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6-12

 アンメアリーが手に持っていたものをアイリスに投げつけた。


 すると、ヴァンレックとアリムが動いた。アリムは隣の椅子からアイリスをかばうように抱き締め、ヴァンレックが立ち上がりテーブルクロスを剥ぎ取って、自分たち三人家族を守るように盾にする。


 円卓にあった食器が落下して破壊音を上げた。


 さらに悲鳴が増す。


「さすがヴァルトクス大公っ」

「よ、よかった、アイリス・エティックローズ嬢に、いや大公妃にあたっていたら大変だったぞっ」

「警備を呼べ! 大公妃を守ってくれっ」


 必死な様子で叫ぶ男性の声も聞こえてくる。


(『悪女』なのに、守れ?)


 アイリスは、頭に疑問符がたくさん浮かんでいた。


 アンメアリーが投げたものはテーブルクロスに跳ね返ったようだ。


「ちょっ、こっちにこないでっ」


 慌てるアンメアリーの声が聞こえた。テーブルクロスがアイリスの前から外れた時、彼女は横に飛んで、床に崩れ落ちたところだった。


 その脇を、先程のひび割れが入った岩石のような玉が行く。


 人々が目を剥き、そして面白いくらい素早く逃げた。


 ――こん。


 丸い岩が床の絨毯の上で衝撃を受けたその時、ひび割れの内側が赤く光る。


(あ。ヴァンレック様は衝撃を与えないように〝いなした〟のね)


 彼がテーブルクロスをうまく使ったのだと察してアイリスが感心した直後、ぼんっと破裂音がして、丸い岩から赤い煙幕が上がる。


 それは人々が思わず口と鼻を覆うほどの刺激臭があった。


「うっ」


 アイリスも、どこか血生臭さも感じるそれから鼻を守った。


 飛び散った赤い煙は、一気に会場中へ広がった。騒ぎを聞いていくつかの出入り口が外から開く。


「わ、わしらを早く出してくれっ」

「酔った新婦が錯乱した!」

「ち、近くに魔獣がいようものなら、一気にこっちに――」

「ひっ」


 誰かがそう息を呑む声がやけに響いた。


 あれほどの大騒ぎが、一瞬にして止まったからだ。


「な、何……?」


 アイリスは、出入り口に駆け込んだのに、誰も出ようとしない光景に戸惑う。


 どんっどんっどんっ、と床が僅かに振動している気がした。


 廊下側にいた係の者たちが、向こうを見たかと思ったら表情を変えて、慌てて会場内に飛び込んでくる。


 不安がピークに達して動けなくなった会場内の人々に、係の者たちが叫ぶ。


「ま、魔獣です! みなさん奥へ逃げてください!」


 瞬間、悲鳴が炸裂し、人々が一斉に出入り口から離れ始める。


 ドレスに引っかかった円卓がひっくり返る。床へ投げだされた食器が次々に割れ、人々が踏みつけたぐしゃぐしゃになった食べ物や割れたガラス類が飛散する。


 ――だが、それよりも〝外の音がうるさい〟。


 アイリスは緊張した。


「こ、これって……」

「アイリス、腰は抜けてる?」

「だ、大丈夫です」


 声をかけられてハタと我に返った。声が聞こえたほうを見るとヴァンレックが手を差し出していて、アイリスは白い手袋がされた彼の手を取って、立ち上がる。


 人の姿が一気に引いた場にいたのは、アイリスたちだけだった。


 その時になって人々は思い出したらしい。


「た、助かったっ、ここにはヴァルトクス大公がいるぞ!」


 その一声を皮切りに、人々は希望と期待が宿った声を上げ始める。


 みんなが奥に避難した場には、気絶するアンメアリーを引きずっている男性の使用人の姿があった。


 いったん控室にでも行っていたようで、そばにはタイをほどいたライノーアル伯爵の姿がある。彼は苛立ったように前髪をかき上げていた。


「伯爵様、彼女はどうしましょう」

「一分一秒でも大人しくしていられないのかっ? しかもなんだこの事態はっ、引き起こしておきながら、ああ、くそ!」


 すっかり結婚の意思はなくなっているように感じる。


 今日だけでいくつもの選択を間違えたのは、アンメアリーだ。この先どうなるのか、アイリスはなんとなく予想がつく気がした。


 その時、建物が揺れた。


 一部分が破壊されたような音と騒ぐ声、悲鳴、土煙が廊下から吹き込んでくる。


 人々が奥に縮こまって恐れ慄く。


「誰か、彼女を預かっていてくれるか」


 ヴァンレックの声かけに、かなり高級な服を着た男が侍従を急ぎ呼んで駆け寄る。


「ど、どうかしてくださるんですよね?」

「ああ――ちなみに彼女に怪我をさせれば、承知しない」


 告げるヴァンレックの金色の目が殺気で美しく光る。


(彼の無表情が見慣れないわ)


 普段はこう、なのかもしれない。


 相手の男たちは震え上がる。


「も、もちろんです」


 返事をした男たちに連れられることになったアイリスは、慌ててヴァンレックに言う。


「待って! 外の人たちは平気なんですか?」

「魔獣はこの〝匂い玉〟しか目がない」


 アイリスは、人々の怯えようを理解した。


 直接はかぶらなかったにせよ、その匂いが充満している空気をまとって部屋から飛び出したりなんかしたら、魔獣は見逃すことなく食うだろう。


「さあ行きましょう、大公妃様」

「ま、待ってっ、騎士たちもいないのに――」

「問題ない。魔獣より、俺たちのほうが強い」


 ヴァンレックがにっこりと笑いかけてきた。足元にいるアリムが、ひらひらと手を振ってくる。


「百の群れというわけでもないんだ。任せてくれ」


 向こうから見守っていた人々が、心強いと歓声を上げる。アイリスは男と侍従たちにそこへと引っ張られた。


 すると、走っている最中に、会場にある数か所の出入り口から爆音が上がった。


 ハッと目を走らせると、そこには蜘蛛のような頭や、カマキリの胴体に狐に似た頭を持った魔獣たちが突入してきた。


 悲鳴が会場内を包み込んだ。


(――お、大きい)


 猛毒や、溶かしてしまう唾液などを持つとされている魔獣は、どれも馬より大きい。


 それらが入口を自分たちのサイズに造り替えて、なだれ込む。


 粉塵が舞う中、それを弾くように強烈な銀色の光が起こった。


 次の瞬間、会場に現れたのは魔獣よりさらに迫力満点の大きな狼だ。その頭部分に両手で毛を握り、座っているアリムの姿がある。


 ――おおおぉおぉっ。


 魔獣と狼の咆哮が空気を揺らした。


 その瞬間には、両者は恐ろしい速さで互いに向かって駆け出していた。


 大きな獲物のほうが目につきやすいのか、それとも脅威だと感じ取ったのか。魔獣は狼のもとへ駆け、攻撃を仕掛ける。


 だが、狼は荒れ狂った獣のように一つの隙もなかった。


 魔獣たちが周囲から一斉に攻撃しても、顎で嚙み砕き、爪で無残にも引き裂き、尻尾さえも強烈な武器にして魔獣を吹き飛ばす。


(会場がすごく壊れていくわね……)


 なんだかわざと大暴れしている気がした。


 ヴァンレックが獣姿で戦うのを見たのは初めてだから、アイリスの気のせいなのかもしれないけれど。


 ただ、近くにいるライノーアル伯爵は、破壊っぷりを嘆いている。


 彼の足元でアンメアリーは一度目を覚ましたが、


「きゃー! 野獣と魔獣大戦んんんんんん!」


 と令嬢らしからぬ騒がしい声を上げるなり、また気絶したのを、貴族たちがやかましそうに睨んでいた。


 アイリスも少しだけ呆れた。


(でも、アリムは大丈夫なのかしら?)


 お披露目にいいとヴァンレックは言っていたが、彼の激しい戦いっぷりに、アイリスはアリムが頭から振り落とされてしまわないか心配で仕方がない。


「……大公妃様、あの子供は大丈夫なのでしょうか」


 身を預かっている貴族の男が、落ち着かない様子で口にした。


「私もそれが心配で……あ、そういえばお礼もまだでしたね。先程はありがとうございます。アイリスと申します」

「いえいえっ、私はロレック・バーリントンです。爵位は伯爵になります」


 男が慌ててハット帽を一度上げて挨拶する。

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