第四十話 小次郎と幼き日の誓い
目の前には、床に倒れた蘇我の姿。無残にも、彼の体は力なく倒れていた。
何でこうなってしまったのか、今はそればかりが脳内を駆け巡る。
「蘇我・・・俺たちはお前のことを忘れるまで忘れないぜ・・・」
誰が悪かったのだろうか、彼が何をしたと言うのか。どんな大罪を犯した罪だというのか。
だがそれを考えていても、現実は変わらない。彼は死んでいる。それは覆らないのだ。
『うう・・・蘇我はん・・・、今まで楽しかったどすぇ・・・』
彼の体には無数の打撲痕が、痛々しく浮き上がっている。
その時、彼の指先がピクリと動き、蚊の泣くようなか細い声が発せられた。
『いや僕死んでないから、いや死んでるけど死んでないから。ああややこしいな僕・・・』
第四十話 小次郎と幼き日の誓い
「まぁお前が悪いんだから甘んじて受け入れるべきだぜ、それが我が家のルールだ」
『そうどすぇ!心配したのに!すっごく心配したのに酷いどすぇ!!』
『確かに僕が悪いけどさ、ハリセンで十分の九殺しってやりすぎだよね?意識が戻ったら既に一週間経過してたとか信じたくないレベルなんだけど』
記憶を取り戻した蘇我は無事霊能家に帰って来ることができた。
その時に蘇我はちょっとした好奇心で家の裏に回り、そっと窓から家の中を覗いてみたのだ。
そこで彼が見たもの、それは・・・
蘇我の行方を心配してながら黙々とハリセンを素振りする二人であった。
『明らかに十分の九はやりすぎでしょ!今僕まともに体動かないんだけど!!』
「いや・・・だってなぁ・・・」
『あれは・・・どすぇ・・・』
『だっても何も無いよ!ハリセンで出血するなんて初めてだよ!稀有な経験しちゃったよ!!』
黙々と素振りをする二人を見た蘇我は、どう家に帰っても叩かれると確信。
そこで、どうせ叩かれるならばと言うことでいっそやりたいことをやろうと思ったのだ。
『僕は窓を突き破って愛しのさっちんの胸に飛び込んだだけなのに!!』
「十割お前が悪いわ!」
『あれは無いどすぇ』
『っく・・・!しかも結局叩き落されてさっちんの胸に届かなかったし・・・!!』
そんなアホなことを話していると、ピンポーンと家のチャイムがなった。
今日はくっちーが家に来るとのことなので、十中八九くっちーだろう。
「はいはい分かったから寝てろって、んじゃちょっとでてくるぜ」
霊能が玄関のドアを開けると、予想外のものが目に飛び込んでくる。
屈強な肉体、ピシッと決めたスーツ、そしてスキンヘッドにグラサン。
つまり、紛れも無いや○ざのおっさんであった。
「・・・」
バタン。何も言わずにドアを閉じる霊能。
俺は何も見なかった。きっと目の錯覚だ。そうに違いないとと己に言い聞かせるようにつぶやいた。
『霊能はーん?くっちーはんきたんどすぇー?』
「・・・くっちーが性転換してた」
『マジどすぇ!?』
「・・・流石に冗談だぜ、でも何か知らないや○ざが訪ねて来たんだけどどうしよう」
『ごめんちょっと言ってる意味が分からないどすぇ』
『本物のや○ざだったら不味いよ!霊能早く対処してきて!』
「居留守使っていい?いいよね?構わないよね?」
『構うよ!さっき思いっきりドア開けてたじゃん!ってか早くしないと乗り込んでくるかもよ!?』
はぁ・・・とため息をつきながら再度玄関に向かう霊能。
きっともう一度ドアを開ければそこには見知った顔のくっちーが居てくれるはずだという淡い願望を携えてドアノブに手をかける。
ドアを開けると、当然ながらや○ざさんがいた。二人。
「・・・スイマセン作戦会議してきます」
バタン。
「おいィィィィ!!なんか増えてたんだけどォォォォ!!何!?や○ざって分裂するの!?そういう生態だったの!?」
『知らなかったんどすぇ?や○ざは半分に切ったらそこから二つに分裂するんどすぇ』
「プラナリアでもあるまいしそんなにポンポン増えられてたまるかァァァァァ!!そもそも俺切ってねぇよ!初対面のや○ざいきなり切り殺すほどバイオレンスじゃねぇよ!!」
『霊能、君ならいつかやると思ってたよ。動機はなんだい・・・?腹筋を馬鹿にされたのかい?』
「動機も何もまだ一言もしゃべってないぜ!玄関の前に無言で立ってたもの!!」
『と、とりあえずもう一度玄関を開けないとどうしようもないどすぇ・・・?』
「蘇我、頼んだぜ」
『いや僕今動けないし。完璧に寝たきりだし』
「大丈夫だって、お前ならいつものへんたい・・・紳士補正ですぐ治るって」
『言い切ってるからね?言い直したようで言い切ってるからね?』
『流石の蘇我はんも今日中は動けないと思うどすぇ。明日にはピンピンしてそうな気はするどすが・・・』
「はぁ・・・とりあえずもう一度行ってくるぜ」
『ふぁいとーどすぇー』
ガチャっとドアを開ける。
当然のことだが、居なくなったりはせずにそこにはや○ざがいた。一人。
(減った!?いやさっきのは見間違いだった!?・・・なんにせよ都合はいいぜ!)
話してみない事にはそれこそ話が進まないので、とりあえず用件を聞いてみる。
「えー・・・どちらさまで?」
「突然ですいません。ここに小次郎様がいらっしゃっているとお聞きいたしまして」
と、そこまでしゃべったところでや○ざAの後ろからヒョイっとや○ざBが現れた。
「今はお宅にいらっしゃりませんか?」
(あー二人目いたわ、なぜか意味も無く重なってて見えなかっただけだわ)
「いや・・・見てないです。知らないです。来てないです」
と、その時霊能の言葉に反応するかのようにや○ざBの後ろからヒョイっと何者かが現れた。
そしてその男は出てくるなり叫んだ。
「マジデ!?」
・・・スキンヘッドにグラサン、スーツを着た男だった。
(三人目ェェェェ!!なんで無駄に重なってんだよ!!これ以上増えんな!!)
「マジです。マジ。・・・どうしたんすか?小次郎が無断飲食でもしましたか?」
『霊能はーん、まだ終わらないんどすぇー?』
とてとてとさっちんが玄関に歩いてくる。
「いや俺に聞かれても・・・。こっちのや○ざ・・・おじさんに聞いて欲しいぜ」
『言い切っちゃってるどすぇ!?・・・で、や○ざはんたちはどうしたんどすぇ?』
「お譲ちゃん、私たちは決してや○ざではないのですが・・・。まぁそれはいいとして、現在小次郎様がどこに居るのかを知らないでしょうか?」
『知らないどすが・・・小次郎はんがどうかしたんどすぇ?』
「私たちは彼を探しているのです。どうか探すのを手伝ってはもらえないでしょうか?なんとしてでも見つけなければならないのです」
「・・・あいつが何したって言うんだ?」
「・・・言えません」
「何でだ?」
「・・・言えません」
「本当に?」
「マジデ」
「それで、はいそうですかと小次郎探しを手伝ってもらえると思ってんのか?それならふざけんのも大概にしやがれ。俺は友達を売るような真似はしねぇぜ」
や○ざの額に汗がにじむ。その表情は話してもいいかと、信用が置ける人物なのかを見極めるような思案顔で霊能を見ていた。
およそ三十秒間悩んだや○ざAは、神妙な顔でこう告げた。
「小次郎様は、大罪人なのです」
◇
『小次郎君は大罪人ね』
『はっはっは、それは流石に言い過ぎでござるよ。うっかり失敗してしまっただけでござるよ』
『うっかりはいいわ。肝心なのはその後の行動よ』
くっちーが鋭い眼光を光らせ、小次郎を睨む。
対して小次郎は飄々とした態度で視線を受け流し、言葉を続ける。
『確かに拙者が悪いとは思うのでござるが・・・それでもどうしても曲げられないものがあるのでござるよ』
『その結果が、人に被害を及ぼすことだと分かっていても?』
『・・・過ぎてしまったことは仕方ないでござるよー、ジュース奢るから勘弁して欲しいでござるー』
『おちゃらけないで、あなたは何時だってそうよね。真剣な話になるとつかみどころの無い様子でするっと逃げていく』
くっちーの眼光がより強くなる。
だが、小次郎は一切ひるむことなく口を開く。
『拙者、のらりくらりのぬらりひょんでござるがゆえに』
『・・・そう、あくまでも真面目に話す気は無いのね?』
『・・・拙者にも、絶対にやりたくないことがあるのでござるよ』
『へぇ、それは・・・自身の罰を私に押し付けてまで貫きたいものなのね?』
『納得、して欲しいでござるよ。この埋め合わせは・・・いつか必ず』
突然真面目な顔になった小次郎に軽く息を呑み、くっちーは一気に気を抜いてため息をついた。
『・・・はーあ、何よ。そんなふうに言われたらこれ以上攻められないじゃない。ずるいわね、小次郎君』
『すまないでござるよ。恩にきるでござる』
『でも私は許したけどちゃんと店長にも謝っておきなさいよ?いや多分私が罰を受けたからすっきりしてると思うけど』
『いや本当にくっちー殿は二時間もお疲れ様でござるよ。ところで予定があるっていってたのは大丈夫なのでござるか?』
その言葉にハッとしたくっちーは急いで携帯電話を開き、時計を見る。
・・・約束の時間から既に三十分オーバーだ。
『あーーーー!!せっかくの霊能君家にお邪魔できるチャンスだったのに!三十分も損してるわ!!』
『じゃあ拙者は用事を思い出したので失礼するでござるよ』
『ああ!そうだとりあえず霊能君に電話して・・・ああでもちょっと恥ずかしい・・・でも用事があるときじゃないと電話するなんてできないし今はある意味チャンス!?ああ・・・』
開いた携帯を見ながらあたふたと表情を変えるくっちーに背を向けて、小次郎はどこかへと歩いていった。
◇
「いやー・・・見つかんないなー小次郎」
『そうどすなぁー全然見つからないどすなー・・・』
「マジデマジデ」
「そういえばあいつってどこに住んでるのかとか全然知らないんだよなー」
『思えばかなり謎だらけな人どすなー」
「マジデマジデ」
今現在、霊能とさっちんは当ても無く道を歩いていた。
あれからや○ざに土下座までされて頼まれたし、見つけたら探している理由も教えてくれると言質をとったので、一応探してみることにしたのだ。
「っていうかよりによってや○ざCかよ、さっきからマジデしか言わないんだけどこの人」
「マジデ!?」
「うんマジマジ」
探しに出る際に、や○ざAとや○ざBは小次郎の出現率が高い霊能家に留守番してもらうことにしたのだ。
その提案にはや○ざも二つ返事で了承してくれたし、蘇我も
『えっちょっ待って!ごめんなさい僕が悪かったから一人にしないで!!いや違った一人にして!や○ざさん二人を置いてかないでぇぇぇ!!』
とご機嫌に了承をくれた。
きっとあんなに叫んでいたのは今流行のツンデレというやつだろう。
ケロちゃんも家に居るし問題はないはずだ。
「さて・・・ぶっちゃけどうしようか、これがツキミやゴンザレスならフィギュアやちくわで呼び出せたんだけどなぁ・・・」
『誰か他の人に電話で聞いてみるのはどうどすぇ?』
「あー・・・そういやくっちーに連絡しとかなきゃいかんしなー、了解。じゃ電話してみるぜ」
「マジデ?」
「マジだぜ」
霊能がポケットから携帯電話を取り出す。
そして折りたたみを開けようとした瞬間に、タイミングよくくっちーから電話がかかってきた。その着信にワンコールで通話ボタンを押す。
「ナイスタイミングだぜくっちー」
[あ、ああ霊能君?ごめんね、約束の時間に間に合わなくて・・・]
「ああー・・・大丈夫だぜー、特に何かする訳でもないしな。また会議しようと思ってただけだぜ」
[会議?会議ってどんな・・・?]
「まぁそれはまたの機会で頼むぜ。で、ちょっと聞きたいんだけどよ、小次郎が今どこに居るか知らないか?」
[小次郎君?さっきまで一緒にいたわよ?]
「マジか!で、今どこに居るかわかるか?」
[ごめんなさい・・・ちょっと・・・]
「ああー・・・そうか、ありがとな。ちょっと事情があって小次郎探してんだが見つからなくてなー」
[そうなの?多分まだ近くに居ると思うし私も探しましょうか?]
「おう、頼むぜ。じゃあまたなー」
プツッ、ツー、ツー、ツー
『霊能はん?どうだったんどすぇ?』
「くっちーも探してくれるってよ。さて俺たちはどこを探すかなぁ・・・」
『案外家に居たりするかもしれないどすぇ~』
「マジデ?」
『灯台下暗しというやつでござるな』
「いや家にはや○ざが二人居るし居ないと思うぜ・・・?」
『分からんでござるよ?そこをあえているのかもしれぬでござる』
『そうどすぇ、なんとなく居るような気がするんどすぇ!』
「いや、居ないだろ。いたら蘇我から連絡来るぜ?・・・よし、次はあっちを探すぞー」
『確かに・・・了解どすぇー』
あっちといいながらも特に当ても無く小次郎を置いて走り出した霊能とさっちんとや○ざC。
彼らははたして小次郎を見つけることが出来るのか!!
『・・・ちょ、ちょっと待つでござるよー!』
◇
『ちょ、ちょっと待ちなさいよ!』
『・・・まさか俺か?』
『・・・ここには私と貴方しか居ないと思うわよ?それとも私が虚空に話しかける趣味の人だと?』
『・・・悪かったな。まさか道で俺に話しかけてくるやつがいるとは思わなかったんだ』
別になんでもない道端。
くっちーがキョロキョロと小次郎を探しながら、あわよくば同じように小次郎を探しているらしい霊能と鉢合わせしないかなぁとか思いながら歩いていると、突然男が視界に入った。
いや、突然と言うには少々ニュアンスが異なる。
突然ではなく・・・、”不自然なほど自然に”さっきまで誰もいなかった道を男が歩いているのだ。
それに対して驚きや困惑といった環状は不思議と沸かなかった。
変わりに感じたのは既視感、いわゆるデジャヴというやつだった。
『突然話しかけたのは謝るわ。ちょっと貴方から知り合いと同じ雰囲気がしたから』
『同じ雰囲気ねぇ・・・どうせそいつも、碌なやつじゃない』
『まぁ確かにおちゃらけてるし、人に仕事押し付けるような人ね、小次郎君は』
『ちょっと待て、小次郎・・・だと?』
小次郎の名前が出た瞬間、明らかに男の表情が変わった。
同じような雰囲気を感じていたが、どうやら的外れではなかったようだ。
『ええ、小次郎君よ。貴方は彼の知り合いかしら?彼がどこに居るのか知りたいのだけど・・・』
『おいおい・・・あいつ今この町に居るのかよ、凄い偶然だな。だが悪いな、俺も今あいつがこの町に居ると知った所だ』
どうやら小次郎の知り合いのようだ。
そこでふとくっちーはとあることに気がついた。
”そういえば、彼のことは何も知らない”
彼は自分のことを語るような人ではなかったし、彼の過去を詮索した事も無かった。
そこで、ちょっとした好奇心で彼について知りたくなってしまったのだ。
『貴方は小次郎君とどんな関係なの?』
その質問に、男は昔を懐かしむようなそぶりをして言った。
『そうだな、俺はあいつの・・・俗に言う、いとこってやつだ。昔はよくあいつの面倒をみてやったもんさ』
『へぇ・・・昔の小次郎君を知ってるんだ。ねぇ、良かったら詳しく聞かせてくれないかしら?』
『幼い頃から勉強ばっかりの頭でっかちでな・・・まともな友達の一人もいやしなかったんだぜ、あいつ』
『今の小次郎君からは想像もつかないわね・・・』
『毎日毎日勉強勉強・・・英才教育ってやつだ。そうとうな期待を掛けられてたんだろうな』
意外。この一言に尽きる。
まったく今の小次郎とかけ離れた昔の話を聞いて驚くくっちー。
『それでかどうかの理由は知らねぇが・・・ある日突然家出したんだ。それ以来あいつがどこに行ったのかは知らなかったな』
『へぇ・・・そうなの。どうもありがとう、興味深い話を聞かせてもらったわ』
『構わねぇよ、それじゃ・・・俺はもう行くぜ。早うちにパラトールに戻らないといけないんでな』
『パラトール・・・?ああ、ファミリーレストランね。良く利用させてもらってるわ』
『そいつはどうも、これからもご贔屓に』
そう言うと、彼はすたすたと歩き始めた。
その背中に最後にひとつ、疑問を投げかける。
『何かの縁だし、名前を聞かせてもらえないかしら?』
『・・・日影だ。別に覚える必要はないと思うがな』
◇
「ただいまー」
『ただいまどすぇー』
『ほーら、拙者はここにいるでござるよー。もしもーし』
『おかえり・・・でも、出来ればもっと早く帰ってきて欲しかったな・・・ははは・・・』
あれからうろうろと歩き回ったが、結局霊能は小次郎を見つけることが出来なかった。
ゴンザレスの寺や佐悟さんのいる沼、果ては誕生日のときに行ったファミレスなどさまざまなところへ行ったがその全てに何故か闇倉がいただけで小次郎は居なかった。
闇倉にも一応聞いてみたのだが、最近は師匠に会ってないぎゃーとのこと。強引に登場してもその場面がカットされるという悲しい事態である。
とまぁそれは置いといて、結局見つからなかった霊能たちはひとまず家に帰ることにしたのである。
自宅に帰ってきたときに霊能たちが初めに見たものは、そうとう疲弊している蘇我の姿だった。
『ずっと・・・無言なんだ。あの空気は・・・僕には耐えられないよ・・・』
「マジデ?」
『マジだよ、や○ざCさんのほうがマジデって言ってくれる分マシだよ。本当に酷かったんだから・・・』
「・・・さっちん、なんかちょっと気の毒になってきたぜ。もう許してやるか」
『そうどすなぁ・・・このやつれ具合を見るともう何も言えないどすぇ・・・』
『既に満身創痍でござるな。満身創痍でござるな!霊能殿!』
『あれだけハリセンで叩いといて僕はまだ許されてなかったの!?』
驚く蘇我を尻目に、や○ざAとや○ざBが霊能の報告を聞きたがっている。
霊能は探索結果について、駄目だったという表情で首を振る。
さっちんもあわせて首を振りながら家の鍵を閉めた。
「そうですか・・・小次郎様は捕まえられませんでしたか・・・」
や○ざAが残念そうな表情で窓の鍵も閉める。
や○ざBはカバンから丈夫そうな縄を取り出して言った。
「この縄で縛ってでも武蔵様の下へお連れするご予定でしたが・・・」
「マジデマジデ」
や○ざCもうなずく。
『おーい!拙者はここにいるでござるよー!!そろそろ反応して欲しいでござる!!もしもーーし!!』
小次郎はあまりのスルーのされっぷりに霊能の前で大きく手を振る。
ぬらりひょんの能力も全部解除しての大アピールである。
「ああ・・・小次郎は捕まえて来れませんでした。なぁさっちん」
『そうどすぇ、小次郎はんは捕まえることができなかったどすぇ・・・』
『だから!!ここにいるでござッ!?』
ガシィ!!と突然小次郎の体を霊能とさっちんが掴んだ。
そして、二人ともニヤァっとした顔で言う。
『確かに、捕まえられなかったどすぇ・・・』
「だって、今捕まえたんだからなぁ・・・」
その行動と同時にや○ざBも持っていた縄で小次郎を縛る。
これで捕獲完了だ。
『き、気づいていたのでござるか!?なら無視は酷いでござるよ!?』
「悪いな小次郎・・・これもお前を捕まえる作戦だったんだぜ」
そう、今回小次郎を捕獲するに当たって、霊能たちは作戦を立てていた。
それは小次郎を全力で無視する、というもの。
無視も何も小次郎を見つけなくてはどうしようもないのだが、そこは簡単だ。
だって、ずっとしゃべりながら歩いているのに小次郎が会話に首を突っ込んでこないわけが無い。
だがそこですぐに反応せずに、あえてスルーをすることで確実に捕まえられる家までついてこさせたのである。
『酷いでござるよ霊能殿もさっちん殿も!みんなみんな悪人でござる!!』
「だから悪いと言っただろうが・・・。で、や○ざさんたちは話してくれるんだろうな?こいつを捕まえた理由をよ」
「・・・どうしても話さないといけませんか?」
「あったりまえだろうが、場合によっちゃあ今から小次郎を逃がすぜ?」
『霊能殿!今が!今がその場合でござる!!あとちょっと縄がきつくて痛いでござるよ!』
神妙な顔をし、冷や汗を流したや○ざAは仕方がないといった様子でついに話し出した。
それは、小次郎の話。
小次郎が大罪人と呼ばれた、その訳である。
「・・・私たちは侍カンパニーの従業員です。そして、小次郎様は会社の社長の・・・孫にあたります」
『侍カンパニーだって!?あの超巨大企業の!?』
「知ってるのか蘇我?」
『いやむしろ霊能が知らないことのが驚きだよ?聞いた事無い?超巨大IT会社、侍カンパニー。世界のITの半分を牛耳ってるって話だよ!?』
「それでも知らん!!」
『別に自信満々に言うセリフじゃないよ!?』
言葉を遮られたや○ざAが、微妙そうな顔をして話しを続ける。
「大罪人というのは・・・つまり、義務を放棄しているということです。生きるうえでの義務とは何か・・・分かりますか?」
『夢を追いかけることどすぇ』
「いやそんなカッコイイ言葉を求めてるわけではありません・・・三大義務というものをご存知でしょうか?」
『三大義務といえば・・・教育、勤労、納税かな?』
「その通りです。そのうちの勤労、ここに小次郎様の問題があるのです」
全員の視線が小次郎に向かう。
突き刺さるような視線に、小次郎はそっぽを向いて口笛を吹き始めた。
「社長の孫である小次郎様が社長の跡取りとなるということは決まっていることでした。そのためにも小次郎様はさまざまな英才教育を受け、すくすくと育っていきました」
「小次郎が英才教育とか似合わないにもほどがあるぜ」
『確かにね・・・あれ?でもさ、小次郎は孫なんですよね?小次郎のお父さんが継げばいいのでは?』
「それは・・・」
『拙者の親父殿は・・・既に遠い場所にいるのでござる・・・』
『あ、ごめん小次郎・・・』
『親父殿は・・・拙者が幼い頃に、一言こう告げたっきり・・・戻らぬ人となったのでござるよ・・・』
[小次郎、ちょっと拙者は自分探しのたびに出る。ラスベガスに]
『旅行かよ!!死んでないじゃん!!謝って損したよ僕!!』
「ああ・・・で、残った小次郎を跡取りにしたいわけだな、小次郎のじーさんは」
「その通りでございます。ですが、いきなり社長を継ぐわけにもいかないのでまずは普通の社員として働くことになったのですが・・・ここで問題が起きました」
・・・ごくり、と息をのむ。
そして、神妙な表情でや○ざAは言った。
「職場に着くなり小次郎様は発作のように叫びだしたのです」
[働きたくないでござる!!絶対に働きたくないでござる!!]
「そしてそのまま窓ガラスを突き破ろうと突進し、跳ね返され、普通に鍵を開けて出て行ってしまわれたのです」
・・・想像以上にしょうもない話だった。
ここまでのわくわくとどきどきを返せと、いやもうどうでもいいわと、そんな気持ちになれた。
「・・・つまり、もの凄ぇ期待を掛けられていたのに働きたくないと家を飛び出した馬鹿ってことだよな?」
「大罪人です。社長の期待を訳の分からないわがままで裏切り、あまつさえ家出するとは・・・」
『それでも働きたくないでござる』
顔に片手をを当ててため息をつくや○ざAと対極に、キリッ!っとした顔でのたまう小次郎。
正直、霊能たちの興味はかなり薄れてしまった。もうどうでもいいレベルである。
「さぁ!行きますよ小次郎様!社長が待っております!!」
『いやでござるぅ~!働きたくないでござるぅ~!助けて霊能殿~!!』
「働け」
『無慈悲!?』
ずりずりと引きづられていく小次郎。
このままでは不味いと思ったのか、なおも弁解を続ける。
『聞いて欲しいでござるよ!拙者が働きたくないのにもちゃんとした理由があるのでござる!!』
『それは気になるどすぇ・・・』
『そうだね、大企業の跡取りの座を投げ出すほどの理由っていったい・・・?』
『親父殿が!親父殿が昔言っていたのでござるよ!その言葉がトラウマで!!全部親父殿のせいなのでござるよ!!』
以下、回想!
[小次郎、拙者は働かない。親父は働いている。両者の違いは分かるか?]
[えーと、わからないでござる!]
[拙者たちの一族はぬらりひょんだ。古今東西ぬらりひょんと言えば後頭部が長いことで有名だな。現に親父は長い]
[でもでも、せっしゃもちちうえもながくないでござるよ?]
[両者の違い・・・それはな、働いてるかどうかだ。つまり、働くと後頭部が伸びるんだ。気をつけろ。だから拙者は今日もパチンコへ行くんだ]
[まじで!?]
回想終わり!
『拙者は今のままのスマートな頭を維持したいのでござるよぉぉぉぉ!!』
「確かに嫌なトラウマだぜ・・・」
『でも究極的にアホくさい話だね・・・』
『アホくさいんじゃなく、アホなんどすぇ・・・』
「マジデマジデ」
「・・・正直、なんともいえません」
「右に同じ・・・」
と、その時キラン!と小次郎の目が光る。
今このとき、全員がなんともいえない空気になるこの瞬間を待っていたといわんばかりのタイミングでなんと縄抜けを成功させる!!
そして窓へ向けて一直線に走り出した!!
『ふはははは!!甘いでござる!!拙者は働かないためなら何だってする男!』
出し抜かれた霊能たちは慌てて動こうとするが、遅い。
『それこそコンビニで棚をうっかり倒してしまい店長に二時間のただ働きを命ぜられても全部くっちー殿に押し付けて逃げるほどの猛者でござる!!』
体が動き出したときにはすでに、小次郎は窓に―――!!
『へぶし』
ぶつかって頭を打った。
「あ、そういや蘇我が前にガラス割ったからついでに防犯ガラスに変えたんだっけ」
『おーまいがー・・・でござる』
かちゃ、ガラガラ、たったったった。
普通に窓の鍵を開けて走っていた小次郎。それを見送る霊能たち。
『・・・あれ?捕まえに行かないんですか?』
「はい、社長も本気で小次郎様を連れ戻す気はないようでしたので。人生はまだまだ長いのです。世界に揉まれてからでも社長を継ぐのは遅くありません」
「マジデ」
「そう・・・か、なんだかんだ言っても孫好きなのな、小次郎のじーちゃんは」
『一度会ってみたいどすぇー』
『そうだね、僕もあの大企業の社長と会う機会があるなら、いつか会ってみたいな』
「・・・小次郎様が、社長の跡取りだと分かっても、今までと同じように付き合ってくれますか?」
それはや○ざA(実際はただの部下)の心配事。
せっかくの仲間ができたのにこれが原因でよそよそしくなるというのはとても悲しいことだ。
だが、その心配も杞憂に終わる。
「当然だぜ!あいつは俺の大事な友達の一人だ!絶対離してなんかやらねぇぜ?」
力強く友人宣言をしてくれた霊能を見て、や○ざたちは安心して帰っていった。
帰る途中、や○ざAはふと思った。
結局、最後までや○ざってよばれたなぁ・・・と。どうでもいい話だが。
全員が帰った後、部屋に残された三人。
ふぅ・・と息を吐いて霊能は一言、蘇我とさっちんにむかってこうつぶやいた。
「やばい今回オチがねぇぞ」
『『いつものことだよ(どすぇ)』』