修羅道との別れ
満足げに笑うダンダラは、シュンン! と三体に分かれるアゲハを見た。
そのアゲハはトライアングルの形でダンダラを囲む。
対抗するようにダンダラも三体になる。
三対三の戦いが始まり、まだ耕されていない畑の各所で剣の音が鋭く鳴る。
先手で三体に実体化をし、攻撃をしかけながらもすでに防戦一方のアゲハは回避や受け流ししか出来ず、ダンダラの刃が地面の土を抉るように刻んで行く。体力の限界のあまり苦痛に顔を歪めるアゲハは何とか刀を下段に構え、地面の土に蛇のように這わせながらすくい上げる返し技で凌ぐ。
「三体に実体化しても残りの体力ではろくに操れん。真髄を見極めても使いようがなっとらんな」
「へへっ、あせんなよ。ダンダラと食いしん坊の動物に恵みをやらねーとな。ユリの分も必要だ」
アゲハに委託された畑の土壌は柔らかくなり、踏み込みの力を誤るアゲハは転んでしまった。
ユリという言葉を聞いたダンダラは怒りの形相になり、ザッザッと柔らかくなった地面の土を左右に足で慣らし、
「……言っただろう? 泥棒猫に餌を与えるな。餌など与えても役に立たないではないか。全ての行動に無意味は無い。無意味なら自分に経験になる意味を見い出せ。それが出来ぬなら、いつまでも口先のみの小僧のままだ」
「ユリはこの世界の果てでの初めての仲間だ。役に立つ、立たねーの問題じゃねーよ」
「フン……お前の目的は敵討ちではあるまい?」
「そりゃそうだ。だが、あの猫はオレの仲間。仲間を大切にしない奴はクズだ」
「ほう、ワシはクズか?」
「知らん。が、オレはオマエを斬る。修羅道なんざ関係ねぇ。仲間殺られて黙ってるほど利口じゃないんでな。斬るぜ……」
「お前では光葉には勝てん。小僧っ!」
正面のダンダラが動いた。
しかし、突進したかと思うと、バックステップで後退した。
「!」
その隙をつき、背後にいたダンダラ二体がアゲハのふくらはぎを貫いた。
そして、アゲハの眼前のダンダラの刃が殺気を纏う。
「ここだぁーっ!」
と、怒気をはらんだ叫びを上げたアゲハは地面に刺さった刀を抜き、目の前のダンダラに向かって特攻した。
「グアアアア!?」
目の前のダンダラには目もくれず衝突した。
そのダンダラは、幻影の揺らめきを見せて消えた。
「今のは幻影。さっき飛んできた刀の大半は言うなれば有幻影。本物の刃物で相手の急所に攻撃し、更におびただしい血糊を幻影で創り心の動揺を得るのが有幻影の真髄――」
地面に突き立て、走る刃はズザァ! と空中に舞い上がり、修羅道の空間を切り裂いた。
全ての幻は消え、アゲハの身体の傷の全ても消えた。
目の前にいる本物のダンダラは、
「幻影と有幻影。よくぞ見破った。嘘に真実を交える事でワシの修羅道は力を数倍増す。見事だアゲハ」
「嘘の中の真実……か。確かに幻の中に本物の実体を交えられると厄介だ。いい勉強になった。戦いは力押しだけじゃ勝てない」
「構えろ。決着をつけるぞアゲハ」
「……全く最後まで良い奴だなダンダラ。オマエからの依頼もクリアしたぜ。勝負!」
ピリピリッ! と二人の殺気に辺りの空気が悲鳴を上げる。
「うおおおっ!」
「グアアアアッ!」
獣のような殺気を放つ二人の刃はこれでもかというほどに何度も激突する。
互いに修羅道はいまだ使わない。
それは、次の修羅道を使うのがとどめだと理解しているからである。
十数回の刃の激突音が鳴り響き、そして――。
突如、アゲハに向かい側の川の水と砂利が襲いかかる。
「!」
その直撃を浴びたアゲハに、ダンダラは止めを刺そうと追い撃ちをかける。
最大限に高められ、冷静になったダンダラの直感ではアゲハは今の攻撃を回避出来ていない。
鋭利な刃が、アゲハのいるであろう場所へ殺意と共に誘われる。
「終わり――」
シン、とその空間は静まり返った。
瞳を閉じ、ダンダラは刀を納めた。
そして、また瞳を開け、黙りこんだ。
ダンダラの目の前にはユリがいた。
「黙るなよ」
と、そのユリの姿をした猫がアゲハの声で喋る。
ダンダラは沈黙を通す。
「ダンダラ。オメーが本当に野菜泥棒を駆除したきゃ、ユリはすでに死んでいたはずだ。オメーが汗水たらして耕して、やっと収穫した野菜。それを横取りされちゃ、オレなら斬るね」
「……」
「だが、オメーは斬らない。いや、斬れないんだよな? 何故なら、オメーとユリは仲間だからだ」
「グアアアアッ!」
「あの畑にいた鴉や羆もオマエの仲間だろ? じゃなきゃ、あの畑の大きさの収穫量の必要性が無ぇからな」
全てを呑み込むような大きな笑い声を発し、ダンダラは言う。
「それがこの畑で得た答えか。現実と幻の狭間を迷いながら畑を耕して来たお前が、ワシの言葉に惑わされずに自身の目で物事の本質を捉えた答え」
「そうさ。それと、戦いの中で回避運動と共に畑も耕していたぜ。ダンダラにも手伝ってもらったがな」
「!」
ダンダラは驚いた。周囲を見渡すと、アゲハに委託し試練の前にはまだ三分の二しか耕されて無かったはずの新規の畑が全て耕されている。硬質の土壌は柔らかく耕され、肥料と水さえあれば新しい生命が誕生する状態になっていた。これは一本取られたなといった顔をし、頭をかいた。
自分が課した作業にまさか自分が加担させられている事に気がつかなかった事で、アゲハはこの土地の土壌を誰よりも理解し、自然との融合が自分以上に出来ていると感じた。
「たいした奴よアゲハ。光葉だけじゃなく、ワシもお前を気に入った」
ダンダラは笑った。
そして、居合いを仕掛けた。
ユリの姿からアゲハは元の姿に戻り、刃を一閃させた。
チン、というアゲハが刀を納める音と共にダンダラは地面に片膝をついた。
アゲハ対ダンダラの決着はついた。
地面に座り込み、アゲハは問う。
「で、さっきの答えはどうした?」
「答えはここだ」
ニョコ、とダンダラの髪の中からユリは現れた。
「バレていたら仕方ない。ワシとこの猫は友人だ。いつからかひょっこりと世界の果てに現れたんだ」
グアアアッ! と笑うダンダラはユリについて語り出した。
「……なるほどな。迷い猫みてーなもんだったのか。ユリは」
ダンダラの話に、アゲハは納得した。そして、突然倒れた。
「アゲハ!」
とダンダラがアゲハに駆け寄るよりも早く、ユリはアゲハの元へ走った。
「グアアアアッ! 不眠不休から来る疲労か……。まったく、世話のかかるやつだ」
言いつつ、ダンダラはしゃがみながらアゲハを見た。そしてユリを見て、
「この少年なら現世での騒乱も鎮られるかもしれん。鎮めねば、現世は鬼京雅によって終わるだろう。アゲハが次の道を越えて行く中で何があろうとも揺れない大義の人間道を会得できれば、の話だがな……」
グアアアアッ! と雄叫びを上げると、ダンダラはアゲハを担いで自分の小屋へと歩き出した。
ユリはアゲハを眺めつつ、ダンダラの後に続いた。
※
あの後、丸一日寝込んだアゲハはその翌日に復活した。
ダンダラの小屋の前には、新しい白地に紫の揚羽蝶が描かれた着流しに、仙台平の袴をはいているアゲハがいた。足は紺の足袋をはき、武者草鞋で足を固めている。周囲にはダンダラと羆に狼、鴉までいた。無論、ユリもアゲハの傍にいる。身体中に包帯の巻かれる身体に、多少の違和感を覚えつつも、アゲハは笑いながら言う。
「世話になったダンダラ。ここで得た自然融合の恵みの力、大いに使わしてもらうぜ」
「修羅道の真髄……修羅と人間の狭間で得る心の矛盾は大いなる力を生む。六道輪廻全てを巡ったらまた戻って来い」
「あぁ、とっとと終わらして来るぜ。何せオレは狂ってるからな」
「……そうだな。修羅道を乗り越えれば、六道輪廻を得る資格はある。世界の果ての全てを体感してこいアゲハ。ワシを乗り越えれば六道輪廻に挑む力十分にある。いかなる状況でも冷静になれ、ただし情熱は忘れるな」
「なーにオレは狂ってるからな。オメー等も元気でな」
寄って来る羆と狼、鴉の身体を叩いた。
そして、自分の耕した畑とダンダラの野菜の実る畑を眺めた。
豊かな野菜が実る畑に、アゲハは微笑んだ。
そしてダンダラはナマハゲ面の顔をかき言う。
「全ての六道にはコンプレックスがある。その強いコンプレックスの塊が六道だ。それが道の強さであり、弱さでもある。覚悟して行くがいいアゲハ」
「じゃあ行って来るぜ、ダンダラ。ユリも皆も元気でな」
「グアァァァァ!」
「ニャー」
アゲハはダンダラの小屋を後にした。
その背中はまだ卵から還ったばかりの雛鳥であり、まだまだ背中に六道輪廻を乗り越える一人前の男の覇気は無い。
ダンダラは河原の傍にある木材の屑が詰まれた場所を見た。
手に持つマッチ箱からチッとマッチの炎を灯し、その場所に投げた。
ジリジリッ……と鈍く炎は木材に乗り移って行く。
その炎を、じっとユリは見つめた。
(第一の試練は超えたか。初めはすぐに殺してやろうかと思ったが、生かして育ててよかったな。しかし、次の餓鬼道は新たなる刺客が現れる……お前がもっとも会いたく、会いたくない人間がな。世界の果てに存在出来るのは残り二十二日。光葉を超えるのは、凡人であるお前しかおらんぞアゲハ。そして鬼京雅は現世で悪を為している。奴の六道輪廻破壊により現世とはだいぶ時間軸が違うから急がねば一年などあっという間だ。お前の能力がアダになる餓鬼山で、恐怖のあまり狂うなよ……)
同時に、木材の中から星一つ無き闇の天に向かって狼煙が上がった。
その一瞬の煌きに、アゲハは足を止める事も無く歩き続ける。
鋭利な三日月が輝く夜空に一匹の雀が映り、また闇に消えた。
アゲハは灰色の魔の樹海に向かい、ただ歩みを進めた。
※
鬼京雅による六道輪廻破壊により時間軸が違う現世では――。
地獄で新たなる力に目覚めた鬼京雅は鬼瓦ファミリーの勢力を従え三ヶ月で世界制覇した。
その三ヶ月の間、京雅院が手をこまねいていたのは訳があった。
一つは関東に行きたくても、陸海空を阻む絶対的霊気を持った物が行く手を阻んでいた。
大阪を支配する鬼瓦は雅の霊気の波動を宿した全長百メートルの巨大な剣。
霊神報国剣にて京都藩から北上し仕掛けようとしている京雅院の活動を威嚇、牽制して抑えこんでいた。
そして二つ目の理由は鬼京雅を倒す戦力を集めていた。
京雅院は過去の英雄や豪傑が持っていた武具・宝玉霊装を持つ川徳家高を始めとする宝玉霊装人を集め出した。
アゲハの義理の妹の京子や暗器の若菜は京雅院総帥・十条清文の命により柊達を結集して絶対防衛線を張り何とか凌いでいる。
確実に、世界だけではなく日本は変革されて行き、京雅院と鬼瓦ファミリーという組織の決戦の日は遠い将来勃発する火種だった。
その戦いを知らぬアゲハは一人餓鬼道へと向かっている。




