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アゲハ  作者: 鬼京雅
宿命の男~熱き氷の少年との出会いと別れ編~
28/67

崩壊の予兆

 京雅院の管理するビルの地下にある大浴場。

 暖かな湯気が日本晴れと富士山が描かれた壁に雲のような印象を与える。

 ポチャン……と水滴が一滴湯船に落ち、波紋が広がる。

 そこにアゲハと雅は腰にタオルを巻き入って来る。

 すでに髪の毛まで汗にまみれる二人はトレーニングで汚れる身体を洗い、湯船に浸かる。


「……雅は腕を上げたな。オレの反応に追いつきつつある」


「それはそうだろ。俺は最強に相応しい男だからな」


「にべもなく言いやがる。毒舌とか毒に関した能力なだけあるよお前は」


「あまり褒めるなよ」


「別に褒めてねーよ。それほどはな」


 あ~と二人は壁に寄りかかり天井を見上げた。

 すでにトレーニングを始めて一週間を超えるが、元々影で柊との戦闘を数度経験している雅の進化は目を見張るものがあった。

 予言にて自分を殺すという男を成長させてしまっている事に多少の罪悪感はあるが、どこか光葉を思わせるこの我が道を行く傲岸不遜な少年を憎めずにいた。いや、まだ憎むような事態になってはいないからこそこうやって笑いあえるのかも知れない。アゲハは何気なく雅に聞く。


「お前、女はいるのか?」


「誘いはあるが断る」


「……お前、男色か?」


「阿呆が。俺は女好きだ。しかし抱かない事を決めている。童貞は、想像力の塊だからな。故に女の全てに絶望しない」


「んだかよくわからねぇな。ま、いいがな」


 変な意地がありやがるな……とアゲハは思いつつも、そこまでの覚悟を持って生きているこの少年の生き様は師の光葉と同じであった。光葉も生涯を童貞で過ごし、自分のやりたい事を貫く為に女を抱く事はしなかった。そして、話は変わる。


「お前が鬼瓦で何回か殺人のバイトをしてた時、仲間はいたのか?」


「仲間はいない。毒を極めるのは一人がいいはずだ。相棒がいても俺の毒は周囲に散る可能性もあるからな。全て一人で柊と戦った……そして全て殺した」


「そうか。家族はいるのか?」


「いない」


「最近鬼瓦ファミリーの暗躍で京雅院の任務が続いて忙しいが、学園の授業はついてけてるのか?」


「勉強は出来る方だからな。問題無い。とにかく覚えてしまえばいいだけの話だからな。社会に出たら覚えるだけではダメだろう。それは報道されるニュースだけでも理解出来る」


「その覚えるってのでどれだけの人間が苦労してると思うよ?」


「消えればいいのさ」


 アゲハは唐突にそう言われ黙る。

 隣の少年の爽やかな悪意を持って放つ言葉に心臓の鼓動が高まる。

 そう、この少年はそんな人間達は消えてしまえと平然と思っているのであった。

 その全てを振り払ってでも己が信念を押し通す姿を師と重ね合わせ、憧れの感情を抱く。

 しかし、この少年が暴走するならば斬る以外に解決方法は無い。


「本当に歪んでやがるな。その一言で片付ける所が面白い。だが、本気でそう思ってんなら相当この世は生きずらいな」


「そうだな。酸素の全てが俺を苦しめ、目の前の全ての人間が俺に殺意を抱かせる。全く、俺は生まれてくるべきではない人間だよ。俺の存在により、この世に神はいないと証明出来る」


「何でだ?」


「こんな俺を誰も望まないだろう」


 鬼京雅の望む世界は鬼京雅のみが存在出来る世界であろう。

 いや、その世界には人間というものは存在出来ぬ故に鬼京雅さえも存在出来ない世界――。


「お前はいつから柊になった? お前なら京雅院か源空会のどちらかに見つかっていたはず」


「半年前だ」


「半年前……ねぇ」


 聖光葉ひじりこうようが死んだ時期であった。

 清濁含め前にひた進む思想行動家の生まれ変わりだと思わざるを得ない。

 ここで殺さないと後々厄介だと感じつつ、雅の話を聞く。


「……一年前、俺は肺結核を患い入院した。そして現代では治癒出来るはずの肺結核は完治に向かわず、俺は死の淵にいた。そして数ヶ月が経ち突如、肺結核を乗り越えてから俺は変わった。親を殺してからな」


「お前が……殺したのか」


「俺は俺だ。そして能力に目覚め柊になり、俺は生まれ変わった。そして俺は俺の意思で生きて行くのだ」


 そして、ザバッという水飛沫と共に立ち上がる。

 その目はアゲハに死を与えるように鋭く光っていた。


「今、俺を殺さないとお前を殺す事になる。俺はお前にしか殺せない」


 アゲハの答えを聞かず、雅は風呂を出た。

 そのプリンとした二つの尻を見ながら言う。


「まだ………お前はオレを殺せない。殺すなら今。だけどオレは……」


 アゲハは湯船のお湯で顔を洗い、湯気が舞う天井を見つめた。






 伏見の南にある深い森の一角――。

 天から降り注ぐ淡い月明かりが射すその場所には無数の死体があった。

 そこで紫の髪の着物姿の少年は黒髪の黒いスーツを着た少年に斬りかかるような口調で言っていた。


「鬼瓦には関わるなと言ったはずだ」


 影ながら雅を追跡していたアゲハはまたも京雅院と敵をなす関東の鬼瓦ファミリーとの繋がりを見てしまった。毒の霊気をひしひしと感じながら、氷が砕けるような幻聴を聞いた。それはこの少年との決別の音なのかはわからない。


「俺がどうしようとも闇が俺に近寄るんだ。それをどうしろと言う? お前だって俺を闇に導いた一人だろうアゲハ?」


「コードネーム。アツキコオリ。お前の名前だな雅」


「そうだ。俺が鬼瓦から呼ばれている名だ」


「前にも言ったが今度は本当に最後通告だ。もうお前には京雅院から狙われている最重要ターゲットでもある。今、この瞬間にお前を殺す人間が現れてもおかしくないんだぞ?」


「それはお前じゃないのかアゲハ」


 雅は完全にアゲハを刺客として見ていた。まだ力の差は確実にアゲハの方が場数も強さも上である――しかし、この熱き氷の少年はこのアゲハと戦う事で内なる狂気を更に呼び覚まし、強さの段階を数段飛ばすように成長しようとしていた。


「コードネームかは知らんがアゲハ。お前の二つ名を聞いた事がある。自由揚羽蝶。これはお前の名前だなアゲハ?」


「そーだ。それがどうした?」


「この名前は名の通り自由を舞う揚羽蝶。故に誰かから束縛される事は無く、そうあったとしても独自の権限で動ける存在だろう。つまり、今まで俺を京雅院の任務だと付き合わせていたのは嘘だな。お前はすでに京雅院の任務など与えられていたいないだろう?」


「……」


 アゲハは黙る。

 それは雅にとってはイエスという答えと同等だった。


「沈黙は言葉無き答え。お前が沈黙するなら尚更だ」


「そうだ。その通りだ。俺も嘘をつき、お前も嘘をついていた。そろそろ腹の中を見せ合おうや。俺達は結構相性がいいはずだぜ」


「ならこの世の不変を答えよう。柊がどれだけ人間を守ろうとも、人間は異能である柊を恐れ、差別し、認めない。自分より能力が高い者を認め、受け入れるには他者が自分と対等(人間)であるかどうかだ」


「柊は人間でないと?」


「雪ダルマ野郎と戦った時のプリン少女の顔を忘れたのか?」


「……だが、可能性は捨てるな。お前は何もかも諦めが早すぎる」


「無駄なものは無駄なんだよ。規律を決めるのは俺だ。過去の規律などは参考にもならん。お前の物差しで俺を測るなよアゲハ」


 そして、アゲハは京雅院の総帥に立つ十条から最後通告として譲歩してもらった伏見洞窟の霊気溜まりに出現した魔物を雅と退治すれば抹殺指令を出すのは解除すると言われた話を出した。


「霊気溜まりの魔物か……お前に依頼するぐらいだから相当な魔物だろうな」


「そうだな。関西の悪しき霊気が溜まる洞窟だ。人間や動物だけじゃなく、死んだ人間の現世に対する怨みや妬みまで溜まる場所だからな。行くかどうかは任せる。行かなければお前は京雅院に抹殺される」


「面白そうだ。行こう。京雅院を相手にするのはまだ時期尚早だからな」


「いつかは潰すって事か。鬼瓦ファミリー共々」


「ものわかりがいいなアゲハ。お前は一番俺を知っている」


「ま、嫌でも知るわな」


 フッ……と互いは微笑んだ。

 そして、アゲハを試すように雅は言う。

 天の月が、堕ちてくるような怜悧さで――。


「俺を殺しても世界は変わらんが俺を生かせば世界は変わる」


 その少年の瞳に、涙の雫は流れた。

 何故ここで涙を? と思うアゲハは息を呑んで光に包まれるような少年を見つめていた。


「知能があると生きずらいなアゲハ」


 ふと、そばの木にあるクモの巣にかかる蝶々を見て言う。

 そのクモは動けない蝶々を見据え、じっくりと様子を伺うように歩き出した。


「動物のように本能で生きたいってー事か?」


「そう、俺は何も考える事無く本能のみでこの世界を生きたい。……無になりたいんだ」


 そして、蝶々はクモの鋭利な短い牙によってクモの体内のエネルギー源と化した。

 そのまま雅は森に転がる死骸を毒の腐敗によって消滅させその場から去った。

 大きく息を吐き、アゲハは紫の髪をかきあげ空を見上げ言った。


「アゲハ……お前は鬼京雅を信じるか?」


 無言の天の月は答える事無く、妖しい雲の流れに呑まれていった。








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