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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
40/67

餓鬼道・スズメ

(直感による先読みに頼り過ぎてたな……このままだとマグマに呑まれて死ぬ……)


 虚無僧と大岩の挟み撃ちが無くなった為、アゲハは頂上から流れるマグマのみを警戒し斜め上に走りつつ餓鬼道がいるであろう頂上を目指す。マグマの流れは無数に生える竹藪の為に決して早く無く、もう少し走り続ければマグマが流れて来ない山道に近づいていた。

 疲労困憊のアゲハは虚無僧に撃ち込まれた黒い染みの呪怨を気にした。鋭い痛みが走る心臓の先にある左胸の皮膚の染みは初めよりも多少広がっている気がするからである。


(……あの野郎。だがこのマグマももうすぐ突破。餓鬼道を越えた後にあの虚無僧をぶっ倒してやる)


 勢いのままマグマの流れと灰色の林を抜けると、そこには一本の細く赤い川が流れている静かな場所があり、そこで今日は一息つこうと思った。すでに体力も底にきており、次の戦闘に耐えうる余裕は無い。 張り詰めていた緊張の糸が切れ、大きく息を吐くと同時に尿意を催した。わざとらしく大きくアクビをし、ザブッと川に足を踏み入れ、赤い水を両手の平で汲み、何度か顔を洗い流した。


「ぶはっ! ういー疲れた、疲れた。……にしても淋しい山だ。まさか動物がいないと、山ってやつはこんなにも淋しいもんだとはな。この辺にねぐらがあるといーんだが……」


 川で顔を洗い、手拭いで顔を拭きながら言う。

 そして、袴をたくし上げ川に小便をした。


「あー、すげー勢いで出るぜ。大阪城の天守閣に登る勢いだ……ん?」


 赤い川の水面に雀の影が映る。

 ザバァ! と高速で飛行する雀が水面を翼で弾き、その水面は激しい水しぶきを上げた。

 顔をしかめるアゲハはそれでも小便を止めず、


「小便中に不意討ちか。ちょっと待っとけ……ういういっと」


 突如現れた雀に向かって、川を挟んだ向こう岸からアゲハは言った。

 雀の前の幻がゆらりと消え、川の手前にいたアゲハは小便をし終えた。


「幻……。修羅道か。アゲハ、川に小便などするとは言語道断だよ!」


「あー、ついな。って、何でオレの名を知ってんだ? おっと、したばっかだからまだ汚ぇか? やべっ!」


「コラ!」


 小便をした手を川で洗ったアゲハに対し、人語を話す雀は一気に仕掛けた。

 ザバァ! と叩かれた水面から大量の水が弾け飛ぶ。

 その水を浴びつつ、アゲハは雀の動きを注視した。

 小さい雀の姿が次第に大きく変化し――。


「変身だと? 人間! 女か!」


 雀が変身し、長い黒髪の裾の短いピンクの着物を着た少女が現れる。

 その右手から繰り出す、槍のように伸びてきた匕首がアゲハの首筋を捉えた。


「!」


 しかし、首筋からは紫の蝶々が無数に舞い、それは修羅道の幻だった。

 背後に現れたアゲハに少女は、瞬間移動したように更に背後に現れ、間髪入れず一撃をくらわす。


「ぬうっ! 見切られた? まさか――」


 刀の鞘で攻撃を受け流し、少女のみぞおちに鞘の柄尻を叩き込んだ。

 しかし、その少女は一瞬にして消えた。

 シュン! シュン! シュン! シュン! とアゲハの周囲を瞬間移動する裾の短いピンクの着物を着た少女は威嚇するように前後左右、四方八方に現れては消える。チンと刀を納めたアゲハは周囲を見回し、腰を沈め鯉口を切った。微かにしか目に映らない敵に対し、最速の一撃で対抗する為である。ジリッ……と停滞する風が緊張感を高め、左手の親指と左足のつま先に力が入る。


「!」


 自分の周囲に鋭利なまでの神経をはりつめていたのにも関わらず、右肩に違和感を感じた。


(……オレの超直感の警戒を突破した? 殺られるか――?)


 死の予感にも関わらず、相手を見失うアゲハは冷静に思う。

 極限の疲労が、全てを楽にしようという逃げの思考に移行しつつあった。

 同時に、その思考はこの自然の本質をつかんだ。

 高速の抜き打ちを仕掛けると、中空をピンクの着物の少女が旋回していた。

 刀の間合いから少し離れた地面の上に立ち、長い黒髪をふわりと揺らして立ち止まる。


「あーらら、修羅道を突破しただけの力はあるよーだね。でも次仕留めればいいだけの事だ、よ!」


「……人間の姿になったりも出来んのか。やーれやれだぜ……? 百合花?」


 その少女の長い艶やかな黒髪と、幼くも品がある顔に死んだ妹の百合花を思い出した。

 呆然としつつ、その不思議そうな顔をする少女を見つめていると、


「アタシは百合花じゃなくて、スズメだよ! 餓鬼道のスズメ! 百合花はアゲハの恋人? 姉? 妹? 甥っ子? 愛人? お母さん――?」


「ん? んーとな。……そう、甥っ子。甥っ子だ」


 別にコイツに答えても仕方ねぇなと感じたアゲハは適当に答えた。

 何故かムッとした顔のスズメは唇を尖らせ、


「甥っ子の甥っ子は回鍋肉ーっ!」


 ズゴッ! とアゲハの顔面に蹴りを入れた。

 グラッと意識が反転し、懐かしさと寂しさを感じつつ立ち尽くす。

 脳裏には、百合花の顔が鮮明に映し出される。

 切れ長の瞳に、桜色の唇。

 色白の肢体がスウッ……と背後に流れて行く。

 少しずつ離れて行く百合花を、ひたすらにアゲハは追った。

 駆ければ、駆けるほど、百合花との距離は離れて行く。

 しだいに周囲は炎が展開し、二人は炎に取り囲まれた。


(んで炎が。熱っ! 百合花! 待て……っ!)


 一向に縮まらない距離に対し、思いっきり手を伸ばしてそのか細い手をつかんだ。

 つかんだ手には人間の温かさは無く、死体のように冷たい。

 ふと、アゲハの胸元が赤い鮮血に染まった。

 その百合花は口から血を流し、炎に包まれ姿を消した。


(!)


 意識が現実に引き戻されたアゲハは、灰色の樹海の空気の重みを今更ながらに感じた。

 その憔悴するアゲハは妹に似た顔のスズメに見入る。

 全身を巡る血液が冷えて行く様な不快感と共に、心臓を蝕む呪怨がアゲハの瞳から血を流させた。

 にんまり微笑むスズメは高々と言う。


「鬼ごっこの始まりー始まりーっ!」




「立ち向かって来るわりには逃げてるね。全てを受け入れられないと、この餓鬼道は突破できないよ」


 戦いの舞台はまた灰色の鋭利な樹海の中に戻っていた。

 まるで何かから逃げるような太刀筋を見せるアゲハの姿は、魔の樹海にさまよう放浪者のようである。 アゲハの全身には無数の傷があり、満身創痍であった。

 動物姿のまま瞬間移動で移動するスズメを倒す突破口が中々見えてこない。

 繰り出される斬撃は、スズメの瞬間移動の前に当たる事は無く、キインッ! と幾度となく鉄の竹薮に弾かれた。静かに冷たく言うスズメの言葉に対し、悪鬼のように顔を歪めるアゲハは、


「修羅道の自然融合でもすりゃいいのか? この自然はピリピリしすぎて厳しいな。オメーさんの仕込みだろうがな」


「細かい事は自分で考えな、よ! アタシの餓鬼道を得たくば、まずはアタシを捕まえて御覧なさい。さらばっ!」


 シュン! と瞬間移動したかの如く、スズメは姿を消した。


「勝手に喋って勝手に消えやがって……とんだ鬼ごっこだぜ!」


 溜息をつき、暗くなり始めた灰色の樹海を見据える。

 修羅道の自然融合の力を使い、周囲の索敵をする。

 地面の土、うっそうと生える無数の竹薮、そして重く乾いた空気がアゲハの細胞を駆け、脳髄に情報を教える。鉄の笹の葉を踏みしめ、アゲハは呟く。


「やっぱ、修羅道の自然融合が機能しねぇ……。こうなったら火を使い炙り出すか? いや……」


 流石にスズメ一人倒すのにこの樹海を焼くのは間違ってると思ったアゲハは、修羅道の幻で閃光のようなスズメの攻撃を回避し続けた。しかし、この状況を打開する手立てが未だに無い。


(……どうする? 目標は小さく、瞬間移動……しかも、刃は全てかわされる。奴がもっとデカけりゃあな……。チッ、黄色い囀ずりなんてしやがって。こんな時、光葉なら……)


 苛立つアゲハは、スズメの一撃を受けながら、


「くっ! ダンダラのように人間の姿ならな……そうか!」


 修羅道の幻で攻撃を回避したアゲハは、刀と鞘を構えて仁王立ちになっていた。

 激しい叫び声と共に鉄の竹薮を打ち続ける。

 キンキンキンッ! と甲高い騒音が樹海に響き、飛翔するスズメは急に体勢を崩して落下しだし、鳥の姿から人間の姿に戻り地面に倒れる。耳を抑えながら灰色の竹に手をかけるスズメに、アゲハは笑う。


「動物の耳の良さを逆手に取ったね。大胆な奴! ブー!」


「大胆なのはどっちだ。神出鬼没すぎてついけねー、って待て!」


 瞬間移動を繰り返し、スズメは山の上へ消えて行く。

 鉄の笹を踏み散らし追うアゲハは、


「あの虚無僧野郎は何だ? オマエの手下か!?」


「虚無僧……野郎? んー知ーらんぺ! 岩を転がして欲しいとは言われたけどー」


「! オメーが岩を転がしてた犯人か!」


 瞬間、振った刃の物打ちの上にスズメが当たり前のように立っていた。

 流れていた空気がピタッと止まり、嫌な空気の重さが空間に走る。

 刀にスズメの重みを全く感じないが、とげのような殺気に気圧され右腕が動かない。


「山に登って来た時からそうだけど、相手の力量と自分の力量を測る癖はいつかアナタに不幸をもたらす、よ!」


「ここまで声色と殺気が違う人間は初めてだ。その癖は冷静に周りが見えていると、とって欲しいもんだぜ」


「その冷静さはただの臆病からくる力。アゲハは凡人。光葉とは大違いー」


「何だと? オレは狂ってるんだ! 凡人何かと一緒にすんじゃねぇ!」


「死んだ百合花も笑ってるよ! 甥っ子の甥っ子は回鍋肉ー!」


「何言ってやがる!」


 シュン! と瞬間移動したかのようなスピードの刃が繰り出され、驚いた顔のままのスズメは匕首で防いでいた。


「この森にゃ一切の動物がいねぇが、それは侵入者の第六感を消す為か!?」


「違うよ。いらないからだ、よ!」


「いらないだと?」


「この山は私が意図的に動物を始末し、管理しているの。だから、人間の直感がまともに機能せず、感覚がおかしいと感じるの!」


「そんな事で動物を殺すか!」


 目視で微かにしか捉えられないスズメにアゲハは翻弄され、数度の打撃を浴びた。


「こ……のぉ!」


 シュン! と神隠しに合うようにアゲハは消える。


「これだけ見せられ感じられたおかげで、餓鬼道の瞬間移動の極意はつかめた。要は、踏んだ地面と移動先のポイントをルートとして霊気で見定め、足に究極的な霊気を溜めて移動する。これは瞬時に状況を認識する力と強靭な脚力。ダンダラの畑で鍛えた足腰と、修羅道の応用である程度まで再現出来た。餓鬼道は一日で突破してやる」


「基本は正解。だけど、それじゃあ餓鬼道は突破出来ないよ! 魔の樹海は磁場も無く感覚は狂うから!」


 一瞬、消えたスズメは左手に何かを持っていた。


「山の入口で落とした焼き芋の袋! ……まさか、頂上に近いこの場所から山の入口まで瞬間移動したって言うのか? 三千メートル以上ある山だぞ……」


 軽く二千メートル以上樹海の中を移動し、また自分の目の前に戻って来たスズメに、アゲハは開けた口が塞がらない。修羅道の自然融合の応用程度で瞬間移動の真似まで出来た事で餓鬼道を舐めていた事に後悔した。

 ダンダラの時もそうだったが、スズメは自分を殺そうと思えば簡単に殺せたという事実に、改めて道の試練に楽は無いという認識を改めた。満面な笑みと明るい口調を使う反面、今の自分を見据えるように鋭い鷹のような鋭利な目と焼き芋を喰らう鋭い歯。餓鬼道スズメの二面性をまざまざと見せ付けられ、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。

 ムシャムシャと動くスズメの口から焼き芋の残骸が蹂躙された人間の肉片のようにこぼれ落ちる。夕陽はもうすぐ沈み、すでに夜の闇が山全体を暗く包んでいる。餓鬼道を使った影響からか、両足の腱がヒリヒリと痛む。冷たい一陣の風が流れ、袴を抑えながら着物の袖で顔を覆う。


(……奴の結界のよーな魔の樹海だな。感覚が狂い、暴れ回ると音で耳がやられる。が、硬直状態を抜け出すにゃー好機――)


 瞳を閉じ、得たばかりの瞬間移動で一気に仕掛けた。

 スズメはその動きに反応出来ず、微動だにしない。

 薄闇に浮かぶ自分の妹に似たスズメに刃を繰り出す。


「――百合花?」


 ピタッと繰り出す刃を止めた。

 瞬きを繰り返し目の前にいる少女に動揺し、恐怖の色が隠せない。

 色白の肌に長く艶やかな黒髪。

 漆黒の瞳に、白いセーラー服。

 薄い桜色の唇が揺れ、その声色にアゲハは疑念が確信へと変わる。

 囁き続けるスズメであるはずの少女に向かい、アゲハはかすれた声で声を絞り出すように呟く。


「百合花……」


 それは間違いなく、自分の妹として幼少期から共に過ごした百合花だった。

 餓鬼道の試練など忘れ、アゲハは懐かしさと同時に、百合花の囁きに頭を支配された。

 心臓に巣くう呪怨が蟲々と動き始め、重い息ぐるしさと共に吐血し、両目から血が流れた。


『何で殺したの? ここからはもう逃げられないわよ、兄貴……絶対に……』


 アゲハは逃げた。全力で全てを投げ出すように逃げた。

 その姿は、滑稽で哀れな少年でしかない。

 がむしゃらにアゲハは百合花から逃げ続ける。


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