鬼ごっこ
「……胸の蠢きがおさまらねぇ。しかし、何で百合花がここにいやがる? そして、ここはどこだ?」
何故か死んだはずの妹の百合花が現れ、その存在から逃走したアゲハは完全にアゲハは道に迷っていた。樹海の中はだだ闇のみが広がり、微かに月に照らさせる鉄の竹薮の反射の明かりしか存在しない。止んでいた火山もまた鳴動を始め、地面を揺るがしながら山を震撼させる。冷たい風が竹藪の中を吹き抜け、紫の髪を揺らした。
(……自然の風に何か紛れてやがる。こいつは……)
ふとした違和感に、アゲハの感覚は鋭利に働いた。
「百合花? スズメ? そこっ! そこかっ!」
前後左右に現れた京子だかスズメだかわからない人物をアゲハは視線で捉えた。
呪怨の蠢きで視界がかすみ、吐息に濃厚な血の香りが混じる。
突如立ち止まった少女は鳥のように両手を羽ばたかせ竹薮の空気を払った。
その少女は百合花では無くスズメだった。
ピンクの裾が短い着物のスズメは、
「逃げて何が得られるのアゲハ? 百合花と一体何があったの? ねぇ、教えてよ!」
「今は逃げて来たが修羅道は会得した! オレはダンダラとの絆でオマエを超える!」
「絆で超える? 人間は常に一人よ。強い欲望は他者を潰さないと叶えられない。アナタは百合花の幻に潰されて死ぬのよ」
ふと顔色が異様に変化し、スッと出した自分の手の平に吐息を噴きかけた。
ブクブクッとマグマの塵のように発生する赤い粒子の群れは闇夜に煌き、散弾のように放たれた。
すでに残りの体力が無いアゲハは、じっと身体を硬くし、マグマの塵をくらいながらひたすらに耐える。うずくまり、全てが過ぎ去るのをただ待つだけのような姿勢に怒りを感じるスズメは、じわりじわりとねちっこく拷問をする看守のような口調で、言葉でも責める。
「絆と言ったわりにはアナタは独りに見える。修羅道の自然融合で受け入れた力だけじゃ、人間の世界は渡って行けない。人間は意識がある限り他者と一つになる事は出来ない」
「……オレは光葉のように他者を全て受け入れ強くなる。オレは人を……」
「人間は人間を差別し、能力が高くなくても豊かな良民になれる。反対に、下民はよほどの努力と運が交わらない限り良民にはなれない。肌の色の違い、顔の優劣、能力の有無、生まれた場所の問題……。アナタはこんな人間達全てを受け入れられるの?」
「オ……オレは……」
「答えなさいよアゲハッ!」
怒りに満ちるスズメの声と共に灰色の竹薮が一気にじゅわ……とマグマに変化し、それはやがて人間の形を成した。その無数の人間達に、アゲハは息を呑まざるを得なかった。
ある男は両目が無く、ある女は髪の毛が抜け落ち、ある老人は顔面の半分が火傷で死んでいる。そのマグマで形成された人の群れは、その全ての人間が容姿になんらかの歪みがある人物達だった。とても一般社会に受け入れられない連中の寄せ集めでもある。
大きな集団は、一様にアゲハを目指して進む。その異様な光景に足が震え、先ほどの自分の言葉に反し後ずさる。全ての他者を受け入れ、呑み込んで自身に還元し、仲間に加えてしまう師の光葉とは大違いの行動だった。
「あぁ……来るなっ!」
全てを拒絶する情けない声でアゲハはその亡者のような群れを来るな! と拒む。
弱き足取りで、後ずさりながら唇をかみ締める。
それを見つめるスズメは見下すような声で言う。
「未来を信じ、迷い無き一歩を踏み出せぬ者に餓鬼道を得る資格は無い。全てから逃げたアンタには無いって事、よ!」
「んだと? オレは狂ってる! 光葉のように迷いは無え!」
「こーよー? こよこよこーよー……コオオオォォォォー!」
「ダークベイダーじゃねぇ! 光葉だ!」
「光葉は他者を心から理解し、他者を一切拒まない。アゲハとは違うよ」
「オレは光葉だ! 奴に出来てオレに出来ねー事は無ぇ!」
必死に、何かに懇願するようにアゲハは叫んだ。
マグマの亡者達は反応無く進み、スズメも口元を笑わせるだけで叫びに返答しない――瞬間。
ガブリ! と首筋を背後から噛まれた。
痛みと同時に背後に刃を振る。
しかし刃は中空を斬り、少し先でスズメが口をムシャムシャしている。
瞳孔が開き、これ以上無い青ざめた顔で噛まれた首筋を抑えながら、
「……おい、オメー人間だろ? その口の中にあるもんを食うな!」
「アタシもそこの人間達もみんな人間の肉を喰らわなければ生きられ無かった人間達よ。歴史に多少詳しければ多少はわかるでしょ? どうでもいい話だろーけどね」
ムシャムシャとアゲハの首の肉を喰らうスズメは、無機質な瞳で言う。
もうアゲハは震えが止まる事が無い。
闇の暗殺業で生きて来たが、食事も寝る場所も確保されてたアゲハにとって、スズメ達はとても人間に見えず、言葉には出さないが化け物としか思えなくなっていた。その化け物は、アゲハの肉体のみを求めている。
「狂ってやがる……ああっ!」
両手を捕まれ、背後を押さえられると、多数の亡者の群れが迫って来ていた。
その群れはアゲハを自分達に引き込むように我が! 我が! と迫って来る。
無数の歯が全身を噛みだす。
もがく最中、ふと腕を掴む顔が焼け爛れた女の亡者と目が合った。
その絶望しか写し出さない女に不快感を感じていると――。
(――これは!)
灼熱のマグマから生み出された皮膚から、アゲハの脳裏に誰かの記憶を見せた。
それはどこかの学校の化学室のようで、一人の少女が多数の生徒に囲まれていた。
双方は言い合いになり、一人の少女は多数の少女達に押され薬品が並ぶ棚に激突する。
同時にその薬品の群れの一つが少女の頭に落下し――。
「――おおおおおっ!」
その誰かの記憶と共に、餓鬼山の火山活動が勃発した。
その震動でアゲハは一瞬亡者から離れ、その隙をつき瞬間移動をし距離を取った。
しかし、左耳に誰かの甘い香りと唾液まみれの舌が囀った。
「鬼ごっこ第二弾開始だよ」
「っ! 鬼はオメーなんだから二弾もクソもあるか」
「違うよ! アゲハだよ! 鬼はアゲハだよー!」
「何だと? ……オレは!」
突如、アゲハの言葉を潰すように火山は噴火し、マグマが天に向かって吼える。
その鳴動に意識を奪われていると、地獄の亡者達が一斉に駆け出し目と鼻の先に迫って来ていた。
目を見開き、一目散に逃げる。
山頂からはマグマの本流が流れ出し、灰色の鉄の樹海を呑み込みながらアゲハの元に迫ってきている。 心臓は呪怨が蠢き、確実に寿命を喰らうように存在を主張し、アゲハの身体機能を停止させようとする。もうすぐマグマの本流から突破出来そうな為、笑みを見せるアゲハは自分の直感が弱っている事を忘れていた。
「鬼ごっこ? ふざけんな……あの瞬間移動するスズメを捕まえるのが餓鬼道の試練なら普通だが、これじゃオレがただ潰れるだけ……心を試されてんのか? クソが!」
ズザザ! と竹にしがみつきながら揺らし、鋭利な鉄の笹の葉が雨霰のように降って来る。
ここに来た経緯全てを知っているかのようなスズメの口調にイラ立つ。
「……どこまで逃げるのかな? ここは京都じゃないよ! どうして三途の川を這い上がったの?」
「黙れ! 余計な事喋んな!」
「中々心が折れないね。修羅道を抜けただけあるか。このまま四肢を潰してもしょうがなさそうだから、鬼を追加するよ!」
掌にマグマの粒子が煌き、マグマの雀が無数に生まれた。
そいつ等はアゲハをすぐに標的と定め、一気に飛び立つ。
増えた鬼が心を揺らし、心臓に根づく呪怨に栄養を与えるようにアゲハを蝕む。
痛みに耐え、口の中に溜まる血を吐き出すとマグマの散弾を浴びて視界を失う。
「あああああっ! 目が!」
「メガマック!」
両目を失うアゲハを嘲笑うようにスズメは叫ぶ。
何も見えない恐怖が更なる恐怖を呼び、感覚を失わせる。
スズメは口笛を吹き、自分以外に甲高い高音を発する音を笹に反射させアゲハの聴覚を奪う。
すでにマグマの亡者の足音も聞こえる事も無い。
「直感、聴覚、視覚まで防がれて勝てるかしら? この結界は厄介だよ! ってきこえないね!」
どこかに向かって走るアゲハを、亡者と雀の群れは追う。
ヒラヒラと舞うようにアゲハを追うスズメは竹薮に激突しながらも必死に生にしがみ付くように逃げる滑稽な少年に言う。
「世の中は不思議過ぎるものも特殊過ぎるものも受け入れないわ。今のアナタのようにね」
必死にアゲハは走る。亡者達は追いすがる。
(アイツ、アイツ等狂ってやがる……人間の肉を喰らってまで生きるのか……そんなの人間じゃねーだろ。……百合花を殺した時の嫌な感覚がオレの心臓を潰しちまう感覚だぜ……)
アゲハは直感、聴覚、視覚を失い困惑が増して暴走する。
ブラックアウトした闇の中で現状を把握出来なくなる。
今までは超直感に頼り相手の挙動から先読みで攻撃と防御をし、勝利を得て来た。
しかし視界を失う完全な暗闇でどこから攻撃が来るか判断もつかず、動き続けるしかもう何もする事が出来ない。
「道は常に試練を相手の弱点に合わせて行われる。自分の過去全てを乗り越えられないと、死ぬよ!」
そうスズメが呟いた突如、右足の小指の爪が剥がれ血が吹いた。
そして派手に転ぶ。
「ぬうっ?」
単純に走り過ぎによる草鞋の損傷から、小指に負荷がかかり過ぎて剥がれたと思っていたがそれは違った。目の前に自分の小指の爪をガリガリと忌々しく喰らう動物姿のスズメがいたからである。
「このっ……!」
と怒りを込めて立ち上がり、右足を踏み出すとズブリ……という今まで感じた事の無い異様な痛みの感覚が全身に走った。それはマグマの灼熱の痛みだった。
「引っ掛かった、ね!」
と語尾を強調させて喋ったスズメは、頂上の方へ飛んで行った。
「――ああああああっ!」
右足にねっとりと絡み付く悪魔から逃れるように、アゲハは異常な叫びを上げ一気に駆けた。
恐怖が痛みを凌駕し、自分の焦げる右足を自分のものと思わずに頂上へ向かい駆けた。
その脳裏には、ひたすらにアゲハを責め潰すように妹・百合花の声が永遠に響く。
『……絶対に許さない』




