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アゲハ  作者: 鬼京雅
百年老人編
23/67

京都の夜明け

「さて、京子の意識を乗っ取り外の現状を確認しようかのぅ」

 三家楼の聖櫃の中央にてあぐらをかく宮古は瞳を閉じ、意識を京都中にいる極楽浄土に汚染された自身の傀儡を探す。

(……)

 すでに自身の傀儡は大半が倒れており、新たに力を注いでやらないとならない。

 その中の意思を持つ現状の黒百合最強の女を捜す。

 アゲハの義理の妹であるその少女は瞳が蒼く変化しだす。

 すると、目の前を一匹の揚羽蝶が飛んで行く――。

(……?)

 宮古の体内から次々と無数の揚羽蝶が飛んで行く。

 まるで自分の身体が割れるように光が発して内部から何かが生まれて来るようだ。

「――? 何じゃ、ワシの体内で何が起こっておる? うおおっ!」

 溢れた光に弾かれ宮古はよろめき、聖櫃の下に落下した。

 そこには一枚の光の葉が散り、一人の少年が立っていた。

「よう、久しぶりだな――」

 輪廻道の発動によりアゲハは復活した。

 何が久しぶりじゃ……と宮古は呟き立ち上がる。

 しかし、光葉があれだけ苦戦した極楽浄土に侵されても尚且つ六道輪廻が使用できたのは何故なのか――?


「お主、何故生きている?」

「オレは狂ってるからな」

「答えになっとらんぞ!」

「熱くなるなよ。お前さんに天海道をかましたんだが、やっぱ厳しかったな。おかげで相当消耗したぜ畜生……けーど、極楽浄土にゃ絶えたぜ。光葉こうようの仕掛けがここに来て効いたな」

「光葉の仕掛け? まさかこの前の光葉の戦いは主に勝たせる為に……」

「オレが来てからはそうかもな。オレに自分の全てを見せ、勝つ為の仕込をしてくれていたのさ。だからオレは極楽浄土に対抗出来た」

 光葉の狂という信念とアゲハの超直感を合わせて地獄の炎の突破口を開いた。極楽浄土の霊気の薄いポイントがアゲハの瞳には鮮明に映り、そこを攻めたてれば宮古自身に影響が及び大きなダメージを与えられ勝機はある。

 これにて地獄の世界に身を置く、宮古のほぼ無敵の身体もアゲハの刃にて斬られるはめになる。

 ニイイイッ……と嗤う宮古は両手を広げ左右の手に蒼と紅の炎を生み出す。

 そして光一文字光牙こういちもんじこうがに戻り、安定した普遍の強さを得たアゲハは言う。

「信念はそれぞれにある……信念の狂を他人から吸収する時点でテメーにゃ信念の欠片もありゃしねーよ」

「ワシはそれを……狂をこの世から消し去りたかっただけじゃ!」

「消し去りたかったのは。器の小せぇお前自身だろ?」

 宮古は右手の紅の現世の炎をアゲハに放つ。

 スウウウッ……と修羅道の幻影でそれを回避する。

「無理矢理奪った六道の力はどんな気分じゃ? 死ねば返る力じゃが、今は主のもの」

「確かにこの六道輪廻は借りもんだ。それを返すの当たりめーの話だ」

「それだけの力を手にして世界を獲る欲も湧かんか!? それだけの力を手にしてぇ!」

「今ある欲はお前をブッ倒したい。それだけだ」


 二人の男の話は平行線のままである。

 しかし、お互いの内面をこうも吐き出していると憎しみや怒りだけでなく愛情さえ感じ始めて来る。

 その感情のなせるものなのか、宮古は自分の過去を回想するように話出す。

「……ワシは今でいうなら聖光葉になりたかった。過去のワシも初めは力も学も無いただの少年だった。そう、今のお前のようなただの無鉄砲な男だった……それが日々の中で周りから全てを吸収していき一気に頭角を現した。その好奇心の行方は自分より強い者だけではなく、自分より年下の弱き者にすら、例えそれが敵ですら師と仰ぎ教えをこうた。そして仲間になった者と身体と心を競わせる事で自分の力と信念を曲げない頑固さを磨いたんじゃ。夢を見ていた少年期だけはのぅ」

「……」

「普通の人間ならばある程度の地位と金があればそれを担保に会社を起こし、部下を雇い自分は高みの見物で努力などしなくなる。じゃが、柊になる前からあの男は自分の部下でさえ同志として扱い、決して尊大な態度を取らず見守る。あんな男は……見た事が無い。ワシはそれに嫉妬したんだ……あんな人間はこの長き人生において見た事が無い。あれが英雄というものなのか? あれが織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった時代を生み出す男なんじゃ……私は光葉こうようになりたかった……なれたんだ。ワシは……聖光葉ひじりこうようとしてこの世界にその名を轟かせ時代を変革する英雄になってみせるはずだった……」

「……」

「ワシは光葉のように絶対者になれなかった。ワシは宮古一族を反映させる為にいつの間にか時が止まったかのような京都全体を見下すようになり、京雅院の頭に立つ事しか考えなくなった。だからこの身を爺共の汚泥に沈め、魂を杭で打たれ刃物で削られても尚、地位を向上させ民草を導くこの三家楼の一人まで登り詰めた。じゃが、権力争いに興じていき時間が流れ何かをするには時が立ち過ぎた。その頃、柊なる異能者が現れ京雅院内では知識欲と向上心が異様に高いだけの聖光葉が多大なる霊気を生み出し、光の使者のように現出した。それはワシにとっての始まりだった。この男の思想を背後で利用し、いずれ柊の力を手に入れ光葉に取って代わる。私が、聖光葉に変わる支配者になるのじゃ」

 そして宮古の過去の回想は終わりになる。

 笑うアゲハは思いのままの言葉を繋ぐ。

「他人からもらった能力で、努力もせず命も貼らず誰が認めるよ? そんなハリボテすぐ剥がれんぜ。オレが剥がしてやるかんな」

「夜迷い言を――」

 瞬間、極楽浄土の煉獄の炎が一気にアゲハの足元に迫る。

 足に意識を収束させるアゲハは――。

(餓鬼道――!)

 すでに足の筋肉が限界を超えている為に神速の餓鬼道が発動しない。

 烈火の如き絶望がアゲハを襲う――。

「――うおおおおおおおおおおおっ!」

 瞬間、黒い閃光がアゲハの横を横切り二本の小太刀を円月輪のように投げた。

 宮古の一撃は両手の甲が串刺しになった事により止まる。

 アゲハの身体を吹き飛ばし助けたショートボブのクールな女は呟く。

「ここまで消費した宮古を待っていたのよ。ここまで来ればもう極楽浄土の力も次で終わりくらいよ」

「あっぶねーーーーーー! 八つ裂き光輪じゃねーんだぞ!」

「ごちゃごちゃ五月蝿いわね。無駄な体力消費してんじゃないわよ」

 京子の投げた二つの小太刀は宮古の溢れるエネルギーを媒介にするように吸収し、極楽浄土の力を一時的に殺ぐ。それを燃やし尽くす宮古はアゴをなでながら溜息をつく。

「復讐は今までの全てを壊し、怒りは全てを無くす。後悔、絶望、歔欷きょきの全てが主を喰らい尽くす。その男を助けても主は幸せにはなれんぞ小娘」

「アゲハを助けて不幸になるかどうかなんて私が決める事よジジイ」

 そして京子は極楽浄土の炎の瘴気にやられ意識を失った。

 全く、たいした妹だと微笑むアゲハは、

「少し寝てろ京子。お前が起きた時にゃ、全てが終わってるぜ」

「終わる? 終わるのはお主じゃというのがまだわからんのか?」

「……あの光葉が、あの他人に強要しない光葉が俺には強要したんだ。最後の最後にな。蛹の時間は終わりだよ。斬るぜ、宮古長十朗」

「主の支配者は光葉……いずれ奴と同じ支配者になるのか?」

「光葉は支配者じゃない。ただの好奇心旺盛な子供だよ」

「光葉は二十歳を超えた大人よ。世迷い事は大概にせぃ!」

「ジジイにはわからねぇな」

 笑うアゲハは耳に聞こえたヘリの音で紫の髪をかいた。

「残念だったなジジイ。この戦いは中継されてる。お前が仕組んだ事がお前に返って来てんだよ」

 天守閣の壁が剥き出しで、外を飛んでいるヘリからのカメラマンが二人の目に映る。

 アゲハは刃を交わしながら宮古の襟に仕込んだ黒い塊を指して言う。

「それ、ピンマイク。京子が仕込んだこの作戦の為にもらっておいたんだ。お前が光葉の思想と今までの功績を利用としていたのはもう、バレバレだせ?」

「あの小僧……! ならこの力で民草を黙らせるまででの事よ」

「ぬるま湯しか知らないジジイに、光葉の思想も理念も何もかもわからないんだよ。未来に向かわない、過去の亡霊にはな!」

「亡霊でも構わんさ。主とて倒した相手の亡霊の力で復活したではないか」

「この六道輪廻は一時的なもんだ。お前を倒すためだけにあいつ等から託された限定能力。確かにこの力は地獄の力だ。現世じゃ手に余る。お前もこの力に手を出さないのがよくわかるぜ」

「託された? 何をバカな……?」

 瞬間、宮古はアゲハの顔に光葉をダブらせる。

「――この極楽浄土を攻略出来るかな?」

 ブフォオオオオオオオオオオオ! と宮古は切り札の清水城の地下に溜めていた比叡山から繋げている霊脈の力を自分の身体に還元する。全ての危機を無くし、最後に確実に勝つ為にこの力を使う理由から宮古はこの清水城を離れる事がなかったのである。

 あーーー! と叫ぶアゲハは頭を抱える。

「ふざけやがって! あいつは霊脈の力を吸収してたらほとんど無限じゃねーか! こっちはもう魂もってかれそうだぞ! くそったれが!」

 左肩の着流しをもろ肌脱ぎにするアゲハはガッ! と左足を踏み出し悪霊が湧き出る空間の魂を喰らうような霊気に耐える。

 意地と意地の張り合い――魂と魂のぶつけ合い。

 鬼気迫る両者の充血する瞳は火花を散らす。

「……喧嘩は命の張り合いだ。大業を成す奴は最前線で命を張り続ける。その中で何も出来ずに死んじまう奴は沢山いるが、志士は常にドブの中にいる事を忘れずってな。本当にやりたい事の中で死ねるんなら後悔なんかねーんだよ。例え死んでも、その熱い思いは必ず引き継がれる。俺の師匠のようにな」

「命は大事にせねばならん。時代を正しく導く人間は命を危険に晒すわけにはいかんのじゃて」

「覚悟がないならただ大衆と一緒に安全地帯で眺めてやがれ! 俺はやるぜ! この京都藩で見たことの無いもの、聞いた事の無いものを探しに旅に出て楽しみ尽くしてやる!」

「主はここで死ぬんじゃよ」

 全ての霊脈の流れの中にいる宮古は現世と地獄の炎を臨界点まで燃やす。

 蒼と紅の炎がアゲハの瞳に燃え移るように反射する。

「極楽浄土……確かにスゲー力だ。光葉の力をほぼ無効化しちまうんだからな。だがよ……完全じゃなくてほぼなんだよ。そして……お前は六道輪廻の絆の力を恐れている」

「何じゃと? ワシが絆などという目に見えぬものを恐れるとでも?」

「そうさ。だからお前は現世六道の六人に光葉を封印させた。奴等の絆を恐れているからさ」

「……そうだとしても、すでに奴等の六道輪廻の力は主によって一時的に失われている。これからワシの新たな傀儡になりうるものを京雅院より六人集めて新たな現世六道の番人を生み出す。それで万事解決じゃ」

「たかが傀儡に、六道がつとまるかよ。それがお前の甘さだぜジジイ」

 渦巻く霊気の風で祭壇の一部が崩れ、宮古の湯飲みと小皿が落ちる。

 割れた小皿の上にあった八つ橋が転がる。そこにはハムが乗っていた。

「生ハムメロンじゃねーんだぞ。八つ橋に生ハムを乗せるなんて、創始者が知ったら泣くぜ」

「時代の変化とニーズというやつだよ小僧」

「時代を止めようとしてるお前が時代を語んじゃねぇ。光葉のような信頼はお前じゃ得られねーよ」

「ヒャハハハハーーッ! 細かい事などもうどうでもいいんじゃ。何故なら光葉はワシの目の前にいるからな。若くて活きのいい光葉がのぅ」

「……オレは光葉じゃねーさ。聖光葉の弟子、自由揚羽蝶のアゲハだ」

 光一文字光牙こういちもんじこうがを白鞘に納め、居合いの構えに出た。

 いつの間にか目覚めた京子が、アゲハと宮古の対峙を見つめた。

「ワシは闇だ。闇は闇しか理解できぬ。光という酒には酔えねぇんだ」

「そうだな。確かにオレも闇が好きだ……しかし、今は光を求める。人を求める。光葉によってオレは変わった。少し前まで憧れてた闇の象徴のこの場所のような世界など求めねぇ」

「そうか。ならばワシの闇とお主の光。どちらが強いか勝負じゃ……」

 そして宮古の背後の千手観音が肥大化し、同時に宮古の存在も大きくなる。

 富士の山と蟻一匹のような圧倒的な差が生まれ両者は最後の攻撃に移ろうとする。

「最後にデカくなった悪人は、簡単にやられるって知ってるかジジイ? オメーは清水城警備員の権力ニートだが、戦隊物は見ねーか?」

「ワシはオールナイトラジオしか聞かんよ。……すでに六道輪廻の大半を使えぬ主に勝てる道理は無い!」

 叫ぶ宮古の瞳の中のアゲハが揺らめいて動く。

(これは流水の動き……何故だ? 極楽浄土の炎でも捉えられん。この動きは……この動きは――!?)

 光葉を倒した時以上の圧倒的な力のはずがまるでアゲハの動きを捉えられない。

 残像が煉獄の炎によって陽炎のように揺らめく紫の少年の問いに耳が反応する。

「……お前はこのまま廃県置藩を続けてどうするつもりだ?」

「廃県置藩でこの世の奇士である柊をコントロールする。柊はワシの私兵だからのぅ」

「光葉一人コントロール出来ない奴が何言ってんだ?」

「奴は優秀過ぎた。が、ワシに殺された弱者だったのじゃ。弱者は強者に管理されねばならん。今までのように日本の中心地である京の都にて祭り事を執り行う。この世の全てはワシの人間道によって導かれるのだよ」

『人は自分の意思無くして導かれる者はいない――』

 瞬間、アゲハの背後に光葉が映り二人の言葉が重なって聞こえる。

「ぬぅ! ぬああああっ! 苗字も無きお主如きにこのワシが……!」

 失禁し、おののく宮古は流水の動きをするアゲハの背後に本物の聖光葉を見た。

「……こやつ、光葉が何故ワシの目に映る? 邪魔じゃ……邪魔じゃあああああああああああああーーーーーーーっ!」

 その男に心の奥底を支配され、極楽浄土の発動が弱まっている事にすら気付かない。

 目の前の少年に畏怖する男を思い出さされ、少年の存在を認めざるを得ない。

 極楽浄土の蒼と紅の螺旋の炎を激化させる宮古は宙に舞う一枚の光の葉を見た。

 光葉の声を聞き、アゲハは新たなる技を得る。

 二つの刀が光と闇に発光し、響く。

 アゲハは心に浮かぶ仲間の暖かさを感じ、両手に最後の力を込め走った。

「世界の全てはテメーの人間道を否定する! 宮古、貴様に光を見せてやる!」

「何いっ!?」

「お前の狂! たたっ斬るぜ!」

 そしてアゲハはまだ使っていない最後の六道輪廻を発動させる。

「最初で……最後の技だ」

 光葉の霊との天海道が発動する。

 これにて六道輪廻の全ての技を使った。

 現世六道は各々の塔でその感覚を共有し、光葉の真の最後を少年を通して感じた。

 二人の男は全く同じ動作で大きく刀を振りかぶり――。

「極楽浄土・煉獄業楽天れんごくごうらくてん!」

 宮古は全ての煉獄の炎を千手観音が剣として大上段から振り下ろす。

 それに対抗するアゲハは歯を食いしばり、背後にいる師に自分の全てを表現する。

「そしてこれがオレの狂・人間道だ――」

 今までに関わったアゲハの全ての仲間が現れる。

 その全員は一人の少年の背中を軽く押すように微笑む。

 アゲハの背後の光葉がアゲハと一つになり――。

光天揚羽蝶こうてんあげはちょう―――――」

 現世六道と、聖光葉の力を得た究極的な一撃が放たれる。

 凄まじい光と闇の一撃が交差し――清水城の天守閣は吹き飛んだ。




「……」

 地獄の魔物が消失した静かな空間で紫色の髪の少年が立ち尽くしていた。

 少年の瞳はただ一つの光を見据えている。

 汚れ無き黄金の光に少年は微笑んでいた。

 スッ……とヒラヒラと舞っている光の葉を掴んだ。

 そして少年は遠くに見える満月を見据え言う。

「オレは明日へ向かうぜ。……あばよ聖光葉。この命が尽きる前までには、お前を超えてやるぜ!」

 暗闇に舞う黄金の葉の群れにアゲハは師を思い浮かべ、師への思いを言葉にした。

 一人の蛹の少年の戦いはここにて集結した。



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