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結婚式の会場に入るとたくさんの話し声が聞こえてきた。
アンメアリーはアイリスの婚姻が決まったあと、ライノーアル伯爵と見合いをしてそのまま婚約したようだ。
そして二人は数日で早急に想いが育ち、異例な速さで結婚準備に入った、と――。
(そうとう気に入ったのね)
どんな男性なのだろうと思っていたら、さすがに相手はヴァルトクス大公だ。新郎のライノーアル伯爵が駆けつけて、出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。おこしいただき光栄に思います」
「このたびはおめでとうございます」
「ありがとうございます、ヴァルトクス大公妃様。このあとにはパーティーを行う予定ですから、楽しみにしていてください」
すると一組の声が迫り、アイリスは胸が重くなった。
「これはこれはヴァルトクス大公様、呼びかけに応えていただいて、至極光栄ですよ」
わざと大きな声でそう言ったのは、父のエティックローズ侯爵だ。
にこにこして握手を求めた彼に、周りはざわめく。父は大きな権力でも得たような偉そうな笑みだった。
隣に立った母も、アイリスが見たこともない笑みをたたえている。
――嫌だ。
胸に黒い感情もやもやと込み上げて気分が悪くなった時、ヴァンレックがアイリスを抱き寄せた。反対隣りから、アリムがスカートに抱き着く。
「このたびは次女の成婚お祝い申し上げる。何分、〝妻と子で手が埋まっているもので〟。それと社交界ですでに耳にされていると思うが、俺は他者と触れることを好んでいない。ご理解いただけると助かる」
そっと口元に笑みを浮かべたものの、ヴァンレックの表情はいつもアイリスが見ているものと違って、はっきりと拒絶する圧力があった。
「そ、そうでしたな」
焦った父が手を引っ込める。母が扇を口元で開いて、舌打ちの表情を隠すのが見えた。
握手も父の作戦だったのだろう。
みんなに見せつけたかったのだ。長女を嫁がせたので自分たちは特別な関係――そう思い込んでいた思惑が目の前で崩されるのを見て、アイリスは胸が少し軽くなる。
(そもそも本来だと、結婚式の主役を連れてくるべきだったのに)
いつでも注目を受けたがる両親らしい行動だと思えた。娘が結婚するというのに、自分たちをまず注目させたがる両親には残念な気持ちしか込み上げない。
ライノーアル伯爵は気付いていないようだ。
気を悪くした様子もなく、アンメアリーの姿を探す。
「あっ、いましたっ。久しぶりの姉妹としての再会です、会いたかったことでしょう――おーいアンメアリー、こっちだ」
ライノーアル伯爵が、嬉しそうに手を降って合図する。
「まったく、私のこととなると子供みたいになるんだから――」
猫撫で声で言いながら進み出てきたアンメアリーが、途端に表情を強張らせる。
(あら?)
普段の勝ち誇った雰囲気と違っていた。
人前だというのに、アイリスを睨む目付きを隠そうともしない。
「あらお姉様、いらしてくださって嬉しいわ」
ちっとも嬉しくなさそうにアンメアリーの声は苛立っている。
唯一純白の婚礼衣装を着た主役の二人だ。見つけやすいし目立つので、祝いの場にしては不相応な気配を察知して、人々の視線が集まっていく。
「そのウエディングドレス、とても似合っているわよ。成婚おめでとう」
「っ」
アンメアリーの視線が素早く往復する。
アイリスは、彼女が自分のドレスや装身具と見比べていることに気付いた。
最後は極めつけにギッと睨み上げられ、悔しがられているのだと思い至る。
姉の結婚相手は〝大公〟だ。
無事でいるうえ、いい身なりを見て納得がいかないらしい。
いつもなら飛びかかるはずだが、アンメアリーは気にしたように両親を見た。かなり不服そうにアイリスを無視し、かわい子ぶった仕草でヴァンレックを見上げる。
「大公様ぁ、来てくださって嬉しいですぅ。私たちの結婚のためだけに、可愛いお子様も連れて、わざわざ王都に来てくださるなんて!」
挨拶もしていないのに、なんて失礼な声かけだろう。
アイリスは頭が痛くなってきた。
そのうえ、図々しくも大公の義理妹であると周りに自慢しているのだ。
「こんなに素敵なお方だったなんて。参加いただいて、私たち、すっごく恵まれた夫婦ねっ」
「そ、そうだね、僕のアンメアリー」
子供のことを引き合いに出したのに、アンメアリーはアリムのほうを一度も見ることがなかった。彼女に甘えるようにして同意を求められたライノーアル伯爵が、気にしたように義両親を見る。自分でどうにかしなければと察したか、アンメアリーを腕に引き寄せて言う。
「それじゃあ家族での話しは、のちの楽しみに取っておこう。あと少しで開始時刻だ」
「そうね。あ、お姉様は結婚式もなかったものね。代わりに私の結婚式、楽しんでくれると嬉しいわ」
アンメアリーがライノーアル伯爵の腕に身を寄せ、にんまりと笑う。
それで心に傷を与えられると思っているのだろう。
教養のない言葉選びに、周りの貴族たちが緊張したようにヴァンレックのほうを見る。
(そういえば挙式は、しなかったわね)
アイリスは今になって思い出した。
高額な費用が発生していなくて、よかったと思っている一件だ。
アイリスは、にっこりと笑いかけた。アンメアリーが信じられないものを見たように、目を見開く。
「気にしてないわ」
「……なんですって?」
「ヴァンレック様はこう見えてシャイなところがあるの。私、しばらくゆっくりしたかったし、挙式はのちのちでいいかなって。可愛いアリムとの毎日も最高だし」
妹に対して貴族っぽく言ってやらないのが、意趣返しだ。
アイリスはアリムを両手で抱っこする。
「大公邸で楽しく暮らしているわ」
「っ」
にこーっと笑いかけた。少し首を傾げれば、肩を抱き寄せているヴァンレックの頭があたるので、この距離感だけでじゅうぶんだろうと考えていた。
それなのに、唐突にアリムみたいに後ろから両腕が回される。
「え」
アイリスが声を上げたのと、人々が「まぁっ」「おぉっ」と注目を強めたのは同時だった。
彼らの視線の先は、アイリスの上にあるヴァンレックの顔に向いている。
「ああ、俺はアイリスと満たされた夫婦生活を送っている。巡り合えたことに感謝しているんだ」
アイリスは、ヴァンレックが頭の上でにーっこりと笑っているのが見えた。
その表情を確認して、みんなが幽霊を見たような反応をしているのは、彼が笑顔であるためだと理解する。
夫婦生活はうまくいっているんだなと、男性たちも悪くなさそうに言う。結構仲睦まじいのではと女性たちが興奮気味に話しだす。
アンメアリーとライノーアル伯爵の結婚式なのに、誰もがアイリスたちを注目している。
「――ふっ、お姉様が無事だなんてね」
小さな声でアンメアリーが強がった声を出した。
アイリスは胸に抱いているアリムと、自分に回されているヴァンレックの腕が、同時にぴくっと反応するのを感じた。
「相変わらず雑草みたいに、いやらしい生命力ですこと」
ああ彼女は、姉の『アイリス』がろくに食べさせてもらえなかった時も、同情することさえなかったのか。
アイリスは察して神妙な気持ちになった。
「はぁ。先程から聞くに耐えんな」
ヴァンレックの低い呟きが落ちた。
そう大きく話しているわけでもないのに、アイリスは彼の声が周囲によく通るのを感じた。
場にいる者たちが一斉に動きを止める。
「エティックローズ侯爵、二度と俺の前にこの娘を出さないでいただきたい」
「なっ」
アンメアリーがカッと頬を赤らめる。
両親も目を吊り上げた。
「な、なんですとっ――」
「実の妹であるにもかかわらず、我が妻に対して無礼すぎる。少しは聞ける言葉だったらまだしも、『雑草のような生命力』などという浅ましい言葉を、どのような教育をしたら覚えるんだ?」
どこからか「ぷっ」と声が上がった。
途端に、権力者に続くようにして貴族たちが「あれはちょっとね」「さすがにな」と囁く。




