消える揚羽蝶
大阪の四天王寺にある本坊庭園・極楽浄土の庭。
その地下に鬼瓦ファミリーのアジトがある事が判明した。
それを突き止め義理の妹の京子とアゲハは侵入を試みる。
宿敵である鬼京雅がいるかはわからないが、この場所をそのままにしておくわけにはいかない。
この世界を監視守護する自由揚羽蝶として、未曾有の危機である状況を早く解決しなければならないのである。
それがアゲハの大義であり、師である聖光葉に対抗しうる狂――でもあった。
「……さて、目的地まで後少しだな。にしても、変装だけして普通に歩いてるが警戒はしなくていいのか?」
「必要無いわ。鬼瓦の連中は自分達のテリトリーに入らなければ、何もして来ない。地下に入ってからが勝負でしょう」
「今からテリトリーに入るのに何もしなくていいのかと聞いてる」
「あえて霊気を使おうとすると怪しまれるわ。鬼瓦は霊気を数値で測れる研究をしてるからね。背中にある刀をいつでも使えるようにしとけばいいわよ」
「光葉の光天源氏か……また光葉の刀を持つとは皮肉なもんだぜ」
「そうね。それも光葉に似てる男に渡されるというのも皮肉なもの。それにこの場所の名前も……」
「極楽浄土。百年老人の宮古が地獄の炎を再現した極楽浄土と同じ名前。その蒼と紅の炎は光葉を殺した」
「でも、あの鬼京雅は生き残ったのよね。魔霊獣の放った極楽浄土の炎でも死ななかった」
「完全な極楽浄土でも無かった……というのもあるが、雅の狂気が地獄の炎を乗り越えたんだ。だからこそ、オレはあの男を殺さなければならなかった。本物の化け物になる前に」
「でも、化け物になってしまった。光葉を超えるであろう化け物に」
「それはまだわかんねーよ。雅にどれだけの求心力があるかどうかわ未知数だ。鬼瓦ファミリーでの地位も無理矢理力でのし上がったから反発する奴もいるだろ。聖光葉を超えるのは容易い事じゃねーよ」
「そうね……着いたわよ」
そんな話をしている間に、アゲハ達は極楽浄土の庭に着いた。特別怪しい人物は居ないが、あちこちに 鬼瓦の息のかかった連中がいるのだろう。
京子は黒髪のショートボブを揺らし、アゲハを見る。
そして息を吐くアゲハは言う。
「さて、入るぞ。本当にここだけは問題無いのか?」
「今は観光客に紛れられるわ。奴等が武力による決起はまだ始まる様子が無いから、私達が鬼京を倒せば混乱は早く収束するでしょう」
「頭を潰せば手足が止まる。しかし、鬼京は鬼瓦の幹部ではあるが頭ではないぜ」
「昔からある大きな組織だよ。内部紛争は色々とあるでしょ。その話題はやめにして中に入るわよ」
「あぁ」
アゲハ達はの極楽浄土の庭の内部に入った。
この庭に入ると、入り口で釈迦三尊にみたてた庭石に迎えらる。
ここで、人々は極楽浄土を目指しなさいという釈迦三尊の励ましの声を聞き、前に進む。
その前方には二つの滝、釈迦の滝・薬師の滝の水の流れで、瑠璃光の池が広がり、遊歩道(白道)が通っている。
遊歩道の右側は、貪りを象徴する水の河。
左側は瞋りを象徴する火の河。
この二つの河が地獄を表わしていた。
白道と呼ばれる遊歩道はさらに延びて、阿弥陀三尊にみたてた庭石が浮かぶ池である極楽池に至るのである。
人の精神は極楽浄土に到達し季節の花が咲き誇る庭園の美しさと相俟って、極楽浄土へ往生したかのような感動を味わうことができる。
しかし、アゲハ達の精神はそんな場合では無かった。
極楽池から、二人は鬼瓦ファミリーの地下アジトに侵入した。
※
そこは鉄の壁が張り巡らされる通路だった。
京雅院の間者から探らせていた隠し扉から幹部専用の地下への階段を降りた。
その内部は一定感覚で左右に明かりが灯り、一本道が続く。
すでに変装を解いているアゲハは言う。
「……もう少し降りれば鬼瓦のアジトの一つに到着だな。はたしてこのアジトは雅のアジトかどうか」
「あまりキョロキョロして霊気を発散させないようにね。鬼京の一派は武道派よ。他の鬼瓦一派より破壊と殺戮を好む」
「わかってる。……ん? 到着だな。やけに人がいるが集会でもあるのか?」
階段を降りきると広間になっていた。
その薄暗い広間には百人以上の鬼瓦ファミリー構成員達がいた。
メインステージには明かりが灯っており、これから誰かが演説するのが伺えた。
気配を消して集まりの最後尾に立ったアゲハ達は前の方にあるステージを見た。
「これから決起集会でもあるようだな。この雰囲気なら集会はもう始まるな」
「……始まるようね」
京子の言葉と共に、ステージ上に灰色のスーツを着た中年の男が現れた。
その男、八草栄一郎はマイクを片手に話し始めた。
どうやらここは鬼瓦でも最古参の八草一派のアジトらしい。
「……おはよう諸君。今日の緊急集会は諸君もご存知の通り新参者である鬼京一派の暴発だ」
男は鬼京雅一派の最近の出来事について語り出した。
「この大阪の一部を鬼瓦ファミリーのアジトとして支配できた功績こそは認めよう。しかし、鬼京一派の暴発は我々鬼瓦幹部のみならず、頭首にすら内密にしていた事件だ。しかも、鬼瓦一派はこの一月で二人死んだ幹部の犯人容疑も浮上している。このままだと、京雅院からの圧力ではなく内部の紛争で鬼瓦ファミリーそのものが自滅する可能性がある。我等も一致団結して結束を固め頭首を助けねばなるまい。噂によると地獄から舞い戻ったらしいあの狂気を秘めた少年……たった一月でただの兵隊だった柊が幹部まで上り詰めるのはありえない……我々も未曾有の危機を迎えていると言わざるを得ない。従って、鬼京一派を暗殺する計画を頭首から持ちかけられているのだ……」
その八草の息が絶え絶えのような演説にアゲハは思う。
(この派閥は保守派のようだな。それにしても雅の奴は鬼瓦ファミリーの中でも相当浮いた存在なんだな。だから暗殺までされる……?)
隣の京子は急に寒気がする霊気を感じ、周囲を警戒した。
唇を舌で舐めるアゲハは、京子にツンツンと肘を入れる。
「京子。逃げるぞ」
「え? まだ私達はバレてない……」
「舞台上を見ろ」
「――!」
舞台上で話していた八草は倒れ、頭から血が流れていた。
会場はパニックになり、数人の人物はそれを写真におさめていた。
驚く京子は呟く。
「これは……鬼京一派の仕業?」
「おそらくな。写真を撮ってる連中に面を写される前に逃げるぞ」
その瞬間――。
『八草栄一郎を撃ったのはそこの紫の髪の少年だ。鬼瓦ファミリーを欺くその少年を殺れ』
どこかで聞き覚えがある声が会場内に響いた。
その声の主は鬼京一派の毒の柊・鳳仙花だった。
不気味な緑の髪をかき上げ、黒薔薇が胸に挿さるスーツを着た少女はパニックになる集団の中に消えた。
「あいつ……!」
「急ぐわよお兄ちゃん!」
会場内の全ての人間がアゲハの方向を向いた。
あれは聖の弟子のアゲハじゃないか? という事を八草の面々は喚き始めていた。
来た道を引き返そうとすると、そこには門番らしき人物がすでに立ちふさがっていた。
「お兄ちゃん! 左の扉だ!」
「うぉぉ!」
ドカ! と見知らぬ扉を蹴り開け、アゲハ達は走った。
後ろからは八草を殺されて怒り狂う者、百年に渡り京雅院を支配していた宮古を倒したアゲハを見たい連中が追跡してくる。
二人は見知らぬ通路を、ただがむしゃらに走った。
いつの間にか、アゲハは背中の刀を包む布袋を取り払っていた。
※
「こっちだ!」
通路内をめちゃくちゃに走り、一つの部屋の中にアゲハと京子は隠れた。
耳をすますと通路を走る追跡者の足音と声がする。
「はぁ、はぁ……これで多少は時間が稼げる。このアジトの見取り図でもあればいいんだが……」
「この部屋は資料室みたいだね。もしかしたら見取り図があるかもしれないわ」
言うなり、京子は資料のある棚のファイルの背表紙に目を通し始めた。
日頃の鍛練のせいか、まるで息を切らしていない。
流石だなと思いつつどこかから雅に見られている殺気を感じながらアゲハも立ち上がった。
「……いつ奴等がこの部屋に入ってくるか分からないからな。一時的に非難出来る場所を確保しとかないと」
辺りを見回し、何かないかを確認する。
すると頭上に通風口を見つけた。
近くにあった脚立に登り、その鉄格子に手をかけ開けた。
「……通風口。人一人は出入り出来るか? けーど、この狭さでは厳しいな……
でも、この倉庫の棚の上は埃だらけだな……まずい!」
埃の溜まった棚の上に真新しい指の跡らやら何やらが残り、証拠を消すには棚一列を消すしかない。
しかし、それもまた不自然だった。
(来たか!)
静まり返った通路に、コツーン、コツーンという音が聞こえた。
アゲハと京子は互いに顔を見合せ、しゃがみ込んだ。
スッと京子はこのアジトの見取り図らしき物を見せてきた。
と同時に外の足音の主は、隣の入り口の前で立ち止まった。
(……向かいの部屋に入ったか。次はここだな。どうする……どうすれば……考えろ!)
床に伏せつつ通風口を見上げた。
それに気付いた京子も見上げる。
少したつとアゲハ達の居る側のドアが開いた。
追跡者はゆっくりと歩きながら部屋を物色し始めた。
「……棚のファイルが少し動いている。侵入者はまだこの近くにいるな……この声は」
微かで聞き取りずらいが、その声の主は間違い無く雅の側近である鳳仙花だった。
部屋全体を舐め回すように緑の髪の鳳仙花は物色をする。
カタンカタンと奥の棚の下にあった小さな脚立に昇る。
「埃のたまった場所に指の跡……。しかも真新しい。ネズミはあの中から消えたか」
鳳仙花は棚の上を確認すると、通風口の鉄格子を開けた。
そして、懐から拳銃を取り出すと躊躇いなく発砲した。
通風口内に七発の弾丸が撃ち込まれ、鳳仙花は携帯をかけた。
「鳳仙花よ。ネズミは通風口から逃げたようだわ。南口の通風口に兵を集めさせなさい」
言うと、鉄格子を閉め脚立から飛び降りてダンボールを蹴った。
「空のダンボール。などに隠れるわけはないか。ククッ」
鳳仙花はその部屋を出た。
通風口の奥は、血が広がっていた。
※
南口通風口。
八草一派の警備兵達を中心にアゲハ達の探索が行われている。
鳳仙花が言った通風口に、入口と出口の両方から探索した。
資料室の通風口には血が散乱していた。
しかし、ネズミの血であった。
アゲハ達はそれを尻目に、北口の階段から地上を目指していた。
「床に伏せて床下倉庫を見つけて正解だったな。見つけてなければ、通風口で蜂の巣だった」
「脚立で上手くカモフラージュしたのもよかったわね。しかし、問題はこの先よ。全ての出口には警備兵がいるだろうから間違い無く戦闘になる」
「あぁ、雅に会えれば一番早いんだがな」
突如目の前に現れた二人の警備兵を、アゲハは倒した。
音も無く警備兵は倒れる。
「音も立てないとは流石だね――!」
「何の音だ!?」
突如、異常な警報音が鳴り始め、通路は赤い非常灯で照らされた。
まさか! と思い倒れた警備兵を見ると、耳から外れた無線機から仲間の声が聞こえた。
「無線の応答がなくなったからバレたか……。急ぐぞ京子!」
「当たり前よ!」
後方から警備兵達が北口に殺到する足音が聞こえる。
その足音から逃れるように必死に出口を目指して二人は走る。
「もうすぐ出口だよ! 八草の柊との戦闘になるわっ!」
「いや、外がどうなってるからわからない。これを使うぜ」
ガッ! とアゲハは通路の隅にあった消火器を持ち、安全弁を抜いた。
と同時に、出口から警備兵が現れ――。
「くらえ!」
シュワアァァァ! と一気に消火器を噴射した。
空間が白く染まり、その混乱の中を突っ切る。
アゲハ達は北口の外に出た。
「外だっ! まだいるか!」
「のぉ!」
勢いよく、京子は目の前の警備兵に蹴りを入れ、二人を小太刀で倒した。
周囲に残るのは後二人。
その二人はアゲハに襲いかかってきた。
「無理をするなよ――!?」
すでに警備兵は倒されていた。
そこには赤い着物を着た暗器のワカナがいる。
「ワカナ……何でここに?」
鋭い剃刀のような妖しい微笑みかけ、
「今のうちに逃げましょう。ここの霊気は以上だわ……恐らく鬼京雅でしょう? 早く!」
ワカナが駆け出す後を、二人は駆けた。
追跡者のようにポツポツと雨が降ってきた。
そしてアゲハは立ち止まる。
「……二人は逃げろ。オレは決着をつける」
「お兄ちゃん! ここは引くべきよ! こんな霊力の相手が近くに来たら失神してしまうわ! 普通の柊じゃない!」
「もう……逃げられねぇんだよ。宿命みてーだからな。あの男とは」
相手が普通の柊じゃない事はわかっていた。
途方も無い狂気を秘めている事もわかっていた。
純粋無垢な思いで突き進む悪――という事もわかっていた。
だからこそ、その男の感覚だけは誰よりも早く察知する事が出来た。
少し先の茂みから雅はアゲハを誘っていた。
その誘いには乗らざるを得ない。
目的とする人物は、真の敵はそこにいるのだから――。
「……二人共行け。そして京雅院の総力を結集させとけ。もう全面戦争は市街地でも堂々と行われるだろう。十条の元で勝つ為に働くんだ」
「お兄ちゃんは……死ぬつもり?」
ワカナもその問いの答えを待つ。
その京子の鋭い言葉に、アゲハは答えた。
「勝つさ。勝って終わりにしてみせる。オレが負けるとでも思うのか?」
「思わない……勝って!」
京子とワカナは走り去る。
そして警備兵が殺到するが蝶の化を使い霊気の粒子となり雅の前に辿り着いた。
『……』
鬼京雅の地獄で得た力に対抗する術は無い。
勝機など無い戦いに、アゲハは挑む。
己の狂気を全開にして――。
※
鬼監獄――。
東京藩の北部にある鬼監獄の地下三百メートルにある幾重にも魔符が張り巡らされた監獄の最下層にアゲハはいた。
十字の死刑台のようなものに張り付けられたアゲハは息も無くただ薄暗く底冷えのする空間の中で一人断罪の時間を待つ。
深淵の闇のようなただ空気がたゆたう中周囲に張り巡らされる魔符が揺れた。
ズズズ……と、重苦しい鉄の扉が開き、黒いスーツを着た瞳に光が無い黒髪の少年が現れた。
ゲホゲホと咳き込むアゲハは目覚める。
「あっけなくやられたかと思えば、まだこんな仕打ちをされていたとはな。やってくれるじゃねーか雅さんよ」
「殺されるのを待ってるお前を殺してもつまらんからな」
ガスッ! と容赦無い一撃をアゲハの腹に入れた雅は髪を無理やり掴み、言う。
それでもアゲハは強制的な雅の行動に不快感を示し、眼球だけは明後日の方角に向けた。
「!?」
グイッ! と片方の眼球をつかまれ、無理矢理正面を向かされた。
「……お前の師である聖光葉は廃県置藩を行い、日本は鎖国され藩が復活し他藩に入るには昔ながらの手形が必要になった。そして聖の大霊幕が発生し日本周囲の海も空も完全に遮断され世界からも孤立した。そして聖はわざと下手に出てその行為の全てを民衆に日本が進化する上での正義と見せた。異能を人間の下にし、努力させてあまりにも堂々と大胆に民意を得た。しかし、それは大霊幕が解除されてからは長くは続かなかった……」
「何の話をしてやがる……?」
「しかし、だが俺は悪魔のように人間を蹂躙し侵略をする。戦国時代の進軍のように柊である自分を神であるかのように覇道を行く。そんな俺はそんなにも光葉と似ているか? アゲハよ?」
へっ……と笑うアゲハは答えた。
「……一番似てるのは簡単に言えば、鈍感力って奴だ。一つのことに縛られず、こだわらず、大局を見て、前へ前へ歩みを進める。それが聖光葉であり鬼京雅だ」
その答えを聞いて雅は満足した。
聖に興味は無いが、このアゲハの慕う男に似た自分がアゲハを始末する事に興奮したのである。そしてこの少年は言う。
「お前が死んで、この世界を変革させる。世界を制覇してから、京雅院を潰して霊脈そのものを手に入れる」
「京雅院を先に潰さないのか?」
「世界中で一番強い柊を持った勢力は京雅院。これは最後にかかればいい。世界の勢力などはカスだからな」
「カス……か。六道輪廻もカスだったのか?」
「奴等もそれなりには強い。だが、閻魔さえ退けたほどの俺の相手では無かった。世界の果ては時間軸すら歪んでいるだろう。現世に戻る時に閻魔も無茶をしてたからな」
「お前は本当に最高だぜ。雅」
地獄や世界の果てと現世の時間軸は違う。
輪廻道を得るなどして上手く脱出出来れば現世の時間と大差無く戻れるが、今の雅に破壊された六道輪廻だと相当の時間のズレがある。アゲハはこれからそこがネックだと思いつつも、死ぬ覚悟と生きる覚悟をした。
「……さて、そろそろ別れだ」
刀の鯉口を切り、雅は天上に向かって掲げる。
怜悧な瞳が、真下の紫の髪の少年の首筋に向いていた。
「さらばだアゲハ。俺はこの世界を変革する」
「輪廻道を得れば復活は可能だ。光葉も得た六道輪廻を得て、お前に本当の地獄を見せてやるぜ雅」
「ならば二度殺すまで。人が生き返れるのは一度限り。六道輪廻を得ても俺には勝てないだろう」
「殺せ。オレは生きる。生き返る……なんせ、オレは狂ってるからな」」
「花と散れ」
神々しい狂気に染まる狂雅新月が一閃し、アゲハの首は飛んだ。




