六道の塔・畜生道
京都藩の周囲を取り囲むように六角形に立てられる六道の塔。
その北側に位置する藩全体を外敵から結界で守護する畜生の塔。
赤い法衣の短髪の大男がいる。
悠々と歩きながら下駄の音を鳴らし刀の鯉口を切るアゲハは言う。
「お前が畜生道か。畜生道は確か絶対的な力の……」
「貴様と語る必要は無い」
会話など我々には必要無いという畜生道シドウは飛び上がり、全身全霊の一撃を叩き込んで来た。刃の峰に腕を当てながらそれを受けたアゲハはあまりにもの一撃に左腕にヒビが入り下駄が地面が沈む蹴りを繰り出し、攻勢に出た。
このまま攻勢に出ていなければ今の一撃を感じた限り頭から股間までを真っ二つに斬り下げられ絶命するだろう。今までの道はどこか人間味があったが、この畜生道シドウは人を斬るのを生き甲斐とする者のような怜悧さで相手を殺す以外の事を考えていない。
乱れ揚羽蝶を軽くいなされ、刀にヒビが入る。
シドウの瞳はアゲハの額を捉えた。
(最近の激戦続きで砥ぎにも出してねーかんな。早めにケリを――!?)
瞬間、アゲハの目にシドウの絶対的な霊気を纏う刃が堂々たる大上段に構えられた。
「畜生道とは絶対的なパワー。この塔とて破壊出来るのだ!」
「うおおおおおおーーーっ!」
そのアゲハの叫び声と共に畜生塔は最上階から一気に崩れ去った。
砂煙に包まれる畜生塔があった周囲は塔の崩壊による轟音が京都中に伝わり、それは清水城の天守閣にいる宮古にまで届いた。それにより黒百合達は六道塔が襲撃を受けている事を察知し、早急に侵入者を始末する為に動き出す。崩壊した畜生塔の瓦礫の一部が動く。
「生きてた……か。にしてもあのオッサン。自分の塔まで壊してまで一撃を放つなんてな」
全身を複雑骨折し、立つ事もままならないアゲハは今の一撃を受けて感じた思いを確認する。すると瓦礫を足で左右に散らす大男の声が耳に響いた。
「光葉の弟子に手加減は出来ん。それが私から光葉への選別だ」
その強い思いがこもるシドウの言葉にアゲハは全身を震わせた。
相手がここまでしてくれた以上、師を超える弟子としてはどうあっても勝たなくてはならない。
しかし、両足が骨折しているアゲハは立ち上がる事も出来ない。
「さらばだ聖光葉の愛弟子よ」
鋭い刃が放たれた。その刃に目が入らないアゲハは生と死の狭間で霊気の流れを見る。
その霊気を自分の剣に一気に収束させ――。
『――』
キイィィン! と鋭い銀色の音色が発生し、シドウは笑う。
「夢想剣……いや、意識はあるか。この土壇場で俺の開放した周囲に散る霊気をまたかき集めて攻撃するなんぞ光葉でもやらないだろう。これにて試練は終了だ。光葉よ、もう一度刃を交えたかったぞ」
涙を流しながら鉛色の天を見上げるシドウは倒れた。
生と死の狭間で肌に感じる霊気を自分の身体に取り込む事が出来たアゲハは畜生道を会得し寝たまま刃を振るっていた。
「これが霊気を掴む感覚か……これが畜生道……」
すでに思考も定まらないほどの披露と骨折の為にこのままだと敵に見つかり捕縛されるだろう。
すると、嫌な予感が当たるように背後の瓦礫が動いた。
(やべぇな……もう黒百合が来たかもう身体が動かん。一度捕まってから始末されるまでに傷を治して脱走……いや、宮古は俺をすぐ始末すんだろ)
ザッ、ザッ……と足音の主は足元の瓦礫に足を取られながらも真っ直ぐ歩いて来る。すると、その人物が太陽の逆光に晒されながら自分を見ている姿に驚く。
「こんにちわー。こにゃにゃちわー」
「……」
こんな緩い柔らかい声の主はこの世で一人しかアゲハは知らない。
柊を代表する狂を体現化する聡明で厳格な男とは真逆の妹――。
茶髪の柔らかい長い髪と白いワンピースの胸元からはみ出るような乳を揺らしエリカが来た。
「あらあら、こんなに怪我をしちゃってー」
両手をアゲハの胸に当てるエリカは一気にライフプレデターにて回復させて行く。
隠れていたアジトから再度脱出した光葉村塾の子供はエリカが逃していた。
村塾の祠が襲撃を受け、バラバラになった仲間達も別の地下シェルターで集まっている。
治癒を受けるアゲハは回復して行く身体に心地よさを感じながら、
「そうだったのか。でもこれだけの騒ぎだ……天守閣そろそろ京雅院が来るだろうから逃げろ」
「無理みたいよー」
瓦礫に溜まる砂煙を巻き上げ黒い忍装束の集団が現れる。
一団の中央にはショートボブの冷たいリーダー格の女が怜悧な瞳で見据えていた。
一団は霊に取り付かれているような雰囲気をかもちだしている。
傷が全開しエリカの前に立つアゲハは、
「京子、お前だけは意識があるようだな。宮古の私兵として」
「えぇ、私は京雅院の私兵である以上は三家楼に従う。体制に汲みしなきゃ守れないものもあるの」
「自分の意思でそこにいるならいいさ。人間は誰しもお手て繋いで生きていけるわけじゃねーかんな高みを目指す限り人は独りさ」
ササササッ! と瞳が蒼くなる黒百合達はアゲハとエリカを囲む。
「ここが年貢の収め時よアゲハ。所詮、個人では組織には勝てないのよ。柊とてただの人間なの」
「それはそうだが、光葉は違ったぜ。そしてオレも違うと思う。何せオレは奇士だからな」
「可能性の揚羽蝶でしょ? でも、光葉はもうおらず、貴方ももう消える。三家楼に勝つ覚悟があるなら私を屍にしてから行くしかないわ。賊を始末しろ黒百合達!」
バッ! とアゲハとエリカの周囲を取り囲む黒百合達は飛んだ。
一斉に飛び上がる黒百合を、機械仕掛けの着物の裾のアームが一掃した。
アゲハの目の前に現れた赤い髪の和装の女は堂々と自慢のエクセレントスカートを動かしながら自分に酔うように悶えながら決め台詞を言う。
「エクセレントぉ……」
そこに現れたのは自称探偵の暗殺請負人ワカナだった。
「ワカナ……これは誰かの依頼か
「残念ながらこれはお金が絡まない個人の意思よ。こんな争いは早く解決してくれないとこっちの探偵稼業も成り立たなくなるから」
「そりゃ、結構な事だ」
手を貸してくれて有り難いと思うアゲハはエリカを連れて駆けるーが、
「私もここに残りますわー。この人だけじゃ京子さんは倒せないでしょう」
「はぁ? 私があんな陰気な女に負けるわけがないでしょ?」
「京子さんは強いですよー。そんな棒切れのような技じゃ負けてしまいます」
「何が棒切れよ! だらしない重力に負けた乳揺らした女が!」
ニコニコと微笑むエリカとキレるワカナの会話はかみ合わない。
その二人にここを任せる。
「オレは残りの道を得て宮古を倒しに行く。悪いが後は任せたぜ」
言うなりアゲハは餓鬼道の神速で駆ける。突風が巻き起こる瓦礫の山に小太刀が一閃し、砂埃を切り裂いた。そのショートボブの女は白地に紫の着流しを着る少年の背中を見据え――。
「さぁ、私達も始めましょうか」
薄い唇が動き、残る黒百合が一様に動き出す。
二刀小太刀を逆手に構える女に息を呑む二人の少女は激闘を開始した。




