6-11
「かもな、なんておっしゃっていましたが……もしかして事前に調査済みなんですか?」
「ああ」
披露宴の入口近くの円卓に腰かけているヴァンレックは、考えるふうにテーブルを指で叩きながら答えた。
あっさりと白状されてしまったが、アイリスは困惑する。
そんな暇がどこにあったのだろう。
王都に来るまで楽しかった馬車旅を思い返していると、会場のカーテンが閉められて、薄暗くなる。
美しい工芸ランプが次々に灯され、進行役が舞台に現れた。
新郎新婦が登場し、会場は和やかさが回復したみたいな拍手に包まれる。
「両親は排除した。彼らはヴァルトクス大公の家名を勝手に使ったことも含め、君への余罪も調査が入るだろうが。これからがもっと大忙しになる」
誰もが舞台に注目している中、ヴァンレックが言った。
アイリスはハッとし、彼の横顔を見た。
「まさか、別の目的があってここへ来たんですか?」
「やるなら徹底的に、だ。アリムのお披露目にもいいしな」
「僕、特訓でまた成長したから任せて!」
――何を?
アイリスはやる気に満ちたアリムも、獲物でも捉えるようにアンメアリーのほうを見据えているヴァンレックの冷やかな眼差しも気になった。
この父子、揃って何を企んでいるのだろう。
「あのっ」
その時、円卓に料理が運ばれてきた。
「あら? デザートも一緒に持ってきたの?」
「はい。お子様がおられる席につきましては、一緒に出させていただいています」
男性の係員が、料理を慣れたように配膳していきながら告げた。
「わーっ、見てアイリス! 美味しそうなケーキだよ!」
「うん、そうね。とても美味しそうね」
「食べていい?」
挙式でずっと大人しくできていたアリムは、偉い。
(これも楽しみにしていたのかも……?)
ひとまずサラダや前菜よりも先にご褒美でデザートからいただくことにする。
数種類のカットケーキは美味しかった。食べながらそれなく確認したが、新郎新婦席の近くに設けられた双方の両親席のうち、片方は空席だ。
やはり両親は参加しなかったらしい。
(ヴァンレック様は『排除』とおっしゃっていたけど……来られないよう計算して先程のやりとりを? 相手の反応もかなり精密に予測しないといけないし、誘導して発言を引き出すのもかなり高度な……)
――美しいが、恐ろしい大公。
最近、思い出すことも忘れているその噂について、ふっと何か重要なことを思い出しかけた。
だが、挙式の際のヴァンレックの対応を思い返したアイリスは、抱き締められた記憶がよみがえって、ほんのり頬を染めた。
(まずいわ、他のことを考えましょ)
そう思って視線をなんとなく移動した。
すると、頬杖をついてにこにこ見ているヴァンレックの顔があって、驚いた。
「い、いつから見ていたんです?」
「食べ始めたところから」
近くの円卓の者たちは、気になって仕方がない様子で、主役のほうではなくアイリスたちの円卓を注視している。
アイリスだって、機嫌がいいヴァンレックが気になった。
「あの、以前も言いましたけど、食べているのをひたすら見られるのは恥ずかしいんですよ……」
何が面白くて、彼は時々観察しているのだろう。
そもそも、そんなふうににこにこしている人ではなかったはずだ。
「ヴァンレック様も、食べてください」
気をそらすべく、そう告げた。
先に視顔をそむけてしまったのはアイリスだった。彼は目を丸くし、それから笑う。
「それなら食事を楽しもうかな」
どうして上機嫌なのか、アイリスには分かりかねた。
彼は自分に特別な気持ちを抱くことはない。
そんなアイリスの〝思い込み〟が、彼女の選択肢を縮めていたから。
けれど、やはりアイリスの視線は彼に戻ってしまう。そこにはステーキに真っ先手をつけたヴァンレックがいた。
(軍服じゃない彼は、剣なんて握らなそうだわ)
見ていると、彼に似合うものが一つ足りないことに気付く。
「ワインはよろしいのですか?」
「俺も、君やアリムと同じ果実ジュースでいい」
「楽しまれるとおっしゃっていたので、てっきり――」
「食事のことではないんだ。酒で、正確性が微量にでも落ちるのは、避けたいしな」
アイリスは、食事する彼の楽しげな様子に不安を煽られた。
「あの……そういえば目的が別にあるとか。何をなさるつもりなんですか?」
「簡単に言えば〝仕返し〟」
「え」
「騒ぎを起こすのは俺ではない。先に手は打っておいてある」
(先に手を打った……? つまり、何か仕掛けたの?)
そもそも仕返しに意欲的すぎないか。
(あ。そういえばヴァンレック様って〝戦い〟が得意だったわ)
物理的なものだけじゃなかったと、ようやく噂を思い出した。ヴァンレックが恐れられているのは、その確実な戦勝へと導く〝頭脳戦〟も含む。
『我儘娘。それを止める者を排除した』
その思考に思い至って、アイリスがまさかと考えた時だった。
「さっきので勝ったなんて思わないでよねっ」
タイミングのいい金切声に、アイリスの肩がビクッとはね上がる。
「……ア、アンメアリー? どうしてここに?」
振り向くとアンメアリーがいた。彼女は少し酔っているようだ。目は眠そうだが、明確な私怨を持ってアイリスを睨む眼差しだけはぎらついている。
「いつも私が都合よく使っていた側よっ、一度だって口ごたえしたこともなかったくせにっ」
いつの間にか会場は宴会へと入ったらしい。
だが、アンメアリーの癇癪を起こした声は、人々の目を集める。
「――また彼女か。品性に欠ける」
「――さっきの話って本当なんだろうか?」
「――侯爵らが逃げたから事実なのでは」
ひそひそと囁かれているが、アンメアリーは酔って判断能力が少し落ちているのか、気にする素振りがない。
(待って。ヴァンレック様とアリムの目が、飛び込む獲物を待っているみたいになっていて嫌な予感しかしないっ)
アイリスは冷汗がドッと吹き出すのを覚えた。
アンメアリーに睨まれている状況だが、おかげでそこに何かを感じる余裕はない。
「アンメアリー、お客様がたくさんいる場よ。ライノーアル伯爵はどうしたの」
「彼、全然甘く囁いてもくれないし、全部あんたのせいよ!」
「冷静になりなさい、ここに大公様もい――」
「また全部『悪女』のお姉様のせいだってことにしてやり直すの! 会場がめちゃくちゃになったのも、お姉様のせい! 痛い目見せてあげる!」
目撃者が多いので罪を着せるのも無理だと思うのだが、アンメアリーは酔っぱらいすぎてそこにさえ考えが回っていない様子だ。
(ああ、これは……)
アイリスはますます嫌な予感がした。
緊張、というより、同じ円卓に座ってやたら大人しくしている夫と子供が、いったい何を仕掛けたのか考える。
「私はついてたの、お姉様をぎゃぶんと言わせるアイテムが手に入ったんだから!」
不意にアンメアリーが、スカートのポケットから何かを取り出す。
それはごつごつした丸い岩で、何やら割れ目が赤黒く光って見える。
ほとんど引きこもっていたアイリスが世間知らずにも小首を傾げている間に、見ていた全員が、悠長な食事も切り上げて立ち上がった。
「え、えっ、何この反応――」
「なぜ会場に魔獣をおびき寄せるものを持ち込んでいるんだ!」
「え?」
「匂いだけでもまずいんだぞっ、割れないように布か何かで包みなさいっ」
女性たちが次々に立ち上がって悲鳴を上げる。
身なりが立派な紳士たちも騒いだ。
ただ一人、騒ぎの中心人物の向かいで座ったままのアイリスだけが、状況を呑み込めない。
周りの制する言葉は、かえってアンメアリーを逆上させたらしい。
「うるさい! これでお姉様に痛い目を見せられるんだもん!」
ひっく、アンメアリーがとしゃくりを上げる。
(えーっ、これ確実に、ありえないくらいものすごく酔ってるじゃない!)




