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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
37/67

修羅道の試練

 修羅道の試練の日となった。

 アゲハは初めてダンダラと戦った河原の傍の畑にいる。

 夕陽が沈み始め、辺りは夜の闇を待ちきれないように異様な寒気を帯び始めていた。

 川の向こう側には小岩の上に座るユリの姿もある。畑仕事をしていた時に着ていた作務衣から、世界の果てに来た時に着ていた白地に紫の揚羽蝶が描かれた着流しに着替えていた。満身創痍の身体を休める事もなく、この日まで畑を耕し続けたアゲハに長時間戦闘に耐えうる体力は無い。

 全身の感覚を周囲の自然にあずけながら、ゆっくりと深呼吸をし続ける。ふと、表情が重く変わったアゲハはユリを手でこの場から離れろと指示した。サァァ……とアゲハの背後の水面が揺れると、少し先の薄闇に巨大な人物の輪郭が現れた。ジリッとアゲハは地面の土を踏んだ。


「……さて、これより修羅道の試練を行う。修羅道とは名の通り修羅の道を行くもの、荊の涙を流してでも前に進む強者である。現世の世に有能でも、世界の果てで無能ならば死ぬのみ。ここは未来を語る場所ではない。餓えた亡者の如く、今この瞬間のみを生きる幻の亡霊のいる場所。その者に友や仲間が必要か? アゲハ?」


「何のことだ?」


「お前はワシの言いつけを破った。修羅道を甘くみるなよ」


「何でもお見通しかナマハゲ野郎。化け物が」


「ワシは化け物ではない。修羅道ダンダラ。お前の名を問う」


「そんな意味で言ったんじゃねー。オレは何でもお見通しで凄いって意味で……」


「お前の名を問う」


 アゲハの言葉を遮るようにダンダラは言う。


「ナマハゲと言った事は悪かった。すまねぇ」


 渋い顔のアゲハは初対面でダンダラにナマハゲと言った事を謝る。

 その少し震えながら頭を下げた事に目がつき、


「悪いと思ってないなら頭を下げるな。気位の高さが身体の震えに出ているぞ」


「そ、そんなわけじゃ……」


「お前の名は? 名字が無いから答えられないか? 光葉が死んだ時、戦場から逃げ出した小僧が光葉の弟子とは聞いて呆れる」


「!」


 ダンダラのあまりの強烈な殺気にアゲハは刀の鯉口を切り、恥らいと怒りと共に抜き打ちをかました。その刃を、腰の回転の遠心力をつけて自身の背後に振り抜いた。激しい金属音と共に、互いの獲物を持つ右手が小刻みに震える。


「ほう、反応速度は上がったな。だがそれだけだ」


「そうかい。オメーも完全にオレの認識はズラせてねーようだがな」


「ムンッ!」


 ぐおんっ! とぶつかり合っていた刀を押したダンダラの勢いに押され、アゲハは後方に飛び下がった。ブンッ! と刀を凪ぎ、ダンダラは問う。


「修羅道の試練は名の通り修羅の道を行く者の試練。どうしてワシの言いつけを破って猫と戯れた? 王は孤独でなくてはならん。お前は王にはなりたくないのか?」


「おいおい、あの猫は気まぐれで相手しただけだ。さして――!」


「表情が変わったぞアゲハ。親しき仲でない限りこの状況で表情が変わるのはおかしいな。心の葛藤が読み取れる良い表情だ」


「……」


 鋭く光る白刃の切っ先が、いつの間にか現れたユリの首筋につきつけられていた。ギリッとアゲハは歯ぎしりしながら、無我夢中で斬りかかりそうになる心を無理矢理押さえ込みつつ、憎悪の瞳でダンダラを見据える。


「世界の果てを廻る六道輪廻の旅もここで終わりだ。そして、この猫もな」


「待て――」


「待たん」


 その瞬間、ユリの首が赤い鮮血と共に飛んだ。

 手を伸ばしたアゲハの右手の先の虚空を、ゆっくりとユリの首が飛んで行く。


(あぁ――百合花……)


 同時に、アゲハの脳裏には、一人の黒髪の少女が串刺しになる姿が映っていた。

 その少女を刀で刺しているのは自分であり、死の匂いが鼻につく。

 周囲は炎に包まれ、洋館のような室内にいるという事しか判別が出来ない。

 苦悶の表情を浮かべ口から血を流し相対する少女が、微かに唇を動かし悪鬼のような顔で言った。


「……絶対に許さない」


(あああっ――あぁーーーっ!)


 灼熱の炎を目に映す少女の声がアゲハの全身の神経を刺激し、意識を今へと引き戻した。

 瞬間、憎しみが、弾けた。


「ダンダラぁーーっ!」


 閃光のようなアゲハの一撃がダンダラの胸をかすめた。

 しかし、鬼神のごとき連撃も修羅道の幻によって刃が届く事はなかった。

 全ての刃は幻に呑み込まれ、お返しと言わんばかりに拳や蹴りの応酬が直撃する。

 次第に辺りは暗くなり始め、十分近く続くアゲハを嬲り殺すような攻撃は次第にアゲハの心にヒビを入れ始めた。夜目になれていない瞳はダンダラを捉えきれず、攻撃すら転じる事が出来ない。


(……この闇じゃ、幻も糞も無ぇな。見えねぇ……オレは明日を見てぇ……)


 瞬間、周囲の中空に篝火のような炎が灯された。

 二人のいる河原の畑周辺が昼間のように明るくなり、闇が干された。

 ズン! と異様なナマハゲ顔がアゲハの目の前に現れ、その皺の深く真っ赤な顔に恐怖した。

 足が竦み、動くことも出来ない。


「甘いな。自分の認識の甘さにいい加減気が付け。本質を見据えろ」


「がああっ!」


 袈裟斬りに斬られ、ぶっ飛んだ。

 ズザッ! と砂利の上を転がるアゲハの上半身は、河原の水の上に浸かった。

 赤い川の流れは早く、すでにキョウの首も血の痕跡も無かった。

 あるのは、アゲハの中に生まれた悲しみと怒りだけである。

 それは狂気になり――。


「うおおおおおっ!」


 黒い雲が流れる天に向かってアゲハは叫ぶ。

 そして、濡れた髪をかきあげ、立ち上がった。

 口の中の泥と血が混ざり合い、思考が冷えていく。


(……何だ? オレの感覚が自然と融合してるような感覚だ。この周辺の全てが、オレそのものみてーな感覚。入って来る……オレの中に……)


 振った刀から、無数の紫の揚羽蝶が飛び、夜の闇に映える。

 目を見張るダンダラは、雰囲気が変わるアゲハに不快感を感じた。アゲハは肩に刀を置きつつ、


「……あー、頭に登った血が一気に冷えたぜ。これなら、今までの畑仕事で会得した全てが出せそうだ。キョウの奴と、この周辺の動物、自然。そしてダンダラに教わった全てがな。感謝するぜダンダラ」


「そうか。すぐに心臓から全身が冷えるから安心しろ」


 言いつつ、鋭い突きを心臓目掛けて繰り出した。


「――!」


「どうしたダンダラ? オマエも認識が甘いんじゃねーか?」


 ダンダラの突きは幻に刺さり突き抜け、本体のアゲハはダンダラの腕に一撃かました。

 血が、飛んだ。


「なんて固ぇー骨だ。いや、骨というより皮膚か。修羅道は大方掴んだ。オマエを越えるぜダンダラ!」


「……傲るなよ小僧」


 ゆらり……とダンダラの殺気が湯立つと同時に、アゲハは攻撃に出た。


「おおおおっ!」


 目まぐるしい斬撃がダンダラの上半身を刻む。

 着ているダンダラ模様の半天がボロボロになり、血が舞う。


「グアアアアッ!」


 その雄叫びは、悲鳴ではなく、いつも通りの挨拶がてらの雄叫びだった。

 揺らめく殺気がアゲハを襲う。


「しぶてぇな……」


「消えろ!」


 ダンダラの斬撃がアゲハの顔面を貫いた。

 笑うアゲハの顔面が、グニャリと歪む。


「手応えが無い――幻影?」


「自分の技で終われダンダラ!」


 上空に飛んだアゲハの縦一文字の全身全霊の一撃がダンダラを脳天から斬り下げた。

 瞬間、互いの刻は止まるように数秒制止していた。

 地面に食い込んだ刃を引き抜くと同時に、ダンダラの身体は真っ二つになった。

 アゲハは砂利の上に尻餅をついた。


「修羅道クリアか。……ユリの仇はとれたが……気分は晴れねぇな。ふー、やれやれだ」


 川の水をすくい、水を飲もうとした。しかし、アゲハはすぐに吐き出した。


「ゲホッゲホッ! 水じゃねぇ!? 砂利? っておい!」


 自分が川の水ではなく砂利を口に含んでいた事よりも、目の前の光景に唖然とした。

 ダンダラの真っ二つになった死体がないのである。一滴の血糊すら無い。


「まさか、今たたっ斬ったのは修羅道の幻? だが、ダンダラ自体が見当たらねぇ! どういう事だ……」


 辺りをキョロキョロと見回しながら、アゲハは混乱する。

 すると、突如目の前にダンダラが現れた。


「野郎っ!」


 白刃を一閃させるが、ダンダラはゆらりと消えた。

 刹那――。

 背後の足下に殺気を感じたアゲハは、右腕を背後に刃を振るう。


「!? ユリ!?」


 刀の切っ先にはダンダラに殺されたはずのユリがいた。

 唾を飲み、ユリを見据えた。

 スタスタとユリは歩いていき、やがてその姿をダンダラへと変えた。


「……やってくれるな。修羅道の幻は空間全体に干渉出来るようだな。じゃねーとそこにあった川が消えた理由が説明できねーぜ?」


「グアアアアッ! よく看破したなアゲハ。お前の言う通り、修羅道は空間全体に干渉出来るものだ。相手に幻を見せるものではない」


「そうかよ……そういう事か」


 何かを核心したような表情と共に大きく息を吐き、アゲハは仁王立ちになった。

 その姿に先程までの殺気は無い。


「諦めたかアゲハ。お前は修羅の道を行く事は出来なかったようだな。終わらせてやる……」


 ダンダラが動いた。

 白刃が煌めき、アゲハの首筋を捉える。

 首が、飛んだ。

 パチリ、と刀をダンダラは納めた。

 砂利の上を転がった首を一瞥すると、その場を去った。

 ピチャッと、ダンダラの足下が濡れた。


「水……川? ワシが修羅道で創った川は消した。本物の川はあれだ。何故ワシは川に足を入れている……?」


 目の前に映る少し先の本物の川を見つめながら、疑問を口にした。

 川の中から刃が飛び出し、ダンダラの胸を貫いた。


「! かはっ!」


「おいおい、痛くねーだろ? そりゃ、修羅道の幻だぜ」


 ズズズ……と流れていた川が空中に収縮し、アゲハの姿が現れた。


「……どういう事だアゲハ? こんな事はありえん。道を極めた者にしか空間に幻を創る事は出来ん」


「手品の種は自分で気が付く事だな。オレに畑仕事をさせた意味は何だったんだ? 自分の技にも気が付けねーのかダンダラ」


 ドガッ! とダンダラの左脇に蹴りを入れ、胸元を斬り下げた。


「見えるぜ! おおおおっ!」


 先程まではまともに斬れなかったダンダラの皮膚が、豆腐を切るように容易く刻まれる。


「グアアアアッ! ぬうっ!」


 キンッキンッキンッ! と互いの刃が激突する。

 目まぐるしく刃が現れるが、途中から刃の鳴る音が消えた。

 しかし、数秒に渡って白刃は火花を散らし煌めき続ける。

 そして、夜の闇の中にまた激突音が弾ける。


「やるなアゲハ。まさか戦いの中で自然と一体となり修羅道をここまで使いこなすとは」


「畑仕事で自然と接する事でこの空間を深く知った。今のが一つの限界点だな。修羅道を極めたオメーしか出来ないやつがあるはずだ。やらなきゃ死ぬぜ?」


「いいだろう……」


 ドガッ! とアゲハの胸元を蹴り飛ばし、ブオオオッーッ! と周囲の空間がカーテンのように包まれダンダラの修羅道に染まる。地面の畑に刀を突き立て、アゲハは正面を見る。地面の中から小刀が現れ、アゲハの両腕に刺さる。


「……」


 流れる血も気にせず、アゲハはただ正面を見据える。

 上空から背中に向けて飛来する刀は回避した。

 すぐさま、心臓目掛けて脇差しが迫る――が、ギリギリの所で心臓に刺さるのを回避した。


「……ぐっ、まだまだ来い。まだ見えねぇ……。こんなんじゃ死なねぇぞ! ダンダーラァ!」


 右胸を貫かれた痛みに耐えきれず、言葉も続かせるのがきつくなる。


「言葉にも苦しさが滲み出てるな。いいザマだ」


 ズズズッ……と闇夜には無数の匕首が煌き、全方位を囲まれたアゲハはその一本、一本に全身を達磨のように刺された。回避もせずに、ただひたすらに真実の刃か幻の刃だかわからない現状を見据え続ける。一定感覚で刺さる匕首に、時の流れすら忘れた。

 激痛と出血で震える全身には確実に死の恐怖が襲って来るが、ただひたすらに全てを見極める為に耐えた。狂ったように耐えた。その瞳には、聖光葉が写っていた。


(オレは狂ってる……光葉のように狂ってる。こんな痛み屁でもねー……そうだ、オレは狂って――)


 ひたすらに聖光葉の掲げる狂を思い浮かべる事で、全ての恐怖に耐えた。

 手は指先まで震え、鼻水は垂れ流し、涙すら流れている。

 じわっ……と失禁をしてしまった事に気がつき、光葉だったらこんな無様な状況にならない。

 真の狂人はこんな事で怯まない。

 ここで怯むのはただの凡人だ。

 そういった感情の全てがアゲハの異能者・柊としての力である超直感に真実を伝えた。

 着流しの袖で鼻水と涙を拭き、無理矢理笑いながら飛んで来る匕首に手刀をくらわしてはたき、その一本を手に取った。


「この匕首は河原の尖った石だろ? 見極めたぜ、修羅道の本質」


 スウッと実体化し、ニイッ……と笑うダンダラは、


「修羅道の真髄、聞かせてもらおう」


「修羅道とは幻を見せるだけにあらず。それは、周囲の自然との融合。その力を利用した幻影と有幻影の合成。世界に関与する万物全ての恵みを受けた力だ」


「うむ。よく見極めた。流石は光葉が認めた男だけある」


「なーに、オレは狂ってるからな。仕上げまで手伝ってもらうぜ……ダンダラ」


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