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6-2

「幼体の時には小さな翼がついているのね? 不思議ねぇ」

「えっ」

「もしかして翼がなくなる頃には人化の成長を迎えたり? 目安だったりするのかしら。あっ、そうすると、そう遠くないうちに耳と尻尾も人化できるようになるのかしら。見られなくなっちゃうのは少し寂しいわね」


 急に仔狼が脱力する。


「……アイリスが鈍くて初めて助かったと思った」

「ア、アリム、なんてこと言うのっ。私は鈍くなんてありませんっ」

「あー、アイリス? アリムの耳と尻尾は俺と違ってたぶん――いやっ、俺の時もすぐには人化しなかったっ」


 話し始めたヴァンレックの声が、唐突に大きくなる。


(急に断言してどうしたのかしら?)


 ヴァンレックはかなり早い段階で狼の姿になれたのかもしれない。遠い記憶過ぎて、話しながら思い出せたのだろう。


「そうなんですね」

「ああ、そうなんだ」


 ヴァンレックが腕を組み、うんうんとうなずく。


 すると仔狼が、するりとアイリスの腕の中から抜け出す。


「待ってて、姿が行き来できるか試してみる」


 彼は空中で両手足を踏ん張る。


(――か、かわっ!)


 アイリスは両手で自分の口を覆った。


 何が面白くないのか、ヴァンレックが不貞腐れた顔でじーっと見てくる。


(今見るべきは私じゃなくて、息子のがんばりでしょ)


 アイリスは彼に視線で合図を送った。するとヴァンレックは、困ったような顔をして声に出して答えてくる。


「それは分かっているが……」

「分かっているのなら、こちらを見てください。助言とかないんですか?」

「自分の感覚で掴んでいくしかない、んじゃないかな?」


 ヴァンレックが言いながら視線を逃がしていく。


 どうして疑問形なのだろう。自分も乗り越えてきたことなのに、そんなに遠い昔のことだったりするのだろうか。そうするとやはり、ヴァンレックはかなり早い段階で獣耳と尻尾が人化を?


 なんだか気になったのだが、ぽんっと音がしてアイリスはハッと視線を戻した。


 そこには、見慣れた獣耳と尻尾をはやした裸の子供の姿がある。


「見て! 人の姿にもうまく変身できたよ!」


 アリムがヴァンレックとアイリスの両手を上げて、喜びを全身で伝えた。


 ヴァンレックの子だと実感できて嬉しいのだろう。


「まぁすごいわアリム!」


 アイリスは両手を合わせて彼と喜びを分かち合う。


 けれど同時に、素早く手を伸ばしてブランケットを手に取っていた。下半身から目をそらしたまま、アリムの身体に素早くブランケットを巻く。


「冷えてしまっては大変だわ」


 異性の兄弟さえいなかったアイリスは、子供のものさえ見たことがない。ひとまず下に目を向けないまま続いてヴァンレックに言う。


「ヴァンレック様、服を」

「あ、ああ」


 思わず早口でお願いしてしまったアイリスは、ハタと我に返る。


「ごめんなさい。メイドを呼びましょうか」


 慌てて立ち上がり、ベルのほうへ向かう。


「ま、待ったっ。アリム何してるっ、早く翼のほうも人化させろっ」

「え! 残ってる!? あぁあぁ、アイリスお願い待ってー!」


 ヴァンレックとアリムの珍しい焦った声が上がった。


 それはそれで天使っぽいので見てみたい。


 そう思ってアイリスが振り返ると、落ちているブランケット、アリムの背に両手をあてて押しているヴァンレックと、ほっとした瞬間のアリムと目が合った。


「あ、ちゃんと変身完了したよ」


 アイリスは聞き届けるよりも早く、顔を反対方向へ背けていた。


「アイリス?」


 アリムがきょとんとする。


 ヴァンレックが、ふと彼の裸に視線を落とした。すべて悟ったように吐息を長くもらす。


「アリム、まずは服を着ようか」


 後ろでごそごそと二人が動く音が聞こえ始める。


(バ、バレたわ。恥ずかしい……)


 メイドを呼ばなかったのは時間稼ぎだろう。アイリスは、アリムが着替え終わる前に、真っ赤になってしまった顔の熱が引くよう努めた。


 ◇∞◇∞◇


 アリムが『狼の姿になれた』、つまり獣化できたという出来事は、すぐ邸宅の者たちに知らされた。


 姿から父と同じ能力を持っているとは見越されていたから、メイドたちを含め屋敷の者人たちはみんなアリムと一緒に成長を喜んでいた。


 庭師たちは花束を作ってきて祝う。


 ブロンズと騎士ちちは――なぜか、感動のあまり泣いていた。


「よ、よかったっ、半年間ほんと全然変化ない時は、心折れそうでした!」

「奥様のおかげです! ありがとうごさいます!」

「団長、おめでとうございます! 引き続きすくすく育ちますようにっ」


 なんだか騎士たちの『育つ』という言い方に、アイリスは小さな違和感を覚えた。


(そういえばヴァンレック様も少し変だったような……?)


 完全に狼の姿になるという他にない成長過程も含まれているので、あのような反応だったのだろうか。


 メイドたちも、アイリスと同じように騎士たちの反応を不思議がっていた。


「お前らっ、もう戻れっ」


 ハッとした様子でヴァンレックがそう言ってシーマスたちを追い払っていたのも、珍しい光景だった。


 とにもかくにも、騎士たちは『引き続き頼みます!』とアイリスに言い残した。


 なんとも騒がしいお祝いムードだ。


(少しずつ変わっていったおかげかしら。みんながアリムと一緒に成長を喜んでくれたのは、嬉しいわ)


 それだけでも、自分がここにいる意味があるように思えた。


 そう思うようにしないと別れを受け入れられない。


 こんな喜ばしい出来事を繰り返し、月日を過ごして、契約の終わりを唐突にヴァンレックから告げられたらアイリスは泣いてしまうだろう。


 うまく別れられる自信は、アリムの成長を見て、もうなくなってしまっていた。



 その翌日。


「変身の練習、ですか……?」


「ああ。俺がみるから時間は必要だ」


 アイリスは話したいことがあると伝えられ、朝食後にヴァンレックと書斎で待ち合わせた。


 彼は今日から一週間、外出せず邸宅に滞在するという。


「討伐のお仕事は大丈夫なんですか?」

「王都から第二騎士団を送ると、陛下から知らせが届いた」


 アリムも獣化の力を持っている。


(きちんと教育せよ、ということなのかも)


 それなら相手の女性との結婚を認めて、早いうちにヴァンレックの息子として迎えさせてあげればよかったのに。


 アイリスはもやもやした。


 アリムの母親のことを思うと切なさはあるが、一番はヴァンレックとあの子の幸せだ。


 王家の〝狼〟が一人の伴侶しか決めないのなら、そうするべきだったとアイリスは強く思った。


 昨日のヴァンレックの反応からも薄々感じていたが、彼の力を引き継いだアリムの成長には〝子育て〟も重要だということが分かった。母親と一緒に住むこと、つまり結婚することを国王が認めていたら成長ももっと早かったも――。


「陛下からアイリスに褒賞も出ている」

「えっ、なんですって?」

「好きなものを買うなり、貯金をするなり好きにしていいらしい。ああ、税からの支出ではないから気にするな。国王、王妃、血縁の者たちのポケットマネーから少しずつ出して、集められた額だ」


 手渡された書面の額を見て、アイリスは目を剥いた。


「な、なっ……!」

「君は行動力もあるようだが、何もするんじゃないぞ? 素直に受け取っておけ」

「で、ですが、恐ろしい金額ですっ」

「まぁ大公妃なのだから、自由に動かせる額がそれくらいあっても不思議ではない。それくらい陛下たちの印象もいいということだ」


 そう語ったヴァンレックは得意げだった。どうして彼のほうが満足そうなのか分からないが、その話が本当だとすると、かなり心強い。


(印象が……それも意外ね……)


 アイリスは結婚してからここを出ていない。


 とすると、昨日のアリムの報告を受けての褒美だ。


(アリムの成長には、それだけ『子育て』が必須なのね)


 こんな金額をくれるほど、王家はアイリスを評価している。結婚は認めなかったくせに、ヴァンレックの子の成長にはかなり関心を持っているのだ。


 アイリスは嫌な気持ちがした。


(ヴァンレック様はそれについて、何も思わないのかしら?)


 今回結婚も、なんとなく見えてきた。


 アリムの成長に『母親役』は必須だと判断したから、王家はヴァンレックを結婚させることにしたのだ。そしてエティックローズ侯爵家は、貢献します云々と調子よく言って、アイリスを差し出した。


 貴族たちは、嫁いでくれるのなら自分の娘を恐ろしい獣化の大公に差し出さずに済むと反対せず――そうしてアイリスは、ヴァンレックの〝妻〟になったのだ。

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