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すると、すぐメイドがやってきた。
「はい、奥様」
「リッジソロミュー公爵様は陛下の側近よね? 王城かしら」
彼女は不思議そうな顔をした。
「王城に人が集まっているようですから、旦那様と同じくその可能性が高いとは思います。ちょうど王城から騎士様たちがいらしていますので、話を聞いてみましょうか?」
「王城から? どうして?」
「詳しくは知りませんが、奥様の警備に派遣されたそうです」
「私の警備?」
なぜ、王城の騎士がそんな任務を与えられるのだろう。
そんなことより、都合がいい。アイリスはツキリと傷んだ自分の胸を無視し、毅然と顔を上げ、メイドに伝えた。
「急ぎ用を頼みたいことがあるの。警備に派遣されているという一人を、こちらに呼んでくれないかしら?」
「かしこまりました」
メイドは不思議がりながら指示に従う。
(ブロンズは契約のことを知っているみたいだけれど、私が結婚をどうこうしようと考えていると知ったら、みんな全力で止めそうだし……)
間もなく、見慣れない白い軍服を着た騎士がやってきた。
「父をお探しとか」
「えっ、あなたリッジソロミュー公爵の息子さんなのっ?」
「はい。ウィリアムと申します。陛下と王太子殿下の近衛騎士隊をみています」
微笑みかけてきた彼は美しかった。確かに身体に厚みはあり、現役の軍人なのだなとは感じる。
(なんでそんなに偉い人がうちに)
アイリスはまたしても思考が停止しかけたが、ハッとやるべきことを思い出す。
「リッジソロミュー公爵様がどこにいるのか知ってる?」
「私と入れ違いで、王城に上がりましたよ」
「この手紙を急ぎ届けてほしいの」
ウィリアムは、きょとんとした様子で手紙を受け取った。
「父は忙しくしていると思いますし、相当な理由がないとすぐに伝えるのは難しいかと――」
「今回の政略結婚、ヴァンレック様のためになかったことできないか、相談したいの」
「え!?」
「できれば彼が帰ってくるまでに話したいのだけれど」
「わ、分かりました、至急馬を飛ばします」
彼のハンサムな笑顔が強張り、慌てたように去っていった。
彼を見送ったアイリスは、室内に戻った。
(これであと戻りできないわね)
メイドを呼び、紅茶を一つ用意してもらった。一人になりたいと告げて、彼女も退出させる。
リッジソロミュー公爵に目をつけたのは、アリムへの対応の違和感を思い出したからだ。
あの夫婦は、アリムがどんな存在なのか知っていたのだろう。
(ヴァンレック様は初日に、妻として私を愛することはないと言った……)
希望は持てないと思う。
子はいないにしても、ヴァンレックに好きな女性はいる可能は否定ではないし――。
「ふぅ、考えるのはよしましょ」
自分に言い聞かせる。
こうやって覚悟を作るためにも、アイリスはメイドを自分のそばから離したのだ。
少しでも思考を巡らせようとすると、自分が残れる余地を探してしまう。
契約の終了を突きつけられる覚悟はできていたはずだったが、待つのは、涙が出そうなほどつらかった。
だから、ヴァンレックが国王と話しを進めている傍ら、アイリスも動くことにした。
「契約だったもの……約束は守らないと……」
ティーカップを覗き込み、ぼうっとする。
ヴァンレックとは今のいい関係でいたい。
アリムにも、好きになってもらったままの自分でいたい。
「……一人って、こんなに静かなのね」
普段はずっとアリムを見ていたし、ヴァンレックが一緒にいることも最近は多かった。
いずれ一人になるわけだが――やっていけるのだろうか。
一人で自分の幸せを探す、なんて豪語していた、婚姻を告げられて実家を出た日をアイリスは思い返す。
今はそんなこと、できる自信もなかった。
(私の幸せって、彼らがいるところなんだわ)
ヴァンレックがいて、アリムがいて、彼らのためにどうすればいいのか考えて動く日々だった。支えたいと行動していたら、ブロンズたち大公家に勤めるみんなも大切になって――。
(この先もずっと、支えていけたら)
お飾りの妻ではない。
女主人として屋敷を、大公妃として領地を――。
その時、建物が本当に揺れたのではないか思うほどの大きな音がして、アイリスはビクッとした。
「い、今の何……!?」
アイリスが窓のほうを見ると、反対側の扉がドカーンッと蹴り破られる勢いで、開く。
「きゃああああ!」
「大公妃様ああああああ!」
野太い男たちの合唱が、アイリスの悲鳴に被った。
(何、本当になんなの!?)
ティーカップがテーブルの上に落ちた。紅茶の少ない残りが、小さな池を作る。
あまりの突然のことで腰が抜けて動けなくなった。
アイリスは出入り口に顔を向け――驚愕する。
大勢の騎士がなだれ込んでくる。先程見たばかりの軍服から、王城の騎士たちなのは分かった。
(ちょっ、続々と王城の騎士が来たんですけど!?)
それを引き連れているのは、初めて見る貴族たちだ。豪華で丈の長い衣装を着ている中年男性たちは、それを持ち上げてまで走っている。
そこにアイリスは、覚えがあるリッジソロミュー公爵の姿を見つけた。
「リッジソロミュー公爵様? あ、あの、いったいこれは何事――」
「ご相談は拝見しました! お願いです出て行かないでくださいっ!」
走ってきた彼が、アイリスが座るソファの前で両膝をついた。
「は?」
アイリスは唖然とした。
「大公のことを考えるなら『なかったことに』なんて、絶対にできませんから! 恐ろしいっ!」
「ちょっと待って。リッジソロミュー公爵様、恐ろしいと言いました?」
「彼の言う通りです!」
騎士たちは護衛なのだろうか。とにかく偉い人だと分かる服装の男たちが、床に正座して両手をついしたリッジソロミュー公爵に続けと言わんばかりに、次々に懇願してくる。
「アイリス大公妃殿下が婚姻を解消してしまわれては困りますっ」
「相手を定めた王家の狼には、起爆剤です……!」
「もしあなた様が去ろうものなら、幼獣のことをお願いした我々が、どんな目に遭わされるかっ」
「我々……?」
とすると彼らは、国王の一番近くに置かれている臣下たちなのか。
アイリスはさーっと青ざめる。
なんでそんな偉い方々が突入してくるのか?
「す、座ったままの出迎えを誠に申し訳――」
「構いません。腰を抜かすほど驚かれたようで、こちらこそ大勢で急に押しかけてしまい申し訳ございません」
と、リッジソロミュー公爵たちが口を揃えて謝ってくる。
そして彼らは、見事に土下座した。
(お願いだから頭は上げてっ)
騎士たちも緊張たっぷりに敬礼している。
「あの、そもそも幼獣? とは?」
その時、今度は大きな狼が入り口を破壊して、突入してきた。
「きゃああああああっ」
「幼獣は僕のことだよ! アイリス!」
狼の頭の上から、アリムが主張した。
「成長しないと本来の姿になれなくて、魔法もほとんど使えないのっ。自分を守ることさえできないから隠しているほうが安全でっ」
「魔法……」
そういえば彼が、ヴァンレックがいた牢に送り届けてくれたことがあったのをアイリスは思い出す。あれは獣人族の秘密の力のその一でも二でもなく、〝魔法〟だったみたいだ。
すると、目の前で狼が光った。
(まさかっ)
アイリスがハッと思った次の瞬間、そこにはアリムを片腕に抱えたヴァンレックの姿があった。
「きゃー!」
アイリスは、別の意味で悲鳴を上げてしまった。
「大公っ、どうしてそこで戻るんですかっ」
ああもうほんと困った人だなー!と笑顔を張りつかせたままリッジソロミュー公爵が言う。彼と、そして近くにいた男たちが、騎士も貴族も問わずヴァンレックを一瞬で取り囲んだ。
次にヴァンレックが見えた時、彼は丈の長い衣装を上からかぶされていた。
しかし、アイリスは真っ赤になって動けないままだ。




