3話 ガルスの森
俺とシエルはお互い違う方向を指差しながら口論していた
「こっちだろ?」
「えっ? あっちでしょ?」
かれこれ数時間は歩いている気もするのだが、一向に目的地が見えない。
「なぁ、この道って少し前に来なかったか?」
「き、気のせいじゃない……」
「まさかと思うが、シエルって方向音痴だろ?」
「うっ……」
シエルは顔を強張らせると返答に詰まる
かまをかける様に言ってみただけなのだが、シエルの動揺っぷりを見る限りでは図星みたいだ。まぁ、こんな予想が当たっても俺としては全然嬉しくもない。むしろ、俺としては困る。ガイド役が方向音痴では話にならん。
俺はダメだこいつと思いながら溜息を吐く
「はぁ、マジかよ……」
「大体、この意味不明な落書きを頼りになんかしているからダメなのよ」
「落書きとは言え、一応は地図らしいが」
「誰よ、これを描いたのは?」
逆切れを起したシエルだが、今度は俺が返答に詰まってしまう。
言えない。何でか知らんが言ってはいけない気がする。王様の娘さんが一生懸命に描いてくれた地図を落書き呼ばわりしたと分かればお尋ね者どころでは済まされなくなりそうだ。むしろ、指名手配されてしまうかもしれん。
さて、どうする?
悩んだ挙句、どうしようもない答えしか出てこなかった。
「…… 流浪人から?」
「なんで疑問系?」
「まぁ、細かい事は気にするな」
地図の問題はとりあえず解決?したということして、こちらの目的は解決していない。
どうやってガルスの森まで行こうかね?まぁ、こういう時は適当に歩いていれば気付いたらありましたよ、みたいなオチがあると思うのだが……
勝手に自分を納得させ俺は再び歩きだす
「とりあえず、あっちに行ってみるか」
「だから、こっちだって!」
お互いに正反対の方向を指差しながら意見する
「だが、シエルに着いて行って何回同じ道を通ったと思っているのだ?」
「そんなのは、たまたまよ」
「たまたまとか偶然とかが数十回も重なれば、ある意味で奇跡としか言いようがないがな」
「うっさいわね!」
この野郎…… つくづく腹の立つ奴だ。
だがしかし、可愛いから許す!
まぁ、こう思ってしまう俺もバカだな
俺はシエルに視線を送る
「そういうことで、こっちに行くぞ」
「どういうことよ?」
「言わば勇者の特権というやつだ」
誇らしげに胸を張り俺はシエルに言う
「それ以前に勇者らしいところ一つもないけど?」
「目上に向ってタメ口とは、礼儀知らずめ……」
その言葉にシエルはニヤッと笑うと俺に言い返す
「言っとくけど、こう見えてあんたより年上なんだから」
「まぁまぁ、粋がるなよ」
「ざっと二十年は生きてるし」
俺は顎に手を当て少し考える。そして数分足らずに脳内計算が終り答えは出た。
「……ん? 二十年? 二十歳!?」
なんてこった……俺の一つ先輩ということか?この小学生みたいなガキが?
世も末だな。あれか、彼女は成長の過程をどこかで誤ってしまったのだろうか?
うん、きっとそうだ。いや、そういうことにしておこう
認めたくないが自分を納得させようと俺は何度か頷いていた。
「マジかよ……」
「そういうこと、わかった?」
「だが、俺の脳内には幼女としてインプットされている為、いくら一つ年上だろうがもはや関係のないことだ」
「…… はぁ?」
シエルは何を言っているんだと言わんばかりの表情をしていた
「ようするに萌えに歳など関係ないと言うことだ」
「言っている意味がわからないけど?」
「俺がわかればそれでいい。それより、早く目的の場所へ行かねば」
「そ、そうね」
シエルは俺の後を付いて行く様に歩きだす
しかし、城を出てから大分経つような気もするのだが地図が簡略すぎるのか、分かりづらいのか、目的地に辿り着く前に倒れてしまいそうだ。
それから少しずつ歩き進めていると、それっぽい森が見えて来た
「おや? もしかして、あれか?」
「多分、そうじゃない? とりあえず、行ってみましょ」
「そうだな」
俺とシエルは森の近くまで歩み寄って行く
そして、俺はガルスの森を見渡しながら呟く
「ひぇ~、これはデカイな」
「まぁね、何ていったってドラゴンの棲みかだもの」
「ドラゴン? これまた物騒な――」
俺はまるで他人事のように呟いていた
あれ?ちょっと待てよ?ドラゴン?俺は何故ここに居る?
そして、何か重要なことを忘れているような……
次の瞬間、ハッと俺の脳内にはイメージが蘇る
「な、なんてこった……」
「はぃ?」
「ようやく思い出したぜ、俺の目的を――」
「いまさら!?」
呆れているのか驚いているのか微妙なリアクションを返すシエル
「ドラゴン退治という、とんでもないクエスト中だった」
「とことんバカね?」
シエルは深く溜息を漏らしながら呆れ返っていた
「うるせぇ! 俺だってやりたくてやっているわけでは」
「はいはい、金の為でしょ?」
「…… 金? そうだった! それがあるんだった! よし、そうとわかれば行くしかあるまい!」
「切り替えはやっ!」
シエルは素早く切れの良い突っ込みを入れる
思い出したぞ、これは報酬の為。金の為、そして自由の為なのだ。まぁ、正直なところは動くのはめんどうだし嫌なんだが報酬があるなら話は別だ。今回は仕方なく勇者らしいことをしてもいいかと思っただけなのだ。しかし、思うのだがドラゴンなど大層な相手に挑むならそれなりの装備をして行くものなのだろうが、今の俺は何一つ装備しちゃいない。
私服に素手、第三者からみれば普通の一般市民だ。これで勇者を名乗るのだから、それはアホとしか言いようがない。だが、今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
俺はようやく考えをまとめるとシエルに問う
「ところで、ドラゴンとやらはどこに居るのだ?」
「そんなの知らないわよ」
「まったく、つかえねぇな」
「あんたにだけは言われたくない」
シエルはまるで喧嘩を売るような眼つきで言う
(つくづく、腹の立つやつだ……)
すると俺は何かを閃き掌をポンっと一叩きする
「おぉ、いいこと思いつた」
「なに?」
「ドラゴンはシエルが倒して、その報酬は俺が貰う。どうだ? 完璧だろう?」
俺はどうだと言わんばかりにドヤ顔で言う
我ながら安全な作戦だ。これなら、俺が戦わなくともことは済むし何もせず報酬が貰えるという完璧な手法だ。
しかし、そんな俺の作戦をシエルは真っ向から否定した
「無理ね」
冷めた表情をしながらあっさりと断るシエル
「なぜだ!」
「だって、私は回復魔法専門だし」
「……」
突然の爆弾発言に俺は返す言葉が出ないまま暫しフリーズしていた。
な、なんですと?回復魔法だと?
そりゃぁ、RPGにそういったキャラは必要になってくるだろうが時と場合によるだろう?
何故か俺はやり場の無い怒りのような気持ちが込み上げてくると逆切れを起した
「空気読めよ! なぜ攻撃魔法にしなかった!?」
「だって、痛いの嫌だし~」
「なんということだ……」
もはや全てが終わってしまったと言わんばかりに俺は頭を抱える
頭を抱える俺を横目に呆れた声でシエルは言う
「それより、勇者だったら自分で戦えばいいんじゃないの? むしろ、それが普通よね?」
「いゃ…… めんどうだし、痛いの嫌いだし、それに何だか急にやる気なくなってきた」
「…… 本当に勇者なの?」
シエルは激しく疑惑の眼差しを向けてくる
「よし、ならばシエルがサポートしてくれ。仮にも回復魔法使えるんだろ?」
「仮にもって言い方が気になるけど、まぁいいわよ」
シエルは仕方ないと言った表情で溜息を漏らしながら言う
俺も真剣な表情でシエルの眼を見返すと
「そうか、一つ質問していいか?」
「なに?」
「回復魔法の中に蘇生系は入っているのか?」
「死ぬこと前提!?」
おもわず身を乗り出しシエルは突っ込みを入れてしまう
「まぁ、仮の話だが」
「一応、あるにはあるけど――」
「よしならば、問題ないな。では行くぞ!」
「ちょ! まだ話が!」
引き止めようとするシエルの声など聞こえぬまま俺は森の奥へと入っていく
仮にもドラゴン相手だし、もしかしたらとかなんて事もあるかもしれないからな。しかし、シエルのサポートで回復や蘇生が出来るとわかれば何とか大丈夫だろう。
だが、シエルは先へ進む俺の背中を見ながら苦笑いで呟いていた
「まぁ、蘇生術はあるにはあるけど…… 今までに成功したのは一回だけなんだよね」
様々な問題を抱えたまま俺とシエルはガルスの森の入り口へ足を進めて行った
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