6-10
(ヴァンレック様……)
アイリスは胸がじーんっとした。
小馬鹿にされることが耐えがたい両親は、顔を真っ赤にしてアンメアリーを睨んだ。
「お前はっ、もう少しよくできないのか!?」
怒鳴ったのは父だった。
「えっ、お、お父様?」
「姉がいなくなってから我が家の評判を落とすばかりだ。それに対してアイリスは賢くも、うまく付き合う方法を考えて我がエティックローズ侯爵家と、ヴァルトクス大公家を繋いで、今後も利益をもたらしてくれるというのにっ」
はじめて父に怒鳴られた妹は、頬を打たれたみたいに絶望した顔で黙り込む。
貴族たちが、唖然として父を眺めていた。
いったい何を主張しているのか分からないのだろう。アイリスもそうだ。頼れると信じ切っているが、双方の上は何の取り決めもしていない。
「繋ぐ?」
いい声で嘲笑が落ちる。
「今後の利益とは、どういうものなのか気になるな」
ヴァンレックが鼻で笑った。
「そ、それは、我が娘を娶って、お気に召してくださったのでしょう? 我々は、そこのアイリスの両親です」
言い方が変であると自覚していないのだろうか。
お気に召す、そこの、と貴族たちが不信感を抱いたようにひそひそと話す。
「そうだ、俺は我が家に来てくれたアイリスを好ましく思っている。こうして大切にしている」
「っ」
アイリスは赤面を止められなかった。
(い、いきなりどうしてそんなことを言ってるのっ?)
言い返すための演技だろうか。
「だが、送り込んだら終わりの婚姻だったのでは?」
「は?」
「陛下に確認を取ったが、虚偽を申告したな。俺の獣化の力が暴走という危険がついていることは事実だ。彼女は意思確認もされないままだった、つまり『死ぬかもしれないがせめて最後くらいは家の役に立て』と俺のもとに嫁がせたという調査結果になっている。それに加え、嫁入りなのに祝いといった類の荷物は侯爵家からはなかった、荷物もごくわずか――俺はアイリスと結婚したが、娘を差し出すような薄情な貴族と取引したがる獣人貴族はいない。二度と関わるな」
一気に鋭い視線が突き刺さり、父と母が身体を縮こまらせた。
「娘を差し出す?」
「なんて非道なことを――」
「確か立候補は、娘の意思確認が絶対条件だったと聞いたぞ。だから先月まで何度も集まりがされたんだろう?」
「とするとエティックローズ侯爵家は、娘からの意思決定書を偽装して、陛下に提出したのか?」
どういうことだと面白がった貴族たちが押しかける。
父と母が失礼すると言って人ごみをかき分けた。
アンメアリーが立ち尽くし、ライノーアル伯爵がこれから結婚する相手とは思えない不審の目を向けている。
「あのー、挙式が始まりますので、ご移動をお願いします」
係りの者が主役の二人に声をかける。
前代未聞の最悪な空気の中、挙式が始まった。
◇∞◇∞◇
結婚式は、なんとも厳粛な空気の中で行われた。
というのは場の雰囲気に合っていただけで、好き同士の婚約者がようやく迎えた華やかな挙式というものではなかった。なんともぎすぎすしたものになった感じだ。
「……悪いことしちゃったかしら」
あの妹にやり返せてスカッとしたものの、アイリスはなんだか悪いことをした気持ちになる。
「結婚は人生に一度の晴れ舞台なのに」
「だからこそ適しているんじゃないか? 報いを受けるべきだ」
隣から、容赦のない相槌が返ってきた。
先程の騒ぎもあってか、誰もが目を向けない状態で彼の存在を強く意識している様子だった。
――ヴァルトクス大公の機嫌を損ねた。
そんな花嫁を形ばかりでも彼の前で祝っていいものか。
そう悩むように、新郎新婦の誓いの口付けの拍手も小さくまばらだった。最前列に腰かけている父と母は、挙式なんてどうでもいいから今すぐにでも終わってほしいと思っているみたいに、恥をかいた顔を下に向けっぱなしだ。
「気になるか?」
「いいえ」
ヴァンレックがちらりと見てきたので、アイリスはふるふると首を横に振る。
「どうにもできないかもしれないと思っていたので、今の両親はああですし、妹のほうもすっかり大人しくなって、なんだか不思議な感じです」
ヴァンレックはあの両親を、完璧に黙らせてくれた。
多くの貴族を自慢げに招いた状況が、かえって目撃者を増やした。今後はアイリスに接触するのは難しいだろう。
「不安は小さくなりました」
「小さく、か。それでは計画通り、徹底的にやらないとな」
「……はい?」
気のせいか、普段温厚な人から、とんでもない言葉がさらりと出た気がする。
挙式はあっさりと終わった。
このあとは近くにある芸術ホールにて披露宴が開催されると、新郎のライノーアル伯爵がみんなに案内した。
(ようやく喋ったのを見た気がするわ)
挙式の間、ライノーアル伯爵は、決められた行動を淡々とこなしていった。
アンメアリーのほうも彼に合わせて黙ったままだった。彼女にとって、人前で〝ヴァルトクス大公〟にきつい判断を容赦なく告げられたのは、ショックだっただろう。
妹は自分の我儘で逆らえない相手だとは身に染みたはずだ。
彼女に続いて、ヴァンレックが両親に『二度と関わるな』と告げてくれた。
「目的は果たしたし、帰りましょうか」
人々が移動を始めて動きだしたところで、アイリスは立ち上がりながらヴァンレックとアリムに提案した。
「空気も悪くしてしまったし、私たちが堂々楽しむのも――」
「だからこそ堂々楽しむんだ」
「『さっきのことなんて気にしてないよ~』て顔で、勝手に楽しんじゃえばいいんだよ」
ヴァンレックに続いて、アリムが顔を覗き込んでそう言ってきた。
(な、なんて勇敢な子なのかしら)
平然と挙式を見届けたヴァンレックとそっくりだ。
きっと、かなりのパパ似なのだろう。
「アイリスが何考えているのか分かる気がするな~。そういうところも大好き!」
「確かに、可愛い」
んんっと小さく咳払いを挟んで、ヴァンレックも言ってきた。
その言葉に驚いた拍子に、アリムがアイリスの腕にぴょんっと抱き着いてきた。それを目撃した通路を歩いていく貴族たちが「可愛いっ」と、男女問わず心を掴まれている。
「せっかくだし、美味しいものを食べようよ!」
「でもね、空気がぎすぎすしているのはちょっと――」
「いいから、いいから。行こう、俺の奥さん」
珍しくヴァンレックは調子のいい言い方だ。彼もアリムと同じようににこにこして、二人は揃ってアイリスの背を押した。
(……なんだか楽しそうじゃない?)
アイリスは不信感を抱いた。
そして移動した披露宴の会場は、かなり大きかった。ライノーアル伯爵がそんなに資産家だとは聞いていないので、予想外で驚く。
またしても両親は見栄を張ったのだろうか。
大きい会場でないと嫌だとアンメアリーも希望を押した……?
「祝い金をあてにしているのかもしれないな」
「そんなまさか、さすがにそれはないと思いますよ」
エティックローズ侯爵家は経営が下手だ。資産管理も専門家に任せている部分が多いが、確実に払えるか分からないことに手を出さないだろう。
それに、とアイリスが続けようとした時、想定済みだと言わんばかりにヴァンレックが先に告げてきた。
「この規模だと、本来は一括前払いが基本だと考えたな?」
「はい、そうです。それも言おうとしていました」
「それなんだが、エティックローズ侯爵家は伯爵親族に、自分たちが大きく払うと言い、君がヴァルトクス大公妃であると名前を出して後払いで会場を押さえている」
「……は?」
まさか、勝手に人の名前を出していたなんて。
しかし怒りよりも、アイリスは断言した彼に呆気に取られてしまった。




