1.wanna be...
昔、日本の貴族は和歌のやり取りで恋愛を楽しんでいたらしい。そんな雅な戯れ言には興味ないのが、今の俺だ。
俺は和歌を書いているわけではない。書いているのは小説大賞に応募するための『公募作文』。大学在学中に作家デビューが目標。昔の貴族みたいに恋愛を楽しんでいる暇はない。むしろ恋愛している余裕があったら、小説執筆に時間を当てたいし、そのことをネタにしていたかもしれないくらいは執筆に夢中だ。目先の恋愛より公募小説。これって青春の無駄遣い? 青春なんて人それぞれだろうが。俺は自分で大学生という貴重な時間を執筆に賭けている。
そんなこんなで今日もパソコンの画面を黒くすることに労力を注ぐ。時間がもったいないので、大学で使っているパソコンでも執筆を続ける。講義と講義の間の休み時間も、俺は小説執筆に打ち込んでいた。
さて、今書いている小説は、ネットの小説サイトにアップする予定だ。公募も現在は色々な形があり、指定のキーワードを表示してサイトにアップするだけでも応募完了となる。いちいち原稿を印刷して、出版社の住所に『原稿用紙在中』と赤ペンで書いて郵便で送る手間がなくなったことは便利だ。切手代も浮く。
それよりも問題は小説の内容だ。俺の得意とする分野は、青春エンタメ。性格は明るいわけでもリア充というわけではないが。自分に欠けている経験を、小説で補っているのかもしれないが、小説を書いているときは楽しいのだ。
「よ、何書いてるんだ?」
「うわっ!?」
教室の後ろのほうで小説執筆していると、同じ文学部の松岡が声をかけてきた。俺は咄嗟に画面に表示されているウィンドウを最小にした。
「……別に」
「恥ずかしがるなよ。同じ学部だろ。小説書いてる公募勢なんぞ珍しくないわ。ってか、作家は小説を読んでもらってなんぼだろ」
「……」
俺は松岡の言葉を受け、画面を元に戻す。彼の言うとおりだ。小説は人に読まれてなんぼ。読まれなかったら意味がない。
「……で? どんな内容なんだ?」
「今回は主旨を変えて恋愛もの……のつもり」
「彼女なしが恋愛か」
「うるせえ、今筆が乗ってたのに」
「俺のことは気にせずに」
気にせず、なんて言って、隣の席に陣取る。これじゃあ気にしないほうが難しいっちゅーねん。だが、お言葉に甘えて執筆を再開する。
「恋愛ものって言っても様々だろ? さわりだけでも内容教えてくれよ」
「恋愛は恋愛だ。それ以上も以下もない」
「はぁ、あとで読ませてくれ」
「校正を頼む」
「ちゃっかりしてるな。いいけどさ」
完成したあと赤ペンを入れてくれるよき学友がいることに感謝すると、チャイムが鳴る。一旦パソコンを閉じてリュックサックの中にしまう。授業開始だ。
「純愛か? これ」
授業が終わって、昼休み。俺は松岡と一緒に空き教室で昼飯がてら執筆の続きをしていた。
ネットワークが発達した今、サイトにアップすれば、他人でもスマホで内容がすぐ確認できる。
松岡に小説サイトを経由して新作を見せると、彼は首を傾げた。
恋愛ものは恋愛もの。それ以上でも以下でもないと言ったが、やはり人の評価は気になる。
松岡は続けた。
「主人公は一途だし、純愛なんだろうが……なんだか女々しいな」
「女々しいって……ひとりのことを愛し続けたら恋愛ってそうなるだろ」
「お前、恋愛経験あるの?」
松岡に言われ、俺は言葉を失う。悪うございましたね。恋愛経験なんてなし、年齢=彼女いない歴だ。
俺は黙ってパソコン画面に視線を落とすと、ジャムパンを食べていた松岡が続けた。
「まぁ、恋愛経験なくても想像でここまで書けるのはある意味才能かもな」
「で? 面白かったか?」
「この小説はエンタメじゃねえよ。どっちかっていうと、純文学だ。面白いかどうかじゃねえ」
得意分野として今まで書いてきたのが青春エンタメだったので、松岡からの評価を意外に思う。
ーーそうか、これが純文学ねぇ。
確かにいつもみたいなライトノベル感覚で書いてはいない。今回は文芸として細かなディテールに凝ってみたが、松岡はそういう評価をするのか。俺にしてみると、なかなかに改心のできではあったので、松岡の言葉を単純に誉め言葉として受けとる。
「受賞できるかな」
「大賞の色に合うかだとは思う」
大賞の色か。
ネットの大賞に、このような純文学が合うかどうかは微妙だ。ネットの小説大賞は、エンタメ気質が強いから。
だけども変わり種として目を引くのではーー? そんな微かな期待をする、俺。
受賞はともかくとして、ネットサイトに純文学があってもいいじゃないか。これも新しい取り組みだ。そうだ。『ネットサイトに純文学を上げた反応』みたいなレポートも、ゼミで書いて発表できるかもしれない。
「お前、他の小説も、このサイトにアップしてるんだな」
「まあな。小説大賞落選の供養だ」
松岡はスマホの画面に指を滑らす。主に得意分野のエンタメ作品が多いのだが、今書いているような純文学短編もあり、様々な分野に挑戦しているほうだろう。
昼休み。俺は執筆、松岡は俺の作品を読むのに夢中だ。小説を書きながら、松岡がぽつぽつとこぼす感想を聞いていると、意外なことを言われた。
「なんかお前の小説って、女が書いてるみてえだな。主人公も女だし」
「……そう言われるとそうだな。女性目線のほうが書きやすいからそうしてるけど」
「お前、『育』って名前も性別わかりにくいし、編集とかから女だと思われてそう」
「まさか」
女と思われていても関係ない。小説は小説。作者の性別なんて気にする必要はないはずだ。俺が男だろうが女だろうが作品には影響ない。
「でも、こんな恋愛ものを書く女がいたら、文学部としてお近づきになりたいと思うがな。それが作者・男だなんて、新手の詐欺か」
「何とでも言え」
自販機で買ったパックの牛乳を飲むと、俺は執筆に集中した。




