消える光
清水城天守閣・三家楼の聖櫃。
目的地に京子と共にたどり着いたアゲハは宮古と交戦状態にある光葉を見ているだけで近づく事が出来ない。すでに片腕を無くしている光葉は周囲に展開する蒼と紅の極楽浄土の炎に取り囲まれ、防戦一方の状態にある。
片膝をつき息を切らす光葉は横目で現れた二人を見て優しく微笑む。
背中に千手観音を浮かび上がらせる左右の手に地獄の炎を生み出す姿だけが若い老人は目元を嗤わせ、
「……裏切ったのか小娘。まぁ良い。後で始末してやろう」
そう言い宮古は光葉に向き直る。
この戦況のある程度を察するアゲハは叫んだ。
「光葉っ! こいつに攻撃がきいてないのか!?」
「感づきましたかアゲハ。その感覚は大事にしなさい。超直感はどんな場所、どんな世界においても普遍である人間の感覚なのだから」
二人の師弟の会話に宮古は嗤い、紫色の髪の少年を嘗め回すように見つめる。
「こんな無為な小僧を愛弟子にして後悔しておるじゃろう? 胸の傷が無ければ六道輪廻の力も完全に発動し、輪廻道により幾度か復活出来たかもしれん。まぁ、地獄の力の前では世界の果ての六道輪廻とてたいしたものではないがのぅ。ワシに一撃を入れられないのはあの小僧の才を見誤った主の判断ミスじゃ光葉」
瞬間、光葉は餓鬼道の神速にて宮古の前にいた。
驚く宮古だが、その六道輪廻を纏わない刃を受けてもダメージは無い為に何もしない。
宮古の極楽浄土は発動時は霊界に身をおいているから物理攻撃の一切が効かないのである。
「――っぷうっ!?」
嘲笑う宮古の鼻の頭に刃がきらめき血が舞った。
『――!』
呆気にとられるアゲハと京子は光の葉のような淡い光を発する男を見据える。
通常の刃で宮古の身体を傷つけたという事は、聖光葉の信念は霊界にまで及んだのである。
その場の全員は劣勢にあった光葉がまるでここまでは茶番だったのですよ……と言わんばかりの微笑みに戦慄した。
「ば、馬鹿な……ワシの身体は極楽浄土を使っている限り霊界の一部としてある以上、六道輪廻の一撃しか通じないはずじゃ! 貴様何をした!?」
「私の弟子をなめないでもらいたい。それだけですよ」
すでに六道輪廻の全ての力を使う体力の無い光葉は勝つ術が無い。
それは援軍として駆けつけた二人も同じである。
しかし、この援軍が来た事により光葉は六道輪廻が使えていた頃よりも冴えた動きをするようになり無敵とも思われた宮古に一撃を入れたのである。そして、宮古はいつの間にか無数の刃を浴びて達磨状態になった。
徹底的に光葉は斬激を浴びせた。
黄金の霊気を纏う光葉の狂気が乗り移るように、この聖櫃である天守閣の周囲にある植物の葉も黄金に輝く。
そして、極楽浄土の力を全開にして宮古は最終決戦の構えに出た。
咳をする光葉にアゲハと京子は振り向く。
「諸種の細かい事は頼みましたよ京子にアゲハ。そしてアゲハ。貴方はやはり六道輪廻を得るべきだ」
その言葉が、アゲハの本質を刺激した。
右拳を突き出し、光一文字光牙を水平に構え言う。
「刮目せよ、聖光葉最後の戦いを」
※
流れる水の如き流水の動きが極楽浄土の煉獄の炎を紙一重で回避する。
斬られた鼻を抑えながら宮古は怒りに任せ、揺らめき動く憎き男を始末しようと躍起になる。煉獄の炎が空間を埋め尽くし、この戦いのクライマックスへと導いて行く。
「……」
師の最後となる流水の動きをアゲハは必死に自分のものにしようと目に焼付けようとする。
極楽浄土には今の体力が低下した光葉の六道輪廻も通じない。
現世を超えた圧倒的な技になす術もない。
しかし、流水の動きは全ての炎をかわし光葉は宮古の頬を斬った。
「もうすぐ刃は貴方の心臓に届くでしょう。そして可能性の揚羽蝶が貴方の全てを壊す」
聡明な光の満ちた瞳に見つめられ、暗くよどんだ宮古の瞳は怒気を増す。
「き、きききき――貴様ああああああああああああああーーーーーーーーっ!」
我を忘れたように光葉の両手をつかんだ宮古はそこから極楽浄土の煉獄を流し込む。
互いの瞳が合い――お互いはまるで勝者と敗者が逆のような顔をしていた。
「ワシは三年かけて柊としての光葉を超える力。極楽浄土を得た。果てしない死骸の山を築いてのぅ……この男の望んだ才気ある若者の全てを消してやったわ。そしてこの聖光葉も終わりじゃて――」
「……」
「何が奇士じゃ。何が廃県置藩じゃ……ワシの生み出す世界には貴様の望む全てが必要ないのじゃよ! フヒャハハハハッ!」
目の前の哀れな小物の全てを無視するように光葉は自分の弟子に最後の言葉を言う。
現状に動けず、何も出来ないアゲハはその言葉をただ聴いた。
「自分を信じなさい、アゲハ。信じて、信じて、信じるのです」
「信じられるか! 同じ姿なのに人間は俺たちを柊と呼び、恐れ、蔑んでいる! それで六道輪廻なんか得たらオレはその力を人間に使う可能性を否定出来ねぇ!」
「それでも、信じて生きなさい。信じられなければ、我々は存在出来ないのです。我々、人間は……」
アゲハの息が上がり目は涙で曇り身体は金縛りに合ったかのように動かない。
残るわずかな時間の終わりが、アゲハの耳にこだまして行く。
「わかる人にはわかるものです。私にとってはアゲハ……貴方だったようです。後は任せました」
「……」
「時は等しく流れ、人間は老いていく。その摂理に反し、戦う事を辞めた者に人間たる資格はない。戦いなさいアゲハ。時間と己と信念を狂にして」
「……オレは」
「自分の魂に恥じないように、羽ばたいて見なさい。アゲハ……」
その言葉はアゲハの全身を刺激し、心を奈落の底に引きずり込んだ。
聖櫃の外周にある植物の一枚の葉が散り、黄金の色から枯れた葉になる。
床に崩れ去るアゲハはその黄金の葉に手を伸ばすが、それは焼かれて消えた。
聖光葉の全てを焼いた宮古はその死骸を無視し、じろりと横を向く。
「脅威は去った……後は二人の子供かぇ?」
黄色い歯を剥きだしにし、充血させる瞳を開く宮古は両手を上にかざす。
『――?』
ブオオオッ! と燃え盛る蒼と紅の炎が二人を引き裂くように走る。
跳ね起きるように立ち上がるアゲハは目の前の京子に手を差し伸べる事も無く逃げた。
全身の毛穴という毛穴から冷たい汗が噴出し、心臓を駆ける血流はその流れを逆流するような痛みを発し、心は真っ暗で絶望から逃れようとする弱い感情が暴走している状態のまま駆ける。
やがて光葉は炎に巻かれると共に死骸ごと消え去り、聖櫃全体も炎に包まれる。
目の焦点が合わず、ただ無闇に周囲を見回し混乱するだけのアゲハは、必死に自分が生きる方法。生き抜く方法を考えながら穴が開いた場所から外に飛んだ。真下の池へ真っ逆さまにダイブする。
「六道輪廻には……行けねぇ。オレに生きる道は……」
そして、空中で背後を振り向き清水の天守閣を見た。
(……)
その瞳にはもう希望は無く、死んだ師である聖光葉も落ちた外堀の池の中に落ちる。
全てが終わり、全てを手に入れた宮古は自分自身を抱きしめ、視線の先にある青白く弱々しい女のような満月をニタァ……と目尻にシワを寄せて見据えた。




