ダンダラの小屋
アゲハは、ダンダラの家に居た。
家と言っても六畳ほどの部屋が二つある小屋で畳も古くさく、白鞘の刀が架けられる刀架けがあるだけのような質素な所である。奥には風呂場があり、アゲハが歩いて来た時に見たのはそこの煙突からの湯気だった。二人は部屋の中央にある囲炉裏の鍋をつつきながら、会話をしていた。鍋の下の火が、パチリと言う。
「……背水の陣でワシの本気を引き出し、自らを追い込み命を捨てる覚悟で火事場のバカ力を出すとはな。アゲハ、お前は凄いな」
「まー、オレは狂ってるからな。とは言っても光葉が得意とする流水の動きが微妙だったから、かなり首が切れたけどな。だが、修羅道のコツは掴んだぜ。後は、実戦で慣らしていくだけだ」
「聖光葉の流水の動きは、いかに相手の呼吸と合わせ相手に気取らないかにかかっている。心を水のように研ぎ澄まし、相手の本質を見抜くように動く技。にしても、よく修羅道の幻を真似られたもんだ」
「今までの死線をくぐり抜けた経験だ。まー何とか一週間以内にオマエを倒すぜダンダラ」
「言ってくれるな。しかしあの技。蝶の化と言ったか? 修羅道の応用を自分の霊気でしたのか」
「光葉の修羅道は見たことがあるし、俺も現世六道に一時的に六道輪廻を使わせてもらってるから要領はわかる。初めに会う六道輪廻がオメーで良かったぜ」
「グアアアアアアッ! 確かにそれは一理ある」
椀の中の里芋を琥珀色の汁と共に口の中に入れながらアゲハは首に巻かれた包帯に手を当てる。
完全に殺ったと思っていたアゲハが生きていた事に驚愕したダンダラは首を半分斬られた状態から傷口を縫い合わせ、助けた。不完全ながら修羅道を一度の遭遇で真似られた驚きからアゲハに可能性を感じた。三年前に聖光葉に何も出来ずに修羅道を突破され、光葉との風呂場での語らいの中からその生き様に死人である自分が感化されてしまった事を思い出した。
(あの男は倒した相手ですら師のように扱い、修羅道の本質だけではなくこのワシ自身の本質について問うた。この化け物の面でしかないワシを敬い、自分の正しさを磨いて更に成長を遂げて行った……すでに現世で死んでしまったが、奴は本当にこの小僧を……)
天井に登る鍋からの湯気を見つめ、その弟子と名乗るアゲハを見た。
そしてアゲハはこの六道輪廻を破壊し、現世に帰還した鬼の少年について問う。
「六道輪廻の破壊者・鬼京雅……か。奴は地獄の閻魔すら放り投げた人であり、人であらざる者。この六道の全てはあの男について語る事は無い」
六道輪廻は鬼京雅により破壊されたが、すでに修復されている。百年に一度発する霊気の台風のような存在と思い、全ての道は不愉快な事件を忘れようとしていた。そうしなければ六道輪廻の自尊心は回復せず、怒りに飲み込まれるからであった。これ以上の詮索は無駄と思うアゲハは違う話をする。
「その刀架けにある白鞘の刀は光葉の刀だろ? 光葉は世界の果てから還って来てからほとんど刀を帯びなくなったからな」
「そうだ。奴は六道輪廻の全てにおいて自分の刀を使っていない」
「刀を使ってない……だと?」
「そう、使っていない。ただ、我々を戦闘と言葉や思想で圧倒した後、時間の許す限り一つの道に留まり全てを呑み込む。気を抜けば、我々道とて奴に染められてしまう所よ」
「武器も無く勝つ……狂ってやがる」
息を呑むアゲハは全身の毛穴から、嫌な汗がじわっと吹き出た。
その恐れを抱いた感情を見透かされまいと話題を変える。
「ここにゃ野菜と魚しかねーのか? 塩の効いたマックポテト食いたいぜ。死んだ妹の百合花と趣味とかは合わなかったが、マック好きだけは合ったんだ。義理の妹の京子の好きなてりやきバーガーも食いたいぜ」
「マック? 肉を挟んだパン屋の事か。一度食ったがあれは好かん」
「食った? どこでだ?」
「近年、ここを訪れた者が作ったんだ。一本木を入れろ。火が弱くなっている」
言われた通りアゲハは横にある小さな木材を囲炉裏の火に投げた。
じわっと木は炎に侵食され鍋のグツグツが増して行く。
「にしても現世と繋がってると言っても、この世界の果ては異常だな。川が赤くて死人が流れてるなんて気色が悪いぜ」
「あれは現世から流れて来る悪人の身体を赤い水で洗浄しているだけだ。川の中は魚もいるし純度が高く、十分に飲めるぞ。さっきいた泥棒猫も飲んでおったろう」
「泥棒猫? あー、そう言えばそうだな」
「奴には餌を与えるなよ。奴はワシの畑を荒らす泥棒猫だからな。幻で畑を囲んでも奴には効かないらしい」
「やるじゃねーか、あの猫は。動物の勘で物事の本質が見えるのか?」
「おそらくな。幻という物は、ばれたら簡単に不意を突かれるからな」
「そうだな。頭を飛ばしたという幻を見せる事が出来なかったらダンダラはオレを殺していたろう?」
「そうだ。世界の果ては人間が長居する場所ではない。何処へ逃げても必ずワシが試練を課す。ここに生きた人間がとどまれるのは一ヶ月」
「光葉の書にもそう書いてあったが、光葉はそれ以上の事は書いていなかった。一ヶ月を超えるとどうなるんだ? 六道の書にゃある程度の概要と感想しか書かれてねー」
「死ぬ。ここの空気は毒そのもの。魂の生きた人間が長居する場所ではない」
ふと、ダンダラの視線が沈み、口元に怒気が走る。
しかしアゲハは笑うように言う。
「そのくらいのリスクが無きゃつまらんさ。何せ、オレは狂ってるからな」
「……そうか」
そのアゲハの心をのぞくような瞳でジロリと見据えた。
「南の修羅道、東の餓鬼道、中央の畜生道、西の輪廻道、北の人間道、天の天海道……この六個をクリアするにゃ、ここに三日以上はいられねーな。もう一日経過してるわけだしな」
「グアアアアアッ! 心配するな。一週間でここを超えられなければお前を殺す」
にべもなくダンダラは言った。
「ははっ……あー、うめぇな」
ズズーっと鍋からよそった器の汁をアゲハは飲み干した。
そして、ダンダラは風呂を沸かす為に、風呂の横にある外の窯へ向かった。
カランッ、カランッと窯に薪を入れる音が響く中、アゲハの全身の体温は恐怖と共に冷たくなり、鳥肌が立った。
※
カァ! カァ! とダンダラの畑の上空を数匹のカラスが旋回している。
地上の畑では、白い泥棒猫がカラスを追い払うように鳴いていた。
翌日、アゲハはダンダラの小屋の側の野菜畑を耕す為にその場所にいた。
まるで自分の畑を守るようにカラス共を威嚇する姿にアゲハは手に持つ鍬を地面に刺し、思う。
(カカシがねーから猫がカラス退治をしてたのか。別に泥棒猫じゃねーじゃねーか)
やがてカラス共は去り、白猫は畑の中に隠れた。
近づくにつれ聞こえるその物音を聞いた時、全てを察した。
「あー、自分で食う分を取られるのが嫌だっただけか」
カラスが飛び去った後、ガムシャラに芋やキャベツを食い始めた猫を見てアゲハは思う。
とりあえず後からダンダラが来る為、猫を畑から遠ざけて自分は畑を耕し始めた。
その労働は予想以上に辛く、一時間もしないうちに色々と疑問が湧いて来た。
「くそっ、何で畑を耕してんだ? こんな事、六道輪廻にゃ関係ねーはず。てか、この土で野菜なんて出来んのかよ……早く戦ってスカッ! としてーぜ」
文句を言いながら鍬を持ち、嫌々ながらも土を耕す。
投げやりな気持ちで鍬を地面に叩きつける。
「TVも無―から朝の連続テレビ小説も見れねーしよ。早く戦いてー!」
少し先で大根を収穫しているダンダラは、
「口じゃなく鍬を動かせ。ここは現世と同じ土。野菜も愛情をかければ十分に育つ。あまり文句を言っていると修羅道の試練を受けさせてやらんぞ」
「へいへい」
言われたアゲハはあーっと言った顔をしながら畑を耕す。
しかし、心の中では修羅道を会得する自信はあった。
ダンダラとの初戦において、不完全ながらも修羅道の幻を使えたからである。
(……修羅道の試練がいつだが知らんが、とりあえずダンダラの言う通りやるしかねぇか。やった事がないせいか畑を耕すのもそれなりに面白いもんだ)
そう思いながらアゲハが黙々と畑を耕していると、世界の果てで初めて出会った白い猫がまた現れた。アゲハは笑みを浮かべると、ダンダラは布袋を投げてよこした。
「っと、何だこれは?」
「握り飯だ。修羅道の試練は遅くとも五日後に行う。そこの泥棒猫に餌をあげたら試練は受けさせんぞ。そこの猫には散々畑を荒らされたからな。では、残りの期間で心身共に強くなれ」
言うなり、ダンダラは収穫した大根と共に消えた。
鍬を畑におき、布袋の中を見つめ、
「試練は五日後か。心してかからねぇとな。……ん? オマエも腹が減ったか。……ダンダラの気配はねぇ。オレ達も飯にしよう」
「ニャー」
「気にするな。オマエには道案内してもらったしな。腹が減れば戦は出来ん。この畑仕事はここの土壌が硬いから相当こたえるから、正に戦だぜ」
そうして、アゲハは握り飯の一つを分け与えた。
アゲハは日が暮れるまで畑を耕した。
そして、ふと赤い空が暗くなって行くのを見つめ、
「そうだ。名前を付けぇとな。そうだな……んー、ユリってのはどうだ? オレの実の妹の百合花からとった。どーだ? 気に入ってくれたか?」
「ニャー」
その白い猫は突如現れ首の鈴を鳴らし嬉しそうにアゲハにすりより鳴いた。
「百合花か……懐かしいぜ」
アゲハは暗くなる赤い空を淋しげな目で見上げ、小屋へ急いだ。




