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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
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六道輪廻・修羅道

 その大地の空は赤く、道は青く、雲は黒い――。

 白地に紫のアゲハ蝶が描かれた、所々血の跡や切れた箇所がある着流しを着た少年が、下駄をカラリと鳴らしながら、肩で息をしつつ青い砂利道を歩いて来る。

 腰には黒鞘の刀を一本帯び、背中には布袋を斜めがけに担いでいた。

 旅人のような装いの少年は、ザッと崖の上から薄ら寒い永遠に続いて行くような景色を眺めた。

 硬い砂利の地面はひたすらに青く続き、重い空は血を流したように赤く染まり、黒い雲が嗤うように流れて行く。東には剣山のように鋭い樹木が生える灰色の山があり、西には真っ青な大海がそびえ、霧の多い中央には江戸時代を彷彿させる城郭がずっしりとそびえていた。


「……青と赤の世界。かーっ、大層な景色じゃねーか世界の果ての六道輪廻」


 その少年は世界の果てと呼ばれる場所に居た。

 その世界の果ては京都、比叡山の山頂の霊的な物を奉る神社・六道の社から行ける。しかし、誰しもが行ける訳ではない。人外の道を行こうとする者のみが仮死状態であるが死を持ってして行く覚悟で社の中に入ると、この世界の果てにたどり着く。そこは、生者と死者が交わる場所。人を超えようとする聖人、凡人、愚者が挑む場所。

 その世界の果てに立った少年、アゲハは黒い雲が流れる空を一望し、六道の書を片手に各々の道が存在する場所を見た。


「あの東の剣山のような灰色の山が餓鬼道のいる山。西が輪廻道のいる大海……とまぁ、海ばかりでここからじゃ小島すら見えねーな。真ん中の霧に覆われた所が畜生道。で、あの空の黒い雲の塊の上が天海道のいる黒雲。んー、北の人間道は遠すぎるのかまるで見えねーな……行くか」


 アゲハは死亡し、三途の川を渡り世界の果てにたどり着いた。

 宿命の相手である、鬼京雅を倒す力を得る為にここまで来たのである。

 着流しの裾を揺らし、崖から飛び降りるとカラリと下駄を軽快に鳴らし、横に流れる赤い川に沿うように砂利道を歩き出した。崖の下は霧が出ていて、遠くまでは見渡せなくなっていた。


「こりゃまー、けったいな所だな。見渡す限り赤と青しかねぇ。空気も薄く重い……光葉の残した六道の書によると、ここは南の修羅道のいる場所。まずは修羅道への道。死者と生者が交わる場所……」


 横を流れる赤い川には絶えず死人らしき者が流れていた。

 その群れはまだ息があるのか、眼球を動かしてアゲハを見据えて流れて行く。

 霊気を操れる異能である柊はこの三途の川から脱するすべを持っていた。

 ケッと一瞥をくれながらアゲハは歩く。

 すると、霧が遮る道の先に虚無僧のような黒い法衣を着、右手に杖を持つ人間が居た。杖の先には円環の輪がつき、殺気を放つ。不気味な気配がするその人物を警戒しつつ、すぐさま抜き打ちを仕掛けられるように刀の鯉口に親指の爪を当てながら横を通り過ぎる。チリン……という杖の音と共に、男だか女だかわからない不気味な声がした。


「脈拍が酷いな旅人よ。現世で何かあったか? 銭しだいで話を聞いてやろう」


「三途の川から上がって急いで来たのもあるが、なんせ死んでからの旅は初めてなもんでな。オレはほぼ文無しだぜ? オメーさんが修羅道なら話聞いてもらう必要はあるがねぇ?」


 そこでアゲハは虚無僧の首に鈴があるのを発見した。

 これは義理の妹の京子が戦闘中に周囲の味方に自分の殺人の巻き添えにならない為にしているものだった。


(首に鈴? まさか京子か? もう現世で雅に殺された? でもなんで京子が虚無僧の姿を……)


 そんな混乱にいるアゲハに虚無僧は言う。


「修羅道はここを真っ直ぐ行った先の小屋に居る。行き急ぐなよ旅人」


「あんがとよ、じゃあな」


 警戒心を解かぬまま、背後を振り返りつつアゲハは右手を上げてヒラヒラと手を振った。謎の虚無僧が言った通りに進むと、流れる川の先に一軒の古い木の小屋が見えた。その小屋の煙突らしき場所からは煙が上がり、そこに誰かがいるのを伺わせた――瞬間。一匹の白い猫がアゲハの足にまとわりついた。


「ん? 猫? 世界の果てにも猫がいるたーな。世も末か?」


「ここが世の末の世界の果てだ」


 白い猫を見たと同時に、背後で威圧感のある声がした。


「!」


 腰をひねり、鯉口を切り刃を鞘走らせるが、背後には誰もいなかった。


「……おう、びっくりさせちまったな。悪ぃが、人がいそうな所まで案内願うぜ。とっとと六道輪廻を会得して現世のはねっかえり野郎を倒さないとならねーんでな。そうしねぇと全世界を雅に支配され……いや、消されちまうんだ。柊大霊幕によってな」


「ニャー」


 と返事らしき声を上げると、アゲハの足に絡みついてきた白い猫はスタスタと流れる川の下流に向かって歩き始めた。ふと、その猫の首に巻かれる赤い鈴に目が行く。


「飼い猫か? その赤い鈴は百合花を思い出すな。死者がいるなら、へたするとここで会う可能性もあるかもな……」


 歩いて行く白い猫の背中を見ながら、三年前に死んだ妹の百合花を思い出した。

 百合花はアゲハの妹だったがアゲハよりも強く、京都の闇を徳川の初期から統べる京雅院暗部訓練生の一人だった。しかし、三年前の京雅院暗部黒百合の首領・海静九朗の命令よる死合いにて命を落とし、アゲハはその代役を務めるように京雅院暗部訓練生に入った。

 京雅院の暗部には仲間を殺し合わせる試練がある。

 どのような状況になろうとも任務をやりとげる覚悟を磨く為に行われているものだった。

 その試練が終わり、その頃から急激にアゲハは暗部の一人として頭角を現し始めた。


(嫌な事を思い出したな……あれから三年か。オレも死んだぜ百合花……?)


 その途中、一つの殺気がアゲハの足を止めた。

 麦やキャベツ、大根や白菜などが実る大きな畑の奥にある小さな小屋から、異様な殺意を感じ取れた。


「やっぱあの小屋に居るな……まずは一人目か」


「小屋に誰が居るんだアゲハ?」


「!?」


 その声と共に、アゲハは背中を袈裟に斬られた。

 その背後の悪魔に振り向きざま抜き打ちを浴びせるが、刃はその人物の残像のみを斬る。

 驚くアゲハの目の前に、巨大な赤い拳があった。


「ぶへぁ!」


 重い一撃を顔面にめり込むように浴び、鼻血を出しながら砂利の上を転がる。

 白い猫は川に流れる死体に飛び移りながらじっ……と獲物を見定めるように戦況を眺めている。

 着流しの袖で鼻血を拭いながら、アゲハは刀を杖のようにして立ち上がる。

 目の前にいる歌舞伎役者の如きダンダラ羽織を纏った赤髪のナマハゲのような化け物に、不快感を覚えた。


「……ここに来て初めて喋れそうな奴に会ったな。人間じゃねーようだが道案内かい?」


「グアアアアアッ! 俺様は道案内などではない! 貴様を喰らう閻魔様だ!」


「もう閻魔か。つか、ここは地獄じゃねーから違うだろ。どー見てもナマハゲにしか見えねーぜ。詳しい地図も無ぇし、道案内してもらうぜナマハゲ野郎!」


 刀を振りかざし、不意打ちを喰らった恨みを込めてアゲハはそのナマハゲのような形相の赤い大男に斬りかかった。


「――なっ!」


 しかし、その刃はナマハゲの残像を斬るだけだった。


「チィ!」


 背後に迫る殺意に、反射的に刀を振った。しかし、その一瞬の殺気も幻と消えた。足元は砂利や岩でかなり動きづらく重い空気が肺を侵食するようで痛い。それでも持ち前の直感の良さを生かし攻撃を繰り返す。


「反応がいいなアゲハ。殺しがいがある」


「何故オレの名前を? その幻は修羅道の幻影か? それなら会得させてもらうぜ、ナマハゲオヤジ」


「グアアアアア! ワシはナマハゲオヤジではない、ダンダラだ!」


「おいおい、ダンダラ模様の歌舞いた羽織着てるだけでダンダラって、安易な名前だな。まーいいけどよ――ナマハゲ野郎!」


 会話の区切りで、突きを繰り出した。

 しかし、またもやダンダラは修羅道の幻を使い、幻影が揺れた。


「最近は柊とかいう奴等がこの世界の果てに来て困るのだ。三途の川は死者を選別する為にあるのだから勝手に上がられては始末するのも大変なのだぞ? 歯ごたえのある奴はいないがな」


「歯ごたえがねーだと?」


「そうだ。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康。それに武田信玄、上杉謙信などの男が三途の川から這い上がるのはわかるが、お前達柊は霊気を意識的に使えるだけの無能だ」


「聖光葉も無能……かよ?」


 アゲハはじっ……ダンダラを試すように言う。

 ダンダラは確実に瞳に、表情に、全身に変化をもたらした。

 それはアゲハの何気ない一言だったが、それによりダンダラは慈悲を捨てた。

 刹那――。


「ぐ――はぁ!?」


 後頭部に突如激しい衝撃が走ったアゲハはぶっ飛び、赤い川に突っ込んだ。

 流れて来る死骸をかきわけ、アゲハは立ち上がる。

 自身の能力である優れた超直感が、今までの戦闘での相手の力量を教えた。


(世界の果てとは言え、斬撃だけ見れば多少力が強い程度だ。あの幻さえ見極めれば、勝てねぇ相手じゃねぇ……)


 対するダンダラはグアアアッ! と笑い、


「そのままその川に流されれば、普通に六道輪廻を巡り魂は浄化され別の生き物になり人間界に帰れたものを。そんなに力が欲しいか?」


「欲しいな……力は快感と快楽。自分自身を語るには力という物差しが必要だ。それにオレは、現世で倒さなくちゃならねー奴がいる」


 額に張り付く前髪をかきあげた。

 そして、刀を水面の底に刺した。


「グアアアアア! 背水の陣か。無駄な事だ。世界の果てに来て修羅道を突破するのは十年に一人。それは三年前に聖光葉という人物がなしえている。お前は時代に選ばれなかったんだ。諦めろ」


「光葉に出来てオレに出来ねーわけが無ぇ。オレは狂ってるからな」


 獅子舞のように赤い髪を振り回したダンダラは三尺以上の刀を大上段に構えたまま仁王立ちになる。赤い川の冷たさがアゲハの全身と刀に伝わり、意識が内へ傾く。


(ここは人間界じゃねー……少し舐めてたな。勝機は命捨ててバクチしかねーな。光葉を超えるには常に命をドブに捨てるしかねーようだ。虎穴に入り虎児を得、本質を突く。光葉ならそうするはずだ)


 息が落ち着いたアゲハは感情が消えた目でダンダラを見据える。


「どうした? 来いよ。修羅道とオメーの攻撃は見切った。次で終わる」


「強がりを言うな。お前如きがワシの修羅道を突破できるはずかない」


「びびってんのか? 三年前に光葉に修羅道を見切られてびびってんだろ? 情ねー野郎だ」


「グアアアアア! 良いだろうアゲハ。修羅道の恐ろしさとくと知れ!」


「来い!」


 歯をくいしばり、ダンダラの特攻を見据えた。

 空間の空気さえ嫌がる殺気を放ち、分裂するように幻影が五体に増えた。


(これが、真の修羅道か。ったく、仮面ライダーのショッカーかよ。ワラワラ現れやがって……だがこれを会得すれば、オレの勝ち――失敗すれば――)


 川の水を撒き散らしながら真ん中のダンダラに刃は繰り出され、血が舞う。同時に、全てのダンダラは消えて無くなる。

 返り血がアゲハの目にかかり、一瞬の隙が出来る。


「うらぁ!」


 と、右足を川に叩きつけ、アゲハの周囲は赤い水が舞う。

 ギンッ! と血に染まる両目を開き、全方位から襲いかかるダンダラを見た。スッスッスッ……と水はダンダラの身体をすり抜け、それが本体で無いことを教えた。超直感に不穏な反応があり、流れる水のような動きからすぐに背後を見据え、


(やっぱり背後か――)


 シャ! と刀を薙ぐが、背後のダンダラも幻だった。瞬間、川の中に潜んでいたダンダラは起き上がると同時に刃を首筋に向かって繰り出す。


「真下だと? ――っ!」


 驚く言葉と共に右の首筋に刃が食い込み、動脈の血が亡者の如く外に飛び出ようと吹き出る。あんぐりと開く口からも血が溢れ出、ダンダラの鼻が大きく開き、ギリギリッと歯を食いしばる強さが増すと共に刃は首の骨に到達する。


(死んだら終わり。オレは、他人を踏みにじっても聖光葉を超え――鬼京雅を倒す――)


 そのアゲハの思考がダンダラの一撃によって弾け、アゲハの首はぶっ飛んだ。

 ぽしゃり! と首が赤い川に落ち、ゆっくりと流れた。

 ダンダラは刀を肩に担ぎ、小屋に戻る。

 残されたアゲハの胴体からは、無数の紫の揚羽蝶が舞っていた。

 それを白い猫は目を細めじっ……と見つめていた。


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