6話 手負いの美少女
文量が少し多めになってしまいました(苦笑)
俺とシエルは森の最深部までようやく辿り着いた。
ここまで来るのにどれだけの労力を無駄にしてきたことか、それもこれも意味不明な案内図と方向音痴ガイドのせいだ。まったく、もう少し画期的なナビゲーションはないものか?今さらにになって思ったところでどうしようもないが、目的の場所はもうすぐだ。
生い茂る草木を掻き分けながらシエルと俺は歩き進んでいく。
すると、視線の先には茂みに隠れ地面に座り込んでいる美少女が居た。どうやら、怪我をしているようだ。
俺の中にある萌えセンサーがビンビン反応しているのである。
「おや?」
こんなところで美少女発見。またしても俺の萌え心を揺さぶる女の子の登場か。
腰まで伸びる程の蒼く上品な長髪が綺麗だ。空色に澄んだ瞳には大粒の涙を浮かばせている。
敵に襲われたのだろうか?さぞ、痛かろう。しかし、なぜ彼女はこんなところに?
それよりも、とりあえず勇者として見過ごす訳には行かない
俺はさりげなく美少女に声を掛ける
「大丈夫ですか?」
「えっ?」
美少女は俺の声に気付くと地面に腰を落としたまま振り返る
潤んだ瞳で訴えてくる姿がまた俺の心を刺激した
「ちょっと、足を……」
「足?」
俺は草木を掻き分け美少女に近寄ると覗き込むように様子を見る
どうやら、森にしかけられた対モンスター用のトラップにかかってしまっていたらしい
随分と巧い具合にひっかかったもんだ。
サバイバルでよくありがちな糸を使ったトラップ。足元ほどの高さで木と木に細い糸をくくりつけ、ひっかかった獲物にグサリと逝くような代物。
しかし、幸いに当たりが浅かったのか致命傷は免れているみたいだ
「なるほど、これは痛そうだ。立てそうか?」
「た、立てないです……」
美少女は涙目で訴える
そんな彼女に俺は言う
「大丈夫だ、俺が何とかしよう」
「本当ですか?」
「あぁ、俺は勇者だからな」
美少女に言うと、俺は後ろへ振り返る
そして一言
「さぁ、ここでお前の出番だ」
「はぁ?」
もちろん視線の先に居るのはシエル
シエルは表情を濁らせながら言い返す
「なによ、その無茶振りは?」
「無茶振り? 回復専門には持ってこいの頼みなのだが無茶振りとはな」
「べ、別に無茶じゃないけれど……」
「ならば問題ないだろう」
「直接的に頼まれたのは、あなたでしょ?」
呆れながらシエルは言い返す
「バカめ、俺は確かに頼まれたが魔法など使えんし、まして薬草すら持ち合わせていない。さて、どうしようか? そんな時、シエルが居るじゃないか? しかも『回復魔法専門』ときた。やはりこんな便利な仲間が居てくれると勇者としては助かると言うものだ」
俺は腕組みをしながら長々とシエルにドヤ顔で言い放つ
「あんたにとっての勇者像は何? もはや仲間をアイテム扱いするなんてね…… さっきも言ったけれど、仲間として思っていないし」
「ではどうする? 美少女様がこんなに困って助けを求めていると言うのに、助ける術を持っているのはシエルだけだと言うのに、それを見過ごすというのか? この悪女め……」
「何でそこまで言い張れるのか不思議すぎるくらいだわ…… わかったわよ。なんだか腑に落ちないけれど――」
煮え切らない面持ちで言いながらシエルは渋々行動に移す
「うむ、わかればいいのだ」
勝ち誇った顔で納得している俺を尻目にシエルは地面に座り込む美少女の眼前に立つと何やら呪文のような言葉を唱え始める
「ヒール!」
呪文を唱え終えるとシエルの掌から淡い光が放たれ、美少女の傷は何も無かったように綺麗サッパリ消えていた。
「おぉ、本当に魔法が使えたのか!」
初めてその光景を見た俺は感心していた
「どういうことよ……」
「いや、てっきり――」
「てっきり?」
「強がって言っているだけかと思っていた」
さらりと言い返す俺にシエルは体を小刻みに震わせながら呟く
「絶対にあんただけは治してやらない…… むしろ、死んだとしても放置ね」
「なぬっ! それは困る!」
シエルと口論していると美少女が地面に腰つけたまま申し訳なさそうに会話に入ってくる
「あのぉ~?」
「ん?」
「あ、ありがとうございます」
美少女は上目遣いすると小さく笑みを浮かべながら言う
俺も爽やかな笑顔をつくると優しく言い返す
「なに、勇者として当然のことですよ」
「あんたは何もしていないし、治したのは私でしょ?」
横槍を入れてくるシエルの言葉など軽く無視しながら俺は美少女に手を差し出す
「立てますか?」
「あっ、はい」
美少女は小さく頷きながら差し出した俺の手を取り立ち上がる
我ながら実に紳士的な対応だ。今度こそ掴みは抜群だろう。
ツインテールも好きだが、すらりとしたロングヘアも悪くない。
「聞いてんの!?」
何度も呼び掛けてくるシエルだが完全無視の状態だった。
何だかさっきから耳元が騒がしい気がするのだが、いまは目の前の美少女様を介抱する方が先決だ。
すると、美少女様の方から声が掛かる
「あの? 勇者様なんですか?」
「あぁ、そうだ」
「ありがとうございます! えぇと…… お名前を聞いてもよろしいですか?」
美少女は笑顔で俺に訪ねて来た
なんと、これは相手側から聞かれるとは掴みは好かったようだな。
まったく、どこぞの誰かとは大違いだぜ
「名前? 俺の名前は弐伊都 勇。争い事を好まぬ心優しき勇者だ」
「ロリコン勇者でしょ? しかも『争い事を好まない』とか格好良く言っているけれど、ただ普通に戦いたくないだけじゃない?」
脇に居たシエルは溜息を吐き呆れながら訂正するように言う
「てめぇ…… あることないこと言いやがって、彼女が勘違いしたらどうするのだ!」
「いゃ、あることないこと以前に全部あることでしょ?」
(見てくれは俺の萌えポイントを抑えていると言うのに、この女は……)
「あのぉ~? もしかして、お邪魔でした?」
「えっ? いやいや! お邪魔だなんて、とんでもない!」
俺は大袈裟に手を振りながら言い返す
その言葉に美少女は少し不思議そうにしていた
「そ、そうですか」
「そうだ。キミの名前を聞いていなかった」
「私ですか? ルナ・ヴェルダンディと言います。ルナとお呼び下さい」
可愛らしくニコリと笑みを浮かべながら言う
「ルナか、良い名前だ。ところで、どうしてこんな場所に?」
すると、ルナは困った表情で言い返す
「それが、魔法薬の材料を取りに来ていたのですが……」
「魔法薬? 魔法が使えるのか?」
「多少ですが」
苦笑いしながらルナは言い返す
ルナも魔法が使えたのか。モンスターがウジャウジャ居る世界だし、魔法の一つ使えて当たり前なんだろう。
しかし気になるのが――
「どういった魔法?」
「えぇっと…… 私の場合は炎属性です」
「炎? ようするに、それは攻撃系?」
率直な疑問を言ってみる
「まぁ、そうですね……」
「マジ?」
それを聞いた俺は何故か一瞬目を丸くさせるが状況を把握するとガッツポーズを決めた。
これはキテルね、うんいいよ。しかし攻撃系とは、このおとなしそうな見た目からは想像も出来ない。むしろ、シエルが攻撃でルナが回復の方がしっくりくる
まぁ、しかしここでアタッカーの登場と来たわけだ。
ようやく俺も安心して先に進めるというものだ。
ここで俺は一つ気になる事があり、ルナに訊ねてみた
「待てよ? 魔法が使えるのなら傷の一つ治せたんじゃ?」
「回復系は皆無ですから」
「あぁ、そうですか……」
俺も何と言い返せばいいのかわからない。
この時点で俺はシエルと出会っていなかったらどうなっていたのだろうか?
攻撃系専門のルナと旅をしていれば戦いには困らなかったかもしれん。だが、もしもそこでルナが今回のように負傷したならば俺はどうなる?無理だな……
では逆にルナと、ここで出会わずに回復系専門のシエルと旅をしていればどうなったか?今まで何度かモンスターと遭遇しデタラメな方法で切り抜けては来ているが、もしも俺が何かの拍子で致命傷を負ったとしよう。誰が治す?
やはり回復系は必要になるだろう。
しかし、現時点では両者がいる。よってこの場合は――
「よかったな、シエル。これで攻撃と支援の両方が揃ったぜ」
「あんたはどこまで戦う気がないのよ…… むしろ、女二人を前線に立たせて勇者は後ろで応援ってバカじゃない?」
冷めた表情でシエルは言い返す
「バカとは失敬な! 完璧な陣営だろう?」
「なにをもって完璧?」
「将棋やチェスでも常にキングは後ろに居るものだ。そして、キングを守るのは仲間の役目」
誇らしげに言う俺にまたもシエルは呆れながら言い返す
「勇者ならキングじゃなくてナイトでしょ? しかも、仮にキングだとしてもそんなキングなら真っ先に帰るわよ」
「薄情者が……」
「勇者様? 私もご一緒していいでしょうか?」
シエルと口論しているところへルナも話に入って来る
「おぅ、いいぞ。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ」
「それではよろしくお願いしますね。勇者様」
そう言いながらルナはペコリと頭を下げる
「待っていろドラゴンよ、いま行くぞ――」
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