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彼女たちは一流の優秀なメイドだった。
あれだけ泣いたのでヴァンレックに会えない顔になるかもしれないと恐れたのだが、それはアイリスの懸念に終わった。
「すごいわっ」
「こう見えて前王妃様のもとで修行させていただきましたから」
「そうだったのっ?」
彼女たちは、その中から選ばれたメイドたちだという。
「追加のメイドは陛下が厳選され、送られてきます」
「よほどヴァンレック様を大切になさっているのね……」
「はい。しっかり仕えよと言われて、送り出されました」
それなのに、国王はどうしてアリムの母であるヴァンレックの恋人との結婚を、認めなかったのだろう?
血筋云々が重視されている世界なのは分かる。
でも、たった一人しか伴侶に迎えない獣人族だっている。
大公という立場だからヴァンレックだけが許されないのだとしたら、かわいそうだ。
(私は口出しする権利さえない……)
エティックローズ侯爵家のお荷物で、問題児の悪女。アリムの子育ての他には、なんの役にも立たない。
「……はぁ、ヴァンレック様の役に立てればいいのに」
「いや、立ってますけど?」
警備なんて必要ないのに、様子を眺めていた騎士の一人がツッコミした。
「奥様めちゃくちゃ仕事できるじゃないですか。冬は在庫管理も多いから、みんな助かってますよ」
「しかも大問題も解決したのに」
「大問題?」
「奥様じゃなきゃだめです。離縁だなんて考えようものなら、騎士全員で止めますからね」
アイリスが、頭に疑問符をたくさん浮かべた時だった。
「アイリス!」
「きゃああぁあぁ!?」
突然大音量で名前を呼ばれて、アイリスはソファの上で身を縮こまらせて飛び上がった。
開いたままの出入り口から駆け込んできたのは、肩にアリムを俵のように担いだヴァンレックだ。
「実家から手紙が来ただろう。行こう」
「行くって……これから?」
「日をずらせば、君を急かすことになってしまうからな。ついでに家族旅行といこう」
「王都までいくつか観光ができるよ!」
ヴァンレックの肩から挙手して主張したアリムの元気いっぱいの様子に、アイリスは気も抜けていく。
「……あの、ヴァンレック様が休めるのって一週間でしたよね? そろそろ日数の残り僅かですが」
「陛下に、妻の妹の結婚式に主席すると伝えた。招待状が届いたのが〝なぜか〟今日であり、妻に恥をかかせたくないので時間がないし今日にでも発ちたい、と」
「それで返事があったのですか?」
「ああ、いいそうだ」
そんなにあっさりと許可が下りたことに、アイリスは呆気に取られた。
(ううん、大事な弟の伝書だからすぐに確認したのね)
ヴァンレックが入室する。騎士とイメドたちが下がる中、彼はアイリスのいるソファの横に立った。
「準備には追われるだろうが、君は大丈夫そうか?」
「え、ええ、私は大丈夫です……でも、本日の予定も終わっていないのに、ヴァンレック様もアリムもこんなに急に決めてしまって――」
「君のことを第一優先するのは当然だ。何かあれば一目散に駆け付ける」
「僕も!」
ヴァンレックの肩から、アリムも主張してくる。
アイリスは胸がいっぱいになるのを感じた。
こんなに誰かに味方になってもらえたのは、初めてだ。
そして、なんて頼もしいのだろう。
「それにいい機会だ。わざわざ誘ってくれたんだ、行こうではないか」
彼の口元には笑みが浮かんだが、急速に周りの空気が冷えていくのを感じた。
「僕もぜひ見てみたいなー」
アリムも悪戯っぽく笑っているが、棒読みが怖い。
まるで敵陣にでも行くような雰囲気みたいではないだろうか?
「あ、あの――」
「安心してくれ。君がもう家族と関わらないで済むよう、俺が話しをつける」
ヴァンレックがにっこりと微笑みかけてきた。
(どうしてかしら。笑顔なのに、ものすごく圧を感じるわ)
滅多にない爽やかな笑みに、アイリスはたじろぐ。
ヴァンレックはアリムを床に降ろした。アイリスの前で片膝をつき、近くなった目線で告げる。
「アイリスの心配事は、実家が関わろうとしてくることだろう? それがなくなれば安心できるはずだ、そうだろう?」
「そう、です……」
ブロンズは、確かに正しく説明してくれたようだ。
あとから入室してきて入口近くに立った彼を、アイリスはちらりと見る。
「私……ヴァンレック様に、そこまでしていただいてよいのでしょうか?」
「君は俺の妻だ。そして俺は、君の夫だ。夫が妻を支えるのに何も問題などない。そうだろう?」
ヴァンレックが後ろへ確認を投げた。
「もちろんです」
ブロンズたちが、声を揃えて迷いのない返答をしてきた。
「家族での初めての遠出だ。いずれ王都にもアリムのお披露目や社交で出なくてはいけないし、いい機会だと思ったのも本当だよ」
ヴァンレックの目が優しく見つめてくる。
まるで恋人でも眺めるかのように甘く感じて、アイリスは場違いにもときめいてしまった。
「……行くことになったのは、私のせいなのに」
「ははっ、君はそういう頑固なところもあるよな」
彼は楽しそうだった。
「俺たちの小旅行ついでに、招待状の件は終わらせよう」
ヴァンレックが手を差し出す。
「僕、アイリスとの遠出が楽しみだよ!」
ひょこっとそばから銀色の獣耳、ではなくアリムが顔を出した。
「道中、一緒にたくさん面白いものを見ようね!」
「ふふっ、そうね」
ヴァンレックとアリムと、王都に行く。そう思うと楽しみさを感じてきた。
道中を楽しむのが目的で、妹の結婚式への参列はついでに考えればいい。行ったら、もう、家族の悩み事から完全に開放される。
ヴァンレックが手伝ってくれるのなら、きっとそれも叶ってしまうのだろう。
しばらく難しいことを忘れて、道中の旅を楽しもう。
「それではお願いします、ヴァンレック様」
アイリスはにっこりと笑い、彼の手を取った。
「こちらこそ」
彼が破顔した顔は、二十八歳より少し幼い感じに見えた。
彼の手を借りて立ち上がると、不思議と頭も心もすっきりしていた。泣いた効果もあるのだろうか。
「それなら、急いで支度に取り掛からなくちゃね」
「出勤しているすべての人間を動員して準備を手伝わせます。ご家族での遠出は初めてでしょう。小旅行を楽しめるよう、尽力いたします」
「ありがとうブロンズ」
「うちの団長、いえ大公様と結婚して、今は幸せだという姿をぞんぶんに見せつけてきてください! 社交術に強い連中はいるかと手を挙げてもらって、そのリストを作ってきます!」
一人の騎士がそう言って駆け出す。
ブロンズがその背中に注意を投げた。
「時間がありません。リストができましたら、速やかに旦那様のところまでお願いします。それから雪道の装備品については――」
「騎士団側で準備させますからー!」
と声を響かせながら騎士が出ていく。
「必要なドレスも集めませんと行けませんわね」
「そうね。挙式に着ていけそうなものは――」
「この前ご購入されたアメシスト色が美しいものはいかがでしょう? 王都の季節感にも合っているかと」
「いいわね。他のドレスも選びましょうか。ああ、それからアリムの服も選ばなくっちゃ。一緒に来てくれる?」
「お手伝いたします。それから、入り用品ですが――」
ブロンズに仕込まれて短い期間だというのに、女主人として自然な振る舞いでアイリスがメイドたちと出ていく。
それを見届けたブロンズが、帰還するまでの日程を調整すべく書斎机へと向かう。
場は、二人の大人と一人の子供だけが残されて静かになった。
ヴァンレックは、隣にいる自分よりずいぶん背が低いアリムを横目に見下ろす。
「――暴走化しないよう、お力をお借りしても?」
「――もちろんだよ、〝パパ〟」
見上げたアリムが、にやりとして答えた。
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