過ぎ行く日々
晴れの日差しがまぶしい日。
一時間目から四時間目を何気なく窓側の一番後ろの席から雨が降り続く空を眺めたアゲハは、四時間目の授業が終わると同時に売店に向かった。
昼時で混乱する売店を抜け出し、屋上の入口の前にはすでに雅がいて階段に座っていた。
「来たかアゲハ。今日の焼きそばパンだ」
「センキュー。一階の売店まで行って、五階の屋上前まで上がってきて尚且つ、息も切らさずに平然と焼きそばパンを食べてる所を見ると、お前が友達で良かったと本当に思うよ。これからの為にもな」
「ははっ、俺は神だから。それくらいは楽勝さ」
「確かに神だな。あの昼時売店戦争にゃ勝てる気がしねー。みんな殺気ビシビシで恐ろしいぜ」
「まぁそう言うな。今日もプリンがある。カラメルはやるよ」
「お前、カラメルだけ容器に残して放置するの好きな」
「カラメルは悪だ。悪はいらん」
「ならカラメル無しのを買えよ」
「カラメルがあるからこそ憎しみの力が増すんだ。それは柊として必要なものさ。この憎しみが俺を駆り立てる」
「……お前、面倒だな」
アゲハは焼きそばパンを食べながら、雅と雑談をしている。
ある日の夜、京雅院からの任務を受けたアゲハはその戦いの中、この少年が異能である柊になったキッカケを知った。雅は一年前、重度の肺結核から死の淵で覚醒し、毒を力にする柊になったのである。
(やっぱこいつを京雅院に引き込んで監視したのは間違いだったか? 殺すには惜しい逸材……だが、生かしておけばオレも殺され世界も変わるかもしれない。県を廃し藩をなした光葉のようにな)
そしてアゲハの思考は数日前に遡る。
すでに関東を支配する鬼瓦ファミリーの闇の一部に関与していた雅は、任務で急襲した館でアゲハに出会う。それは合法麻薬の会合で、例の如く雅は容赦ない攻撃で相手を死に至らせている。敵の鬼瓦の間者達は血を吐いて倒れていた。周囲に蔓延する毒の粒子を自分の周囲に霊気を張る技の応用でアゲハは耐えた。
嗤いながら立ち尽くす雅の背中にアゲハは言う。
「もう周囲の空間まで毒を撒き散らせるのか。それなら室内の戦闘は楽になるな」
「偶然か必然か……お前は俺の監視者だよなアゲハ? 鬼瓦と俺が繋がっているとでも思うのか?」
半身で振り返る怜悧な瞳が、アゲハの紫の瞳に突き刺さる。
自分を仲間に引き入れ、アゲハは監視もかねて学園に通うのを雅は知っていた。
そして、自分が知る以上の情報を引き出そうと迫る。
この沈黙は図星だ……と雅は確信した。
「……そうだ。疑わしきは罰するのが京雅院。もう勝手な行動すんじゃねーぞ。オレじゃなく、他の奴がお前を殺しに来るだろうからな」
「今後注意しよう。お前の任務の邪魔をしては困るだろうからな」
「あぁ、死にたくなければ頼んだぜ。にしてもお前は絶対に相手を殺すな。そんなに人間が嫌いか?」
「嫌いだな。目に止まる者、全てが憎く消えてしまえばいいと思う時が多々ある。柊になり、人間とは違う自分に酔ってるだけかもしれんがな」
溜息をつきつつ、自分の緑の霊気が出る右手を見た。
その憂鬱そうな顔に、アゲハは異能になった事で見え出す人間の愚かな部分が雅には脅迫的な不快感をもたらしているのだと感じていた。この少年は潔癖なのだろう。それ故に白か黒か、百か零でしか物事をはかれなくなっている。そんな不快な世界を正したい少年に師である聖光葉を感じつつアゲハは言う。
「世界の歪みを正す……そんな世界は疲れるぜ。いい事があれば悪い事がある。悪が現れれば正義が叩く。人の歴史は繰り返しの連続だ。そこを認められねぇと生きていけねーぜ?」
「歪みを正す事が出来ないなら滅んだ方がいいだろう。進化を望まぬなら死しかない」
強固な意志に行動力。
潔癖な心に、成長する大きな力。
やはり柊の最高位にいた聖光葉の再来としか思えない少年にアゲハは嫉妬心と羨望を感じた。
そして、アゲハが自分の心の内を話そうとすると、一つの野太い声が二人を刺激した。
雅に向けられ放たれた小型ミサイルをアゲハは身代わりとなり受ける。
ズゴウンッ! という爆発が室内を満たし、黒い煙をかきわけ二人の前に、雪だるまのような大型の機械人形が現れた。
「ここの仲間はやられたのか。お前達、京雅院の柊だな?」
敵の残存と奇襲に焦る二人は体勢を立て直す。
身体は機械の鉄が張り巡らされ、霊気が溢れるように全身から噴出している。
こんな柊をアゲハ見た事が無かった。
驚いた顔をする二人に鬼瓦ファミリーの機械柊・雪魔人は言う。
「機械武装を成すこの新しい柊であるこの俺様に勝てるかな?」
機械武装する柊か……と思うアゲハは骨折している右腕はまだ無理だと確認し、左手で刀を持つ。
「……こんな時に敵か。いけるな雅?」
「――もう動いている」
アゲハが言葉を言い終わる前に雅は刀の鯉口を切り動き出していた。
毒を纏う刀が雪魔人を刻むが、身体の鉄に阻まれ生身まで届かない。
アゲハは雅の影から動こうとするが、一人の小さい影が動きを止めた。
「!? 子供?」
この館でかくれんぼをしていたらしい少女が姿を現す。
雅の柊である毒が空間に蔓延し出す状況は不味いと思うアゲハは動く。
「逃げるぞ!」
「いや!」
プリンを持つ少女を助けるがアゲハは手を離された。
フンと鼻で笑う雅はそれを無視し言う。
「プリンより敵を優先しろアゲハ――」
「プリンしか見てねーのかお前は! 子供はどっか行ったから大丈夫だろ」
「大丈夫なものはこの雪魔人様の命のみよ。全弾発射! スノーバルカン!」
ズバババババッ! と全身から霊気を帯びた銃弾が放たれる。
雅は十発ほど直撃し、アゲハは全て回避する。
紫の瞳をデカイ機械仕掛けの腹に定めたアゲハは叫ぶ。
「乱れ揚羽蝶!」
ガガガガッ! と激烈な剣の嵐が雪魔人を襲う。
しかし、ズ太い左腕を犠牲にして耐えた。
「流石は聖光葉の弟子の一撃。だが記憶したぞ。我が機械が貴様の霊気のデータを算出した。霊力五千という数字は初めて見た……」
『ごちゃごちゃうるせーよ!』
怒る二人は攻めるが皮膚ではない部分はあまり攻撃してもしょうがないと思った。
狙いは鉄に覆われていない顔しかないとアゲハと雅は感覚で共有した。
『……』
だが、雪魔人は巨体の為に飛び上がらないと生身がむき出しの顔面には攻撃出来ない。
それに気付いている雪魔人は霊気のデータを持ち帰らなければならないと思いながら言う。
「超直感を持つ全てをヒラヒラと舞う揚羽蝶のように対応出来るアゲハ。もう一人の緑の霊気の方は毒の柊か。そっちのガキは動きが単調だな。機械に毒は効かないぞ?」
雪魔人は両手に仕込まれたガトリングガンで攻め立てる。
霊気を帯びた弾はいとも簡単に地面を抉り、建物そのものも崩壊の予兆を見せ出す。
回避一辺倒のままベッと血の混じるツバを吐き雅は、
「アゲハ、動きが悪いぞ」
「うっせ、今から本気出すんだよ。それよりお前、銃弾くらって大丈夫か?」
「絶望的な状況だ。俺が生きる為に犠牲になれアゲハ」
「へいへい。じゃ、一気に行くぜ相棒」
アゲハは天井に飛び上がり、それをブラインドにする雅は身体をかがめ突っ込む。
安易な作戦……と笑う雪魔人は天井を足場にして急加速するアゲハに驚いた。
「温いわ小僧」
シャキン! と雪魔人の顔面に機械武装が展開した。
完全防備になる雪魔人だが、アゲハは刀の切っ先を突き出したまま言う。
「――なら中心部を突き刺せば身体に届くだろーよ!」
強烈な霊気を纏うアゲハの一撃が疾走する。
これはいかん! と焦る雪魔人は突如、上半身と下半身を分離させた。
地面に着地するアゲハは背後を振り返る。
その上半身は背中のブースターにより推進剤で浮かんでいる。
雅は攻撃のタイミングを逃し、背後に飛んで止まる。
ガハハと笑う雪魔人は言う。
「身体の制御系統は上半身だ。それにこれは空もある程度は飛べてね。下半身を破壊しても無駄なのさ」
二人は同時にツバを吐き、刀を肩に置く。
小腹が空いたなと思うアゲハは少女が持っていたプリンを思い出し、雅がプリン好きだった事を思い出す。
(柊である以上、どこかに人間的な力との接続場所があるはず。そこを叩ければ……)
ふと、思考の一部を支配するプリンが大きく膨らみー弾けた。
そして紫の髪をかくアゲハは言う。
「カラメルだな。奴を倒すにゃカラメルしかねーよ」
「カラメル? ……そうか。貴様にしてはいい考えだ。後でプリンをおごれ。千個にまけておいてやる」
「は? てか何で発案者のオレがおごらなきゃならねーんだ! ってもう動いてやがる!」
直感と反応、それに行動力の早さにアゲハはこの気難しい男は本物だなと直感した。
アゲハは上半身、雅は下半身に徹底して攻撃した。
激しい戦いは十数秒で終結する。
「アゲハ! もういいだろ!」
「そうだな。しまいにすっか」
二人は攻撃を突如止めた。
不振に思う雪魔人は背中の推進剤の残りも考え、上半身と下半身をドッキングさせる。
アゲハはその接続部をじっ……と見た。
「さーて、どうなるかね?」
「どう? これから貴様等は死ぬ――ぬぐぁ!? 合体できんだとぉ?」
二人は上半身と下半身の接続部を破壊していた。
これにより、雪魔人は上下に別れたダルマになる。
「雅。お前の嫌いな、カラメルだ」
「そうだな。嫌いではあるし倒したい相手だが、身体の傷でもう動けん。倒せ」
「その傷でその根性はたいしたもんだ。プリンはおごってやるよ」
瞬間、アゲハの乱れ揚羽蝶が炸裂した。
同時にアゲハの回想が終わる。
「……おい、どーしたアゲハ? お前が源義経のように白いツラで悩んでいると嫌な事がありそうだからやめろ」
「失礼な奴だな。オレも考え事をする時はあるさ。それより雅。お前は柊として強くなり何をしたいんだ?」
刹那――熱き氷の少年の口から放たれた言葉に呼応するように突風が巻き起こる。
チャイムの鐘にも阻まれアゲハは聞き取れず教室に戻るが、その時の雅はこう言っていた。
「柊大霊幕」
白い雲が時流に乗るように早く流れ、宮古の暴走により静かに進んでいた時代が再び急速に動き出した。




