六道の塔・輪廻道~人間道
すでに黒百合達は倒され、京子対エリカとワカナの二対一になっていた。
二対一にも関わらず京子は底知れぬスピードと闇に染まりきった心で相手の二人を攻める。
知り合いだろうが、かつての仲間だろうが任務に私情を挟まない京子の躍動は止まらない。
閃光のような動きの京子の一撃に倒れるワカナはエリカの無駄にデカイ巨乳を揉んで作戦を指示した。 互いに満身創痍であり、これ以上の消耗は命の危険性を伴う。
口元を拭い血を吐くワカナは着物の胸元のズレを直し、
「この陰気女……中々のお手並みですこと。でも、私のエクセレントには及びませんわよ」
前方で戦うエリカを盾にしたワカナは着物の裾を解放しエクセレントスカートで一気に屠る算段に出た。蹴りを浴びてエリカを吹き飛ばす京子の目に不規則に動く赤い機械の触手が閃光のように動く。同時に京子は小太刀を逆手に持ち――。
「砕け散れ――五風十雨!」
五風十雨はワカナのエクセレントスカートだけではなく、その本体である赤い着物そのものを吹き飛ばした。同時に二刀小太刀が両手から離れる。全裸で宙を舞うワカナは敗北したにも関わらず笑う。
「これで……こっちの勝ちね。行きなさい乳揺れ乳母車っ!」
「はいはーい」
背後から栗色の緩い顔の女が鋭利な殺意を込めて動いていた。
「ライフレベレーション」
光の拳が京子の腹部を捉えた。
そのライフレベレーションは回復のリミッターを外し、相手の成長細胞を促進させ続ける事により相手の細胞を破壊する技で心臓に当たれば一撃必死は確定である。
(――!?)
瞬間、京子の脳内に走馬灯が走った。
暗闇で佇み全身に相手の返り血を浴びて死体の山に立ち尽くす自分。
瞳の先に映るのはどれだけの悪をこなそうとも光を浴びて決して汚れの無い光の葉のような聡明な男。
そして、自分と同じ境遇で兄と慕っていた少年が男の隣にいた。
二人は互いに微笑み合い、真後ろにいる地だまりの死体の山にいる京子に気づかない。
決して自分がその場所に行けない事を悟る京子は自分の限界を否定するように叫んだ――。
「私は――負けないのよ!」
過去に光葉以外に戦いで敗北した事の無い京子は素手で五風十雨を放った。
「うっ……そ!?」
まさか素手で刀並の切れ味のある技を使われるとは思わず、エリカは巨乳を揺らし全身を刻まれ宙を舞う。そして京子は瓦礫に落下するエリカを無視し、微かに息のあるワカナに真っ黒な瞳で闇を具現化するような悪鬼の形相で向かう
「アンタ……やっぱ、あのアゲハとも光葉とも違うわね。アゲハと偽りの兄弟を演じていてもアンタじゃ光の道は歩めない。アンタには光を受け入れる覚悟が――」
「五月蝿いわよ」
全裸のワカナは崩壊した塔の岩壁に両手の甲を小太刀で刺され張り付けにされる。
そのままワカナは意識を失い、緩い風が京子の黒髪を揺らす。
痛む身体と心を抑えるように左胸をつかむ京子は天を見上げて思う。
(……最後の時ね)
傀儡黒百合は全滅し、ボロボロの京子は冥府を彷徨うように一人動く。
※
「何だ……この世界は?」
アゲハが目を赤くしたまま目が覚めると青い地面に黒い雲。
それに赤い景色が目に痛い光景を感じられた。
流れる空気は冷たく薄く、やけに重く感じられる。
足りない酸素を補うように深呼吸をし立ち上がる。
「頭は身体についてやがるな。って事はドーラクに首を飛ばされたのは……」
「それは本当の事ですよ。貴方は今、仮死状態にあるのですアゲハ」
聞き慣れた声を聞き、口を開けた前を見ると色白の青年が居た。
白色の着物に仙台平の袴。白地に背中に赤く狂の文字が刻まれる重厚な羽織。総髪の髷はりりしく整い、目元の微笑は見るものの心を和ませるものがある。
だが、この男を知る者ならばそんな外見的まやかしには引っかからない。
この男の奥底には世界を歪めるだけの思想が有り、人間という生き物の限界を常に保つことを常とし、狂人たれ――という言葉を言い続けて鎖国した日本から奇士を生み出し世界に勝つ日本人を仕上げようとした好奇心旺盛な蒼き炎を心に宿す狂の中の狂――。
この場所、世界の果てでは聖光葉が待ち受けていた。
「……どういう事だ? オレは輪廻道にいた。世界の果てで何で光葉に会わなきゃならねーんだ? 仮死状態ってどういう……?」
「ここは世界の果てであり人間道。今のこの現状の全てです」
「人間道? 光葉が人間道? お前は輪廻道とどういう……」
「人間道は存在するが存在しないもの。人間道の本質は自分自身にある。それがアゲハにとっては自分自身を定義する存在が私だっただけ……という事ですね」
輪廻道のドーラクはアゲハを仮死状態にし、人間道を乗り越える事で輪廻道を会得せよという話らしい。久しぶりに話をする二人は無駄な事は話さず、この現状についてのみ話す。
「……なら、オレはこのまま光葉に勝てばいいのか? 仮死状態のまま戦って勝つだけで?」
「そうです。ただし、ここで負ければ貴方は死ぬ」
その二の句を許さぬ光葉の言葉にアゲハは息が止まる。
「人間道のソウトは私を攻略したと同時に攻略です。これは輪廻道の試練からの続きですからこれに勝てば二つの道の獲得に繋がります」
「やけに粋な計らいだな。よほど光葉は現世六道に好かれていたと言う事か」
「これは貴方への期待ですよアゲハ」
優しく微笑むわりに微塵も隙を見せない光葉の何気無い言葉に圧倒された。
正々堂々と勝つしかない事を覚悟し、二人は腰間のこれから交わされる信念の言葉を現す刃を抜いた。
「うおおおおおおおっ!」
「はあああああああっ!」
嵐が巻き起こる剣の応酬に二人の男の意地と意地が激突する。
互いに六道輪廻を使い相手を翻弄するように、試すように動く。
修羅の幻影から餓鬼の神速――餓鬼の神速から畜生の豪力――。
全てを互角で返したアゲハ突きを繰り出そうとすると、構えていた刀が折れた。
同時にアゲハの心にもヒビが入る。
(勝てない……オレでは光葉には勝てない)
背後に絶対的な死を感じる――。
意識しなくてもその魔手を手繰り寄せて来るような圧倒的不快感の死神がアゲハを黄泉の国へ連れて行こうともがいている。それを拒否しきれない脆弱なアゲハの心が足の動きを止める。
「足が止まりましたね。終わりですか――」
溜息をつくような光葉の声が響くと、アゲハの身体が残像を生み出すように揺れた。
それは流水の動きではなく、幻影を生み出す修羅道が発動した。
「ど、どういう事だ?」
勝手に身体が動くアゲハは驚きを隠せない。
借り物とはいえ自分の手中にある六道輪廻がこんな動きをするなど有り得ない。
そして、次々に得た道が勝手に発動していく。
(どういう事だ……これはみんなが……現世六道のみんなが光葉に勝てとオレのケツを叩いてやがるのか――?)
その光景に自分自身でも驚きながら身体の底から湧き出る力に驚愕する。
心臓の鼓動が異様に早く高まり、重い身体が軽くなる。
熱き四人の魂が、アゲハの心に大きな篝火を生み出した――。
(そうだ……オレはみんなの道を借りてここにいる。宮古のジジイの野望を潰すまでは生きてなきゃならねぇ!)
光が発生するアゲハに光葉は微笑む。
「オレは光葉じゃない。光葉じゃく、オレを超える。超え続ける。その過程でいつかお前と肩を並べ追い抜いてやるよ!」
迷い、恐れ、不安も無い純粋無垢の子供の瞳でアゲハは言う。
それに光葉は瞳を潤ませ微笑み大きく、大きく頷いた。
六道輪廻ではなく流水の動きで互いはぶつかる。
確実にアゲハは光葉の流水の動きを捉え、刃を繰り出す。
流水の心――。
どんなに激しようとも、どんなに打たれようとも変わる事の無い全てを受け入れ、全てを受け流す心。 刃を止めた光葉は刀を納め話す。
「流水の動きが出来るという事はそれをも会得しているという事です。しかし、それは忘れやすい事でもある。それを夢々忘れないように」
「おうよ。もう戦いはいいのか?」
「この試練はアゲハが自分自身に勝つ為の試練。すでに試練は終わっています」
そして、光葉に意識と姿を与えてアゲハの魂を試していた人間道ソウトはこの試練の全ての事を話した。
輪廻道ドーラクとソウトの二人はすでにアゲハ抹殺に動く宮古の動きを察し、わざと連続して輪廻と人間道の試練を受けさせ一度殺して試した。
絶対的力を持つ相手に対して戦い抜け、生きる目的と信念があるかどうかを。
この光葉の愛弟子は偉大なる師を超える覚悟があるのかどうかを――。
そして今、アゲハは二人の道の試練を超えて人間道ソウトの身体を借りる聖光葉を倒した。
「さらばですアゲハ。アゲハはアゲハの人生に、運命に、宿命に打ち勝ちなさい」
「待て……オレはまだお前に話が。光葉……光葉先生――――――――っ!」
そして一粒の涙が粒子のように散り、輪廻道が発動しアゲハは現世に生き返った。
「……」
手を伸ばすアゲハは背後に現れた渦に呑み込まれるように現世へ帰還した。
床に転がるアゲハは身体の痛みを感じながら赤い法衣を片方脱いだ女の背中を見た。
ドーラクは煙管の紫煙を吐き出したまま後ろを向いて何も言わない
そこにはおかっぱ頭の若い男、人間道ソウトがいた。
若い癖に年寄りのような雰囲気のソウトは言う。
「どうだったかね? この二つの道の試練は?」
「信念を試しただけだろ? いくら地獄から光葉を呼び寄せ憑依させてもオレは騙せないぜ。死んだ人間は死んだ人間。どんな凄い奴だろうとも、今を生きてる奴の邪魔は許されない。オレはオレを超えて目の前の全てに打ち勝つだけよ」
「いい答えだ。行くがいい……清水の舞台へ」
人間の信念を確かめる人間道ソウトの言葉と共に、煙管を投げ捨てたドーラクは涙を流したままアゲハに駆け寄る。
すると背後には四人の道が存在し、六人の道は残る力を合わせアゲハの身体を有るべき場所へ転送する。歯を食いしばるドーラクの呟きがアゲハの神経に刻まれた。
「光葉の……仇をうってくれアゲハ」
ドーラクからは光葉の愛刀である刀も光一文字光牙。
修羅道イチノからは光葉の信念の言葉である背中に〈狂〉の文字が赤く映える白い羽織を渡された。
アゲハの任せとけ……という言葉と共にまばゆい光が発し、アゲハの意識は四散した。




