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(み、見えたような、見えなかったような……!)
恥ずかしさのあまり詳細の記憶は飛んでいる。
でも、ヴァンレックの肉体美は網膜に焼きついていた。
「アイリスっ、嘘を吐いたから見限ってしまったのか!?」
ヴァンレックは服のことについて周囲の男たちに礼を言うなり、アイリスのもとに駆けてきた。
「すまなかった、本当に申し訳なっ――」
「ま、待って、急に寄ってこられたらさっきの思い出しちゃうから!」
「頼む聞いてほしいっ、俺の子だと答えたが、実は神獣なんだ!」
ヴァンレックがアリムを両手で前に突き出し、必死にそう言ってきた。
アリムが申し訳なさそうな顔で、指同士を合わせる。
「ごめんねアイリス、僕の本当の名前は『ヴァルトクス』なんだ。獣化できる王家の人間がこの家名をいただくのは、神獣の名前を取っていて……僕はヴァンレックの子供じゃないよ。僕をヴァルトクスと呼ぶのは畏れ多いしややこしなるからって、アリムって名前をつけてくれたんだ」
アイリスは言葉を失った。
初めて自己紹介をされた際、アリムは間違って苗字を名乗ったのだと思っていた。
みんなは『神獣様』と呼んでいた。
しかし本来その存在は『ヴァルトクス様』と呼ばれていたのだろう。
「ややこしくなると思うから、これからもアリムって呼んでね! パパならヴァンレックがいいし、ママならアイリスがいい!」
抱っこして、と言わんばかりにアリムが笑顔で両手を伸ばす。
アイリスは思わず抱っこしてしまった。
「アイリス、君はかなり混乱しているようだが、それでも抱き上げてはくれるんだな……」
「可愛いんだものそれはそうでしょ……というかっ、なんではじめっから言わなかったの!」
アイリスは思わず心の声をそのまま口に出した。
「私がどれだけ悩んだと思ってるの!?」
「まさか、――アリムのこと気付いていたのか?」
「違うわよ! 私たちの契約のことよっ」
「あ」
何、その反応は?
アイリスは、まるで『今の今まで忘れていました』みたいなヴァンレックの反応に、何かがぷつんと切れるのを感じた。
「アリムが神獣だと打ち明けても大丈夫になるまでが契約期間だったんでしょう! 私、あなたのせいで離れられなくなっちゃったの!」
雷が落ちるようなアイリスの声に、リッジソロミュー公爵が「退散たいさん~」と呟きながら離れていく。
周りの男たちも、耳を塞いで部屋の隅まで撤退する。
「……俺のせいで?」
「そうよっ、離縁の話もかねて陛下のところに行っていたのでしょう? だから私からもこの政略結婚をなかったことにできないかリッジソロミュー公爵様に相談しようと――」
「いやいやいやっ、大急ぎで止めに行くと伝言を受けたから、俺も王の間から飛び出してきたんだ!」
「は? 王の間から!? いったい何して――」
「君に離れてほしくないからだ!」
アイリスは、かなり間の抜けた顔をしてしまっただろう。
「しばらく協力してほしいと告げたことを後悔した。今は、結婚を続けたい意思しかない」
「……私、てっきり契約を持ち掛けられたのかと……」
「君にそう誤解させたことも謝る。俺もあの時は、結婚の意思がなかった。アリムが神獣だと知られて、危険にさらされないためにも結婚という形は必要だった。だが今は、君と夫婦であることを、本心から光栄に思っている。好きなんだ」
「す、き……」
アイリスの思考回路はショートしかけていた。
「しばらくと言った手前、どう君に受け入れてもらえるか考えていろいろと贈り物をしたり……アリムのことを隠していたのも次第に心苦しくなった。だが、言えなかったんだ。秘密を守るようにと国王命令を受けていた。アリムのことは国王である兄を中心に決めた重要な極秘任務で、王家で神獣が誕生したのは数百年ぶりで――」
彼は国王の右腕だ。命令には忠実。
(契約を結ばれたと思ったのは私の勘違いだった?)
情報過多だ。アイリスはそのままソファにひっくり返った。
「アイリスー!?」
「アリム大丈夫!?」
「大公妃!」
ヴァンレック、アリム、続いて男たちの声が聞こえたが、アイリスは健やかに気絶していた。




