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ホラー系

死神姫は妖精に愛される。~これで、ずっと一緒ね?~

作者: 月白ヤトヒコ
掲載日:2026/10/31

 ※百合。


 ※途中で視点切り替えあり。


「♪~」


 ご機嫌な気分で鼻唄を歌いながら、縫って行く。あなたの首を飾るように。


 レース模様のチョーカーに見えるように。美しく、丁寧に。


 繊細な縫い目に、一針一針心を籠めて。


 魔力の絲で。


 あなたには何色でも似合うけど。いつでも、気分で色を変えられるように。


 わたしが縫ったレース模様を見たら、あなたはどんな顔をしてくれるかしら? 喜んでくれると嬉しいわ。


 微睡むあなたの頬をそっと撫でて、閉じる瞼へ口付けを落とす。


「ふふっ、早く目を覚ましてね? また、たくさんたくさんお喋りしましょう♪」


 愛してるわ。


「少し声が出難いかもしれないけど……焦らなくても大丈夫。時間はたっぷりあるもの。少しずつ練習しましょうね♪」


 だって、これからはずっとずっと一緒にいられるから。


 怪我なんてなんでもないわ。少しくらい手足が動かなくても、身体が動かし難くても。


 わたしが全部手伝ってあげる。面倒だなんて、大変だなんて欠片も思わない。


 こうして、愛しいあなたに触れられる。


 それだけで、今のわたしは満足だから……


 ふふっ、今のところは、ね……?


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


 幼い頃から――――


 わたしには、普通の人間には見えていないモノが見えていたらしい。


 赤子の頃から、なにも無い場所や虚空をじっと見ている不気味な子だったという。


 まあ、赤子の頃のことなど覚えてはいないが……わたしは物心付く前には、他人の死を予期していたそうだ。


 最初は、当時国王だった祖父。孫であるわたしを見て、ぽつりと溢したのだとか。「あと、いつまでこうしていられるだろうか?」と。それにわたしが五年くらいだと応えたという。


 周囲は不敬、不吉、不謹慎……などなど。怒りと戸惑いと不気味さをわたしに感じた、と言ったところだろうか? 


 けれど、祖父は「そうか、よく教えてくれた」と、わたしの頭を撫でて……当時王太子であった父へと譲位、そして自身の退位を進める準備に取り掛かったのだとか。


 祖父が生きていた間はまだ、王女として扱われていたように思う。まあ、極秘裏に国王であった祖父に連れ回され、あれこれ誰それの死期などをよく聞かれた覚えがある。


 それがまた、割と精度が高かったらしい。わたしの返答で考え込んだ祖父が、「××家の××が近く亡くなる、政治への影響は……」「そうか、奴は長生きするか。それならあの家はまだ安泰よな」と、よくそんなことを呟いていた。


 そうして、自身の退位と譲位の準備を着々と整え、息子へ王位を託して祖父は亡くなった。とてもスムーズな王位継承だったという。


 わたしが十歳に満たない頃だったか……祖父の国葬が終わり、外へ出掛けることがなくなったわたしを取り巻く環境が一変。


 祖父に連れ回され、要職にある貴族達の死期を告げていたわたしは死神姫と称され、一部侍従や使用人達に恐れられていたらしい。


 国王夫妻となった両親には、既に疎まれていた。祖父の死期を予期したことで祖母には大層嫌われていて、物心付いた頃から顔を合わせた記憶が無い。


 わたしにはいつの間にか弟妹がいて、両親は弟妹達を可愛がり、わたし一人だけを離宮へ隔離した。弟妹と会わせなかったのは、死を告げられたくなかったからなのだろう。


 わたしが死を告げるから死ぬワケではなく、死期が近い人を当てていた……のだが、次期王太子予定である弟に凶兆があってはならぬと、弟妹との面談を禁じるとのこと。


 外出するときは、申請書と許可書が必要なのだとか。許可が降りなければ、離宮から出ることは叶わない……らしい。実質の幽閉措置だな。


 まあ、それは別にいい。生きて行ける最低限の衣食住を用意してもらえるから。


 わたしは祖父に気に入られていたと思われているからか、祖父を慕っていた者達が、ある程度融通してくれている。または……死神姫の異名を恐れ、積極的に害する者がいないという感じだろうか?


 そして、死期の予期で人災や厄災を免れた人達……死んだ当人がわたしに感謝していたこともあり、その家族や使用人達が恩を感じていると秘かに便宜を図ってくれたりもする。


 まあ、他人の死期を当てる子供に不義をして、自分の死期を告げられたら……? という畏れもありはするのだろうが。


 とはいえ、別にわたし自身が他人の死期が判るワケではないのだが。


『あらら、あっちに歩いてる騎士、そろそろ死んじゃうわね。もう、あちこちで女に手を出すから。ふふっ、怨念絡みまくり! 遊び人のクセに手ぇ出しちゃいけない女の見分けミスってやんの! ぷぷっ……ウケるーっ!』


 窓の外……というか、空中にふわふわ浮いて、某騎士を指差してケラケラ笑っているのは人外のモノ。美しく神秘的な容姿と魅惑的な声をしているのに、言動が残念だ。


 物心付く前から……ニアと名乗る彼女は、わたしの近くでふわふわしている。そして、誰それが近々死ぬと世間話や笑い話感覚でわたしへ教えてくれる。


 頼んだ覚えはないが、祖父の「いつまで生きられるか……」という言葉に、偶々応えたヒトでもある。そして、ニアの声が聴こえるわたしが、それを祖父へ伝えてしまった。


 祖父は感謝し、死期を悟る子としてわたしを連れ回した。国王である自分や主要貴族、その周辺人物達の死期で国や民への悪影響を最小限にするために。それで助かった人は、沢山いるだろう。


 そういうワケで、わたし自身には他者の死期を悟るような能力は無い。


 まあ、多少人外が視えて、その声が聴こえてしまうというだけのただの人間だ。


 一応の王族ではある。しかし、教育はそんなに施されてはいない。弟妹には確りした教育が施されているようだ。ということは、国王夫妻である両親はわたしを飼い殺しにするつもりなのだろうか? という考えが頭を過ることがあるが――――


『あら? どうしたの? そんな顔しちゃって、なにか面白くないことでもあった?』


 ケラケラ笑っていたニアがわたしの顔を覗き込む。透き通った指先が頬へ伸ばされ、そっと触れる。けど、なんの感触も無く頬をすり抜ける。


『む~、やっぱり触れない!』


 ニアは美しい顔を子供のようにぶすくれさせて、自身の透き通った指先を睨む。


「なんでもない。ただ……」

『ただ、なぁに?』

「警備の人員、揉めるだろうなって思っただけ。ほら? この離宮、人気無いから」

『アハハっ、確かにっ! でもしょうがないんじゃない? だって、問題ある人間を送って来る方が悪いんだから~♪』


 またツボったのか、ニアのケラケラ笑う声が響く。


 わたしにしか見えない美しい姿。わたしにしか聞こえない、甘やかで美しい声。まあ、その美しさに反して、言動は多少残念だが。


 離宮にはわたし一人。世話はしてもらうが、侍女達は誰も長居はしない。無駄口も叩かない。けれど――――


 噂は、聞こえて来る。


「死神姫のところへ配属になったって? お気の毒様ね」「可哀想……」「呪いでも掛けられたりしない?」「姫様って、妖精の取り換え子(チェンジング)だって話は本当なの?」「あら? それって、どこかに本物の国王ご夫妻の姫様がいるってこと?」「しっ! そんなこと言ったら不敬に当たるわよ!」「死神姫様は前国王陛下のお気に入りだったのよ」


 開けた窓から風に乗って聞こえる噂。


『まあ、失礼しちゃうわ! リアは妖精の取り換え子(チェンジング)なんかじゃないのに!』


 ぷぅと頬を膨らませるニア。


『赤ちゃんの頃からわたしが傍で見張ってたから、そんなことする不届き者はいなかったわよ! リアはちゃんと人間の子供なの!』


 ニアがそう断言するなら……まあ、わたしは多少珍しい、人外を認識する人間なのだろう。おとぎ話や童話に出て来るような、妖精や精霊……もしかしたら、悪霊や悪魔と話せたりする人間、なのかもしれない。おとぎ話や童話のような冒険をする予定はないが。


 そんな噂話を聞いてから数日後。


 近衛騎士が、交代した。元の近衛は女遊びの激しい騎士だったそうで、離宮に配属予定だった侍女に刺し殺されたのだとか。滅多刺しにされていたらしく、発見された寝室は血の海だったらしい。実行犯以外にも、複数の協力者がいた模様。弄ばれた女性達に復讐された……という噂が立っている。


 ニアの予測は当たった。わたしの離宮は、益々不吉だと忌避された。


 ひっそりとした離宮で暮らし――――


 十四歳になった頃。騒ぎが起こった。


 どこぞの国の王子が外遊で王城へ滞在し、城内で護衛とはぐれて見失ったという。捜索のため離宮の庭に、いつもよりも沢山の騎士達……しかも、外国人の男が幾人も出入りして彷徨いていた。


『うっわ、大の男が迷子とかウケるー!』


 外を彷徨く騎士達の様子を、ニアはケラケラ笑いながら眺めていた。


 しばらくして、王子が見付かったと外国の騎士達やうちの近衛達が引き上げて行った。「お騒がせしました」と、国王の侍従から連絡があった。


 それから数ヵ月後。わたしの縁談が決まったと、連絡があった。


 両親からの説明は無し。


 決定事項の連絡によると……


 わたしの縁談相手は、数ヵ月前に城で迷子になった王子だそうだ。少し遠くの国の第三王子とのこと。


 成る程。第三王子……だから、余所の国の城で迷子になれる程度の警護だったということか。第一王子、及びそのスペアである第二王子であれば、もっと厳重に警護されるはず。スペアのスペア、か……


 なんでも、その第三王子は離宮にいる娘……国王夫妻に冷遇されているという第一王女の話を聞くと大層憐れんで、探していたのだという。


 そして護衛を撒いて離宮に忍び込み、不当な扱いを受けている第一王女を確認。離宮に幽閉されている、取り換え子(チェンジング)と噂されている憐れな姫を、自分の婚約者にすることで助けてやれると考えたそうだ。


 それで、国王夫妻に冷遇されている姫との縁談を自国の国王に訴えて成立した、と。


 冷遇されている憐れな姫を救うため、この縁談の成立を以(もっ)て姫を我が国へ保護する。安心して身一つで来てほしい……ねぇ? 生憎、わたしは救い主だという王子の顔すら知らないが。


 そんな紙切れ一枚で、わたしは少ない荷物と共に、豪勢な馬車へ乗せられた。


 他国の護衛騎士に囲まれて馬車が進む。


『これって、新手の誘拐なんじゃない?』


 見送りの人はいなかった。本当に、誰一人供も付けられていない。馬車の中もわたし一人。でも、ニアがふわふわと付いて来てくれる。


「誘拐というか……」


 どこぞの正義感の強い王子が、不吉とされた王女を憐れんでいることを幸い。それを聞き付けた国王である父が、不吉で不要な娘を押し付けるために仕組んだ。または、第三王子が動きやすくなるよう取り計らった……としても、全く不思議ではない程のスムーズさではないだろうか?


 祖父に連れ出された以来の外出。城の外を、流れる景色を馬車の窓から眺める。


 外国へ嫁げというか……ある種の国外追放のような気がするので、この景色も見納めになるだろう。幼少期以来で変わった景色、または変わっていない景色を楽しむことにした。


『心細い?』

「ニアとお喋りできるから、特には」

『ふふっ、もうリアは寂しがり屋さんなんだから。わたしがいないとダメね♪』


 にこにこと上機嫌に笑うニア。


 見知らぬ人間ばかりの環境だとしても、物心付く前からずっと傍にいたニアがいるなら大丈夫だろう。話し相手には事欠かない。


 虚空に向かって話し掛けるわたしを、他国の騎士や護衛達は気味悪いと思うだろうが。そんな風に気味悪がられるのは慣れている。


 嫁ぎ先の国へは、順調に進んだ。あちこちの高級な宿に泊まった。昔、祖父と泊まった宿もあって、少し懐かしく思った場所もあった。


 そして、国境を三つ程越えた数日後。


 馬車は城へ到着した。うちの国とは、様式の違う建築の城。


「ああ、オフィーリア姫。よくぞ無事に到着してくれた。あなたを歓迎する」


 出迎えたのは、見知らぬ男。二十は越えていそうな男が、満面の笑みで馬車の扉を開けて手を差し出した。


 この手を取らなければいけないのだろうか? と、じっと見ていると、


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ここにはあなたを傷付ける不届きな輩は存在しない。どうか、安心してわたしに身を委ねてほしい」


 困った子を見るような苦笑を浮かべる男。


「……一人で降りられるので平気です。ドアが塞がるので、退いて頂けますか?」

「…………可哀想に。誰も信頼できないんだね。わかった。これから、あなたの信頼を得られるように行動しよう」


 にこりと、先程よりも圧の感じる笑顔で手が差し出され続ける。


『ぷふっ! ヤだもうっ、リアに断られてるのに! ダサっ!』


 ケラケラと笑うニアの声。


「退いてくれます?」

「……わたしは、君の婚約者なのだが?」


 どうやら、この男が件(くだん)の正義感の強いという第三王子らしい。


「そうですか。でも、初対面ですし。一人で降りられるので、大丈夫です」

「……可哀想に。人を信じられないんだね」


 悲しげな表情……になる前に、ヒクリと一瞬、頬の辺りが引き攣るのが見えた。そうして大袈裟に首を振り、婚約者だと称する男はようやく扉の前から退いてくれた。


「君の部屋は用意してある。婚約者だからね、これからはわたしの離宮で暮らすといい。必要な物があれば、遠慮無く言ってほしい」


 朗らかな声が言う。笑っていない瞳で。


 国を出る前から厭な予感はしていたが――――如何せん、国王夫妻である両親に厄介払いついでに政略結婚の道具にされた身でもある。


 まあ、仕方ない。


「では、一人の時間を所望します。なにせ、第三王子殿下もご存知の通り。寂れた離宮に暮らしていたものですから。人の多い環境には慣れておりませんので」


 世話役の人を減らすよう頼むと、


「しかし、それでは君の安全が……」

「遠慮無く、と仰いましたよね?」

「君がそう言うなら、善処しよう」


 渋るようなことを言いつつ、第三王子の口許がニヤリと一瞬歪んだ気がした。


 そうして第三王子の離宮の、更に離れの、人の少ない部屋を用意してもらうことになった。まあ、それでも自国で住んでいた離宮よりは人が多く付けられているが。


 部屋は三階。人の出入りは最低限。窓の近くに木は生えていない。見晴らしはそこそこ。階下に見える庭には、薔薇が植えられているようだ。薔薇を這わせる柵は上部が槍のように尖っている。


 虐げられていたわたしへ気を遣って、この国の国王への挨拶はわたしが落ち着いたらする、ということに既に決められていた。


 それから、毎日第三王子が様子を見に来るようになった。


「君に相応しい物を用意した」


 そう、満面の笑みでなにかと差し入れを持って来るのだが……


「最高級の品だ。遠慮無く使うといい」

「はぁ……ありがとうございます」


 ドレスや宝石、高価だというお菓子や果物などなど。第三王子が持って来るのは、女性が喜びそうな物……では、ある。


 但し、第三王子はわたしの反応が薄い……一応のお礼を言い、無言で品物を見て手を伸ばさないことに対し、僅かな苛立ちを漂わせている。すぐに取り繕った顔で、


「君の心はそれ程深く傷付いてるんだね」


 などと言って、引き下がる。


 そんなこんなで、わたしは第三王子の侍従達にすこぶる不評のようだ。


 不吉な死神姫として冷遇されていた、他国の可哀想な王女を救った王子。王子はこれまでも、自国の憐れな境遇にあった令嬢達を救って来たという。


 令嬢達は誰もが王子に感謝して、自分を救ってくれた第三王子との婚約を望んだが……彼女達は憐れな境遇が長過ぎ、王子妃となるにはなにもかも足りず、自ら恥じ入って辞退した、と。


 王子は自分を好いてくれた女性達に相応しい縁談を用意し、憐れな境遇だった女性達は皆、幸せな結婚をした。


『清廉潔白で素晴らしい王子……という風に噂されてるわねぇ? あなたの婚約者』


 ふわふわ漂い、クスクス笑いながらどこか棘のある口調でニアが告げる。


「そんな素晴らしい王子には、どうして今まで婚約者がいなかったのでしょうか? って、言いたかったりする?」

『あら? わかってるじゃない』

「理由は?」

『正義の味方ごっこで、憐れな境遇から令嬢を救い出して……自分の懇意にしてる家臣と結婚させて、現在もその令嬢とは仲がいいそうよ? 家臣の夫人となった全員(・・)と』

「成る程」


 ニアの口調には強い棘。そして、冷笑。


「それだけ、でもないんでしょ?」

『ふふっ、正解。憐れな境遇だった令嬢達は、王子のお陰でみんな幸せな結婚をしました。そして、一人残らず……だぁれも、子供を産んだ夫人はいないし、社交場にも滅多に出て来ないみたいよ?』

「……」


 それはそれは、大層キナ臭いことで。これは……もしかしなくても、わたしは生け贄というやつではなかろうか?


 表向きは品行方正な第三王子。第一王子、第二王子というスペアのスペア。けれど……他国に遊行中に厳重に護衛されない王子、でもある。


 大事にされている印象が無いのに、王子の評判はいいらしい。王子が助けた女性は皆、その家臣と結婚して、全員が幸せなのだという。


 けれど、全員に子供がいない。現在も全員の夫人が王子と懇意にしている。但し、社交場には出て来ない。


 これで勘繰るな、というのが無理があると思うが? 夫人達は、本当に生きているのだろうか? はたまた、夫人達は全員王子の愛人ではないのか? などなど……


 それに、『君に相応しい物を用意したよ』などと色々贈り物を押し付けて来るが……自国でも、普通に第三王子が押し付けて来る品質の物を使っていた。


 なんなら、自国の方が質がいい物もある。国が違うから、どうにもならない部分があるとは言え……


 『君に相応しい物』と言いつつ、第三王子のその瞳の奥には、わたしへ施しを与えてるという優越感が見え隠れしているのが見て取れる。


 第三王子は、彼が今まで助けて来たという、憐れな境遇の令嬢達とわたしを同列に扱っているように思う。わたしは一応これでも、王女だったのだが? 冷遇……というか、忌避はされていたが虐げられてはいない。


 などなど、思っていても口にはしない。第三王子の言葉に大した反応もしない。


 そんな風に、半月程経った頃――――


 懸念していたこと、が起こった。


 わたしの部屋付きになった侍女達の間で、少々いざこざがあったらしい。数名が入れ替わったようだ。


『で、よ? イジメられてる侍女に、ヒーロー気取り王子が手を差し伸べて~』


 今日もふわふわ浮かぶニアが、クスクスと笑いながら報告してくれる。


『君はそんな扱いを受けていい人じゃない。けど、これまでよく耐えたね? わたしがどうにかしてみよう……だって。それで、イジメられてた侍女はコロっと落ちたわね』

「ふぅん……」


 虐げられている人へ手を差し伸べ、『君はそんな扱いを受けていい人じゃない』、ね。


『ありがとうございます、このご恩は忘れません。わたし、殿下のためならなんでもします。身も心も捧げるので、なんなりとご命じください……だってさ?』

「そう……」


 やっぱり、そんな感じか。


 そんなことを話してから――――わたしの待遇が、段々と悪くなった。


 二、三日に一度、食事が届かなくなった。数日に一度、飲み水が替えられない日が出て来た。部屋が掃除されない日も出て来た。


 けれど、絶対にそんなことをされない、ちゃんと食事が出て、清潔な水に替えられて、部屋が綺麗に掃除されて、ドレスに着飾られる日がある。


「やあ、オフィーリア姫。今日もわたしの選んだドレスを着てくれてありがとう」


 満面の笑みで、第三王子がやって来る日。この日だけは、使用人達が絶対に手を抜かない日となっている。


「近頃の君は元気がないように見えるね。なにか困ったことがあれば、なんでもわたしに言ってほしい。君が望むなら、わたしにできることはなんでも叶えると約束しよう」


 朗らかで爽やかに見える笑顔に……


「大丈夫です。お気になさらず」


 素っ気なく返す。と、


「……そう、か。わかった。実は、公務で少し遠方へ視察に行かなくてはならなくてね。しばらく君に会えそうにないんだ。残念でならないよ」


 困ったような表情の中に、僅かに苛立つような気配を感じる。


「そうですか。お気になさらず」

「っ……君のことが心配でならないよ。こんな辺鄙な場所で、君を一人切りにしておくだなんて……」


 憂い顔の中。瞳だけはなにか(・・・)を期待するように、じっとわたしを見詰める。


「そうですか。お気になさらず」


 平坦に返すと、ヒクリと引き攣る目元。


「……そうか。わかったよ」


 低く昏い声が、


「君にはまだ、時間が必要なようだね。次に来るときには、もっと君の力になれるといいんだが。一週間も君に会えなくなるのはつらくて胸が張り裂けそうだ」


 一瞬でにこやかな声に変わって暇を告げる。


「では、また来るね? わたしのオフィーリア姫。次は笑顔で出迎えてほしいな。ああ、君から手紙をもらえるのも嬉しいよ?」


 と、第三王子が上機嫌に部屋を出て行った。


『うっわ、めっちゃ胡散臭っ! ねえ? リアもそう思うでしょ?』

「まあ、なんというかあからさま過ぎるとは思わないのだろうか?」

『あはは、思ってないんじゃない?』


 翌日から、食事も水も運ばれなくなった。


 二日目。第三王子から手紙が来た。『困ったことがあればなんでも言ってほしい。君が望むなら、視察を切り上げて急いで帰るよ』という風な内容。


 無視した。


 三日目の夜中。第二王子の遣いを名乗る黒尽くめの女が現れた。なんでも、第三王子は憐れな境遇の人に手を差し伸べる振りをして、更にその人物を陥れて自分へ依存させて洗脳するのが得意……という話。


 更には、聞いていないのに歴代の憐れな境遇の、第三王子に助けられた元令嬢達の話までしてくれた。第三王子は彼女達を救い出した後――――自分に依存させ、身も心も弄んだ後、飽きたら臣下へ下げ渡して結婚させた、と。そして、現在でも家臣の夫人となった彼女と男女の関係を持っている、と。


 成る程。大体予想通りか。それが、彼女達が妊娠しない理由。王族の子を勝手に身籠られても困る。故に、避妊薬でも盛っているのだろう。元々憐れな境遇……とやらにいた彼女達。身体に後遺症として不妊が残っていてもおかしくない、という風な説明でもされているのだろうか?


「我が主は、オフィーリア王女のことをご心配しておいでです。どうか、第三王子殿下の手に落ちないでください。助けが必要なら、これをお使いください」


 そう言って、少量の水と食料、小さな笛を残して去って行った。


『全く、夜にレディの部屋を訪(おとな)うだなんて不躾にも程があるわね』


 やれやれと首を振るニア。


「これもこれで割とあからさまだが……まあ、水と食料はシンプルにありがたい」


 一応非常食としてドライフルーツやナッツ類は用意してあるが、そんなに大量にあるワケではないからな。


『……ん。特に異常は無いわね』

「そう。ありがとう」

『ふふっ、どういたしまして♪』


 にっこりと笑うニアへ笑顔を向ける。


 毒や薬は盛られていない。一応、今のところは第二王子勢力(仮定)は、わたしを害するつもりはないらしい。遣いに女性を寄越したのも配慮と取れるが。第三王子がいない間に、その婚約者である他国の王女ををあわよくば取り込もうとしている……感はあるが。


 どちらもやり口がえげつない。食事、水、睡眠などを与えないのは虐待や拷問の常套手段。それらを奪った上で、判断力の低下している相手に親切面して与えるのは、洗脳の手口でもある。


 第三王子はスペアのスペアだからか、少々感情制御が甘い。わたしを意のままにしよう、自分から彼に従うように仕向けたい、というような下衆(ゲス)な精神が透けて見える。


 十四の小娘ではあるが。わたしは幼少期に国王だった頃の祖父に連れ回され、自国内の大貴族や主要貴族とされる者達を多く見て来ている。しかも、祖父と彼らとの寿命の話や、もし彼らの亡くなった後にどのような影響が及ぶか? という話し合いの席にいた。


 現国王夫妻である両親に冷遇され、王族教育が不十分だとしても。多少の政治的駆け引きを考えることはできる。


 この国の国王は、第三王子の他国の訳有り王女(わたし)を救うために婚約したいという願いを叶え、静観しているように見える。


 しかし、本意としては第三王子を排除する意志を持つ可能性。そして、積極的排除のために動いているのは第二王子と言ったところか。


 第三王子本人が、国王の内心にどれだけ気付いているかは不明だが――――


 憐れな境遇の女性を弄ぶという嗜好を周囲に悟られて尚、己を律せずに欲のまま、周囲を都合よく動かそうとしている者に、権力は不釣り合いだろう。


 惨事を呼ぶ未来しか見えない。それを、第三王子本人だけが理解していないというところか。とはいえ、一見正義に見える言動を取る第三王子は、おそらく民衆には受けがいい。そして、彼に助けられたと盲信する者もいることだろう。

 

 厄介な相手に目を付けられたものだ。気色悪い、気持ち悪い。


『ねぇ、リア』


 考え込んでいると、ふわふわ浮いているニアに顔を覗き込まれた。


「なに? ニア」

『リアは両親を恨んでいないの? あなたをこんなところに売り飛ばしたせいで、酷い目に遭っているじゃない』


 珍しく真剣な表情のニア。


『人間は、家族に嫌われるとつらいんでしょ? リアはつらくないの?』

「そう、だね……一般的な家庭だと、つらいと思うのかもしれない。でも、わたしは……両親や弟妹を恨んではいないよ」

『本当に?』

「うん。本当に」


 恨んでいない。寂しい……と、思う気持ちは少しあったかもしれない。


 でも、恨むとか寂しいの前に……可哀想だと思う気持ちの方が強かった。


 悪いなぁ、と。ずっとどこかで思っている。自分達にはなにも見えない虚空を見詰め、話し掛けるように声を上げ、笑顔を見せる赤子。


 期待していた第一子がそんな子で、さぞや驚いたことだろう。不気味に思ったことだろう。愛するよりも恐怖が勝ったのかもしれない。そんなわたしが、祖父に連れ回されるようにして共に過ごす時間が少なくなって、安心したのかもしれない。


 最初の子がそういう子で、二番目の子もそういう子だったらどうしよう……と、不安と恐怖があったのかもしれない。


 けれど、王族として男児が必要で弟妹を産んだのだろう。そして、不安に反して弟妹は普通の赤子だった。故に、安心して可愛がり、慈しめたのだと思う。


 両親ではあるが、接触は少なく、繋がりは希薄。親愛には足りない。多少の寂しさはあるが、恨む程の執着や感情も薄い。


 祖父にはそれなりに可愛がられたし、祖父の侍従達にも丁重に扱われ、おそらくは子や孫のように思われていたように思う。それに、あちこちに連れ回されて色々な場所へ行った。


 なので、やはり両親を可哀想という思いが先に来る。両親は、わたしを遠くに追いやって少しは安心できただろうか? と。


 考えて……幾つか手紙を書くことにした。


 水と食料が運ばれなくなって五日目。誰も訪れないのは静かでいい。水は不便で、多少お腹は空くけど。まあ、三日目には第二王子陣営と名乗る者から、差し入れがあったので困窮という程でもない。


 ふわふわ浮かぶニアと二人。とりとめもない会話をしていると――――


 階下の方が騒がしくなった。そして、


「オフィーリア姫! ああ、そんなに窶れてしまって、可哀想に……」


 ヒーロー気取りの気色悪い男が、大声を上げて乱入して来た。


「済まない、君がこのような目に遭っているだなんて知らなかったんだ。君を虐げた侍女達は、既に捕縛してある。オフィーリア姫。どうか、君の安全のためにわたしの部屋へ移ってほしい。全力で君を守ると約束する」


 両手を広げて朗々と声を張り上げ、悲痛そうな表情をわたしへ向けて……演劇めいていて、酔っているようにも見える。


 近付いて来る第三王子。悲痛そうな表情のその瞳は、愉しげに煌めいている。やはり、どう見ても、いつ見ても気色悪くて気持ち悪い。


 はぁ……と、盛大に溜め息を吐き、第二王子陣営の者に差し入れされた小さな笛へ、一気に息を吹込む。ピィィィーーっ!! と、大きな高音が響き、


「なっ、姫っ!? その笛は一体……」


 意味がわからなさそうに、わたしと笛へ戸惑いの視線を向ける第三王子。


「可哀想な女を洗脳するのが好きな変態とか、気色悪いから絶対無理」

「……は?」


 ぽかんとした表情。次いで、その顔が怒りで真っ赤になった。こちらへ向かって来る第三王子。伸ばされる手。


「気付いてないとでも? それじゃあ、さようなら。……キャーっ!! 第三王子に殺されるっ!? 誰か、助けてっ!!」


 捕まってなんてあげない。最後に大声で叫んで、全開の窓に足を掛けて上がり、トン! と、跳ねるように飛び降りる。


 オモチャにされるのはごめんだ。長期間に渡って、この国に利用されるのも。


 下は見ないように。最後に、驚いた顔をしている、美しいニアの姿を見られるように。仰向けで落ちて行く。


 伸ばされた透明な白い手は、わたしを掴むことなくすり抜けた。


 そして、痛みを予期して目を閉じる――――


「っ!?」


 ガツン! と、首に強い衝撃。それから、なぜかポーンと上に跳び上がった。理由がわからなくて、驚いていると視界がくるくると回る。


 ああ、薔薇を這わせている柵か。上部が槍状になっていて……どうやら、丁度そこへわたしの首が当たって刎(は)ねられたのかと思った。驚いたのに、声は出なかった。息が洩れるだけ。


 視界がくるくる回りながら、近付く地面。そして、強烈な眠気に落ちる瞼。


「ああ、駄目よ。まだ、寝ては駄目」


 落ちていたはずの頭が優しく抱き締められて、ニアの声が響いた。


「死神なんかに渡さない。愛してるわ」


 そっと、ひんやりと柔らかい唇が唇へ押し当てられる。触れた唇から、なにかがわたしの中へ流れ込むのがわかった。


「オフィーリア。うふふ、やっと捕まえた」


 蠱惑的に、妖艶に、愛情を滾らせた瞳がわたしを見詰めて微笑む。


「オフィーリア、リア。これで大丈夫。疲れたでしょう? 少し眠ってても構わないわ。寝てる間にわたしのおうちへ連れて行ってあげる。ちゃんとあなたの身体もね?」


 チュッチュッと、可愛らしいリップ音と共に柔らかい唇が落ちて――――


 わたしは、ゆっくり目を閉じた・・・


 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


 うふふ、思ったよりも早く手に入ったわ。


 ああ、リア、オフィーリア……


 赤ちゃんの頃から、わたしを見ることのできる瞳。わたしの声を聴ける耳を持った人間の娘。


 人外のモノは、容易く人間を魅了できる。魅了し、虜にし、飽きれば捨てる。飽きなければ、愛の続く限り愛で続けるだけ。


 けれど、極偶に全く魅了の効かない人間がいる。人外は、魅了されない人間に関心を持ち、やがてその人間に逆に魅了されて執着する。


 ねぇ、リア? わたし、最初はあなたのことを、自分の娘にしようと思ったの。妖精の取り換え子(チェンジング)をね? でも、やめたの。


 だって、取り替えたらわたしはあなたのお母さんになってしまうじゃない? そんなのは、嫌だと思ったの。


 わたしは、あなたの親になりたいんじゃない。リア、あなたが欲しいって。


 それから、あなたの傍を離れないことにした。だって、あなたは魅力的だから。わたしの他にも、あなたを欲しがるヒトは絶対に出て来る。


 他のヒトにあなたを取られるなんて、そんなの絶対に嫌だったの。


 わたし以外にお友達のいないリア。両親の愛情を知らないリア。わたしへ視線を向けて、わたしと一番お喋りをしてくれるリア。


 わたしはときに、あなたの母親代わりで、姉の代わりで、妹の代わりにもなって、そして一番の親友でもあって。あなたを甘えさせて、あなたに甘えて。それら全部の関係を独占したの。


 あなたの一番はわたし。なのに、こうもあっさり命を捨てちゃうつれない子。だからこそ……余計に執着してしまうじゃない。


 愛してるわ。可愛い子。わたしの愛し子。


 オフィーリアの頭と、切り離された身体を抱き締めて家へ帰る。


 人間がギャーギャー騒がしく喚いているけど、そんなのどうでもいいの。


 妖精界の自室へと渡り、リアの身体をそっとベッドへ横たえる。


「リア、今首を繋げてあげるわね?」


 リアの血とわたしの魔力を練って絲を紡いで、一針一針心を籠めて。


 あまり切れ味がよくなかったのか、傷痕の断面はガタガタ。


 でも、大丈夫。綺麗に見えるように縫ってあげるから。


 そうだ、縫い目を可愛くしてあげる♪


 レース模様のチョーカーに見えるように。美しく、丁寧に。


 繊細な縫い目に、一針一針心を籠めて。


 緋い魔力の絲で。


 あなたには何色でも似合うけど。いつでも、気分で色を変えられるようにもしてあげるわね?


 わたしが縫ったレース模様を見たら、あなたはどんな顔をしてくれるかしら? 喜んでくれると嬉しいわ。


 微睡むあなたの頬をそっと撫でて、閉じる瞼へ口付けを落とす。


「ふふっ、早く目を覚ましてね? また、たくさんたくさんお喋りしましょう♪」


 愛してるわ。


「少し声が出難いかもしれないけど……焦らなくても大丈夫。時間はたっぷりあるもの。少しずつ練習しましょうね♪」


 だって、これからはずっとずっと一緒にいられるから。


 こんな首の怪我なんて、なんでもないわ。少しくらい手足が動かなくても、身体が動かし難くても。


 わたしが全部手伝ってあげる。面倒だなんて、大変だなんて欠片も思わない。


「でも……早く、いつもみたいにお喋りができるようになると嬉しいわ」


 ご機嫌でリアの首を縫っていると、


「ティターニア様のお帰りだ!」「女王陛下のご帰還だ!」「お帰りなさいませ、ティターニア陛下!」「妖精女王万歳!」


 妖精達が部屋の外で煩く騒ぐ。


「静かにしてちょうだい、今集中してるの」


 そう怒気を乗せた低い声を返すと、ピタリと外が静かになった。


 これでよし。


 さあ、リアの首を縫わなきゃ。


「♪~」


 鼻唄を歌いながら、青白いリアの顔を眺めて、偶にキスを落とす。


 そして、ふとリアに目を付けた人間の変態のことを思い出した。


 変態は気持ち悪かったし、リアに触れたことは許せないけど、リアをこんなに早く手に入れられたことには感謝している。


 チラッと人間界の様子を覗くと――――


 第三王子は、他国の姫を婚約者にしながら侍女や他の女性達と浮気し、邪魔になった姫を殺した。姫は殺される前に第三王子を告発する手紙を遺していた。そして、第三王子は他国の姫を殺害した罪で処刑された……らしい。


 あら、残念。生きていれば……軽く呪って、不幸になるのを観察してあげたのに。


 リアの母国は、婚約者として差し出した王女が殺されたことで、第三王子の国と有利な貿易条約を結んだらしい。


 ふぅん……まあ、リアが恨んでいないようだから、なにもしないであげる。


 そう、わたしはね?


 どうするかは、目を覚ましたリアに聞けばいい。わたしは、リアがどうしたいか? その望みを叶えるだけ。


「オフィーリア……わたしの眠り姫が目を覚ますまで、どれくらいかしら?」


 ――おしまい――


 読んでくださり、ありがとうございました。


 百合が不足していた!(`・∀・´)


 そしたら、なんかオフィーリアとティターニアで構図がサロメ風(生首にキス)なヤンデレホラーっぽく仕上がってしまった。(*ノω・*)テヘ


 あ、今回は全部人力です。ꉂ(ˊᗜˋ*)


 ハッピーハロウィン!

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― 新着の感想 ―
ハロウィンに相応しい話でした。 嫁ぎ先はぐちゃぐちゃだし、リアは一応恨んでないけど、母国もなんとなく不穏。 行く先々で国をめちゃくちゃにする死神姫とか後世で誇張されそう。 描写されてないだけで、リ…
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