毒の柊
一週間後――。
テンプレ学園には天気予報とは違い雨が降っている。
転校生扱いのアゲハは雅の隣の席になっていた。
全ては京雅院の仕組んだ事で、アゲハは自分をいずれ殺す少年を隣の席で観察する事でわかった事があった。歴史の授業の中、隣の席にいる雅を感じながら思う。
(……こいつは制服を改造しているように、心を閉ざしている。いや、誰にも期待していない)
鬼京雅は制服を改造していて全てのポケットにジッパーをして閉ざしていた。
この改造からもこの少年の性格が読み取れる。
この一週間で学園での生活と帰り道を背後から監視する事でそれなりに鬼京雅の事を知る事が出来た。
そして、この暗雲の雲から滝のように流れ落ちる雨の今日という日にアゲハはこの少年の真の闇を知る事になる。
「……」
その少年・鬼京雅は、夕方の空を暗く染める雲からたれながされる雨を見ながら、左耳の銀色の丸いシンプルなピアスをいじっていた。放課後になり、掃除当番のアゲハと雅は残っているのである。憂鬱そうに雅は外を見た。
「雨、雨、雨――。全く長い雨だな。別に嫌では無いが」
ぐうっと椅子の背もたれに寄りかかり、椅子のきしんだ音を暗い室内に響かせながら、憂鬱な表情で椅子から立ち上がった。そして、おもむろにベランダに出て、雨に打たれた。
「全てを鎮静せし、雨粒よ。俺の心を癒したまえ。俺はこんなにも大きく手を広げ、君を受け入れようとしているではないか。さぁ、俺を、俺を癒してくれ……」
暗闇が加速する大空に向けて問うが、少年に対する答えなどは無い。
そして雅はまた世界に対して絶望する。
自分の力の無力さを、闇の大空のせいにし、ただ、全ての不条理を大空から放たれる雨粒に洗い流してもらおうとしている。
しかし――そんな願いは誰であろうが、叶えられる事は無い。
雅は暗い天を見つめ続ける。睨むような、憧れるような瞳で。
「詩人さんよ。掃除が終わったんだから帰るぞ」
アゲハは何をやってやがる? と意味のわからない行動をする雅を急かし、帰ろうとする。
二人は黒い折り畳み傘を開き、早歩きでバス停へ向かう。
雅が早歩きなのは、世界に対するイラつきから早歩きになっているのをアゲハは知っていた。
少し歩くと、商店街にさしかかる前の電柱に、みのむしのように電柱に抱き着いている男がいた。
どうやら浮浪者らしく、小瓶の酒を片手に何かをブツブツ呟いている。
怜悧な雅の瞳がその浮浪者を恫喝するように動くと、浮浪者はツバを吐いた。
「ガキが! 年寄りは大事に……?」
「後ろだジジイ」
瞬間、雅は浮浪者の背後の路地の闇にいた。
アゲハは今の全ての動きが見えていたが、中々の鮮やかさであった。
やはり師である聖光葉を感じさせるものがある。
その最中、雅は浮浪者を挑発するように路地の奥へ誘い込んだ。
アゲハはそれを追う。
「……最近、この近辺で猫の焼かれた死骸が出ているのはお前のせいのようだな。その爪の間にある猫の毛がその証拠だろう?」
「それがどうしたぁ! この暴力小僧が! テンプレ学園に訴えてやる……うぐぁ!?」
「黙れ。死ね」
愚物など存在する事そのものが悪と認識する少年の攻撃には容赦が無い。
自分の拳や足が壊れるほどの一撃を無機質な機械運動のように加えて行く。
血だるまになる浮浪者は顔面が変形し、腕はあり得ない方向に曲がり、腰の骨が折れている為に立ち上がる事も出来ない。
「クソガキが……これが人間のする事か? まるでモノの扱い……動物じゃないんだぞ!」
「お前は地面を踏むのに何か考えるのか?」
「……か、考えるか! 俺が地面だとでも言うのか!?」
「お前の命は踏まれる地面ほどの価値も無い」
初めから知的生命体である人間としても見ていない雅の怜悧な瞳は誰からも踏まれて人間の役に立つ地面ほどの価値も無いとハッキリ告げていた。それを背後から見つめるアゲハは雅の右手から溢れる緑の霊力を見た。それは歪んだ霊気であり、トゲトゲしい悪意を放っている。アゲハは持ち前の超直感にてその柊である異能力を理解した。
(こいつは柊だ……おそらく右手から毒を出してやがる。毒の柊……)
そして、浮浪者は息絶えた。
特に殺人に躊躇いの無い雅に対して、アゲハは言う。
おそらく、転校生であるアゲハが何故自分の側によくいるのかを感ずいているのだろう。
でなければこんな簡単に毒の力や殺人などは見せない。
この鬼京雅も、アゲハに対して運命的な何かを感じているのであった――。
そしてアゲハは降りしきる雨が浮浪者の死骸を潰すような重さで降るさまを見ながら言う。
「この浮浪者に食われた猫の弔い合戦か?」
「人は救いようが無いが、動物は救いようがある。それだけだ」
「……?」
少々説明が足りないが、要するに欲望に準じた無我の境地を好む雅は知により無駄な思考を生み、無駄な争いをする人間が嫌いなのである。
動物にはそれが無い。
「言葉足らずな所があるな。お前、誤解されやすいタイプだろ?」
「お前ほどじゃないさ」
アゲハは雅に初めて人間性を感じた。
そして、アゲハは自分の素性を話した。
柊である事と京雅院の人間――そして、廃県置藩をなした思想行動家・聖光葉の弟子である事を。
迷いが晴れたように納得する顔の雅は薄く微笑む。
「お前はやはり聖光葉の弟子か。裏社会では有名な話だからな。お前の存在は」
どうやら雅は毒の柊に目覚めてから数度、裏社会の柊と戦闘をしていたらしい。
そこでバイトのような事をしつつ、金を稼いでいたようだ。
ふと、雅は右手の毒にて浮浪者の顔面を完全に認識できないように腐敗させた。
二人の制服のズボンの裾を、冷たい雨が浸食していく。
『……』
今の殺人を見る限り、およそ鬼京雅という男には躊躇という概念が存在し無い。
自分が邪魔だと感じた物、相手に対しては全てが無価値になり、無感情に蹂躙され、やがて壊れ消える。この自分の全細胞をかき乱される想像を絶する感覚、この躊躇い無き我が道を迷い無く行く行動――。
「聖光葉…」
瞬間、アゲハは雅の危険性を察知し、雅を殺害しようと思った。
さらしの中に仕込んだ匕首を手にし、背後から迫る。
(光葉のようになるかどうかはわからない……コイツは何になっても危険だ。オレだけじゃなく、京都藩が……日本が潰される可能性がある)
ふと、振り返る雅の目に呑み込まれた。
暗い奈落の底で蠢く悪魔がいる瞳とは違い、その容姿は爽やかである。
まさしく、若き日の聖光葉そのものだった。
アゲハはそのまま雅を殺害出来ない
そしてアゲハは自分をいずれ殺す少年に言う。
「バイトなんかするな。お前はオレと共に来い。オレが本当の柊を教えてやる」
アゲハは雅を京都藩を司る京雅院に引き込んだ。
激情と冷徹の二面性を持つ、熱き氷の少年を。
まるで心を開かぬ氷山のごとき鉄の意思。
火炎地獄の閻魔すら焼き殺す、内面から溢れ出る狂気の炎。
熱き氷の少年は、星一つ無き、月すら雨で霞んで見えない天を見上げ言った。
「世界は俺の一太刀で斬られればいい」
この出会いと雅の成長が柊と人類の決別を呼ぶ事になる事を今のアゲハに知るよしも無かった。




