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アゲハ  作者: 鬼京雅
百年老人編
14/67

黒百合の首領

 内部は特に人気も無く静かな霊気が流れているだけで刺客の一人もおらずアゲハはひたすら清水城を登って行く。三分ほどで中層階まで辿り着き、下駄を鳴らす足が止まる。

「……」

 清水城の中層階に一人の黒い忍装束の眉が無い男がいた。

 この男はアゲハの訓練生時代からの暗部における命令系統の長であった。

 京雅院きょうがいんの黒百合の首領である海静かいせいクロウは苦無を片手に持ち言う。

「……やはりお前は暗部には相応しく無いな。光葉と同じで我がありすぎるね」

「お前も宮古にゃ精神をやれれてねーようだな。首領さんよ?」

「私に私心は無い。あるのは命令をこなす事だけさ」

「黒百合の鏡だな。オレはそうあれねーわ」

 アゲハはかつてこの黒百合の頭であるクロウに言われ実の妹・百合花ゆりかを殺した事を思い出す。

 まるでその事を察するようにクロウは言う。

「お前は暗部訓練生に入る試練で妹を殺させたはずだが、暗部の闇には染まらなかったな。光葉の影響としかいいようがない存在だよ君は」

「あんな痛みはもう勘弁だ。痛みだけじゃ成長は無いぜ」

「その痛みが、本物の暗殺者になる覚悟を生む。君はもう妹に何も出来ないのだから宮古に従い闇に染まれ」

「生きて大業を成す事がオレが百合花に出来る最大の贖罪だ!」

 左足の下駄が地面から離れると同時に二つの金属音が空間に響く。

 首領と訓練生という関係の二人は訓練生から脱する最後の試練のように激しく刃をぶつけ続ける。動きが軽快なクロウは口から炎を吐き、爆弾が取り付けられる苦無を放つなどトリッキーな攻撃方法でアゲハを追い詰めて行く。歯を食いしばるアゲハは爆炎に隠れて仕掛けて来る相手にカウンター重視で応戦している。

「はあっ! つえいっ!」

 迷い無き一撃、一撃がクロウの腕に当たる。しかし、腕に鉄甲をしているのかキインッ! と弾かれる。炎を吐かれた為に間合いを取り、クロウの心臓部分を見た。

「懸命な判断だアゲハ。腕を落とし、首を落とす。これが失敗すれば次は心臓を突きで狙う。相手を仕留める基本はなっているね」

「剣の才能は人殺しの才能だろ」

「そうだね。剣術は殺人術。どんな美辞麗句を並べようがそれが真実。君と話してるとイライラするよ。聖光葉ひじりこうようと話しているようだ」

「ここで死ぬんだからイライラはもう感じなねぇぜ」

「イライラを感じないのは嬉しいが、まだ早いよ。……時間も無いし、本気で行くよアゲハ」

 忍装束の上着を脱ぎ捨てたクロウは上半身裸になり細い身体に力を込め始めた。一瞬、警戒したが姿形を見て警戒を解いた。

(……体術でも使うか? ――隙だらけだ!)

 全身全霊の突きを、動かないクロウの心臓に向かって繰り出した。

「何っ!?」

 刀の切っ先は心臓に突きささるどころか、肌に傷一つ付かなかった。

「鎖帷子でも着ているわけでもねーのに何でだ?」

「鎖帷子? アゲハ。私は防具など着込んではいないよ。ほら」

 ズズ! ズズズ! とクロウの身体は突如肥大化した。

「き、筋肉の鎧とでも言うのか? しかし、この姿は何だ! まるで巨人じゃないか!?」

 身体のサイズが急激に成長し三メートル近くになった事に、アゲハは驚愕した。

 上半身は筋肉の鎧そのもになり、下半身のズボンが短パンのようになっている。

「筋肉操作の柊……達磨甲人だるまこうじんに似ているな」

「達磨甲人は自分のカロリーを消費し、飛躍的に攻撃とスピードが上がるけど私のように身体そのものが大きくなるわけじゃない。それに私は彼のようにカロリーが無くなれば能力の低下などのデメリットは無いからね。内から滲み出るイライラが私の柊としての原動力そのものなのだよ」

「ば、化け物か? 圧倒的じゃないか……!」

 異様なオーラを放つクロウに歯ぎしりをしながら、心技体全てが上回る黒百合首領を見据えた。その圧倒的な姿に、恐怖よりも興奮が勝っている事にアゲハ自身気が付かなかった。

 ズゴン! と巨大な槌のような拳が床に穴を空ける。風圧でアゲハの身体は揺らめく。

「おいおい、その拳はバリューセットかコノヤロー?」

「バリューセットでは無い。イライラを自身の力にするイライラピエロだよ」

「厄介な奴だぜ……筋肉の重さにスピードがついてくるなんてよ」

「それでも五分を過ぎれば一気に寿命を持ってかれる。私と五分も戦える柊などそうはいながな」

「なーるほど。ならば、長期戦にすればそのイライラピエロは解除されるんだな?」

「そうだ。しかし、長期戦にはならんぞ」

 表情に変化が無いクロウは距離を詰め、拳を乱打した。

 タンッ! タンッ! とステップを切りアゲハは回避する。

「その程度かっ! ぬうおおおおっ!」

「チィ!」

 拳の風圧で巻き上げられた床の木片が視界を遮り、激烈な拳を受けた。

 ズザァ! と床の上に転がり、すぐさま起き上がった。

「刀を盾にして、上手く威力を逃したか。今の転がり方も申し分無い」

「降り幅がデカイから行動自体は読みやすいぜ。いつまでそんな他人を批評するような戦いが出来るかな?」

「アゲハ。君は私以外のものは見えてないのか? 人間における大事な家族、友人、恋人――は君にはいない。あるのは周囲の状況が敵か味方かだけだよ」

「周囲の状況? ――!」

 冷たい霊気が流れる空気を吸った鼻腔が不快感を訴える。

 周囲を確認すると、部屋の入口側から黒い煙が侵入してきていた。

「毒か!?」

「ただの毒ではない。君の狂を試す為に私が放ったプレゼントだ。本当は宮古様が光葉を殺す為だけに放った毒なんだがね。喜んでくれたかな?」

「……あぁ、最高のプレゼントだよ。何せオレは狂ってるからな」

 その毒は中層階全体を呑み込みつつあった。

 身体は次第に痺れて行き嫌な汗が、脇と背中に滲み出た。

「……早く終わらせるぜ! はああっ! のあっ! ぜいっ! おおおっ!」

「フンッ! フンッ! フンッ! そんな斬撃では皮膚一つ傷付かないぞ? もっと狂に至れ! 光葉になれっ!」

 全身全霊の全ての斬撃は、クロウの皮膚一つ傷付けられずに終わった。

 すぐさま、拳が繰り出され何とか刀で受け止める。

 勢いで後方に後退するのを床に切っ先を突きさし流れる身体を止めた。

「痛っ!」

 両腕の毒による痺れが、刀を握る力を弱める。

「君は攻撃より防御の方が反応が早いね。それは君が私の懐に飛び込み斬る覚悟よりも、我が身大事に思える。即ち怯懦きょうだだね」

「……」

 アゲハには言い返す言葉も無かった。

 目の前には得体の知れぬ力を使う黒百合の首領。

 周りには全ての生き物を汚染させる毒の煙。

 いつの間にか毒は視界すら乱すように進行してきていた。

(確かに過去の強敵の時のように戦えているわけじゃない……。これは完全な怯懦だ。負ける――)

「負ける。そんな事を考えている顔だよアゲハ。私が怖いのか周囲の毒が怖いのか――それとも宮古長十朗が怖いのか。一体どれだい? 全部何て言わないでくれよ?」

(……状況は劣悪だ。どうする? どうすれば……)

 その時、鼓膜を破る勢いの大声が空間に響いた。

「答えろアゲハ! 聖光葉は考えるよりもまず行動だったぞ! 例えそれが失敗に向かっていたとしてもな! 行動の先には必ずその道筋と結果が出る! 失敗を恐れるな! 君は聖光葉の世継ぎだろう!」

「――誰が世継ぎだぁ!」

 クロウに負けぬ勢いでアゲハも叫んだ。

「お前等はことある事にオレを聖光葉と比べる! オレは聖光葉じゃない! アゲハだっ! お前等には絶対に負けねーーーぞっ!」

「良い気迫だアゲハ。しかし、気迫だけでは私には勝てんよ。君には守りたい何かがあるのか? 無いならここで死ぬことになるだろう。……部屋が毒で満ちてきたな。生きた酸素も減った。長話になったな。決着をつけようか」

 イライラピエロの力を最大限に引き出したクロウは、邪悪な目でアゲハを見据えた。

(気迫では負けねーぞ。だが、オレに守る者なんて――)

 脳裏に義理の妹である京子が浮かんだ。

 京子はアゲハが生きてきた中で唯一守りたいと思った二人目の女だった。

 かつて実の妹を見殺しにして自分が生き残った罪から逃れるように、許される為に京子と出会って相棒を組んでいた時に義兄弟になった。

 その時、アゲハはどんな事があろうと京子だけは信じようと思っていた。

 それが実の妹であった への最大の贖罪だと思ったからである。

(そうだ。そんな事も忘れていたのか。あの女は不器用だ。オレを一人で先に行かせた以上、あの女の行動には大抵意味がある。妹の一人信じられんでどうするアゲハ!)

 そしてアゲハの霊気が爆発する。

「おおおおおっ!」

 覇王とも言える烈迫の気合いと共にアゲハの迷いは晴れ、刃こぼれがある刀にその気合いが乗り移った。そして、まるで自分を成長させるような黒百合の首領の男の心は誰に動かされているのかを感じ取った。

「……今、この瞬間にお前の言葉とその行動の意味がわかった。この一撃でクロウを闇から救うぜ」

「――君に私の何がわかる!? 行くぞ! アゲハ!」

「あぁ。お前の最後の試練。勝つぜ」

「勝てねば真の妹の百合花は報われんぞ!」

「……勝つさ、オレは狂ってるからな」

 フッと一瞬微笑んだクロウは、アゲハに向けて渾身の右拳を放った。

 それに答えるようにアゲハもフッと笑い――突撃した。

「大地撃!」

「乱れ揚羽蝶!」

 一瞬でアゲハは無意識で動いた流水の動きによりクロウの背後まで動き、チンと刀を納めた。一撃必殺の拳を繰り出したクロウは、空中で止まった拳から力を抜き、後ろを振り返り微笑んだ。

「見事だアゲハ。愛する者を持つ君ならば光葉のように狂そのものの体現者にはならず、狂と共存出来るだろう。ゴフッ……愛する者を大事にしろよ、アゲハ。私を宮古の闇から救ってくれてありがとう……これにて黒百合の試練は終了だ」

「クロウっ!」

 ふざけるな! という思いでアゲハは身体のサイズが元に戻ったクロウにすがり付いた。

「お前はわざわざ毒の出た清水城に残り、オレの内に眠る狂を引き出し、コントロールさせようとした! 何故そこまでするっ!?」

「……元々清水城は京雅院が一人で次なる世界に進もうとする光葉に焦り、光葉を始末する為に作られた城だ。その計画を今になって利用したのが私だ。君の言う通り、君の真の力を引き出す為にね」

少しずつ、確実にクロウの顔が弱っていく。真っ白になった髪は抜け初め、身体も骨と皮になりつつあった。確実に訪れる死を目の前にしたアゲハは、

「宮古は日本を征服するのが目的なのか?」

「いや、違う。宮古は常に世界が混沌としている状態……幕末の世のような状態……いわば幕々(ばくばく)とした状態を世界中で作りたいようだ。極楽浄土で管理出来る範囲の箱庭をな」

「世界戦争をしたいという事か? 核戦争になればあっという間に世界は終わるぜ?」

「宮古は核などというガラクタでは死なんよ。銃でも剣でも細菌兵器でも死なん。たとえ、日本が消えても奴は死なん。光葉に例えるなら六道輪廻で跳ね返されて、馬鹿な国が一つ滅びるだけ。……あの老人が唯一死ぬのは魂の籠った刀の一撃だけだ。その一撃を、君は持っている」

「俺が宮古を倒す一撃を……」

 アゲハには確信はあった。

 クロウを倒した一撃に、自分の精神エネルギーが刀に乗り移ったのが実感出来たからだ。

 そして、数日前には不慮の事故で光葉の胸を突き刺している。

(……)

 倒すべき相手、宮古長十朗。

 対抗出来るは狂を持つ信念を刃にする存在のみ。

 ゆっくりと息を吐きアゲハはクロウを見つめ、

「お前の思いはしかとオレは受け取ったぜ。必ず宮古のジジイはブッ倒す」

「……頼んだよアゲハ。私は光葉のような指導者になりたかったが、それが出来なかった。数多の少年、少女の命を散らしてきた闇の暗部にも希望をもたらしたかったんだ。光葉と話しているようで楽しかったよ……ありがとう、ア…ゲハ……」

 サァァァ……とクロウの身体は真っ白い灰になり、消滅した。辺りに渦巻く毒がアゲハを笑っている。

やりきれない思いをかみ締めながら、決意を新たにし、

「その希望にオレはなるぜ」

 そして黒く染まる毒に犯される空間で瞳を閉じる。

 体内には器官に侵食を始めるほどの毒が満ちていて早く脱しなければ戦う力が失せてしまう。

「やれやれ……まずはここを脱出しないとな。。居合いの疾風で炎を消すか……」

 グッと左手に力を込め、右手を柄尻に添え、スッと下へ流した。

 そして、視線を奥の扉に向けた瞬間――。

 ドゴン! という爆発音と共にその扉は破壊された。

 埃が舞う中を、凛とした黒髪のショートボブのクールな女が堂々と現れた。

「……京子。扉を破壊するぐらいならまだ元気そうだな」

「扉を破壊? 触れようとしたら、壊れただけよ? クロウは倒したようね……光葉は……」

「マック清水店の店長の所だぜ」

 一瞬、緩い表情をし京子はツッコミを入れない。

 スベッたかな? と思うアゲハは頭をかく。

 そして微笑む京子は言う。

「……そうか。毒の回りが早い、先を急ぐわよ!」

「あぁ!」

 アゲハと京子は暗雲立ち込める気配の清水城の天守閣へと到着した。



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