうったえる満月と重なり合った。
スズメも竹を利用し、飛んだ。
「わー満月と重なりあってるカックイーッ! けど、空中じゃ逃げ場は無いよ! 終わるよ!」
殺意を持った匕首が、アゲハの腹部を抉る――が、それは紫の揚羽蝶と共に幻と消えた。
「幻? 本体は?」
「満月に気をとられたなスズメ! 隙有りだよ!」
ぬうっと闇から現れたアゲハの蹴りが、スズメの顔面をとらえる。
スズメはそのまま地上の崖に突っ込み、転げ落ちた。
「よいしょーっ! まだまだこれからだ、よ!」
転げ落ちる最中、体勢を立て直したスズメは、上空にいるはずのアゲハを見た。
刹那――ザンッ! とアゲハはスズメの目の前に着地した。
「もらい――」
アゲハの姿は消えた。
「餓鬼道! アゲハの餓鬼道は半径五メートル以内。両足の腱を犠牲にして限界を越えても十メートル。近距離しか出来ないのにどう勝つのかな?」
左右に首を振るスズメの視界に、影が映る。
「残念だったな。足が限界だからこの場所を一瞬移動しただけだ」
ゴス! と刀の柄尻で、スズメのみぞおちを突いた。
夜風が流れ、決着がついた。
「相手を知り、尚且つ自分の中でその悲しみなどを消化し、相手を諭す事が出来る。その安定した力、思考の瞬発力。それが出来れば直感に頼るだけの先読みの戦いにならず、戦える。餓鬼道試練終了。だよ! 後は実戦で慣らしていけィ!」
突如起き上がるスズメは言った。
同時に、アゲハの両足のアキレス腱が切れ、倒れると同時に意識を失った。
優しい満月の光が樹海に注ぎ、倒れるアゲハの頬を照らしていた。
※
翌朝。
朝日が眩しい灰色の竹藪の中に、アゲハとスズメはいた。
切れたアキレス腱は特殊な飲み薬を飲む事でほぼ完治し、普段どおりの生活が出来る状態にある。
体内の細胞を少し死滅させ、それを代価に超回復を得る薬・餓鬼丸に興味を持ったアゲハは、もしもの時の為に残る一粒もらい印籠の中にいれて腰に結んだ。微笑む二人は次の道の話をしていた。
「……畜生道のいる城へ行く途中の牙狼関とういう関所を抜けるには餓鬼道を乗り越えた証の手形が必要。あげるよ」
「手形か。まさか世界の果てで手形を使うとはな。しかも城か。こんな鎖帷子が必要なくらいヤバイ奴なのか」
スズメにもらった浅黄色の羽織の下に、重々しい鎖帷子を着、両手両足に鉄甲を装備したアゲハは言う。背中の布袋には携帯食の乾燥芋を持ち、数日は食料に困りそうに無かった。
「畜生道の居る地域はだいぶ整備されているよ。雨が常に降り続け、地面は石畳で、砦のような場所が牙狼関だよ。その先に畜生城がある」
「牙狼関に畜生城か……嫌な感じがするな」
「そうだね、畜生道は一番今の人間界に近い奴よ。過去数人は餓鬼までは突破したけど、畜生道は六道輪廻において最大の壁。聖光葉と鬼京雅以外この十年突破していない完全な力の世界」
「力の……世界」
「畜生道は城郭を備えた鉄壁の居城。三途の川の赤川を流れる現世の悪人全てが集められ、断罪される死の監獄。力のみが正義となりうる六道輪廻において最大の壁よ」
「まーここで色々考えてもしょーがねー。やってやるぜ」
「……では最後に。孤独の中でも強くあり自棄にならず、仲間に頼れる人間のようだね。孤独の中でも流れる雲のよう、離れ、集まり、強くなれよ!」
「なーに、オレは狂ってるからな。またなスズメ」
そして、網傘をかぶりアゲハはスズメの餓鬼道の山を下山し始めた。
その後ろ姿を、スズメは見送った。
(アゲハは餓鬼道終了か。次は畜生道サヤカ……あの女は試練よりも拷問を選ぶ女。それに鬼京雅に突破された事でまだ怒り心頭のはず。呪怨がまた活発に暴れだしたらいずれ心臓を喰い破られ死ぬ。弱い心を持つなアゲハ。その呪怨はあの子が意味も無く刻んだものじゃ無い)
やがて、アゲハの姿が樹海から消えた。
下山の途中――ふと、アゲハは足を止めた。
辺りを見回し、呆然と立ち尽くす。
「いまいち道もわからん。自然融合もしようがねぇしなー。こりゃ、夜明けまでスズメの所で世話になるしかないか……って、この山は直感が鈍るから戻るに戻れねぇ……。やばい、よ!」
その叫び声はスズメに届き、さ迷うアゲハはスズメの案内で無事下山し、世界の果ての中央に聳え立つ力のみが全てを語る畜生城を目指した。
※
そして鬼京雅の六道輪廻破壊により時間軸が世界の果てと異なる現世では――。
鬼京雅が世界制覇した時より半年以上が経過していた。
日本の各藩の首脳を手中に収め、自分の発言を通すように影から操るように京雅院を潰す為の組織を作った。墓や仏閣、ただ存在するだけの役人。医療費や年金がかかる老人に働かないニート、生活保護などの国の予算を食い荒らす存在を悪とし、一気に駆逐した。
仏閣や墓などを消滅させただけではなく宗教そのものを禁止した。
見えない神にすがるよりも、自分自身に誇りを持ち生きろという事だった。
そして、それが出来ぬなら死ねという言葉の裏返しでもある。
神に頼る宗教を消す。
死者で金を稼ぐ坊主も消す。
資源の無い世界では一般人の墓など無駄でしかない。
一握りの強者のみが、成功者のみが、柊のみが死後他者から崇拝される墓を持てる――。
まるで織田信長のような、狂気と実行力を持ってして世界全体と日本の大阪から上を支配する雅は京雅院との決戦に向けて着実に動き出している。
その異常な霊気をもってして人々を屈服させる狂なる少年は、牙城である東京藩の鬼瓦大聖堂にて鬼瓦ファミリーの幹部面々に演説をしていた。
「……税は民から吸い上げた血の涙。それは愚物に使うものでは無い。すでに世界は我々が支配した。そして、日本古来よりの諸悪の根源。京都藩の京雅院を潰す!」
『おおーーーーー!』
すでに鬼瓦ファミリーの強大な力の傘下に収まる者も多く、日本の藩の機能は消えつつあり、完全に廃県置藩が解消され出していた。聖光葉の狂気を塗り替える少年は我が道を進む。
そして、実質的に日本から孤立して方位される京都藩は宝玉霊装人などを周囲に配置し敵を屠っていた。
鬼京雅を倒す為の決起集会が京雅院総帥・十条清文から開かれ、このまま決戦になる事を宣言する。
霊魔神姫の千鶴の逆予言により、輪廻転生にて京雅院を救う柊が復活する話が出た。
それは聖光葉の復活だと信じる者が大半だったが、ごく一部の人間は違った。
アゲハの義理の妹の京子は迫る敵を倒しつつ、輪廻転生するはずのアゲハを信じて待つ。
現世では異能を持つ柊が世界の中心となり、異能無き人類が駆逐されて行く――。
それを知らぬアゲハは現世に復活する為に、畜生道を目指している。




