表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アゲハ  作者: 鬼京雅
百年老人編
4/67

六道輪廻

 真夜中の京都藩・清水城内部正門入口――。

 空気が冷え冷えとする入口の一角にアゲハと京子はいた。

 この京雅院の総本山である清水城と聖光葉の本拠地とする西本願寺では、数年前から日中深夜問わず暗部の兵が襲撃を警戒したり見張りをしていた。六道輪廻を会得し人の理の先に進む光葉は急速に求心力を高め、その勢力は京都の京雅院内だけで無く、日本全体に狂信徒を生み出している。

 それを警戒した源空会は常に清水城と光葉の居城である西本願寺周囲に密偵を放ち、内部の動きを毎日、毎時間、毎分、毎秒と言った感じで監視していた。清水城の三家楼はすぐに密偵を始末するよう動いたが、その事を光葉自身は気にも止めず、常に同士すら連れて歩こうとしない事を危ぶんだ狂陰の仲間達は意欲的にに西本願寺内部を中心に周囲を警戒した。その緊張状態が続く場所に何故アゲハがいるかと言うと――。

「ねぇお兄ちゃん、あの人に呼び出された理由ってやっぱりいい加減自分の同士になってくれって事でしょ? お兄ちゃんだけだもんね。すぐに光葉に篭絡されないのも」

「あー、違げーよ。オレにとっちゃ、最悪の話だっただけだ」

「何よ? 何なのよ? 何が最悪なのよ?」

 グイグイと脇腹をつつかれながら、アゲハは笑いつつ後ずさる。少し遠くの篝火の影が動き、狂陰の警備兵は黙れと言ったように咳をしていた。気が付いたアゲハは小さな声で、

「け、警備に集中しろ。周りに迷惑だぜ」

「奴等弱いからいいのよ、ほおっておけば」

 唇を突きだし、地面に座り込む京子は言う。その豊かな表情を見てアゲハは安堵した。それは、光葉の護衛をし始めてから京子の顔に笑みが消えていたからであった。もしや光葉と上手く行ってないのか? という危惧も無くなり、アゲハも京子の隣に座る。刀の刀身のような鋭利な三日月が、二人の顔を淡く照らす。

「……光葉の一派は十条を支配する勢いがあるみたいだな。何もかもを受け入れ、何もかもを呑み込んでいる……いずれ関東の東京藩も呑み込み、世界をも呑み込むだろーな」

「えぇ。光葉は全てを受け入れ、飲み込む。私達のような人間が生きる場所を生み出すには、光葉派で十条を染め上げるしかない。日本が割れる紛争が起きようとも」

 光葉に見初められ、光葉の護衛をしている京子はそう言った。言葉に感情は無く、まるで光葉の一派でないような言い草だった。強い風が吹き抜け近くにある篝火が消えた。周囲の闇は二人を孤独にするように冷たさを増す。流れる風の音が光葉の声に聞こえた。

『君は学者が向いているようだ。学者を目指すといい』

 歯を食いしばりながらその強風に耐え、頭を振りながら光葉の言葉に耐えた。人を超える才能を持ちながら未だ人を超える道を行こうとしないアゲハに光葉はある日そう告げた。 

 暗殺に明け暮れながらも歴史の本を読み、日本の歴史に精通する知識を持つ。だいたいの子供達は本など読まず、与えられたゲームで遊んだり、スポーツをする程度である。常に命のやりとりをしている人間にとって、他人の人生などには興味が無いのであった。あるのはただ今日を生きようとする欲だけである。

 古来より暗殺者はどの時代においても大成しないのは歴史が証明している。

 しかし、アゲハは人を殺しても心が荒む事も無く、過去の歴史から他人の何かを証明しようと躍起になっている所がある。その知識欲の強さに光葉は関心しながらも一つの戒めとして苦言を呈した。自分を磨くための原石を世界の果ての六道輪廻で磨き、帰還したアゲハと共に同じ道を進む事によって更に聖光葉自身を進化させる為に――。

(オレは学者に向いている……いや、オレは戦闘者……学者なんかにはならねぇ。今は、六道輪廻に行くだけの力がたりねぇ。比叡山の六道の社の前まで行ったが、あの強烈な寒気のする場所の前で、ただ立ちすくむ事しかできなかった。光葉は何故、こうもオレの成長を急ごうとする? オレの今の年の十五で六道を越えたからか? それとも源空会との争いがあるからか? あの男の行動力には、正直勝てねぇ……だから光葉は京子を自分の護衛にしたのか? チッ、風もオレの気持ちのように弱くなってきてやがる……)

 少し風が弱まる闇の中で、アゲハは弱い気持ちを悟られないように思いつく質問を京子にする。風が出てきているせいか、虚ろな目のまま京子は答える。

「最近の京都は人の出入りが激しい。京雅院は外の勢力の力も借りて相当源空会に圧力をかけて来てるようだな?」

「あの男は相変わらず年も身分も関係無く、自分の周囲にいる人間は全て人生を学ぶべき同士よ。本当に、あの男は……」

 任務で人を殺める時と同じような能面の鬼の冷たさで言った。しかし、アゲハは京子の表情など目に入らず、光葉の相変わらずの姿を聞いて一層に光葉の掲げる〈狂〉に恋い焦がれた。そのアゲハは今日言われた言葉を思い出した。

『アゲハ。君は物事を察する直感力がある。そして何かを知りたいという学習意欲もある。学者になるといい。元来、臆病である貴方は闘争よりも学者の方が向いている。それでも、争いをしたいならば六道輪廻を巡ってみなさい。貴方ならば、どちらの道を行こうとも乗り越えられるでしょう』

 ふうっ……と溜め息を吐いたアゲハは、ぼうっ……と天の三日月を見た。その月は雲がかかり、まるでアゲハの今の心を映しているようだった。

(六道輪廻を会得しろなんて京子にも光葉は進めてんのか……? 世界の果てに行って帰還した人間は今の世では光葉一人。想像を絶する地獄が待ってるだろう。学者なんてなりたくねぇしな……臆病者のオレじゃなく、何故京子に六道輪廻を行かせない? オレより強い京子に行かせない理由なんてあるのか……?)

 思い詰めるように唾を飲むアゲハの背中に、京子は寄りかかる。

 その京子の重みを感じながらも、アゲハは光葉に言われた言葉を反復して思い出していた。すれ違う二人の思いを隠したまま夜はふけて行く――。





 比叡山頂上にある源空会の居城である源空社げんくうやしろ

 質素な作りの神社風の建物の最奥に源空会を代表する長老である源空吉武げんくうよしたけがいる。七十を超える源空会の代表である男は江戸時代から数えてすでに二十九代目であり、目前に迫る三十代目の候補として数いる孫の中で、一番の源空会の信条とする源平合戦の主役である源九郎義経に瓜二つと言われる少年が選ばれていた。

 しかし、三年前の霊脈が解放され柊の出現から発生した廃県置藩により、源空会三十代目党首としての引継ぎが行われずに今に至る。

 源空会の表の実行部隊の隊長を勤める是空は日に日に衰えて行く長老の姿が痛々しく、早期に何かしらの決着をつけないと不味い事を感じていた。

 是空の周囲の人間もこぞって京雅院との戦争を望みここで白黒をつけて幕末の終わりの改革である廃藩置県を再度行う事で源空会の威光を取り戻し、日本と世界に柊としての最高位は源空会だという事を示すという論がこの質素な社の中で渦巻いていた。

 アゲハとの戦いで光葉の真意を確認した是空は戦争による武力行使の前に最後の会談を設ける事で長老と話をつけた。相手方が日本を閉ざしていた大霊幕を解除した以上、最後の話し合いに応じるのは歴史ある源空会の行いに恥じるものだとして長老は自らが京雅院との会合に参加する事にした。

「これで源空会の暴走は一次的に止まる。後は来るべき会合で私の命もろとも聖光葉を始末すれば両者は戦争になるだろうが、その争いも小規模で治まる。互いに実行部隊の優秀なナンバー2がいない以上、歩み寄るのは必死。光葉さえいなければ京雅院の三家楼を抱き込むなど造作も無いだろう」

 長老との話し合いを終えた是空はその古びた廊下を歩く道で独り言を言った。

 すると、少し先に見覚えのある小柄な老人が佇んでいた。

 それはどう見ても先程まで話していた長老である源空吉武である。

「長老……一人でお歩きになられて大丈夫ですか?」

 唖然とする是空は素早く冷たい廊下を駆けて長老に近づく。

 すると、長老の背後に大きな千手観音が浮かび、やがてその左右から蒼と紅の炎が生まれた。

 これは正に現世における極楽浄土ごくらくじょうどとも言える炎でしかない

「是空、お主は少々やっかいな男のようじゃ。まるで聖光葉のような頑固さと聡明さを持ち合わせておる。ワシの世界にワシの上に立つ者はいらんのじゃ。故にワシのものになってもらうぞぇ……」

「お、お前は長老じゃないな? 一体……一体誰だという……うおおおおおっ!」

 先程までの長老とはまるで違う、突如若々しくなった男の一撃を浴びた。

 混乱と動揺に意識が包まれる是空は蒼と紅の炎に呑まれた。





 京雅院本家・清水城。

 清水寺の裏手に存在する京都藩を含める関西の経済界全てを担う光と闇の御殿。

 五光の光と深淵の闇を司るその城の篝火が焚かれる裏門の入口にアゲハと京子は居た。闇が干されるくらいの炎の明かりが一般の観光客は入れない重い空気が流れる空間の二人を照らす。少し奥にある入口の左右には数人の警備兵がおり、闇に潜む鷹のように目を光らせて二人を注視する。屋根の上や物陰には暗部の連中も潜み、その物々しい監視に京子は辟易する。

 護衛で来ている者ですら清水城内部への進入は許されず、光葉と宮古長十朗の会合が終わるまで外の入口で待つしか無い。すでに三時間近く監視された入口の篝火にあたりながら立ち尽くしていた。パチリ……と大きく篝火が弾け、アゲハは言う。

「……なかなか終わらねーな。帰り道はオレとオマエだけの護衛で大丈夫か? 光葉に反対する保守派は京だけじゃなく、日本全国にいるぜ? 外国も危機感を感じ、また攘夷に走らないか監視の密偵を放っているぐらいだからな」

「大丈夫よ。光葉は強い。おそらくこの世の誰よりも……」

 天に浮かぶまんまるい月を睨むように、蔑むように言った。その陰りのある表情にふと、意外な顔をするなと思ったアゲハは、今になって京子の顔を初めて見たような気がした。京子が任務中に、どんな顔をしながら人を殺めているのか? という事を考えていた――。

「御待たせしましたね。行きましょうか」

 さも、ずっとそこに居たような足取りで、光葉は裏門の入口に現れた。

 その背後には京雅院三家楼筆頭の宮古と幹部連中がいる。その様相は柔らかいが、蛇のような両眼が明らかに光葉を恫喝しているのを伺える。互いに会釈をし、宮古は清水城内に下がった。

(相変わらず蒼と紅の嫌な両目だぜ。地べたを這う蝮のようにしつこそうな奴だな……正に蛇の道は蛇)

 そして、自分を見つめている光葉の顔を見た。

 その能面のような笑みに、アゲハは鳥肌が立つ。

(何だこの感覚……オレは何を知った?)

 自分は、知らなくていい何かを知り始めたんじゃないか? という疑問がふと頭の中で螺旋のように駆け巡り、二人の顔を見比べながらぼんやりと立ち尽くした。

「行きますよ、アゲハ」

「行くわよ、お兄ちゃん」

 と、二人に言われ、我に還るアゲハは後に続いて清水城の裏門を出た。

 肌寒い清水城の裏道に一陣の風が流れ、前を歩く二人に異様な距離感を感じた。

「そんなに急ぐなよ。日本全体がアンタを危険視してるんだからよ」

 自分が護衛をしに来ていたという事を忘れていたアゲハは、スッと二人の先頭に踊り出る。

「アゲハ」

「ん?」

 突如、肩を叩かれピッと人差し指を頬っぺたに差された。

 何の脈絡も感じない光葉の行動に、アゲハは嫌な顔をする。

「……何だよ」

 微笑をしている光葉は、その視線を闇の中に向けていた。

 困惑が拭えない刹那の一瞬に、京子の冷たい声が聞こえた。

「賊よお兄ちゃん」

「――!」

 闇夜に紛れる黒い装束の黒頭巾共が周囲に溢れていた。

 その一人を蹴り飛ばした京子は光葉の背後をガードする。

「……っ! うおおっ!」

 乾いた地面の土に、一本の日本刀の切っ先がめり込んでいた。賊の襲撃にまるで気が付かなかったアゲハは、一気に全身に冷や汗が流れ、恐怖の余り奇声を発しながら抜刀した。

(オレの超直感をすり抜けるだと? 敵はどれだけの強さを持ってやがる!)

 月夜に煌めくアゲハの白刃がアゲハの超直感さえも欺く強敵である黒頭巾共を刺激した。

 特攻を仕掛けるアゲハの身体は微動だにせず、前に進めない。

 肩には光葉の白く繊細な手があり、その華奢な手一つでアゲハの身体は動かない。すると、光葉の唇が動いた。

「見ていなさいアゲハ。世界の果ての六道輪廻を渡った私の戦いを」

 瞬きと共に光葉は動き、闇に紛れた。

 黒頭巾は夜目になれている為に光葉を見失う事は無い。一番近い者の刃が光葉の首筋を切りさき、鮮血が吹き出てアゲハの頬を濡らす。しかし、アゲハは動じない。目の前に無数の光葉が現れている事に驚きのあまり声も出ない。

「修羅道」

 無言のままの黒頭巾は毒煙を使い周囲を毒で満たす。が、光葉は毒を全て吸い込んだ。身体中に赤い斑点が広がり致死量に達する毒に、京子も視線を一瞬向けるが目の前の敵により無視した。ブオッ! と黒い風に包まれる光葉は何事も無かったかのように死の淵から甦った。

「輪廻道」

 一瞬、動きが止まる黒頭巾達はその背後に光葉が瞬間移動し、触れられた事すら気がつかない。

「餓鬼道」

 全員がそれに気がついた瞬間――。

 ズゴオオンッ! と蒼白い光を纏った拳で地面を砕いた。

「畜生道」

 その爆風で意識を失う黒頭巾に手を当てた光葉の身体が虹色に輝く。近くの黒頭巾は自爆するように炸裂弾を抱え、突っ込み爆発する。爆炎が上がる中、アゲハは煙の切れ間から光葉を見る。すると光葉の姿が黒頭巾と似たような格好になり、他の黒頭巾を翻弄しつつ攻撃を加えていき倒す。

「天海道」

 という言葉と共にまた虹色の粒子が弾け、融合していた光葉と黒頭巾は分かれた。立ち上がる黒頭巾は残る力を振り絞り、特攻する。同時に、アゲハの網膜に焼きつく光葉が微かに動く。

「あれは流水の動き――」

 月の灯りに光葉の目が煌めき、夜の闇を縫うように身近にいる黒頭巾共を一気に倒した。まるでゆっくりと歩いただけのような動きに、夜目が利く残りの黒頭巾共は奇襲失敗と見て引き上げた。激しく息を吐き、アゲハは去り行く黒頭巾共を見据え、京子は光葉の行動を見守る。

「貴方達は京雅院の古株である十条家の部隊でしょう。この闇でこれだけ動ければある程度の察しがついてしまいます。さて、貴方達の顔を拝見しましょう」

 倒れる黒頭巾三人は頭巾を剥ぎ取られ、素顔を露にした。

「黒百合の先代の八雲さんと副長の水野さん。それに現首領の九朗君」

 驚いた表情を見せる事も無く、八雲と水野に、九朗と呼ばれた三人は無言のまま光葉を見据える。

「だいぶ久しぶりですね。まさか京雅院の闇を司る貴方達が揃いも揃って現れるとは光栄です。この失敗で死罪にならなければいいですが」

「……」

「このまま戻っても死ぬだけならば、私と共に来ては如何でしょう。貴方達の判断に任せますが」

 その光葉の言葉はいたって平静としていて、特別に恩を着せようという腹は無い。

 暗殺されかけた事などは一切気にする事も無く、ひたすらに相手の事を考える。

(本当に光葉はひたすらに相手の事を考え、媚を売る事も無くいつの間にか相手を懐柔する……狂ってやがる)

 見とれていたアゲハの意識に、知らない声が響いた。

「……恩にきる」

 と現首領の九朗が答えると三人はすぐに闇に紛れた。

 相変わらずの微笑を浮かべる光葉に対し、

(狂ってるのか光葉? 自分を殺そうとした相手を褒め、話を聞き続けるなんて異常……いや、オレも狂ってるさ……)

 自分が光葉に気に入られているという事は、自分が普通の人間では無く特別な狂人であるという事。

 それを確信したアゲハはまだ震える右手を懐の中に納め、靄の消えた満月を見上げて光葉を見た。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ