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ゆとりは少ししかなかったので日程はかなり細かく決まっていたが、二週間の道のりは楽しめた。嫁いだ時に比べると『急いでいる』なんて感覚もなかった。
アリムは、冬用のフードつきポンチョで耳と尻尾を隠せた。ヴァンレックが立つと隣の子供が何者なのかみんな気付いたようだが、アリムの獣耳と尻尾が好奇の視線を集めまくるよりはいい。
何より、フードが彼の小さな頭と耳を守ってくれるので、防寒はばっちりだ。
護衛についたシーマスたち騎士団も、一緒に休ませながら休憩地点、そして宿泊所を満喫した。
ヴァンレックとアリムといると、まさに小旅行だった。楽しさしかない。
おかげでアイリスも、アンメアリーの結婚式という憂鬱な気持ちがぶり返ることがないまま、王都までの馬車旅は最高で締めくくられた。
そして、二週間と一日目に王都入りする。
これは予定ぴったりの日程だった。
到着した日、そして翌日は自由に使える設定だ。
「王都の家はもっと豪華だよ! 温室もすごく大きいの、案内してあげるね!」
アリムは王都の屋敷は経験済みのようだ。
王都に入ってまっすぐ向かったのは、王城からそう離れていない距離にある、元離宮でヴァンレックが継承したという屋敷だ。
「……すごいわ、宮殿ね」
領地にある邸宅は豪華だが、リゾートのような開放感もある。
しかし王都の屋敷は、いかにも貴族が訪問したがるような王族所有の宮殿だ。高い城壁に囲まれていて、内側には都会かと疑いたくなる芝生が広大に広がっている。今は雪が浅く積もっているが、美しく整えられているのは見えた。
(こうして戻ってみると、気温というか、気候の差をものすごく感じるわね。全然寒いと感じないわ)
アプローチ階段の左右には、花園と薔薇園がある。
そこには憩いの場が設けられ、客人も楽しめる垣根で作られた巨大迷路は建物の二階から眺めると景色も美麗だ。
「西にある騎士側の建物も元エリート近衛騎士隊のものなので、豪華なビリヤード室まで完備してますよ」
窓から眺めていると、荷解きから外れてシーマスが言った。
「そうなの? それはいいわね」
「はい。ですので、王都に用事があって行く時は、ボーナスみたいなもんなんです」
ニカッと笑ったシーマスに、アイリスは嬉しくてにこっと笑う。
(気にしないで、と言っているのね)
なんて素敵な人たちに出会えたのだろう。
「休める時には休んでちょうだいね」
「もちろんです。森がない分、巡回も楽ですよ」
確かに、敷地面積を考えると、シーマスたちの負担も少ないだろう。
アイリスがアリムの世話を請け負って彼に屋敷内を案内されている時、予定されていた訪問者が一組到着したという知らせがあった。
「ヴァルトクス大公、大公妃様にご挨拶申し上げます」
挨拶にやってきたのは、獣人貴族のリッジソロミュー公爵夫妻だ。
彼らはヴァンレックが不在の間、この屋敷の管理を国王から任されているという。
ヴァンレックが紹介してくれたところによると、リッジソロミュー公爵は国王の側近の一人で、少年時代から世話になっているそうだ。
「遠目で何度か拝見したことがあります。以前拝見した時よりいずっとお美しいですね、そのブルーのドレスもよくお似合いです」
「ありがとうございます」
彼は、アイリスにも紳士的な態度を崩さない人だった。
「あ、申し訳ございません大公……下心はありませんから……ほら、私はいい年した男ですし……」
途中、なんだか顔に汗を浮かべていたけれど。
彼の妻であるリッジソロミュー公爵夫人もまた、柔らかな雰囲気を持った美しい人だった。客間へ招待してお茶が始まったのだが、ティーカップを持つ姿さえも優美という言葉が似合う。
慎みと、同性も尊敬するレディとしての聡明さ。
そして子と夫への愛情に溢れた素晴らしい母でもあった。
「小公子様が初めて迎えられた際、こちらで一時世話を任されていたのです」
「そうだったのですね」
「人のお心の敏感なところがあるようです。大人には最大の警戒を、子供は相手にならないと見向きもしてくれず、大変でしたわ」
それはアイリスにとって意外な話だった。
どんなふうに相手をしていたのか、難しい対応はあったのか、アリムを膝の上にのせておやつをあげながら楽しく聞く。
夫たちのほうは、国王の近況やその周りの共有をしていた。
リッジソロミュー公爵夫人もアイリスに興味津々なようだった。
どれのくらいでアリムと仲良くなったのかと尋ねられたので、アイリスが大公邸についた初日からだと、なぜかかなり教えると驚いていた。
「まぁ、アリム様が……」
「様?」
「あ、いえ、相性もよかったようですし、アイリス様が結婚相手でヴァルトクス大公も幸運な人ですわね」
急に話しを振られたヴァンレックが、少しあけた隣で紅茶を噴き出した。
アイリスは、リッジソロミュー公爵が嫌味っぽくなく「汚いなぁっ」と友人のように言うのが、なんだか新鮮に見えた。
国王が周りに固めている人たちは、ヴァンレックの獣化を遠ざけないタイプが集っているのだろう。
「パパのすごいところを聞きたいなら、僕にお任せあれ!」
「小公子様、ぜひ聞かせてくださいな」
リッジソロミュー公爵夫人はもっとアイリスと雑談したがったが、夫たちと話しができるようにと少し席を外して、向こうでしばしアリムの相手をしてくれた。
そこでようやく、長居までした本題を、リッジソロミュー公爵が切り出す。
「それにしても、ヴァルトクス大公を急に動かそうと思える貴族が存在するとはな。その人族貴族たちは頭がおかしいのか?」
アイリスは、込み上げた笑いを懸命にこらえた。
「俺は話したいと前々から思っていたから、いい機会だ」
「そう笑う男ではなかっただろうに……だが、まぁ一理ある。挙式に間に合うギリギリのところでの招待状とは、なんと無礼な。面を拝んでみたいものだ」
リッジソロミュー公爵は味を変えることにしたのか、紅茶にはちみつを入れてティースプーンでかき混ぜながら言った。
アイリスは共感しまくりだった。
「普通なら挙式準備に取り掛かった時点で、少し離れた地に嫁いだ長女の存在を思い出すものであるのにな。あなたも、大変だったなぁ」
「えっ?」
彼が『無礼』だと口にした理由が大公ではなく、アイリスの立場からエティックローズ侯爵家を非難しているものと思わなかったから、驚いてしまった。
「ずいぶん苦労しただろうに。それでもアリム様が気に入るくらいまっすぐな心で、よくいてくれたね。あのお方が人族にも心を開いてくれて、私もとても嬉しいよ」
リッジソロミュー公爵は感動したみたいに、目尻を指で撫でる。
言い方は気になったものの、それ以上にアイリスは動揺していた。
「まさか……知っているのですか?」
いつ、どこで。もしかしてヴァンレックに聞いたのだろうか?
しかしリッジソロミュー公爵は、目尻の皺を優しい形に変えただけだった。アイリスは彼もまた〝事実〟を把握している人間なのだと悟った。
「奥様は……」
「彼女は知らないよ。とはいえ、アリム様の話を聞いて察しただろうねぇ」
また、アリムだ。
なんとなく頭の中で引っかかりを覚えた。
けれどその正体がなんであるのか考えるよりも先に、彼が心地のいい優しい声でアイリスに言葉を続けてきた。
「こんなに年齢は離れているが、その分知識はある。アリム様のことでも、なんでも、相談したいことがあったらいつでも気軽に連絡してくれ。妻も喜ぶだろう」
嘘を吐いているか、いないのかくらいアイリスでも判断はつく。
「ありがとうございます……何かあれば、相談させてください」
そう答えたのも初めてで、彼女は熱くなった耳を揉んだ。嬉しさが口元に滲み出ているだろうなと感じて、照れ隠しで視線を落としてしまう。
(味方が一夫婦いるだけで、ここにいる緊張感も軽くなるわ)
隣からヴァンレックが、嬉しそうに見つめていることにも気付かない。
「リッジソロミュー公爵、感謝する」
「いいえ大公、人柄を見ると、相談相手を買って出たくなったのです。私としても、陛下のへのいい土産話ができました」
リッジソロミュー公爵は「新婚夫婦に幸がありますように」と意味深に微笑み、はちみつを混ぜた紅茶を美味しそうに飲んだ。
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