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アゲハ  作者: 鬼京雅
宿命の男~熱き氷の少年との出会いと別れ編~
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熱き氷が砕ける時~宿命の対決・アゲハ対雅~

 鋭利な三日月が地上を見下す夜――。

 京都藩の境目にあたる藩道の近くの森に異様な霊気が立ち込めていた。

 そこに二人の少年がいる。

 自分の運命に逆らい、全ての決着をつける為にここにアゲハは雅を呼び寄せた。

 アゲハが殺されるという予言は今日で終わることになる。

 青白い三日月を見上げ、生ぬるい夜風を感じるアゲハは雅には視線をあわせずに話し出す。近くには、クモの巣にかかる一匹の蝶がいた。まるでそれを自分だと思いながら――。


「本当にオメーは恐ろしい速さで強くなるな雅。ためらいの無い人間は怖いもんだ」


 そしてすでに刀の鯉口を切ろうとしている雅は言葉で答える。


「俺の成長を手助けしたのは紛れも無くお前だアゲハ。常に俺を殺そうとしていた癖に殺さない。その俺を他者と重ね合わせた結果がこの事態を招いている」


「そうだな。確かにそうだ。オレはお前を嫌いになれない。それは聖光葉のような目の前に何があろうともただひたすらに、真っ直ぐ、馬鹿と言われようとも自身を狂として突き進む……俺はそんなお前に出会えたからこそ楽しく過ごせた」


「そうか。俺も同意見だ。一つ、聞こう。京雅院が俺に下した罪は何だ?」


「京子をスカウトした事と、光葉の妹を生贄として何かを企んでやがる罪だ。すでに京雅院内部でお前の存在は裏切り者として決定された」


 それに雅は笑い、


「生温いな京雅院。そんな決定はわざわざ伝えず、一気に殺せばいいんだよ。俺が根本的に人間が嫌いだという事は知っていたはずだ」


 あくまで雅の本質は何もかも変わっておらず、力を手に入れた事による奢りも無い。

 ひたすらに人間という生き物に価値を見出せず、知的生命体はこの地球には必要無いという考えを大義として実行しようというだけなのである。要するに、京雅院だけではなくいずれは日本だけでなく世界さえ潰れるのであった。

 全ての人類を駆逐し、雅は毒の力で自身を殺し二度と知的生命体が生まれない新たなる最高のバースデイを迎えようというらしい。


「仲間ではあっても、俺は俺だ。初めに言った通り、時期が来れば京雅院とて俺の手中にするか破壊する」


 この同年代の少年の世界の見方、考え、行動に同調する事は出来ない。

 故にここで消すことしか無かった。

 消さなければ、アゲハや京雅院だけでなく人類が消えるのである。

 アゲハはこの少年の大義はどうあろうとも折れないのを知っていた。

 理想が高すぎる人間は自分の思う世界にしか生きる事が出来ず、世界の息苦しさがその人物を何もせずとも殺すのである。

 師である聖光葉にどことなく似た少年を殺したくはないが、もう殺さねばならない。

 半年という短い間だったが、背中を任せて楽しく戦えるのは鬼京雅だけだった。

 過去の日々を回想し、アゲハは雅に別れを告げる言葉を捜す。


「……」


 三日月を見上げたままのアゲハに、今まで感じていた謎を問う。


「一つ……聞こう。何故俺を見つけられた? 京雅院の連中に引っかかるほどの柊との戦闘は無かった俺を。霊気で新たな柊を感知する奴でもいるのか?」


「予言だよ。俺はお前に殺される予言をされてテンプレ学園に入学した」


 ほう……と雅は微かに口元を笑わせる。

 その微かな変化は日々を過ごしたアゲハにしかわからない変化だった。

 そして、雅がその予言者の柊を殺す魂のゆらめきのようなものを感じつつ瞳を閉じる。

 すでにアゲハには次の言葉は想像出来た。

 その無垢なる悪意である少年は言う。


「俺は全てを変える。それには宗教、国益、民族感情。世界各国がいい加減これを捨てなければ国と国の会談など偽りの平和を維持する冷戦を続けて行くことになるだけ。全ての惰性、妥協、馴れ合いを無くさねばもう世界は終わるだろう。今が特異点となる変革の時」


「それを柊がやるのか。いや、お前自身の力でやる気だな。たとえ人間を根絶やしにしても」


「……」


 瞬間、雅はかつてない爽やかな笑みを見せた。

 この少年は理想を実行するには他者の感情などは関係無く、悪鬼羅刹さえも震え上がるほどの絶大な実行力で全てを破壊し変革する。

 雅の望む果てに人間は存在しない事を感じるアゲハは、


「お前はオレが止める。どうやら、今生の別れのようだ。鬼京雅」


 スッ……とアゲハは二尺三寸の愛刀の鯉口を切り紫桜式部しざくらしきぶを抜いた。

 この時を待っていたと言わんばかりに、雅も似合わぬ深緑の鞘から晴天無月せいてんむげつを抜いた。月の青白さを、二つの刀身が反射させた。


「そうか。それならもう語るまい。死人に口無しだからな。アゲハ」


「死ぬのはお前だよ。雅」


 夜風に揺れる紫の髪をかきあげ、冷徹な鬼になるアゲハは雅を見据える。

 そして互いは互いを始末する為に両者は腰をかがめ、刀の鯉口を切り、左足に力を込めて一足飛びで相手に突っ込んだ。


『!』


 キインッ! と抜き打ちの一撃が互いの手を痺れさせるように鋭く響く。

 ほぼ同時に二人は蹴りを繰り出した。

 多少アゲハが早かったせいか、雅はバランスを崩す。

 しかし、雅は緑の粒子の毒の力で地面を腐らせ目の前に迫るアゲハの刀を回避した。

 そして、足首を狙い刀を振るう。


「ぬらぁ!」


「チッ!」


 雅は刀を踏まれ、頭上から迫る刃を左腕で受けた。

 すっ飛ぶはずのその腕はまだ三分の一ほどを斬られただけで残っている。

 アゲハは真下の緑の粒子を散らす男の狂気に身震いし、顔面に蹴りを入れる。

 後方の草村に吹き飛ぶ雅は鼻血を流し、微笑んだ。


「……まさか刀の鍔元が切れ味が悪いと知ってて腕で受けたか。流石だな雅」


「今から殺す相手を褒めるなよ。お前の毒に対する耐性も中々だぜ。こっちも全力で空間に撒き散らしてるんだがな」


「そりゃ気合が入ってんかんな。お前の毒は霊気のガードでも厳しいな。左腕がもう痺れてやがる」


「ならとっとと死ね」


「やなこった」


 雅は緑の毒の炎を刀に纏わせ、アゲハは流水の動きで間合いを取る。

 双方の激突は、阿修羅のように激しく空の月にさえ届きそうな狂気を秘めて放たれていた。

 炎の毒を浴びるアゲハは雅の胸元を切り裂く。


『うおおおおおおお――!』


 互いは全身に無数の傷があるが、高揚した精神が肉体の痛みを凌駕していて痛みをあまり感じずにいた。アゲハは刀に仕込んでいた毒が効いていない事を感じ言う。


「どうやら俺の仕込んだクジラが二秒で気絶する毒は効いてねーようだな。毒は極めたか」


「あぁ。もう俺にはどんな毒も効かないぞ。細菌兵器でも俺は死なないだろう」


 自分に受けた毒を消し去る力は無かった雅だったが、すでに解毒まで完璧にこなす力を手にしていた。


「毒を植え付ける事から解毒まで完璧だな。全く大した野郎だよお前は」


「なら早く死んでくれ。俺は付け焼き刃では殺せない事はもうわかっただろう? 超直感如きでは俺には勝てない」


「核を撃たれても死なない光葉のようになる前ならお前は殺せるんだよ」


 べっ……と唾を吐き、アゲハは紫桜式部を構え直す。

 ここに来て初めて目を丸くする雅は、


「聖光葉は核でも死なないのか……しかし、狂気を秘めた一撃や地獄の力では死ぬ。俺もそこまでの高みにいけるのか」


 そう自身の可能性に頷き、笑う。

 人の過ちという同じ事が繰り返される歴史に嫌気が指している雅は人間に期待などはしていない。

 世界が滅亡するボタンがあるとして、何の躊躇も無く押せるその少年は昨日の友でさえ自分の進む道を阻むなら排除するのみであった。

 人に期待しその成功と失敗を影から見守る少年と、人を紙くずと思い柊の異能をもって排除しようという少年。

 二人の相反する意思はぶつかり続ける。

 そしてそれは終幕に向かいつつあった。


「六道輪廻を見せてみろ。お前は宮古と戦った時に現世と地獄の狭間にある六道輪廻の力を使ったと聞く。魔霊獣と戦った時の力を見せろ!」


「今は使えねーよ。そもそも六道輪廻は世界の果てで六道達に認められ使える技。俺は光葉が死んでから混乱する現世にて六道を司る現世六道からかろうじて勝ち力を手にしたが、本来なら現世六道だって勝てる相手ではねーよ。奴等は半分死んでる霊体でもあるからな」


 世界の果てを突破し六道輪廻を取得した聖光葉と繋がりのある現世六道の混乱に乗じて彼等の助けもあり、一時的に六道輪廻の力を得ていたアゲハには六道を使う力は無い。

 すでに現世六道は一度アゲハに倒されたという事実を受け止め、霊気の結界を強め最悪の場合は簡単に世界の果てに行けるようになっていた。

 故に、どれほどの強者が現れようとも六道輪廻の力は一度死んで世界の果てを巡らない限り手に入らないのである。


「だからこそお前の六道輪廻を見てみたい。再現してみろ。でなくては新しい俺には勝てないぞ」


「そんなに欲しけりゃ、比叡山の輪廻の社へ行けよ。あそこからなら世界の果てに通じる門がある。ただし、一回死なないと通れない門だ。そして、期限内に世界の果てを歩き回り六道輪廻全てを倒さないと再び現世へは戻れない」


「そうか。いい事を聞いた。ようは死んでからこそ手に入る力なんだろ。光葉に劣らない狂気の俺ならこういう形でその世界の果てへ向かってやるさ――」


 雅は小刀を自分の喉元に突き付けていた。

 その切っ先から一筋の血が流れている。


「――!」


 その光景に一瞬、身を固めてしまう刹那――アゲハは右の胸を串刺しにされた。


「本当に俺を殺す覚悟があったのか? アゲハよ」


 自害しようという演技にてアゲハを騙せた鬼京雅は生暖かい血が刀を伝い右手に流れる感触に愉悦を覚えながら微笑んだ。


「相手が完全に死ぬまでは戦いは終わらねーぜ雅?」


 瞬間、アゲハは超直感にて無意識の中で自分を霊気揚羽蝶の群れに変化させていた。


「狂気の差がまだあったとは……不覚」


「……そうさ、オレは狂ってるからな」


 修羅道の応用である〈蝶の化〉を使ったアゲハは無傷で雅の背後に立ち、紫桜式部を一閃させた。

 一つの首が飛び、周囲は静まり返る。

 刀を鞘に納めるアゲハは、雲間に隠れる青白い月を見あげ言う。


「オレはまた、光葉先生を殺したのか……?」


 冷たくなる夜風が流れ、涙の雫をその風に乗せるアゲハはその場から去った。その近くのクモの巣に絡まる一羽の蝶はクモの毒牙にかかる事はなくかろうじて飛び去った。夜風を浴びて歩くアゲハの耳に、氷が砕けたような音が聞こえた。





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