6-13
「心配してくれてありがとうございます。獣耳と尻尾がはえたあの子を、どう受け止めてくれるのかも気がかりだったんです」
獣の特徴を持って生まれるのは【獣化】の目印みたいなものだ。
「まぁ、初めは私とお同じようにみんな恐れたと思います」
「恐れる?」
「戦闘に特化した獣化の姿を、我々はよく見ています。年齢問わず国のため、人々のため戦う役目を担って代々『ヴァルトクス大公』の名を受け継ぐのです。ですが、見てください。彼はまだまだ子供なんです。あんな小さな姿で、国の守護神の役目を果たそうと、閣下の頭にいるんですよっ」
バーリントン伯爵が指さす。
「信じられますか? 見ていてハラハラします!」
「わたくしもですわ!」
「ひぇ」
急に、太ったレディがアイリスの脇から頭を飛び出させてきた。
「大公妃様っ、あの子はまだ獣化できないのではありません?」
「大公様の獣姿と比べるせいで、もう小さくて小さくて心配で仕方がなくっ」
「どうにかして俺たちで回収できないでしょうか」
「大公妃様、私たちも協力しますから。あの子がかわいそうです」
集まってきた人々の心配そうな眼差しに、アイリスはしばし呆然としてしまう。
(アリムが獣化したら、ますます心配してしまいそうな勢いだわ……)
でも、嬉しさで胸がいっぱいになった。
(だからヴァンレック様も、まだアリムに変身していいと合図を出していないのかしら?)
まずはあの姿を受けれてもらえるのか、アイリスは心配していた。
今は、こんなにもたくさんの人たちが『普通の子供と同じなんだ』と感じ、受け入れて、アリムを心配してくれている。
きっと二人には〝作戦〟があるのだろう。
父子だけで進めたことに疎外感は覚えるが、アイリスはヴァンレックを信じている。
だからアイリスも、どうにか待っていられていた。
(二人みたいな視力がないのも、残念だわ)
こちらからはうまく見えないが、先程と変わらず、アリムも余裕たっぷりに笑っている気がする。
その時、アイリスは不意に空気が重くなったのを感じた。
空間が緊迫感で満ちるような感覚。まだ存命の十一頭の魔獣たちが黒狼に警戒を示し、距離を開ける。
金色の毛並みを揺らし、狼が低い唸り声を上げた。何やら不穏なオーラが出ている。
すると、その頭にいたアリムが、不意に立ち上がった。
「――〝鎮まれ、若き我が子孫よ〟」
微笑んだ彼の唇から発された〝声〟は、不思議と会場に響き渡った。
「時は満ちた。魔獣よ、その遺骸さえもそこにいることは許さぬ」
アリムの身体が銀色の光を発し、ふわりと浮く。
それは強烈な光へと変わった。姿さえも覆い隠す銀色の光が形を変え、次の瞬間に左右に白銀の翼が開かれる。
「お、おぉ……」
人々の声がもれる。手を組んで祈る者も出始めた。
(あれ? 翼がすごく大きくなってる?)
アイリスは、状況がよく分からなかった。
銀色の光を弾くようにして狼の頭上高くに現れたのは、大型犬ほどにまで成長した、銀色の狼だ。
魔獣があきらかに怯えている。
銀色の狼が翼を左右に大きく広げ、吠えた。
すると黄金色の光が放たれ、それが閃光を上げながら魔獣たちに襲い掛かる。
――ぎゃああああぁっ。
魔獣の身体が先端から崩れていく。
黄金色の光によって消えていき、床に残った魔獣の残骸や血さえも消滅する。
「……わ、我が国の神獣様だ!」
一人の興奮したような男の声に、人々の大喝采が続く。
「神獣様が誕生された!」
「奇跡の魔法だ! それをこの目にできたなんてっ」
「え?」
アイリスは、ぽかんとした声を上げてしまった。
「心清らかな者のもとでしか育たない神獣様を、大公様が連れ帰られたっ」
「神獣に認められし大公様、万歳!」
「神獣様万歳!」
いったい、何が起こっているのだろう。
アイリスはまばたきもせず固まっていた。状況が、うまく飲み込めない。
(アリムはヴァンレック様の息子のはずで……)
誰もが狼姿のアリムを見て『神獣様』と呼んでいる。
目の前には破壊された無残な会場。転がった円卓さえ小物に見えるほど、大きな狼。そんな狼の鼻先まで飛んで、銀色の狼が嬉しそうに何やら話している。
ひとまず騒ぎは一件落着のようだ。
しかし、もとをただせば、発端はあの父子の企んだ仕返し……?
「何がどうなって……?」
一気に緊張感も抜けてしまい、アイリスは意識が遠のいた。
「大公妃様!?」
バーリントン伯爵が慌てて侍従たちと受け止めた時には、アイリスは妹と同じく完全に気を失っていた。
◇∞◇∞◇
アイリスが目覚めた時、そこは王都にあるヴァンレックの屋敷だった。
彼はアイリスのそばにフロンズを置いてくれていた。
「旦那様は、アリム様を連れて王城へ向かわれました。終わり次第に戻られるそうです」
国王への報告だろう。
披露宴の会場で魔獣が突入してきて、ヴァンレックが狼の姿に変身して対応して――。
「……ねぇ、アリムが神獣って、どういうこと?」
気絶する直前のことを思い出し、困惑した顔でアイリスはブロンズに尋ねた。
ブロンズが悩ましい表情で黙り込む。
「……わたくしの口からはなんとも。旦那様のお帰りをお待ちください」
彼は頭を下げ、出て行った。
(もしかして私がお飾りの妻だから、言えないのかなぁ)
今日まで信頼関係を築けていたと思っていたので、少し寂しい気持ちがした。
見下ろすと、ドレスは休むのに適した動きやすいものに着替えられていた。戻るまで休んでいていいという意味合いだろう。出歩くのなら、もう一枚きちんと着込む必要がある。
「アリムが、神獣……ヴァンレック様の子ではなかったの……?」
では結婚は、王家の神獣を育てるためのものだったのだろうか。
(あ、だから『子育てしてくれ』と言ったのかしら)
考えが回らない。
いろんなことが起こったのもそうだし、彼女は整理のつかない感情でいっぱいいっぱいだった。
真っ先に浮かんだのは、唐突なこの契約の終わりのことだ。
「嫌、だな」
アイリスはシーツを握った。
嫌、なんて口にしてはいけないのに、とあとになって気付く。
「こんなのだめ、動かなくちゃ」
自分に言い聞かせるように慌ててベッドを降りる。
窓辺に置かれた机の引き出しを開け、手紙を書くための用品を準備した。
(役目を終えたのならヴァンレック様のそばを離れないと……彼を困らせたくない……)
ヴァンレックを前にしたら、彼が契約終了を告げてもそばにいたいと、みっともなく泣き縋ってしまいそうな予感があった。
妹の結婚式だけでなく、披露宴でもうまく騒ぎを誘導した。あんなこと思い付けるのは国の最強の騎士であり、誰からも恐れられる大公、ヴァンレックその人くらいしかいないだろう。
なんとも楽しそうだったし、アイリスも胸はスカッとした。
実のところ腹黒さも立派にお持ちなんですね、と感想は浮かぶものの、それでも口元には笑みが浮かんでしまう。
そういうところも気にならないくらい、彼のことが好きだった。
いや、そういう一面も『好きだなぁ』と、騒ぎを眺めながら実のところ思っていて――。
「……もっと、好きになっちゃったじゃない」
便箋に走り書いた言葉を見て、目が潤んだ。
それぞれの道を進むタイミングが来たのかもしれない。
とにかく、神獣だとかそんなことよりも、今はアイリスが彼の〝邪魔者〟にならないことが大事だ。
恋をした自分の行動の予測がつかない。
こんなこと初めてで、とにかく自分を制御するために動くしかないとアイリスは感じた。
告げられるのがつらいなら、アイリスも行動すればいい。
アイリスはショールを羽織ると、ベルを鳴らした。




