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アゲハ  作者: 鬼京雅
百年老人編
13/67

清水城へ

「そろそろ起きてー、奴等がいつ来るかわからないからー」

 ふと、暗闇に沈むアゲハの心に柔らかな清流のような声が聞こえた。

 この緩く優しい声は光葉を思い起こさせる声でもあった。

「……エリカ?」

 全身に痛みを感じつつアゲハが目覚めると、白いワンピースを着るエリカがいた。近くでさっきまで乗っていた車が轟々と燃えていて車が落下した林の中にいた。周囲を見渡すと、遠くに周囲を警戒する紅い着物姿のワカナがいた。

「……エリカ。随分と良いところで現れるな。オレ達を追跡してる車両はなかったはずだぜ?」

 疑いの目で見るアゲハに微笑むエリカは、

「追跡なんてしてないわよー。だって私はアゲハ達と同じ車に乗ってたんだからー」

「同じ車? まさか――」

「そ♪ トランクよん♪」

 人差し指を左右に振りながら、巨乳を揺らしエリカは言う。

 どうやら連合のメンバー達はすでに新たな隠れ家に避難したらしい。

 やれやれと思いつつアゲハは、

「これからどうすんだ? 清水城まではまだ少し距離がある」

「そんな事なら問題無いわよ。それより奴等が来る可能性があるわ。一端この場を離れましょー」

「あぁ」

 三人は車が落下し、炎上する林の中を抜け出した。

 遠くの方からサイレンの音がするのが敵の接近を予感させる。

 アゲハは何故かワカナの乗るバイクの後ろにまたがっていた。

 近くに止めてあったワカナのバイクに乗り込んだのであった。

「んじゃ、私が色々と奴等をかき混ぜておくから、光葉お兄ちゃんの事はよろしくね」

「あぁ、頼んだぞエリカ。バイクまで準備してあるなんて用意がいいな。しかも乗り捨てて構わなねーとは太っ腹だぜ」

 気合を入れてワカナの腰に腕を回すアゲハはふと、バイクの鍵穴を見た。

(……鍵が変な方向に刺さっているな。エリカ、百パー盗難だな。この状況では細かい事はいってられねーな。全ては勝ってからだ)

 ブウウウンッ……とバイクのエンジンをふかしたエリカは、

「じゃ、その迂回ルートでのんびり行ってねー。ここが橋頭堡だから頑張りましょー」

「おう。じゃあな」

 エリカは背中に人間サイズの人形を背負い、人形にもフルフェイスのヘルメットを被せ走り去った。アゲハ達もヘルメットをかぶり走り出した。

「ワカナ、あのエリカが背中に背負ってる物は何だ?」

「あれはワカナとアゲハが二人健在というカモフラージュ用のただの人形よ。ガチャガチャの景品らしいわ」

「ガチャガチャかー。昔やったけど全部ワカナに盗られたな。だから依頼料金の入金なんてしなくていーだろ」

「そうねー。無理矢理契約だし無視するがいいわーってそんなのは許さないわよ!」

 そんなワカナの言葉を無視して、和服の上から隠れ巨乳にいつの間にかつかまるアゲハは道路を清水城を目指して直進して行く。その間、ワカナは幾度かエクセレントぉ……という甘い吐息を漏らした。





 三台の十条追撃隊がバイクで一台の二人乗りのバイクを追撃してくる。

 アゲハとエリカは盗んだバイクを二人乗りで清水城へ向かい走っていた。

 流石に京都市内の全ては敵そのものである故に清水城を前にして発見された。フルフェイスのヘルメットこしからエリカはサイドミラーを見た。

(十蛇の十条の部隊か。しつこい……)

 追撃隊は今の所三台。

 ヘリで奇襲を仕掛けてきた十条がまたどこで現れるか分からない。

(一本道の橋か……追撃されてから十分近く。そろそろいいかな)

 アクセルを吹かし、エリカは少し先にある橋を目指して走り出した。

 すると、橋の終わりの方に怪しげな白い単車が一台止まった。

 その人物は、手慣れた感じでライフルを構えた。同時に銃口が光った。

「――チッ!」

 前輪を撃ち抜かれ、ズザァ! と転がり、アゲハとエリカは道に転がった。

 長い髪を揺らしながら、その男十条はエリカに向けて迫ってくる。

 その傍には川が流れておりアゲハの身体は川に落ちそうでもあった。

 受身を取ったエリカは開いたヘルメットのバイザーを手で閉じ、橋の歩道側の手すりに手をかけた。そして後部にいたアゲハは道路に倒れたままである。そのアゲハに、

「崖に落下してよく生き残ったなアゲハ。しかもバイクを盗難して更に逃亡するとはいい考えだ。しかし、この十条。死体をみるまでは死を認識出来なくてな」

 動かないアゲハにフルフェイスのバイザーをしたままのエリカは、

「……しつこいよあんた。それじゃ、女に嫌われるよ?」

「そんな事はいい。私の十条の再興がかかるこの機会を逃すわけにはいかんのだ。このまま縄にかかれ」

 後方から追撃してきた三台が止まり、道に倒れるアゲハを拘束した。

「……お勤めごくろうさま十条ー君♪ ワカナの真似は疲れるねぇー。肩がこるわ」

「……何? 貴様――」

 焦る十条はおもむろにワカナであるはずの人間のヘルメットを取った。

「貴様は光葉の妹のエリカ……まさかあのアゲハもか?」

 十条は焦りながら拘束したアゲハのヘルメットを部下に外させて見た。それはただの等身大のダミー人形だった。

「貴様! アゲハ達は何処へいった!?」

「さあねぇー。あんま私達の事を邪魔すると殺すぞ男色ヤローってアゲハが言ってたわよ?」

「このっ!」

 タァン! とライフルを放つが、ひらりとエリカは回避しそばの川に落下した。

 これで、一時的にアゲハ達は十条からの追撃を回避する事が出来た。

 目的地まではもう少しである。





 清水城まで三キロ離れた路地でアゲハ達はバイクを乗り捨てた。

 その間、鉛色の空は急激に態度を豹変させるように豪雨を降らせた。

「もうエリカが敵にバレてるだろう。ここの路地にバイクを捨てて歩いて向かおう」

「そうね。でも、ここからはかなりの難関よ。いつ敵が現れてもおかしくない」

「とにかく行くしかないな。特別な事がないかぎりゆっくり歩いていこうぜ」

 目的地の清水寺を目指して変装する二人はトレンチコートをはおり帽子をかぶるなどして雨の中を普通のカップルのように歩いた。バイクに乗っている時から感じていたが、やはり京都事態に特別不穏な感じが見受けられない。これは千年王城の都だけに大昔から裏の組織によって支配されている結果なのかもしれない。

(……この考えが正しいと不味いな。宮古以外にも敵がいる。しかもそいつらは過去の栄光を取り戻そうとする野獣と一緒だ。本当なら宮古だって潰したいはず……落ちた名家・十条家が変な暴走をしねーといいが……)

 そうアゲハが考えていると、清水寺の近くの通りまで来た。

 ツンとワカナに肘でつつかれ、

「清水寺の観光客を装いつつ、静かに話しなさい。少し先にいる老夫婦がいるでしょう?」

「あぁ、いるな。敵か?」

 清水寺の概観を始めて見たように見つめながら笑顔を作りつつワカナは言う。

「わからないわ。でも無線で誰かに何かを伝えた。私達から見えない方にイヤホンをしているわね」

「あまり長居すると怪しまれる。どうせなら先手を仕掛けよう。目的地はこの裏側の暗闇の城なんだかんな」

 トレンチコートの下の刀を意識しつつ、アゲハ達は清水寺の通りに向かい歩いた。

 少しずつ謎の老夫婦に距離が近づいていく。

 相手の呼吸と心音が伝わるように雨音以上の感覚でアゲハの肌に伝わる。

(後三メートル……二メートル……)

 くしゃみをするフリをして、老夫婦を見た。

 同時に、周囲に立ち込める血の匂いを否応無く鼻腔に感じた。

 二人の老人と目が合った刹那――。

 背後からアゲハの首筋に手が触れた。

 隣のワカナはじっと前の方を見ている。

 目の前の老人と雨音に神経を注いでいた為、若いカップルのフリをする二人は周囲に敵がいる事を完全に失念していた。

(――くっ……ワカナが動かないとなると背後には大人数か?)

 スッと傘を上げる老夫婦は微笑み、アゲハの背後の死神に声をかけた。

「京子さん。これで良かったかな?」

「ありがとう。引き続き市中の観察を頼むわ」

 そう京子が言うと老夫婦は去っていった。目を丸くしてアゲハは振り返った。

「京子……」

「隙が多いわね。そんなんじゃ主は死ぬわよお兄ちゃん」

「お前……宮古の私兵になったんじゃないのか?」

「私を甘くみないでね。その話は後でするは。もう光葉こうようは清水城の天守閣にいるわ。早く行くわよ」

 唖然とするアゲハと淡々と喋る二人の義兄弟を見てワカナは口元を綻ばせ、

「ここで私の役目は終りね。十条の連中はまだどうにかしとくから二人でここから先はいきなさい」

 雨は更に強さを増し、風は勢いを増す。

 駆けながら話をしていると、京子が村塾の祠に現れて連合の兵を始末したのは演技だった。全ては連合の仲間を始末した服だけを刻んだフリだったのである。今は源空・京雅連合の生き残りを表向きは安全な会館に避難させていた。


「いい度胸だ。でもよくバレなかったな」

「宮古は外に出ないから世の中の事なんてわからないのよ」

 すでに大江神社が宮古の手に落ちている為に連合の生き残りを京雅院の会館に避難させてここまで向かっていた。

 そして、清水寺の前に立つ二人は存在しない清水寺の残骸を見つめ立ち尽くす。

『……』

 すでに清水寺は光葉の畜生道の勢いで破壊され、その背後の闇の御殿である清水城が雨の霧を纏うように不気味に浮かんでいた。瓦礫の山となる歴史的建造物であった角材を下駄で踏むアゲハは雨粒が顔に当たり目を細めながら清水城の最上階を見た。

「もう光葉はあの天守閣にいるようだな……」

 おそらく大霊幕を実行した全盛期の光葉ならば山のようにそびえる清水城とて真っ二つに出来るだろう。

 光葉の畜生道の一撃は清水城に壊滅的な一文字の亀裂を入れていた。

 にも関わらず建物が倒壊しないのは光葉の才気に他ならない。

 そして、畜生道を放った時に清水寺を全壊させた時の衝撃ですでに百以上の柊が瓦礫に呑まれ倒れている。

「……ここにいても仕方ねぇ。清水城に行くぞ!」

 そのまま瓦礫を飛び越え、飛び越えして清水城の開け放たれた門前に立つと黒い忍装束の群れが倒れている。まるで雨に濡れた泥の塊のような光景に二人は息を呑む。

『……』

 その全ての黒百合の集団は峰打ちで倒れていた。

 たった一人でここまで出来る人間は存在しない。

 相手に手加減をして生かすなど、力の利権争いをしてる柊にはありえないのである。

 口元が引きつる京子は雨による寒さではなく、絶対的強者に怯えるように声を震わせ言う。

「……何故、光葉は殺さない」

「汚染が解ければまた普通に戻れるからだろ。あの男はそういう男さ」

「でも、この男達はやがて立ち上がる。受けた憎しみや屈辱は倍返しにして返される……宮古の手に入れた極楽浄土の力だって光葉に受けた屈辱を晴らす為だけのもの……だから殺さないと殺されるだけでしょ?」

「人殺しは暗い。だが、人を殺す必要がある時はある。力を持つ人間が必要な時にしか使わないから光葉は人から信頼されるんだよ」

 すると、その二人の気配を察してか倒れていた黒百合はムクムクッ……と立ち上がり武器を構え出す。瞬時に二刀小太刀を背中から抜く京子はアゲハに言う。

「こいつ等は私に任せて行って頂戴。中の連中が目覚める前に宮古にたどり着いた方がいいわ。何か嫌な予感がするし」

「あんがとよ京子。勝ったらてりやきバーガーセットおごるぜ」

「ありがとう。当然、期限は一年分よね?」

「あーはーわかりましたよ京子さん。じゃ、ちょっくら頼んだぜ!」

 濡れた紫の髪をかくアゲハは入口に立つ京子に光葉が峰打ちをした黒百合の相手をしてもらう。

 騒乱を増す京都の闇の牙城へアゲハは足を踏み入れた。



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