第二十九話 霊能太郎と旅館襲撃
旅館の入り口で、大量の黒服を引き連れた男と旅館の女将であろう女が話し合っている。
いや、話し合っているというよりは・・・交渉をしているというべきか。
黒服を引き連れた男が笑いながら言う。
『ふひゃひゃひゃひゃ!!女将さんよぉ、ここの土地を売る覚悟はすっかりきっちり決まったかぁ?』
「・・・いえ、絶対に売りません。絶対に」
『おいおい・・・わざわざ俺っちが親切にお話で済ませてやろうってのによぉ・・・』
「あなたたちに渡せば間違いなく悪用するでしょう。女将として、それだけは避けなければなりません」
『おおぅ・・・せっかくの親切がすっぱりがっちり無駄にされちまったよ・・・悲しいなぁ・・・悲しいなぁ・・・』
黒服たちのリーダーであろう男・・・アリスは歪んだ笑顔で口を開いた。
『悲しすぎて・・・暴れちまいそうだぜぇ・・・』
第二十九話 霊能太郎と旅館襲撃
「ヤングドーナツが食べたい」
『・・・はい?いきなりどうした霊能?』
「いや深い意味はないんだけどさ、なんか突然ヤングドーナツが食べたくなるときってあるよな」
『いや、ないよ』
ここは旅館の男部屋、ここには霊能と蘇我と小次郎がいる。・・・布団は二組しかないが。
そりゃそうだ、小次郎は言わば無断宿泊しようとしているのだから。
ちなみに佐悟さんは
『ふむ、では私はここで失礼するよ。やることがあるのでね』
と言って出て行ってしまった。
「ああやべー、マジでヤングドーナツが食べたくなってきた。ホラ手が震えてきたぜ」
『禁断症状でござるか・・・』
『・・・霊能ってそんなにヤングドーナツ好きだっけ?』
「いや、別に?何で?」
『むしろこっちが聞きたいわ!え?なんで突然ヤングドーナツなの?意味がわかんないんだけど!!』
「ああ、人生ってのはいつも分かんないことばっかりだ・・・」
『何でこのタイミングでなんかいい感じのセリフが言えるの!?全然いい感じじゃないからね?』
「ああ・・・近くにヤングドーナツの木とか生えてないかなぁ・・・」
『無いよ。間違いなく無いよ』
『拙者先ほどヤングドーナツの自動販売機ならそこで見かけたでござるよ?』
『あるの!?何で!!?本当に分かんないんだけど!!』
「蘇我、人生ってのはいつも分かんないことばっかりだ・・・」
『だからそれ別にいいセリフじゃないって言ってるだろぉぉぉ!!?』
そんな訳で霊能と蘇我は部屋を出て、自動販売機へと向かった。
蘇我はつきそいであり、本当にヤングドーナツが売ってるかどうかを確かめについてきたのだ。ちなみに小次郎はお留守番である。
「確かこっちって言ってたよなぁ・・・あ、アレか?」
『うわ・・・本当にあったよ・・・信じられないね・・・』
廊下の角に自動販売機を見つける二人、若干まだ位置が遠いので確定ではないが自動販売機の胴体にでかでかとヤングドーナツと書いてある。
「やっとヤングドーナツが食べれる・・・もう手が震えすぎて・・・」
『・・・残像がでてるね』
チャリンチャリン、小銭を入れてボタンを押す・・・
だが悲劇はボタンを押す直前に起こった・・・
ガシャァァン!!
自動販売機は、横から跳んで来た何かにより破壊された。
霊能たちの目の前で。
「・・・」
『・・・』
「ヤングドォォオオオオナァアアアアッツ!!!!」
魂からの叫びである。
『・・・何?・・・霊能っ!!見て!!』
「なんだよ・・・ヤングド・・・は!?なっ・・・大丈夫か!!?」
蘇我が指差した先にいるもの・・・
それは着物姿の女性だった。血まみれで、気を失っている。
そう、横から跳んできたのはこの女性だったのだ。
『おいおいおいおい・・・無駄に抵抗すっからだぜぇ?・・・きっちりがっちり死んで詫びろよクソ女将』
「・・・は?え?・・・誰だお前」
『アアァ?邪魔だよテメェ・・・まぁいいか、どうせここのやつらは全員しっかりばっちり皆殺しだからなぁ!!』
「うをぉおお!!危な!!」
物騒なことを言いながら男が手に持った斧を振り下ろす。
しかし間一髪で避ける霊能。
『ストップ!!とりあえず斧の人!!何がどうなのか説明よろしく!!』
『アァ!?断る』
『ですよね!』
『オイラたちがこの土地を巻き上げるために女将を脅したけど、女将が強情でなかなかうなずかなかったから、ここの土地のやつらを皆殺しにして無理やり力ずくで奪うなんて絶対言わないでガンス』
『そうでゴンス、ついでにこの依頼が終わったら多額の報酬が出るから明日は焼肉!・・とかは絶対に言わないでゴンス!!』
「『『・・・』』」
『オイ矛盾兄弟、お前らあとでしっかりきっちりおしおきな』
『『すいませんでしたーーー!!』』
『ったく・・・オラさっさと散れ!地上げ屋アリス総動員でここをみっちりがっつり制圧すんぞ!』
おおー!と声をあげながら多くの黒服たちと、矛盾兄弟と呼ばれた細いのと太いのも旅館の奥へと入っていく。
「っち!まずいぞ!奥にはさっちんやツキミたちが・・・っ!」
『っく、僕はとりあえずこの女将さんを安全なところへ運ぶよ!それからみんなのところへ行く!』
「ああ!任せたぞ蘇我!・・・さて、斧野郎・・・ここは通さねぇぜ?・・・アレ?・・・あれ??」
腕の辺りを触りながら首をかしげて困惑した声を出す霊能。
『・・・霊能、どうしたんだい?』
「・・・腕輪が外れねぇ・・・」
「『・・・・・』」
『ハァァァァァァ!!!?え?嘘でしょ!?それってあのトライアスロンのときのやつだよね?何で!?』
「いやなんでだろ・・・あ、温泉に直接つけたからか?温めたら縮んだ?」
『いやいやいやいや!!どうすんのさ!こんな時に!!』
「・・・よし、蘇我。・・・斧野郎の相手は任せた!!俺は女将さんを安全なところへ運ぶぜ!」
『・・・凄まじく嫌だけど分かった!・・・頼むからすぐに戻ってきてね!!』
こうして霊能が旅館の奥へと引っ込んでいった。
と、言うわけで今現在・・・蘇我と斧野郎・・・アリスが一対一である。
『さててめぇ・・・死ぬ覚悟はしっかりばっちりできてんだろうなぁ?』
『・・・死ぬ覚悟なら昔に決めたよ、でももう一度は死にたくないなぁ・・・』
◇
『何よ・・・ッ!さっきからこいつらは・・・ッ!!店長!大丈夫ですか!!?』
『ええ、問題ないわ。・・・それにしてもこの旅館悪質ね。ゴキブリがわらわら出てくるわ』
くっちーと店長の部屋に黒服が襲い掛かってきた。
部屋の中にどんどん入ってくる黒服たち。
皆それぞれ武器を持っており、明確な殺意を持って襲ってくる。
・・・まぁそれをくっちーと店長の二人は片っ端から再起不能にしていくのだが。
すでに部屋には大鎌で切られたり、峰打ちにされたり、大きな氷の氷像になった黒服がひしめいていた。
『・・・確かに黒服ですけどゴキブリ呼ばわりですか・・・』
『おっと・・・、凍りなさい。・・・黒くてテカテカしててまさにゴキブリじゃない。しかも・・・』
<オイ!こっちだ!!こっちから仲間の悲鳴が!
<よし、今行くぞ!皆殺しだぁぁぁあああ!!
『・・・一匹見たら三十匹は居そうだもの。絶滅すればいいのに』
◇
「困るのぉ・・・」
そう言ってまた一人、首に手刀を入れ、意識を飛ばせる。
すでに部屋の扉の前の廊下は、気絶した黒服でいっぱいだ。
「お・・おい、たかが爺さんだ。ひるむな!殺せ!!」
「お・・・お前が行けよ!!俺は嫌だ!」
「俺だって嫌だよ!!な・・・何者だよあのジジイ・・・」
「し、死ねぇぇぇくぴぎゃ」
バタッ
また一人、黒服が倒れる。
「もうちっとばかし静かにして欲しいんじゃが・・・」
「な・・・何なんだよ!こんな強えぇジジイなんて聞いてねぇぞちくしょう!!」
「・・・こっちのほうが数は上だ!一気に行くぞ!!」
「・・・愛しの孫娘が起きたらどうする気じゃ、馬鹿者どもめ・・・」
「う、うるせぇ!死ねぇぇぇ!!!」
「騒がしいのは貴様らじゃろうに・・・燐子は温泉を楽しみにしておったんじゃぞ?それで少し落ち込んでいるというのに・・・さらに安眠まで奪うような真似は・・・老師の名にかけて、やらせる訳にはいかんのじゃよ」
老人は右腕を上げ、腰を落とし、構える。
「なぁに、安心するがよい。・・・痛いだけじゃ。[パーフェクトガイザー・サイレント]」
無駄の無い、完璧な衝撃波が黒服を襲う。
だが、衝撃波は無音。
廊下に響いたのは、黒服の倒れる音だけだった。
◇
「なんなんっですかあなたたちは!!」
『そうどすぇ!!いきなり部屋に入ってこないで欲しいどすぇ!!』
「お、かわいいガキじゃねぇか・・・おい、どうせ殺すんだ。いろいろやってからにしようぜ」
「いいねいいね、ふへへへへ・・・」
さっちんとツキミが布団に入りながらおしゃべりしている最中に、部屋に黒服たちが入ってきた。
「ふへ、ふへへへへ・・・」
「キモいっです!!・・・陰陽じゅ・・・あ、札は全部かばんの中っです・・・」
『気持ち悪いどすぇ!![呪殺式 激痛]!!!』
「アッガァアァアアアァア!!!」
「てめ!なにしやがる!!!」
「うっとおしいガキだ!殺せ!!」
「さっちんさん!全体に一気に呪いはかけられなんっですか!?」
『数が多ければ多いほど威力が下がるから無理どすぇ・・・』
「ッピンチっですね・・ッ!」
絶体絶命の状況。
さっちんとツキミは黒服たちに囲まれた。
ツキミはかばんのところまで行かなければ札が使えず、
さっちんの呪いは全体には通用しない。
「オラおとなしく死にやがれぇぇうひゃひゃひゃ!!!」
無慈悲にも黒服の一人の持ったナイフがさっちんに振り下ろされる。
『っひ!』
さっちんは恐怖で目をつぶった。
キィン!!
ナイフを何かで受け止めた音が聞こえた。
さらに、そこへ声がかかる。
『ふむ、理解しているのかね?』
さっちんが目を開けると、そこにはカメラを持った紳士が、ナイフをカメラで止めていた。
『理解しているのかと聞いているんだ、君』
「は?突然出てきて何が言いたいんだテメェ」
『君が傷つけようとしたものが何か、理解しているのかと聞いているんだ。答えろ!!』
「・・・このガキんちょに決まってんだろうが、見れば分かんだろ!!」
『ふむ、ハズレだ。ガキんちょなどではない・・・耳をかっぽじってよく聞くがいい、リピートアフターミー』
佐悟はいつになくカァっと目を見開いて、力強く言う。
『幼女は世界の宝だ!!!!』
その時、さっちんもツキミも、黒服たちもきっと同じ事を思っただろう。
・・・ああ、このおっさんもう手遅れだ。と。