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化け者交流会談記  作者: 石勿 想
第二章
43/45

第四十一話 闇倉暗菜と悪魔祓い

 


『空が青いどすぇ~』


 先ほどからブラブラと目的もなく歩くさっちん。早い話が散歩中である。

 本日は晴天、雲ひとつない青空の下彼女は歩いている。

 と、そこに足取りのおぼつかない一人の男性が目に入った。

 彼は全体的に黒い服装をしている。見事なほどに怪しい。やくざのようなスーツという訳ではなく、どちらかといえば厨二っぽいかっこ痛いい服装である。

 そんな彼にさっちんは興味本位で近づくと、男のほうから話しかけてきた。


「君……すこしいいかい?」


『どうしたんどすぇ?』


 男は話しかけると同時にポケットから地図を取り出して言った。


「ここら辺で……無料でおなか一杯になれる場所を教えてほしい」


『無いどすぇ』


 甘えすぎである。そんな都合のいい場所は無い。

 無料で食べるだけなら試食コーナーを教えないことも無いが、満腹を目指すのは難しいだろう。

 さっちんがため息をついた瞬間、ギュルルルルル!! と言う音が響き渡る。

 驚いたさっちんだが、音の発信源を男の腹だと突き止めるとなんとも言えない表情になる。

 家に連れて行って何か食べさせてやろうかと彼女が考えた次の瞬間、彼の一言により彼女の表情は一変することとなる。


「……話は変わるが少し聞きたいことがある。君は……人間じゃないな?」



 第四十一話 闇倉暗菜と悪魔祓い



「あえて言うぜ! それでも目玉焼きは白身のほうがうまい!!」


『違うよ、違うんだよ霊能! 目玉焼きの真髄は……目玉焼きの主役は! 黄身に決まっているんだよ!!』


「違う! 蘇我、お前は食べ物としては珍しい派手な黄色という色合いに踊らされているだけだぜ! 目玉焼きのすばらしさはなんと言っても白身としょうゆのコラボレーションだ!!」


『目玉焼きにしょうゆ! これには完全に同意しよう。でもね、しょうゆが抜群に合うのは! 間違いなく黄身なんだよ! 卵賭けご飯のしょうゆだって黄身がなければ成立しないんだ!』


「ちくしょう……お前ってやつは! どうして分かってくれないんだぜ……!」


『それはこっちのセリフだよ霊能……!』


 目玉焼き論争が繰り広げられる霊能家。

 始まりのきっかけはなんだっただろうか、今はもう覚えていない。

 些細なことから論争が始まり、今それは着実にヒートアップしてきている。

 もう少しでお互いが相手の襟を掴むかといったあたりでドアが開く音がする。


『ただいまどすぇ~……ちょっと手伝って欲しいどすぇー』


 ズルズルと何かを引きずる音が玄関から聞こえてくる。

 気になって霊能と蘇我が覗いてみると、そこには大の大人が幼女に引きずられている光景が飛び込んできた……。




「ガツガツムシャムシャ!! うまい! おいしい! デリシャス!! ありがとう! 君たちは命の恩人だ!!」


 つい先ほどさっちんにつれてこられた男が現在霊能家の食卓で飯をがっついている。

 よほど腹をすかせていた様子で今にもうれし泣きをしだしそうだ。

 そんな男を見ながら一息つき、蘇我が現在の心境を述べる。


『さっちんが男を連れてきたときは世界の終わりかと思ったよ……』


「しかも銀髪でイケメンだしな、もしかしたらさっちんが惚れるかもしれねぇぜ?」

『よし霊能、今すぐこの人をいなかった事にしよう』


「ストップストップ……目が怖いよ。食事は大変感謝してるけど流石に消されたくはないなぁ……」


 どうどう、と霊能も蘇我を諌める。こんな些細なことで殺人事件なんて起こさないで欲しいものだ。

 食事もあらかた終わったところで、そういえばと今更ながらになんでこんなことになったのかをさっちんに聞くことにした。


「なぁさっちん、何があったんだ?」


『話しかけられて答えたら目の前で空腹により倒れたとしか言いようがないどすぇ……』


 なんとも迷惑な話である。


『空腹で倒れるって……どうしたんですか……』


「いやお金はあるんだがこの国に来る前に慌てていたせいで換金し忘れてしまってね……面目ない」


「外国からきたのか? 銀髪だもんなー……ってそういやまだ自己紹介してなかったな。俺の名前は霊能太郎! 好きな寿司ネタはあぶりサーモンだ!」


『そして私が山村貞子どすぇ! 好きな寿司ネタはいくらどすぇ!!』


『あ、どうも。蘇我入鹿です』


「ああ……僕の名前はイクサ=ソーフィリア。出身はイギリスの小さな村さ、気軽にイクサって読んで欲しい」


 全員の自己紹介が済む。霊能とさっちんが蘇我に寿司ネタは? という視線を送っているが蘇我はこれに耐えつつも話を進める。


『どうして日本にきたんですか? 観光ならもっと都会へ行ったほうが……』


「いや今回は観光じゃないんだ、少し目的があってね。僕の捜し求めていた情報が手に入ったのでいても立ってもいられなくなってしまったんだよ」


「ん? 探し物でもあるのか? 見つけにくいものなのか?」


『カバンの中も机の中も探したけれど見つからないんどすぇ?』


『ちょっと二人ともそういうのはやめて。本当にまずいから』


「ははは……蘇我君と言ったかな? 君はなかなか苦労してそうだね……」


『分かりますか? 僕がしっかりしないと駄目なんですよ、僕が一番の常識人なんで』


「『異議あり(どすぇ)!』」


『何で!? 何で声をそろえて異議を唱えるのさ!?』


「……本当に、幽霊になってからもこの世で苦労するなんて……楽にしてあげようか?」


 バッ!! と蘇我が立ち上がりイクサと距離をとる。

 現在蘇我は実体化している。普通の人間にはまず幽霊だなんてばれないはずだ。

 ……つまり目の前の男は関係者……そういう目で改めて見てみると、イクサは強者独特の雰囲気を放っていた。


『……イクサさん、あなた何者ですか?』


「いやいや……そんなに警戒しなくてもいい、君たちに危害を加える気は無いよ。僕はただの悪魔祓い(エクソシスト)さ」


 悪魔祓い(エクソシスト)……それは書いて字のごとく、悪霊や魔の者の退治を専門とする退魔のスペシャリストである。その歴史は古く、中世のヨーロッパなどには数多くの悪魔祓いがいたとされている。

 そんな驚きの自己紹介を聞いて霊能はこんな質問をした。


「へぇ、で、好きな寿司ネタは何なんだ?」


『いや霊能!? それ今する質問じゃないよね!?』


「鉄火巻きかな」


『イクサさんも答えなくていいから!!』


「蘇我君、僕のことはイクサって気軽に読んでくれていいんだよ」


『ああ駄目だこの人! イケメンだけど残念な人だ! 残念なイケメンだよ!』


『蘇我はん、人は見かけで判断しちゃだめどすぇ』


『この人から見た目を抜いたら残念しか残らないよ!』


 出会って数十分で酷い言われようである。

 だがイクサがボケたおかげで若干蘇我の警戒心が薄れた。これがもし計算どおりならかなりの技量である。

 まぁ計算など全くしていないのだが。


『イクサさん……』


「気軽に」


『はぁ、イクサ……本当に何もしないと誓えるかい?』


「当然さ、君たちは命の恩人だしなおさらだよ! もともと僕はある種族の専門だしね、他にはよほどの事がないと手は出さないよ」


『何の専門なんどすぇ?』


「……とある悪魔の一族さ。彼らは強い、それこそ数ある魔の中でも最強に近いかもしれない種族だ。僕はそれと戦うために生きているんだ」


「へぇ……そんなやつらがいるのか、よし! 友達になってもらいに行こうぜ!!」


「霊能君……そいつらが僕の標的だって分かって言ってる? ねぇ?」


 敵だと言った相手の仲間になる宣言をする霊能、完全にケンカ売ってるようなモンである。

 と、そこまで話してふと蘇我が気づいた。


『あれ? じゃあイクサが日本に来たのって……』


「うん、日本にそいつがいるって聞いてね。実際来てみて分かったよ、この町に奴は……いる」


『戦うんどすぇ?』


「ああ、奴らは夜行性だ。今日の夜にでも町を探してみようと思ってる」



『そいつらは強いんでしょう? 手伝いましょうか? 霊能が』


「他人任せかオイ……まぁ手伝ってやりたいんだが……駄目なんだろ?」


「ははは、気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとうね、こんな見ず知らずの僕を心配してくれて」


「見ず知らず? 何言ってんだ、同じ釜の飯を食べたんだ……俺たちはもう友達だぜ」


『そうどすぇ~、心配くらいするどすぇ』


『イクサ、無理しないでね』


「……あったかいな、この国の住人にもこんなにもやさしい人たちがいるんだね。この国に来て初めて声をかけた人が冷たい人だったから誤解してたよ」


『どんな人だったんどすぇ?』


「コンビニでね……」


「『『ああ……分かった(どすぇ)』』」


 世間は狭いものである。

 その後、だらだらと雑談を続けた霊能たちはイクサの希望で晩御飯を鍋にした。

 当然普通の鍋である。闇鍋ではない。変なちくわも入っていない。

 そして、さてもう寝るかという時間帯にイクサが立ち上がった。荷物をまとめて霊能たちに声をかける。


「じゃあ、僕はもう行くよ。今日はありがとう、助かったよ」


「かまわねぇぜ、また来いよー」


『頑張るどすぇ~』


『最悪ここに逃げてきてもいいからね? 本当に大丈夫?』


「大丈夫だって、これでも一応世界で五指に入る悪魔祓いだって自負してるんだから。それに……僕は標的(ターゲット)に特化した武装をしてるしね」


「そういや結局聞いてなかったがイクサの戦おうとしてる悪魔ってどんなやつなんだ? アスモ……アスモなんとかってやつだったりするのか?」


『アスモデウスね。しかもそれ種族じゃないし』


「ああ、そういえば結局言ってなかったけ。僕は悪魔祓いの中でも対吸血鬼のみに特化した……吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)だよ」


 吸血鬼……自分の友達の中に吸血鬼は思い当たらないな、とほっとした霊能だが何かが頭にひっかかる。ちらっと蘇我とさっちんのほうも見てみるが両者ともなにか思い出すようなしぐさをしていた。だが思い出せないということはたいしたことではないのだろうと結論付けた三人はこれ以上引き止めるのはアレなのでイクサを送り出すことにした。

 三人に応援され、ひさびさに人と暖かい交流をしたイクサは夜の街へと消えていく。

 標的の場所は感覚で分かる。そういう武装をしているから。

 夜空を見上げ都会よりも多い星を見ながら意識してかしないでか、そっと言葉を漏らした。


「願わくば……今日が最後になりますように」


 その言葉の真意は不明。

 だが本人以外には聞こえていないので、不明のままでなんら問題はなかった。



 ◇



 歩くこと数刻、感じるままに歩いていると業務用だろうコンテナが大量に置いてある場所に着いた。

 遅い時間も手伝ってか完全に人通りはなく、静まり返っている。

 ここでなら完全犯罪も高校生が幼稚園児にケンカで勝つがごとく簡単に行うことが出来そうだとイクサは思わされてしまう。

 そんな場所に、彼女はいた。

 赤い目が光る。夜を支配するとまで言われる種族の眼光は鋭く、イクサの体に身震いを起こさせる。否、これは武者震いであると己に言い聞かせ一歩一歩近づいていく。

 自分の長年の主力武器、特注の銀のナイフは……大丈夫、腰のホルスターにしっかり入っている。いつでも抜ける。

 ナイフは、OK。靴ヒモは、問題ない。覚悟は――――当の昔に。


「君がこの町の吸血鬼だね?」


 その分かりきった質問に、吸血鬼であろう女はにやりと笑った。

 スッと音もなくコンテナから飛び降りるとイクサの十歩ほど先の地面に着地する。


「僕の名はイクサ、君を倒しに来た。抵抗はしてもいいけど……無意味だと思うよ?」


 その言葉に対する吸血鬼の返答は――


『……はぁ』


 ――ため息だった。

 予想外だ。

 何も言わず殴りかかってきて戦闘が始まるか、圧倒的自信から戯言だと笑うか、尊大なプライドから怒るかどれかだと思っていたのに。

 そして吸血鬼はこう続けた。


『残念だけど、それはこっちのセリフだぎゃ』


 その言葉と同時に、彼女の体がゆらりと揺れる。

 判断は一瞬、きっとこれは本能だろう。何か得体の知れない嫌な感覚を頭で理解する前に、体を一歩後ろに引く。

 どうやらその判断は正解だったらしい。気がつけばイクサの目の前のを彼女の腕が空振りしていた。

 どっと汗が流れ出し、背筋の温度が著しく下がる。だが固まっている暇はない、すぐさまバックステップで距離を取る。

 そんなイクサに、吸血鬼はいらだちを含んだ目を向ける。


『おみゃーさんが吸血鬼を探し回ってる理由は知らんぎゃ、興味もないぎゃ。でも……』


「でも、なんだい?」


『〝本物〟の吸血鬼を舐めてもらっちゃ困るんだぎゃ』


「なめてるつもりは……ないんだけどね!」


 一般人相手ならまず間違いなく、それこそ投げたという事実さえ気づかせないであろう速さで一気にナイフを三本飛ばす。狙いは頭・心臓・腹、どこに当たっても致命傷は免れない。

 しかし彼は慢心せず、さらに追加のナイフを構え吸血鬼の左右……避けるであろう軌道にもナイフを放つ。縦に三本、横に二本、狙ったものかどうかは定かではないがその形は吸血鬼の苦手とされる十字架の形をしていた。

 だがそう簡単にはいかない。次の瞬間彼が見たのは右手で頭のナイフを、左手で心臓のナイフを掴み、そして右足で腹のナイフを踏み潰している吸血鬼の姿だった。


「今のも傷一つ負わせられないか……厄介だな。さすがは真祖ってところか」


『真祖と分かって勝負を挑むなんて……どえりゃあうぬぼれてるか、無知かのどっちかだぎゃ。おみゃーはどっちだぎゃ?』


「どっちでもないさ、ただ……求めるものがあるだけだ!」


『そう……何を求めてるのかは聞かないぎゃ。でも、そうやすやすと手に入れれると思っていたのなら……それは大間違いだぎゃ!』


 ナイフが空を切り、爪が音を切り裂く。

 吸血鬼の爪を紙一重で受け流すが、そのダメージは完全には受け流しきれず服が擦り切れ、腕から血が流れる。痛覚が痛みを叫んでいるが、吸血鬼と戦う上ではこの程度はかすり傷だと自分に言い聞かせる。

 アドレナリンが脳内を駆け巡り、視界を平常時よりスローにしてくれる。

 だがそれでも敵の動きに反応するのが精一杯だった。

 過去に戦った吸血鬼たちを思い出す。通算六回の戦闘経験だ。

 この数字は決して少なくない、むしろその筋の人間ならそんな馬鹿なと声をもらすほどの数字。なぜなら吸血鬼とは本来なら軍で挑んでも倒せる確立の低い相手、人外の中でもかなり上位の種族なのである。

 そんな吸血鬼を六回も討伐に成功したとなると……それはもう超人と呼ばれる類なのは間違いがないだろう。

 事実、彼のそのあまりの強さに人々はこう呼んだ――[不死殺し]と。

 しかし、彼は知識でしか知らなかった。普通の吸血鬼と……真祖の違いを。


「っち……想像以上だね、真祖ってやつは!」


『当然だぎゃ。まがい物と一緒にされちゃ困るぎゃ』


 無駄口を叩いている間もイクサは攻撃に転じる。

 右足上段の蹴り、これが避けられるのは予想済み。ここで軸足である左足を浮かせ……右足の遠心力により思い切り振りぬく!

 吸血鬼は初撃を少しかがむことにより避けた、そのせいで追撃を避けきるほどに体制が整わず腕で蹴りを受ける。攻撃を防御している間は大きな動きが出来ない。つまり、このチャンスを逃すのはあまりにも惜しい。

 イクサは着地と同時にナイフを逆手持ちした左手を叩き込む、だがそれは膝によりそらされてしまう。

 吸血鬼はその隙を見逃さずに手を振り下ろすが、無理やり体の向きを変えることにより間一髪で避けることに成功した。さらに筋を痛めるのを覚悟で地面を蹴り距離を稼ぐ。至近距離にて連打を撃つのは悪くない、悪くないがかなりのリスクであるのは確かだった。


 ここで先ほどから会話に出てきている真祖という言葉についての説明をはさもう。

 吸血鬼の生態は御伽噺や伝説などでよく知られている。曰く怪力、俊敏、コウモリになれる、霧になれる……などさまざまだ。

 その中でも有名なものが、〝吸血鬼に噛まれると吸血鬼になる〟というものだろう。

 そうして噛めば噛むほど際限なく増えることから彼らの種族は恐れられているのである。

 だがちょっと待って欲しい。疑問には思わなかっただろうか。貧弱な人間ごときが、噛まれた程度で凄まじい力を持つ吸血鬼になる……どう考えてもおかしいだろう。ありえないのだ。なぜならもしその程度で本当に吸血鬼を量産できたら、人類なんてとっくのとうに皆吸血鬼になっているのである。

 つまり、この理論は破綻している。現実はもっと簡単だ。

 吸血鬼に噛まれるだけでは人は決して吸血鬼になったりしないのである。

 吸血鬼が人の血を吸う際に吸った血を自らの血と混ぜ送り返す、そうすることによりただ命令を聞くだけのしもべに作り変えることが出来る。しかしそれが限りなく低い確率だが運よく適合する場合がある。つまりそれが……新しい吸血鬼というわけである。

 そうして人間から吸血鬼になった彼らは、脆弱な生き物から無理に体を作り変えたことによる副作用を負うこととなる。

 それが有名な弱点……太陽の光を浴びると消滅する……だ。

 ちなみに他の弱点……にんにくや十字架などはぶっちゃけその吸血鬼の個人差である。ふつうにそれが嫌いだっただけだ。

 先ほども話したとおり吸血鬼は数が少ない、なので一人の弱点を発見してもそれが全体に効くとは確かめることが出来ない。だがそれにより吸血鬼が滅されたのは事実なので、人々はそれさえあれば吸血鬼を倒せる……と勘違いしてしまったのである。

[コウモリになれる]や[霧になれる]も個人の能力であり、吸血鬼としての能力ではないのである。しかしそのような特殊能力持ちは皆語り継がれるようなレベルの者たちなので、能力も有名になりすぎてしまった……と言うわけだ。

 人間から吸血鬼になった者は副作用を負う……察しのいい人なら既に気がついたかもしれない。簡単な疑問である。〝最初の吸血鬼〟はいったいどうなのか……ということだ。

 疑問の答えはシンプルである。〝弱点なんて存在しない〟のだ。

 ここまで言えば分かるだろう。つまり先ほどから会話に出ている真祖とは……初めから吸血鬼だった一族のことを指すのである。

 当然、人間上がりよりも強いに決まってる。


『もうへばったんだぎゃ? 人間』


「イクサって呼んで欲しいな。種族名で呼ばれても困るよ、吸血鬼」


『お互い様だぎゃ。ボクの名前は闇倉暗菜! キュートでチャーミングなアイラブ名古屋の吸血鬼だぎゃ!』


「暗菜ちゃんか……いい名だ、でも……容赦はしないよ!!」


『イクサってのも悪くないぎゃ……悪いのはその一人称だぎゃ!!』


「…………は?」


 踏み込もうとしたイクサと足が止まる。

 視線の先にはプンスカと怒る闇倉がいた。


『なんなんだぎゃ! 僕、僕って!! 僕キャラは蘇我だけで十分だぎゃ!! ボクと若干かぶってるぎゃ!!』


「いやそんなこと言われても……」


『しかも霊能の家に入り込んで……! ボクが出るタイミングを逃したのもお前のせいだぎゃ!!』


「うわっ!? ちょ……ちょっと待て……! 意味が分からない!」


 なんだかよく分からないことを言いながらブンブンと爪を振り回す闇倉、それを困惑しながら避けるイクサ。

 避け続けるうちに闇倉が隙だらけだということに気づいたイクサはカウンター気味にナイフを投合する。

 ヒュゥン! と風を切り進むナイフ、それは一直線に額に向けて飛んで行き……フォークボールのように急激に下降する。その変化に驚き我を取り戻した闇倉はとっさに左手でナイフの持ち手を横からはたくようにして振り落とす。

 だが動転していたがゆえに気がつかなかった。一本目と全く同じ軌道で投げられていた二本目のナイフに。

 回避は無理だと判断し、彼女は右手の手のひらでナイフの刃を正面から掴み取る。

 右手が切れ、血が滴り落ちるが顔や臓器に当たるのに比べれば安いものである。


『……今のは、上手だったぎゃ』


「そりゃどうも、ようやく君に傷がつけれたみたいだね。たいしたことのない傷だけど……苦労したよ」


『久しぶりだぎゃ。……本当に』


「人間に負けることがかい?」


『いいや、この武器を使うのが……だぎゃ』


 闇倉の右手の傷口から血が噴出す。

 だが噴出された血は地面に落ちず、重力なんてなかったかのように空中で一つの形へと変化していく。そして気がつくと闇倉は右手にやや反り返った槍のような武器を持っていた。


血液製材(メイクブラッド)死夜血矛(シャチホコ)


「自分の血で……武器を……?」


『ボクの能力だぎゃ。長時間は使えないから……少し本気でいくぎゃ』



 ◇



「なぁ……吸血鬼ってさぁ……知り合いにいない……よな……?」


 少し時刻は遡る。それはイクサが家を出てすぐか、少したった後のこと。

 霊能がずっと頭に引っかかっていたことを二人に問いかけた。


『多分……どすぇ……でも……』


『吸血鬼って凄い聞き覚えがあるんだよね……』


「分からん……謎は深まるばかりだぜ……」


 知っている気がする。自分たちは吸血鬼と言う存在を知っているような気がするのだ。

 だがどうしても思いつかない。いや、思い出せないといったほうが正しいのかもしれないが。


『身近にいる人たちの種族名を羅列すれば分かるかもしれないどすぇ!』


『そうだね、えぇと……貞子、幽霊、口裂け女、ぬらりひょん……』


「河童、雪女、名古屋人、地獄のやつら、ケロベロス……」


 そこまで羅列して、何かがおかしいぞと気がつく。

 そしてどうやら真っ先に疑問をもったさっちんがそれを口にする。


『ずっと思ってたんどすけど……ケロちゃんの種族名ってケルベロスじゃないんどすぇ?』


「え……嘘マジで? ケロベロスじゃねぇの?」


『さっちん、その疑問は確かに気になる話題だけど今気がつくべきところはそこじゃないと思うよ?』


『だからケロちゃんはケルちゃんと呼ぶべきなんじゃないんどすぇ?』


「えぇと……違うなさっちん。お、俺はケロベロスじゃなくてケルベロスだって知ってたよ? いい間違えただけだぜ? 名前だってケルベロスを略した名前なんだよ。初めの二文字を抜粋するなんて捻りがないと思っただけだぜ?」


『……嘘くさいどすぇ』


『ねぇ、それより名古屋人って所にツッコミ入れない? 明らかに種族名じゃないよね?』


「うおう! 確かに! 流石蘇我!! そうだな! 闇倉の種族は名古屋人じゃないぜ! な、さっちん!?」


『……勢いで誤魔化そうとしてるのは見え見えどすぇ……。まぁ別にいいどすけど……』


「そうだ、闇倉は確か……」


 そこで一度言葉を止め、気づいてしまう。

 だらだらと流れる汗、きょろきょろと落ち着かない視線。

 その時、三人の気持ちは一つになった。


「『『吸血鬼……』』」


 普段吸血鬼っぽいところが無いし、他の部分で無駄にキャラを立ててくるのですっかり忘れていた。

 三人は全員、あ……これやばいかもしんないとアイコンタクトで通じ合う。

 そして寝巻きから着替えるとすぐさまイクサと闇倉を探しに夜の町を駆けていった……。



 ◇



 パキンッ!


『無駄だぎゃ』


 吸血鬼専用に調整された魔方陣をたやすく突破する闇倉。

 その足元には一秒も拘束し切れなかった魔方陣を書いた紙が無残にも千切れ飛んでいる。

 通常の吸血鬼ならば今までの経験から言って三秒は動きを止められるはずの代物だったのに。

 目の前の真祖は一瞬動きが遅くなっただけだった。

 ナイフを四本投げながらイクサは闇倉に向かい言う。


「制作費十万したのに!」


『……なんかすまんぎゃ』


「いやいや、構わないよ。仕方ないって、真祖相手に使った僕が悪いよ」


『えぇと……続きやっていいぎゃ?』


「あ、どうぞ」


 鮮血に染まる赤い矛が風を切る。

 その効果音はブォンなどというちんけなものではなく、フィュン! という鋭い音。その矛の向かう先は、右足。十字架で出来た鉄のプレートを瞬時に矛の着弾地点に滑り込ませたのだが、矛は十字架ごと太腿の上部を一瞬で切り裂いた。


「……ッ!!」


 だが動きを止めることは無い。

 多少スピードが落ちようとも、戦闘中のダメージによって安易に動きを止めるのは戦闘者としては愚の骨頂である。


「この……程度!!」


 気合で無理やり痛覚を遮断し、ナイフを構えながら踏み込む。そして正面から闇倉の顔を突き刺すように振りぬく。

 だが……いや、当然だがナイフは簡単に手首ごとつかまれ、止められてしまう。


『無駄無駄無駄無駄!! こんな真正面の攻撃が……』


 それ以上言葉が続かず、表情を驚愕のものへと変える。

 なんと何かが破裂する音と同時にナイフの刃の部分だけが飛び出したのだ。

 これはイクサの奇襲武器であり、成功率はかなり高い。その成功率の高さに反することは無く、命中の衝撃で仰け反る闇倉の顔に刺さっているのが見えた。

 ……だが、今度はイクサが驚愕する番であった。

 仰け反った体勢から勢いよく戻った闇倉は一滴の血も流さずに、ナイフを歯で止めていたのだ。


「これは……勝てないかもしれないな……」


 ついそんな言葉が口から漏れてしまうイクサ。

 無理も無い。彼女は今まで勝ってきた吸血鬼に通じた技がどれ一つ通じないのだから。

 だが、諦めてなるものかとすぐさま前言を撤回する。


「でも勝つんだ……! 勝って[確認]しないといけないんだ……っ!」


『確認? 何のことだぎゃ……?』


「そのためにも……見つけた吸血鬼は全て倒さなきゃいけないんだ……!」


 彼は今までに六人の吸血鬼を倒してきた。

 その全てを確認したが、該当者はいなかった。

 彼は該当者が見つかるまで永遠に戦い続けるだろう。いや、戦い続ける。だってそう誓いを立てたから。なんとしてでも目の前の吸血鬼も確認しなくてはならない。だから戦いを挑んだ。

 だが、彼は誤算をしていた。


『確認って何をするんだぎゃ?』


「ちょっと体の一部分を見せてもらうだけだよ、たいしたことじゃない」


『じゃあ別にいいぎゃー。どこを見せればいいんだぎゃ?』


「え? ……え?」


 そう言うと彼女は血でできた武器を消し、普通にOKを出した。

 彼の誤算。

 それは目の前の吸血鬼も今までの吸血鬼と同じで話が通じないだろうと思ったことである。

 なので、倒して無理やり確認しようとしていた。だがそこはお気楽吸血鬼闇倉、ぶっちゃけ初めから普通に頼んでいれば了承してくれたのである。会話って大切だ。

 つまり、今日の戦いは無駄だった……と言うわけだ。


「結構怪我とかしたのに……貴重な魔方陣とか使ったのに……」


『まぁ……どんまいだぎゃー。そのうちいいことがあるぎゃー』


「あ、じゃあ服をめくってください。四角いあざがあるかどうか見ますから」


『おなかだぎゃ?』


 と、その時うっすらと声が聞こえた。

 その声の方向を向いてみると、そこには見知った顔が走ってきていた。

 霊能、蘇我、さっちんである。ケロちゃんもいる。


「大丈夫か!? 闇倉もイクサも無事か!?」


『イクサ凄い怪我してる! バンドエイドじゃ……覆いきれないねコレ、どうしよう!』


『とりあえず二人とも無事そうでよかったどすぇ~。ケロちゃん、ありがとうどすぇ』


『バウ』


 彼らがどうやってイクサと闇倉の位置を知ったのか、それはケロちゃんのおかげだった。

 闇雲に探していた三人だったが、突然ケロちゃんが強烈な血のにおいがすると言って場所を教えてくれたのだ。


「ふぅ……もしかして既に戦った後か? 今はどういう状況なんだ?」


『なんかボクのおなかを見せる話になったんだぎゃー』


『ちょっと何言ってるか分からないどすぇ』


『どういう話の展開でそうなるのさ……イクサ、本当はどうなの?』


「ああ、これから下乳を見せてもらうところだよ」


『『『「…………」』』』


 思考が止まった。理解が及ばない。把握しきれない。

 ただ一人変わらないのは、周りがどうして無言になったのか分からないイクサだけである。どこまでも残念なイケメンだ。

 完全に凍結された空気の中、一番初めに動いたのは闇倉だった。

 顔を真っ赤にしながら右手の手のひらを牙で傷つけ、そこから血を流れ出させる。


血液製材(メイクブラッド)


 大量の血がひとつの固まりへと変貌していく。

 それはほどよく長い棒であり、とても振りやすい形をしていた。

 早い話がバットである。釘は刺さってない。


『死にさらせぎゃー!!』


 カキーン。

 その擬音が見事に一致する動きでイクサは吹っ飛んでいった。

 結局何のために確認するのか分からないままになってしまったが、それを考えるまもなく闇倉の意識は貧血により飛んでいってしまった。

 残されたのは状況がいまいち分からないままの三人と一匹。

 彼らはどこかへ飛んでいったイクサの捜索を諦めて、とりあえず闇倉を家で休ませるために持ち帰ったのであった。



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