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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
39/67

餓鬼道への山道

 赤い空に黒い雲が流れる。

 アゲハは聖光葉の書いた六道の書に書かれた餓鬼山という世界の果ての東にある灰色の山を目指していた。そこではたぐいまれなる速さが手に入る。足元には白猫のユリがおり、餓鬼山への道案内をしてくれている。

 しばらく平坦な土の道を進むと針山のような灰の森が見え、そこを目指し進む。餓鬼山の山頂付近はマグマが噴火するが如くグツグツと煮物を煮るように嫌な震動している。ダンダラにもらった焼き芋を食いながらアゲハは言う。


「こりゃ、噴火する可能性があるな。ユリ、道案内はこの辺でいいぜ。噴火する前にダンダラん所に戻れ」


 ユリの鳴き声と共に餓鬼道のいる山の火山は更にグググ……と腹の奥底が鳴るように鳴動する。しゃがんで様子を見るアゲハは、振り返るユリに行け、と視線を送り山の入口へと歩き出す。すると、チリン……という音がし、餓鬼山の入口に黒い法衣を着て円環の輪が先端に付いた杖を鳴らす小柄な虚無僧がいるのが見えた。早歩きのアゲハは、いつでも抜き打ちを仕掛けられるよう刀を握り締め鯉口に左の親指をつけながら、


「また会ったな。残念ながらオレは文無しさ。確かこんな時は手の内ご無用って言うんだっけか? 噴火の危険があるからオメーも早く避難した方がいいぜ。オレは進むがな」


 スタスタと通りすぎ、虚無僧をやり過ごした。

 すれ違い様に天蓋の隙間から顔を覗くが見える事はなかった。

 頷いた虚無僧はアゲハの来た方向へ向かって歩き出す――刹那。


「ぬおおっ!?」


 ズゴゴゴゴ! と火山が噴火し、灼熱のマグマが赤い天に向かって吼えた。

 天地が鳴動し、世界が崩壊するような不快感がアゲハを襲う。

 同時に、今しがた自分がいた地面が激しく杖で叩かれた。


「おいおい、アンタ何なんだ? 追い剥ぎは止めとけよ?」


「もう剥がれているだろう?」


「? あっ!」


 暗く沈んだ声に反応すると、くわえていた芋が無くなっていた。

 視線の先に、一匹の雀が飛んで行くのを見た。

 嘴には、芋をくわえている。


「ふざけやがって! ――くっ!」


 立ち塞がる虚無僧の攻撃に、アゲハは芋の回収を諦めた。

 いや、そんな事を忘れさせる程にこの虚無僧から立ち上る殺気は凄まじかった。

 火花を上げつつ、互いの武器が鍔迫り合いを繰り広げる。

 天蓋の奥の顔は伺い知れず、依然として誰かはわからない。


(一体誰だ……オレに恨みがある奴……殺した奴が多すぎてわからん)


 迷うアゲハの隙をつき、杖が腹部を捉え吹き飛んだ。

 ズザッ! と砂利を転がるアゲハに虚無僧は止めを刺すために追撃をかける。


「かかったな」


 突如、虚無僧の背後に出たアゲハはその背中を斬り下げた。

 攻撃を受け地面を転がるアゲハは、紫のアゲハ蝶と共に消えた。

 今のは修羅道の幻である。

 薄笑いを浮かべ、肩をつかんで天蓋を脱がそうと手をかけた。


「ぬうっ?」


 勝利を確信したアゲハは何故か鼻血を出したまま宙を舞っていた。

 そのまま首根っこをつかまれ、中ずりにされた。

 底光りのする瞳と目が合い、男か女かわからない嫌な声が耳に響く。


「修羅道をこうも操れるとはな。軟弱者にしてはやる」


「……オレを封じ込めるようなこの凄まじい霊気……一体何者だ? 答えろ。ぐおおっ!」


 右手の力が増し、首筋に指が食い込んで行く。

 対照的に、優しい左指の人差し指が、アゲハの左胸部に触れ――。


呪汎じゅおん


「――! んだぁ?」


 瞬間、アゲハの心臓は素手でわし掴みにされ、反吐が出る事すら許されない極限の不快感を覚えた。

 口だけで無く両目からも出血し、自分の身体の不快感から逃れるようにアゲハは虚無僧に蹴りを入れ必死に駆けた。

 その場で立ち尽くす虚無僧はその背後を見据えていると、肩に一羽の雀が止まる。

 同時に、アゲハが駆け上る餓鬼山の深い針の森へ歩き出した。

 肩に止まる雀はピピピッと鳴き、虚無僧の肩に飽きたのか山頂に向かって飛んで行った。





「何だあの虚無僧野郎……かなり執拗に追って来やがったな。まー、とりあえず森の奥まで到着か」


 マグマの噴火と共に突如現れた虚無僧の追撃を避ける中、前から来るマグマ岩の落石を無我夢中で回避して餓鬼山の森の中腹まで来た。

 針の山のような茂みに身を隠しつつ、山に登る前に呪汎という呪いの弾丸を心臓に叩き込まれた時に出来た左胸の黒い染みを見る。


「おそらく奴はつけて来てるはず。誰だか知らんが、恐ろしき追撃者だぜ……。にしてもこの山……何かが足りねぇ山だ。あー、小便してえ!」


 餓鬼道が居るという餓鬼山に登り始めた時、アゲハは自身の感覚に違和感を覚えていた。

 辺りは針の山のような白い茂みと深い灰の無機質な竹藪が山の頂上まで続き、現世と大きく違うのは色ぐらいで、針の茂みだけ気をつければ普通の山であった。周囲はシンと静まり返り、落石に注意しつつ小便をした。


「……チッ、ホント何か嫌な山だ。何か感覚が欠けるぜ。火山が起こる予兆だからか?」


 そんな事を呟きながら、自然以外何も存在しない竹藪を抜けて行く。

 依然として山全体にはマグマが吹き出る予兆の振動が有り、予断を許さない状態にある。


「ここが地獄の何丁目かわからんが、火山が噴火する前に畜生道を仕留めねぇとな。人智を超える速さを手にして、とっとと次の道に進んでやるぜ」


 六道の書をサラシの中にしまい、アゲハは山の頂上を目指して上り続ける。

 多少湿った土の斜面を、アゲハは確かな歩調で登っていく。

 周りの木々は、相変わらず絵の中に描かれたもののように無機質である。

 やがて空が暗くなってきた。

 生い茂る灰の竹藪はアゲハの侵入を拒むように生えており、奥の方が深く先が見えない。


「ったく、暗くてわからん……!」


 突如、右耳に鋭い痛みが走り血が流れた。

 あまりの唐突な出来事に、アゲハはしゃがみ込み辺りを伺う。


(何だ? 何がいやがる……)


 竹藪の中は静寂を保っており、怪しい人影は無い――刹那。

 今度は右脇腹に鋭い痛みを覚えた。


「――っ! 野郎! やっぱ五感がおかしいぞ? くそっ!」


 高速の何かが背後からアゲハの右脇腹をかすめていったのが、何とか肉眼で確認出来た。

 刀の鯉口を切り、立ち上がるアゲハは瞳を閉じ、心を無心にした。

 何故か五感が上手く働かないこの樹海ではこの行為は極めて無謀だが、アゲハは高速で移動する敵の出所を超直感を最大限に生かし待った。


「!」


 瞬間、アゲハの頭は背後から一気に貫かれた。

 ズズズ……とその貫かれたアゲハから紫の揚羽蝶が生まれ出た。


「修羅道の幻だ」


 と、冷めた声で格好つけて言うが、相手はどこにいるかわからない。

 チッとは恥ずかしそうに舌打ちしたアゲハは、周囲を見渡す。

 暗い森の中に上手く働かない感覚を鋭利に研ぎ澄ましつつ、今度は肉眼で竹薮の本質を見据える努力をした。


「んっ?」


 キラッと小さい何かが光ったのを見た。

 意を決したアゲハはその竹薮の樹海に向かって駆けた。

 チリン……と背後で虚無僧の杖が鳴ったような音がし、振り向くが誰もいなかった。

 気にせず前を見ると、目の前に大きなマグマを纏う大岩がゴロゴロと無数に山頂から転がって来ていた。


「つおおっ……!」


 目の前の大岩を飛び越えた。

 瞬間――山道によって跳ねた大岩が飛んだ先にあった。

 鞘の尻を思いっきり突きたて、大岩の更に上を飛ぶ。

 ズザッ! と針の茂みに着地し、草鞋を貫き足の裏から血が溢れ出た。

 その痛みを消すように、背後に会いたくない黒い法衣を着た相手が居た。


「? お前が餓鬼道……じゃねーよな。道はやって来た人間に試練を課す存在。オマエみてーにただ相手を殺す事に特化したヘドが出るような殺気は飛ばしてこねーからな」


「……」


「オレの胸に刻んだ痣……呪汎って言ったか? こりゃ一体何だ? 大分、気分が悪いんだがなぁ」


「……」


 しかし、虚無僧は一切言葉を発する事も無くアゲハに襲いかかる。

 繰り出される杖の先端を見据え、刀の切っ先を当てた。

 同時に、山頂から転がって来る大岩が迫る。

 それを左手の鞘の尻で大岩を突き、左腕に負担をかけつつ右に流れた。

 灼熱の大岩が袴の裾にかすり、焦がす。

 土の上を転がるアゲハはバッ! と押し寄せる大岩を見た。


「……おいおい、あの大岩は全部オレの方に流れて来てるぜ。どうなってやがる。……ダンダラ、行くぜ……」


 その大岩の群れはアゲハに吸い寄せられるように迫る。

 トントンッと跳ね、一気に上を目指し駆けた。

 前だけを見据えるアゲハに、猛獣の如く大岩は迫り直撃する。

 その大岩は何にぶつかる事も無く、下へ転がる。

 サアァ……と紫の蝶になり消えて行くアゲハの幻の数メートル前を本物のアゲハは行く。

 この自然の本質を見据えたアゲハは修羅道の幻で大岩を嘲笑うように回避する。


「自然は素直だ。明らかにこの大岩は誰かの意思によるものってのを教えてくれたぜ」


「その余裕いつまでもつかな?」


 背後から迫る虚無僧の呟きがなぜか耳元で聞こえ、一匹の雀がアゲハの宙を旋回しだした。

 瞬間、全ての大岩が、地面の摂理を無視した軌道を取り出した。

 故に、修羅道の自然融合が効果を存分に発揮出来なくなる。

 アゲハは自分の感覚だけを頼りに必死に左右に駆け、回避運動をする。

 雀は嗤うようにアゲハの頭上を旋回し続ける。


(チッ! あの雀! 奴が現れてから岩の軌道が変わりやがった! だが、頂上まで行けば……)

 

 柄で大岩を受けるがその程度で受け止められるわけも無く、直撃を浴び背後に吹き飛ぶ。

 迫る虚無僧の杖が腰に直撃し、胃液が空中に散り目を見開く。

 瞬間、マグマからの問いかけとも思える感覚で、ある少女の声がアゲハの耳に響く。


『……絶対に許さない』


「――百合花? おおおおっ!」


 同時に、ズドドド! と杖の連続突きを全身に浴び地面に叩きつけられる――瞬間、


「あっ……」


 という絶望に近い唖然とした声を上げると、修羅道も使う事の出来なかったアゲハは灼熱の大岩に無惨に潰された。チリン! チリン! チリン! と杖を大きく鳴らした虚無僧は、自分を避けるように左右に転がって行く大岩と、新しく大岩が流れてこない事を確認し、アゲハの潰された場所を見据えた。その竹の笹が敷き詰められる場所にはアゲハの姿は無く、血が無数に飛び散っているだけだった。


「……」


 憮然としたままの虚無僧は、死体がどこに消えたのかを確認するようにアゲハが潰れたであろう場所まで来た。同時に天蓋の隙間が一つ増えた。


「あっ……」


「チッ! 完全に隙をついたんだがな……案外高い声だな虚無僧」


 鋭い笹の葉の敷き詰められた地面から現れ、刃を一閃した。

 しかし、間一髪で回避される。

 だが、アゲハは虚無僧の狼狽ぶりを確認し、勝てる……と確信しつつ、隠れていた窪んだ地面にばらまいた笹を蹴って平らにした。


「……ぐっ、貴様!」


「ん? どうしたよ虚無僧さんよ?」


 一本の刀が、虚無僧の背後から背中を串刺しにしていた。

 驚きと共に虚無僧は崩れ去る。

 修羅道の有幻影にて二人に実体化したアゲハは一人に戻った。


「感覚がイカれてる以上、修羅道で覚えた自然認識が無かったらこの地面の窪みにゃ気が付かなかったぜ。ん? 雀がいねぇな? まぁ、大岩も止んで一件落着だ」


 鳴動する火山の振動は、何者かの静かな怒りを表すようにじっくりと揺れた。

 灼熱の大岩が左半身に直撃した箇所も、着物が多少焼けただけで皮膚もさして歪んでいなかった。

 アゲハはマグマに触れた箇所を見て、ふと疑問がわいた。


(痛みの割には焦げが無ぇな? 何だこのマグマは? 嫌な記憶ばかりを……)


 マグマに触れるたびに、アゲハは脳裏に映る少女からの断末魔を否応無く聞かされていた。

 眉間に皺を寄せ、それについて考えるのを逃げるように止め、虚無僧の素顔を拝もうと近づく。


(生命力を感じねぇ……死んでやがるな。世界の果てでも死にきれねぇ亡霊みてーなもんか。左胸の痣もこれで消えるか?)


 そう考えていると、虚無僧の顔面が目の前にあり、何やら異様な言葉と共にスッと右手の人差し指を左胸に突きだした。瞬間、全身に寒気が走り心臓を抑える。


「!? かはっ……生きて……だ?」


「心臓を回避したか。咄嗟に致命傷を避けるのは小心故か……まぁ、いい。呪怨は必ずお前の身体を蝕んでいく。世界の果てにいられる残り時間は少ないぞ」


 前回と同じく、心臓を鷲掴みされたような究極的な不快感が続き、大量の吐血がアゲハを襲う。

 左胸の黒い痣は多少広がり、浸食が広がる。

 そのアゲハに、背後からはまた容赦無く灼熱の大岩が迫る。

 ここで時間と体力の消耗は不味いと直感し、息が上がる身体を強い意思で黙らせ、


「オマエの相手はしてらんねー。さ迷う霊の駆除なんざオレの役目じゃねぇ。オレが目指すは餓鬼道! オメーは他の誰かに相手してもらいな!」


 地面を抉るように刀を突き刺し、土と石を弾き飛ばす。

 すると、踵を返し一気に山道を縦横無尽に駆けた。

 背後では杖の輪の音が鳴り続け、目の前にはひたすらに灼熱の大岩が意図的にアゲハに襲撃をかけ続ける。サッサッサッ……と視覚を最大限に生かし、修羅道の幻を生かしつつ大岩を回避するが、アゲハの最大の強みである第六感、つまり超直感が使えない為に――。


「つおおっ!」


 スパァ! と全身全霊の一撃を大岩に叩き込み、縦一文字に真っ二つにした。

 背後に虚無僧が迫っている為に、斬った大岩の隙間を突っ込むように進む。

 しかし、異様な全身のダルさがアゲハの感覚を衰えさせて行く。


(……あの野郎、オレの心臓に何しやがった? 先に奴を斬るしかないか……!)


 シュン! と一匹の雀が目の前を通り過ぎた。

 その雀に惹かれるようにアゲハは後を追う。


(そういえば、この動物の存在しねー山に何で雀だけがいやがる? 奴の巣まで行けばまともな場所に出れるかもな。って動物が存在しねーって言ったのかオレは……)


 雀が飛んで行く方角を駆け抜け、やがて竹藪の中に入り込むといつの間にか大岩の落石も止んだ。

 走る体力の限界が来て、餓鬼道との出会いを明日にする覚悟をし、憤怒の形相で背後を振り返る。

 しかし、手に持つ銀色の刃が煌めく先には魔の灰色の樹海以外は何も見え無かった。

 異常な大汗を流すアゲハは安堵する。


「……後ろの野郎も消えたか」


 追撃を振り切ったアゲハは、土が盛り上がる壁のような場所に隠れ、まだ痛む心臓のある左胸を見た。


「この染み、生きてるように広がってやがる。これがいつまでも続いたら、不快感に負けてもう一度死んじまうぜ。二度死んだら輪廻転生できねーし!」


 着物をもろ肌脱ぎにし、有り得ない色に変色する自分の肌をまじまじと見た。

 黒い染みが蛆虫が生まれるように蠢き、更に広がっていた。

 憎しみや嫉妬が入り交じった、深淵の闇のようなものが肌の下の心臓に根付いているのを感じる。

 ドクン……ドクン……と全身に行き渡る血の流れに、この黒い悪魔が混じり、それがやがてアゲハの身体を乗っ取り始めた。


「……ああっ……うあああっ!」


 身体の内部と外部を侵食されたアゲハは、恐怖のあまり失禁し、あまりにも情けない声で絶叫しながら涙を流して立ち尽くした。しかし、そんな事はアゲハ以外の者には関係が無い。

 耳に、何かがゆっくりと迫って来る音がする。

 灰色の樹海を蹂躙するように、山の震動から発した赤黒い悪魔が迫って来ていた。


「マグマが流れて来てやがる!」


 いつの間にかブクブクッ……と灼熱で竹藪を飲み込みながらマグマの本流が流れて来ていた。

 虚無僧との戦いと大岩に集中し過ぎていたアゲハは、マグマの流れにすら気が付かない自分を恥じた。


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