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化け者交流会談記  作者: 石勿 想
第二章
41/45

第三十九話 工場長と最強の男

 


『なんとか逃げ切ったけどさ・・・これからどうしようか・・・?』

『っは!まぁ俺様なら余裕で正面突破できるけどな!お前とは違うんだよ!』

『本当?じゃあ任せていいかい?』

『・・・え?・・・あ、あ痛たたた、あーこれアキレス腱痛めたわー、いきなり走ったからなー、準備運動せずにいきなり走ったせいだなー』

『それは残念だね、いや・・・君は残念だね』

『オイそれどういう意味だ』



 第三十九話 工場長と最強の男



『とりあえず作戦会議だよ、どうしようか・・・』

『どうもこうもねぇよ、あのクソハゲデブメガネをぶっ飛ばせばいいだけだろ』

『工場長メガネかけてないからね?メガネは罵倒語じゃないからね?』


 あれから二人は逃げる途中で見つけた狭い部屋・・・いわゆる小休憩室に隠れていた。

 ここからどうにかして工場長に洗脳を辞めさせなければならない。

 やはり工場長を倒して、洗脳装置とやらを壊すのが一番か・・・などと話し合っているのが現状だ。


『そもそもさ・・・本当に洗脳されてるのかな?工場長人形なんかで洗脳できるとは思えないんだけど・・・』

『確かにな、あのデブハゲの嘘って可能性もあるっちゃああるな』

『せめて確実に洗脳されてるって証拠でもあればね・・・』


 と、そのとき・・・ガチャン!!と二人が居る部屋のドアが開かれた、


「見つけたぞ!こっちだ!」

『うわ!見つかった!』

「こっちだー!こっちにいたぞー!!見つけたぞ!こいつらが・・・!」


「こいつらが工場長の下着を盗んだやつらだ!」


『『なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』』


 工場員たちの足音が向かってくるのか聞こえる。

 ついでに「変態めー!」「男の下着とか意味が分からんぞー!」などと聞こえてくる。

 ふざけんなと急いで撤回したいが、すぐに逃げないと部屋に居たままでは袋のねずみである。


『っち!シンシア!囲まれる前に逃げんぞ!』

『うん、分かった!』

「そう簡単に逃がすかよ!」


 バッ!と第一発見者である工場員が立ちふさがる。

 その目には何か決意のようなものが映っている。

 そして彼はその思いを口にした。


「やっとのことで見つけた再就職先・・・もう俺は昔の俺じゃない!円筒形でドーム型の顔、棒のような手がついてる人形を延々と作り続ける時代は終わったんだぁぁぁ!!」

『『・・・・・』』

「ん?・・・どうした?おとなしく捕まる気になったか?」


 不思議な沈黙と、かわいそうな人を見るような視線。

 その後、シンシアがどこか困ったような顔でボソリとつぶやいた。


『それって・・・今作ってる工場長人形も似たようなもんじゃ・・・?』

「っ!?」


 シンシアがポロリとこぼした一言に、工場員の顔が無表情になる。

 そして、次第にその顔は変化していき・・・最後には驚愕に染まる。


「っほ・・・ほわ・・・ほわっちゃぁぁぁぁぁ!!うきゃぁぁぁ!!ほうんちゅぅわぁぁぁぁ!!」

『壊れたね・・・』

『っへ!最強な俺様の威圧感に耐えられなかったようだなぁ!』

『斬新な発想だね・・・』

「せっかく・・・出所したのに・・・俺は過ちを繰り返すのか・・・あへぁ」


 バタン!と工場員が倒れ、ピクピクと痙攣している。

 なんかもう勝手に騒いで勝手に倒れただけのような気がするが好都合だ。

 こうして二人は他の工場員が集まってくる前に全力で走り、部屋から脱出することに成功した。


『っはぁ、っはぁ・・・なんとか逃げれたけど・・・工場長の下着って一体どういうことだろう・・・?』

『ゼー、ハー、ゼー・・・そりゃあアレじゃねぇの・・・?これが洗脳ってやつなんだろ・・・』

『最悪な洗脳だね・・・ワンクリック詐欺並みに悪質だよ』

『おそらく工場長殿の洗脳は人に物事を[思い込ませる]ことができるのでござるな、二人が下着ドロだと[思い込まされ]ているのでござるよ』

『そうか・・・厄介だな、まぁ俺様にかかれば別に―――っておま!お前誰だよ!』

『忘れたのでござるか?拙者の名はたこたたじたろたうたたでござる。ヒントはもちろん狸でござるな』

『めんどくせ!お前めんどくせ!!その暗号口頭で言うもんじゃねぇかんな!?ってかシンシアはなんで平然としてんだよ!』

『え・・・なんかこの人がいきなり出てきても当たり前のような気がして・・・』


 どうやら記憶は無くとももはや体が覚えているようである。

 記憶というものは無駄なことに無駄な記憶だけ無駄に覚えているものだ。


『それはそうと二人ともなんでこんな工場に・・・にぃ!?気配が!ここまでも拙者の追っ手が近くに来ているでござる!』


 何かを聞こうとして、突如小次郎が慌てだした。

 そしてどこからともなくダンボールを取り出した。


『・・・今回は本気ってことでござるか・・・っ!二人ともすまんでござるな!拙者逃げなくてはならぬ用事が出来てしまったでござるよ!』

『ええっ!ちょっとまってよ君!いきなり出てきてどうしたのさ!?』

『拙者はちょっと個人的に追われているのでござる。詳細はまた今度話すでござるよ!ではさらばでござる!!』

 取り出したダンボールをかぶった小次郎は、スタコラサッサという擬音が似合う速さで目の前から消えてしまった。


 その様子を呆然と見ていた二人はしばらく唖然としていたが、なんとか正気を取り戻し、口を開いた。


『・・・なぁシンシア、見たか今の』

『うん、完璧だよ。・・・あれしかないね』


 こうして二人は具体的なことを言わずとも通じ合い、近くの部屋からあるものを調達することに成功した。

 その名も・・・


『ダンボール迷彩作戦だ!さすがは俺様だぜ!クールでカッコイイと評判の俺様だからこそこんな良い作戦が思いつけるんだな、うん』

『さっきの人凄かったもんね、かぶってすぐに見失っちゃったもん。間違いなくこの工学迷彩作戦は成功するよ!』

『よっし行くぜ!俺様についてきな!目指すは工場長室だ!』

『ミッションは洗脳装置の破壊だね!気分は蛇だよ!』


 こうして廊下で二つのダンボールが動き出した。

 正直、どう見ても不自然極まりないことこの上ない。



 ◇



『はいどーもー!皆のアイドル!名古屋大好き吸血鬼!その名も・・・闇倉ちゃんだぎゃー!』

 とある建物の前でテレビのリポーターのように何も無い空間に向かってあいさつをしている女が居た。


 彼女の名前は・・・自分でも言ってる通り闇倉暗菜だ。


『なんでいきなり出てきたかって?ふふふ・・・そんなのきまっちょろーがね!』

『出番の匂いがしたからだぎゃ!!・・・ってのは二割冗談として、師匠がこっちに逃げてったからだぎゃー』


 八割は本気か。

 ちなみに彼女が言う[師匠]とは、誰よりもさりげなく会話に入り込んでくる男、小次郎のことである。彼女は教会で懺悔した際にその無理やり話題に入っていく姿勢となんだかよく分からないけど変に濃いキャラに感激し、弟子入りしたのである。


『師匠に言われたとおりポニーテールにしたのに、最近師匠が忙しそうで全然構ってくれないんだぎゃー・・・』


 今の発言の通り、現在の彼女の髪型はポニーテールである。

 初登場のときには黒髪ロングだったがさっちんとかぶることに気づいた闇倉はちょうどいい機会だと小次郎の言う通りに髪型を変えたのだ。今では気に入っている。


『師匠が何から逃げているかは分かんないけど・・・[心配はいらんでござるよ]とか言ってすぐに消えてしまうんだぎゃ・・・弟子なんだからボクにも相談してくれていいはずだぎゃ!』

『と、言う訳で師匠に会って師匠の手伝いをするのが目的だぎゃ。出発進行だぎゃー』


 こうして闇倉は、小次郎が先ほど入っていったのが偶然見えた建物へ潜入していったのだった。


『あ、でもすがきやのラーメン一杯無料券が今日までなんだぎゃー。今日のところはやめとくぎゃー』


 こうして闇倉は、小次郎が先ほど入っていったのが偶然見えた建物から帰っていったのだった。



 ◇



「っく・・・やつらはどこへ行ったんだ?全く見つからねぇ・・・変なダンボールはあるけど」

「ああ、全然見つからないな、変なダンボールしかねぇ」

「おい何ぼさっとしてんだ、ここには変なダンボールしかないだろうが、他のところを探しに行くぞ!」


 工場員たちの足音が離れていく。

 どうやら危機は去ったようだ。


『俺様の凄まじい強者のオーラまで隠しきっちまうとは・・・ダンボールやべぇな』

『ドラゴンのオーラなんてティッシュ一枚あれば隠せるけど、それはともかくダンボールは流石だね』

『オイお前ちょくちょく俺のこと馬鹿にするのやめろ』


 二人はとにかく進んでいた。

 とりあえず洗脳を解除しないと社会的に死んでしまので、工場長を見つけてさっさと洗脳装置を壊すことを第一の目標にしてあても無くさまよっていた。


『なぁ・・・クソハゲデブどこ行ったよ、全く見つからないじゃねーか』

『本当に・・・どこにもいないね、まさか工場長室にもいないなんて・・・』

『っち・・・本気でどこにいるんだかな・・・さっきから見つけれたのは俺様たちの後ろにくっついてきてる謎のダンボールだけじゃねえか・・・』

『ねぇ、もしかしてだけどさ、後ろのダンボールって工場長なんじゃ・・・』

『バッカ!んなわけねぇだろ!そもそもあのダンボールには中に誰もいねぇよ!そういうもんなんだよダンボールってのは!』

『いやぁ・・・動いてるし間違いなく中に人がいるよ、多分アレ工場長だよ。展開的にアレ絶対工場長だよ』

「違うでおじゃるよ、朕はダンボールのサイズ間違えたちっちゃいギチギチ過ぎとか思ってないでおじゃる」

『ホラ、声したじゃん。間違いなく中から工場長の声したじゃん。中ギチギチに詰まってるってアレ』

「そんな訳ないでおじゃる、ギチギチではあるが詰まってるわけではないでおじゃる。ジャストフィットでおじゃたたた痛い痛いヤバイこれ癖になりそうでおじゃる。」

『認めないの?ドラゴンはこれでも認めないの?』

『うん』

『まさか肯定するとは思わなかったよ。ちょうど回りに誰も居ないしさ・・・中見てみようよ』

『やめろ!爆発してもしらねぇぞ!?』

『しないよ!したら工場長爆死しちゃうよ!はぁ・・・いいよね?・・・やるよ!』


 あまりにも不自然なダンボールから出たシンシアとドラゴンは、自分たちの後ろをくっついてきていたとても不自然なダンボールを開けることにした。

 いやいっそ開けずにそのまま潰してしまおうかとも考えたがとりあえず開けることにした。

 シンシアがダンボールに手をかけ、パカッと開けた。

 するとそこには―――


「リチャードの[リ]はええぇっ!?なんで!?工場長じゃないの!?先輩!?・・・理解不能理解不能理解不能!!・・・の[リ]だろ?」


 ―――リチャードがいた。


『『ぇぇぇぇぇぇえええええ!?』』


 工場長の声がする箱を開けたらリチャードがいた。

 言葉にすると簡単だが実際体験してみるとそうとう驚く。

 リチャードがかぶっていたダンボールを確認してみると、予想道理というかなんというかやっぱりスピーカーがついていた。


『ええ・・・なんでリチャード先輩が・・・?』

「リチャードの[リ]はなぁ・・・理屈じゃねぇんだよ!」

『いやそんなちょっとかっこよさげな言葉で誤魔化さないでください。使うところ絶対間違えてますってそれ』

『ま、まぁ俺様は分かってたけどな!言ったじゃねぇか!中に工場長はいないってよぉ!』

『ドラゴンは中に誰も居ないって言ってたけどね。・・・で、リチャード先輩。スピーカーがあるってことは・・・工場長の仲間ってことですよね・・・っ?』

『仲間って言うか・・・うちの工場長だしな。で、一つ聞きたいんだが・・・いいか?』

『・・・なんですか?』

『なんで工場長のブラなんて盗んだんだ・・・?』

『『盗んでない!!』』


 そう、現在リチャードは絶賛洗脳中。

 つまり、シンシアとドラゴンはリチャードにとって工場長(おっさん)のブラ(ブラじゃないでおじゃる!大胸筋矯正サポーターでおじゃるよ!)を盗んだ変質者なのだ。

 なのでいくら二人が洗脳の話をしても・・・


『工場長が洗脳で世界征服をたくらんでるんだよ!』

『リチャード先輩も俺様たちに手を貸してくれてもいいんだぜ!?』

「リチャードの[リ]が理解不能の[リ]・・・だと・・・?」


 この通り、頭が逝っているの変態の妄言にしか聞こえないのだ。

 想像してみて欲しい。新入バイトが店長の下着を盗んだあげくに洗脳だとか言い出した所を。


「・・・とりあえずおとなしくしろ。暴れなきゃ痛くしないから」


 そりゃこうなるに決まっている。当然だ。


『ああもう!工場長!工場長を早く倒さないと!!リチャード先輩は僕が足止めするから!ドラゴンは工場長をよろしく!』

『任せな!俺様がちゃちゃっと倒してきてやるよ!!』


 自信満々な様子であてもなく走り出したドラゴンを見送り、シンシアはリチャードに対し警戒姿勢をとる。ここで足止めできずに簡単に捕まってしまってはドラゴンに申し訳ないうえに、変態の汚名を着せられてしまう。それは勘弁してほしい所だ。


「なぁ・・・何が何だか全く分からないんだが・・・大人しく捕まっとけよ」

『すいません先輩、僕らはちょっとやらなきゃいけない事があるんです』

「それは・・・俺と本気で戦ってまでやらなきゃいけないことなのか?」

『はい。世界が掛かってるんです』

「世界のために下着ドロか、全く分からん。リチャードの[リ]は迷宮入りの[リ]だな・・・この変態さんめ」

『僕は変態じゃないよ!仮に変態だとしても、変態と言う名の紳士だよ!・・・紳士?・・・紳士・・・』

「まぁんなこたぁどうでもいいさ、さて戦り合うか・・・」


 ペキポキ指を鳴らすリチャード、彼は本人曰わく元アメリカ軍人らしい。

 つまり、十中八九強い。


『・・・っく!』


 シンシアが戦闘態勢をとる。その手に武器は見当たらない。恐らく隠し武器も持たないだろう、勝ち目は・・・あまり無い。

 なのに何故彼は逃げないのか。その理由はいたって簡単だ。

 別に勝つ必要は無いからである。何故なら、別行動をしたドラゴンが工場長を倒せばそれでミッションコンプリート、エンディング直行だからである。

 故に彼にとってこの戦いはいかに時間を延ばして戦うか・・・早い話が足止めをできるかが勝負なのだ。


「さぁ戦り合うぜ!しりとりでな!」

『・・・え?』

「俺からいくぜ?しりとりの[リ]からだ。リチャード!」


 突然しりとりが始まったことにシンシアは困惑を隠せない。

 てっきり殴り合いになると思ってたせいで、何を言ってるか理解するのに数秒かかってしまった、が、これは好都合だ。

 シンシアの狙いはリチャードを倒すことではなく、足止めである。

 つまり、出来るだけ長引かせればいいのだ。

 故に、シンシアはしりとりの誘いに乗ろうとした。

 だがシンシアの口からしりとりの単語が飛び出す直前に、リチャードが口を開いた。


「このしりとり、俺が勝ったら大人しく捕まれ、もしお前が勝ったら・・・」

『僕が勝ったら・・・?』

「工場長には捕まえれなかったと報告してやるよ」

『そうか、俄然やる気が出てきたな。・・・速攻で終わらせてドラゴンの手伝いに行かせてもらうよ!』

「ッハ!ひよっこが大きく出やがって!来い!リチャードの[リ]はしりとりの[リ]本気でかかってきな」


 そう言って、リチャードは人差し指をクイックイッっと曲げ、挑発的な顔で笑った。



 ◇



「ほぅら、本気でかかっくるでおじゃるよ、おじゃるるるるるる!」


 人差し指をクイックイッと曲げ、楽しそうな顔で笑う。

 今にも倒れそうなボロボロのドラゴンに対して。


『ック・・・ガッハ・・・っちぃ・・・クソハゲデブハゲゴミカスハゲが・・・っ』

「聞こえんでおじゃるなぁ~?何か言ったでおじゃるかぁ~?お~じゃるるるるるるる!」

『クソハゲデブハゲゴミカスハゲ』

「いや別に言い直さなくてもいいでおじゃる・・・正直一度目も十分聞こえてたでおじゃる・・・」


 口は動く。

 体は動かない。

 どうやら少しダメージを受けすぎたようで、立っているのがやっとだ。

 余裕の現れか、追撃も無いようなので休憩を含め一度工場長を視界に確認する。

 そこにいるのは今まで見ていた工場長ではなく、見たことも無いような機械のアーマーを身につけている工場長だった。

 アーマーとは言ったものの、西洋の鎧のような全身鎧ではない。強いて言うならば介護用のサポートメカだろうか、肩から腕にかけてと腰から下に対して、少々ごつい機械がついている。

 あれがジョギングをしたら五分で息が切れそうな工場長の筋力をサポートしているのだろう。

 いったいどれだけの筋力をサポートしたら工場長がここまで強くなるのだろうか、恐ろしい機械である。


「降参でおじゃるか?白旗でおじゃるか?お~じゃるるるるるるる!」

『へ・・・誰がテメェなんぞにやられっかよ、雑魚が・・・』

「雑魚はどちらでおじゃるかな~?弱者をいたぶるのは楽しいでおじゃる、状況を見るでおじゃるよ~?」

『・・・っけ、圧倒的にクソデブだろうよ、これは・・・アレだよ、ハンデだハンデ。強者の余裕ってやつだ』


 口では強く言えるが、状況は冷静に見なくたって、それこそ小さな子供でも分かるほどに劣勢である。

 そもそも何故このような状況になっているのか、それを説明するにはリチャードと出会い、シンシアと別れた時まで遡らなければならない。

 あのあとドラゴンはどこにいるかも分からない工場長を探して走り回ろうとした。

 事実、二分ほど走った。だがある廊下を曲がった所でばったりと工場長に出会ったのである。

 ・・・いや、この言い方は適切ではないだろう。

 正確に言い直そう、工場長が待ち伏せをしていたのだ。


「待ってたでおじゃるよ、来てくれると信じていたでおじゃる」

『なんだ降参か?ま、それも仕方ねぇな。なんてったって俺様が相手だもんな!さぁ分かってんだろ。洗脳装置を出しやがれ』

「お~じゃるるるる!それはボケてるんでおじゃるか?ボケてるんでおじゃるな?お~じゃるるるるるるる!」

『クソデブの存在ほどボケてねぇよ、なんだその笑い方気持ち悪い』

「朕がわざわざ洗脳について教えた理由がまだ分からんのでおじゃるか?確かにお遊びの面もあるでおじゃるが・・・」

『いや笑い方だけじゃないな、全部が気持ち悪い。イッツオールバッドマインド』

「・・・このパワーサポートメカ[朕百軽]の試運転がしたかったのでおじゃる!!」

『気持ち悪いなー。何というか凄い気持ち悪いオーラすら出してるな。鏡とか見て死にたくならないもんなのか?』

「さっきからうるさいでおじゃるよ!」


 ドスッと工場長のツッコミを兼任した拳がドラゴンのボディに突き刺さる。

 それはドラゴンが予想していた遥か上のダメージで、思わず膝をついてしまう。


『ゴホッ・・・ガハッ!・・・いや効いてねぇよ?別に全く効いてねぇがちょっと咳が出ただけだ』


 痛い、痛い痛い痛い。

 だがそれは口に出してはいけない。何故なら彼は最強だから。最強でないといけないから。

 だから彼は・・・強がりを止めない。中指を立て、できる限りの憎らしい顔で。


『おいおい機械まで使って・・・ハァハァ・・・この・・・程度かよ、試運転は失敗だな。そいつは今すぐ廃棄した方がいいぜ。マジで今すぐに』

「おじゃるるるるるる!さていつまでそんな強がりが言えるでおじゃるかな~?お~じゃるるるるるるる!」


 挑発に乗った・・・と言っていいのだろうか、工場長は笑いながら腕を素振りする。

 その速度は脅威、風を切り裂くブォンという音が聞こえてくるほどである。

 そしてその拳が正面から、ガードごと吹き飛ばすように突き刺さる!


『・・・ッ!!』


 痛い、痛い、イタイ。

 痛覚は紛れも無く危険信号を脳に送っている。

 だがパンチと同時に後ろに跳ぶことはかろうじて成功させた。これでダメージも抑えつつ、距離も稼ぐ。


『っへ、計画どお・・・っな!』

「おじゃるるるるる!その程度で離れたつもりでおじゃるか?それはいささかこの朕百軽を舐めすぎでおじゃるよ、おじゃるるるる!」


 一瞬、一瞬で距離を詰められた。

 鈍足そうな見た目に反し、かなりのスピードが出るようだ。

 筋力をサポートするメカ・・・それにしてもサポートし過ぎている。

 ・・・迫り来る筋肉痛にせいぜいもだえ苦しみやがれ。


『なんてどうでもいいこと・・・考えてる場合じゃねぇよな・・・』


 こうして、ドラゴンと工場長の戦い・・・いや、一方的な暴力が始まり、時は現在・・・ボロボロになった状態に至る。


「もう限界でおじゃるか?立っているのも辛いのでないでおじゃるか?」

『・・・けっ、言ってろ』


 状況は良くない。むしろ最悪だ。だが倒れる訳にはいかない。洗脳の件もあるが・・・なぜだろうか、絶対に倒れてはいけないと心の奥底が叫んでいる。


「貧弱貧弱ゥ!でおじゃる。弱過ぎでおじゃるよ」

『・・・うるせぇ、俺様は最強だ。最強じゃねぇといけねぇんだ』


 体勢を少し前へ傾ける。これで少なくとも無様に後ろに倒れることは回避できる。

 後ろ向きよりも前向きで。・・・もっとも、倒れる気などさらさら無いが。


『約束したんだよ、いつか地獄のてっぺん取るってな・・・』

「その実力で大言を吐きすぎでおじゃるよ!弱過ぎる癖に生意気でおじゃる!」


 ドスッとまた、工場長の拳がぶち当たる。その威力は通常の工場長のパンチを何倍もの力と変えドラゴンを攻撃する。

 だが、血反吐を吐いても、ドラゴンは倒れない。倒れてはいけない。何故なら今彼は一人だから。


『今倒れちまったら・・・俺様の負けになっちまう・・・今は、ロックに頼れねぇんだ・・・っ!』


 彼が諦めたら、そこで試合終了だから。いつものように相棒に任せることは出来ない。


『俺様とロックは二人で一人、てめぇくらいは一人で倒せねぇと・・・負けたりなんかしたら、ロックの顔にも泥塗っちまうことになんだよ!』


 幼い頃の小さな約束、子供の頃の大きな目標、それを彼は思い出す。


 二人で地獄の頂点にたつ


 それは今なお追い続けている、彼らの夢だ。


『ありがとよ、ハゲデブゴミカス野郎。てめぇがあんまりにも弱い弱いと言いやがるから・・・全部思い出したぜ、名前・約束・夢・相棒そして・・・必殺技をな!』

「おじゃるるるるるるる!やれるものならやってみるでおじゃる!最弱の力で朕に対して何が出来ると言うのでおじゃるか!」


 彼には師匠から伝授されたクリスタルガイザーという必殺技がある。

 地面に打ち付けた衝撃波が前方へと突き抜け、敵をぶっ飛ばすという名前に恥じない威力をもつ技である。それを決めれば勝つことが出来るだろう。

 ・・・問題は、一度も成功させたことが無いことだろうか。


(・・・こんな土壇場で、いきなり成功させろってか?無理があるぜ流石によぉ・・・)

(・・・まぁ、それでも成功させちまうのが俺様なんだけどな!)

『感謝しな、見せてやるぜ俺の必殺技をよぉ・・・』


 右腕を振り上げ、構える。

 本当に撃てるのかという不安が頭をよぎる。このまま負けてしまうのではないかと怖くなる。

 だが、今の彼には何か不思議な感覚があった。

 ・・・今なら、今なら気づける。そんな気がする。何に気づくのかは未知数だが・・・。


(・・・撃てば、分かる!)


 全ての力を腕に込め、地面に振り抜く!!


『クリスタル・・・ガイザー!!』


 ドン!!

 拳が床に衝突し、鈍い音がする。

 衝撃は確実に拳から床へと吸い込まれていった。間違いない。


 ―――なのに、工場長を襲う衝撃波は発生しなかった。


「おじゃるるるる!!音だけでおじゃるか!驚かせやがってでおじゃる!肝心なときにも使えないなんて無意味な技

 でおじゃるな!おじゃるるるる!!」


 やはり撃てなかった。思い描いていた衝撃波は前方に出ることは無かった。

 悔しいだろう、悲しいだろう、誰が見ても絶望的な状況で・・・それでも、彼は笑っていた。


『へ、へへへっ・・・ははははは・・・そーかそーか、ガイザーってそういう技だったのか・・・』

「ついに頭でも狂ったのでおじゃるか~?ぷぷぷ、まぁそれも仕方ないでおじゃる」

『・・・行くぜ、クソハゲ。テメェに俺の全力をぶつけてやるよ』


 深呼吸をして心を落ち着ける。

 体力的にも気力的にも全力を出して動けるのはあと一回だけだろう。

 つまり、ここで決めなきゃ後は無い。

 クリスタルガイザー・・・それはどのような技なのか。

 簡単に言ってしまえば、”突き抜ける衝撃波で攻撃する技”だ。単純である。

 だが単純ゆえに威力は高い。シンプルなものほど成功した際の見返りは大きいものである。

 先ほどの一発で彼は何に気がついたのか・・・それは気がついてしまえば簡単なことだった。


(ガイザーの本質は”突き抜ける”こと。・・・なるほど、今までのガイザーじゃ攻撃できなかったわけだ)


 今まで撃ってきたガイザーは全て不発だった。衝撃波は出ないし、当然相手も無傷である。

 ・・・でも、それは”不発”だったが”失敗”では無かったのだ。


(認める。俺様はまだまだ未熟だ。なんてったって・・・”衝撃の方向”も自由に操れないんだからな)


 拳を振り上げ、敵を視界に捕らえる。


(方向も決められねぇのに地面に向けて撃ってたら、そりゃあ衝撃波はだせねぇよ。衝撃は地球の中心に届くだけだ)


 射程距離の確認、工場長との距離は二歩。


(今の俺様に出来るのは・・・真っ直ぐ、ただ愚直に真っ直ぐ撃つだけ)


 一歩進む。あとは踏み込めば届く。


「い~い顔でおじゃるなぁ~、そんなにいい顔をするなら・・・やる前に潰してやるでおじゃる!おじゃるるるる!!」

『・・・ありがとよ。テメェのおかげで、夢にまた一歩近づいた』

「これで終わりでおじゃるよぉぉぉぉぉ!!」


 両者の距離が、零になる。


『クリスタル・・・・・・ガイザァァァアアアアア零ッッッ!!』


 ズドンッ!!!!

 ただの単純で真っ直ぐな右ストレート、見るだけならばそう見えるだろう。

 しかしその衝撃は全て工場長の体を・・・皮を、肉を、骨を、内臓を・・・突き抜けた。


「・・・あ、・・・へは」


 眼球がグルンと動き、ズリズリと倒れる工場長。

 勝負の結果は誰の目にも明らか。異論を挟む余地などどこにも無い。

 彼はボロボロの体を壁に預け、ふぅ・・・と気の抜けた声を出し座り込む。

 そして右腕を前に突き出し、力強くつぶやいた。


『・・・俺たちは最強だ・・・なぁ、ロック』



 ◇



『道理!』「リチャード」『土俵入り!』「リチャード」『どっきり』「リチャード」『どんぐり!』「リチャード」『毒針!』「リチャード」『どんぶり!』「リチャード」『堂々巡り!』


 工場長を倒して、洗脳装置を壊して戻ってきてみると、しりとりが続いていた。

 意味が分からない。堂々巡りってお前、まさに今の状況だろ、分かってやってるだろ。


『蘇我・・・てめぇ何やってんだ?』

『見て分からないかい!?り攻めだよ!』

「っふ、言っただろ?リチャードの[リ]はしりとりの[リ]だってな」


 いやその理屈はおかしい。


『はぁ・・・これだからメガネは。メガネは所詮メガネか・・・』

『なんか嫌な言い方だな!メガネを馬鹿にしないでよドラゴン!』

『工場長なら倒したぜ、俺様は最強だからな、余裕だった。あと・・・俺様はドラゴンじゃねぇ』

『・・・?何言ってるのドラゴン?また記憶失ったの?アホだなぁ』

『そうだよアホだよ、てめぇがな蘇我入鹿。いいか?その耳かっぽじってよく聞きやがれ。俺様の名前はマウンテン、マウンテン・・・龍様だ!』

「そうか・・・記憶を取り戻したか、良かったなドラ・・・いや、マウンテンだったか?リチャードの[リ]は立派の[リ]、ここから立派に巣立つ時が来たか」

『思い出したからな、ここにいる理由も無ぇ・・・先輩、今までありがとな』

『ごめんまだ僕全然思い出してないんだけど、置いてけぼりなんだけど』

『さっきから蘇我って名前呼んでやってんだろうが!アホかてめぇは!』

『それがどうしたアホだよ!蘇我って名前だけじゃ思い出すのに足りないんだよ!何か他にないの!?』

『・・・黒髪のちんちくりん・・・あいつ名前なんつったっけ?さっちんだったか?お前が大事にし』

『さっちぃぃぃぃぃぃん!足りない!!さっちん成分が圧倒的に足りない!!何故だい!?なんで今までさっちんのことを忘れてたんだい僕は!!ああもう我慢出来ない!今逢いに行くよ!待っててねさっちん!先輩、マウンテン、ありがとね!僕はもう行くよ!うっひょいさっちんさっちんさっちん!!』


 ズダダダダダダっと走り去っていく蘇我を見送り、軽くため息をつく。


『んじゃ先輩、またいつか会おうぜ』

「リチャードの[リ]は理想の[リ]、最高の再開を期待しているよ」


 そして先輩に別れを告げ、帰路についた。

 マウンテン龍は、夕焼けの下、誰に聞かせる訳でもなく一人呟く。


『ロック心配してるかなぁ……お土産でも持って帰るか、お土産はそうだな……俺様の武勇伝で決まりだな!』



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