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5-7

「だ、団長、おかえりなさいませ……」

「シーマスはあれですよ、ただのほめ言葉――」

「お前たちの『ほめ言葉』とやらも聞いたが?」


 ヴァンレックの迫力は、静かにブチ着れている感じで怖い。


 しかしアイリスとしては、歩いていく彼の右手にある可愛らしいケーキ箱にも、目が滑っていく。


 雰囲気と不一致というか、彼のイメージではなさすぎる箱のデザイン……。


(と、とにかく行きましょうっ)


 アイリスは二階から下りることにした。


 走り出している間にも、訓練場から悲鳴が聞こえてくる。


「復活したぞー! いきなりなんだ? って、団長!? ぐぇっ」


 またしてもシーマスが倒れる声も響いてくる。


 なんて丈夫な人たちだろう。


 ほっとしたものの、騒ぎはどんどん大きくなって、アイリスはとにかくドレスの裾を持ち上げて必死に走った。


 降りてみると訓練場前の段差に、ブロンズが立っている。


「ブロンズ……? 一緒に来たの?」

「いいえ。旦那様が玄関ホールから走り出したと報告を受け、こうなると見越して、わたくしも走りました。そして、こちらをお預かりしたのです」


 ブロンズが、ケーキ箱を見せる。


 それはヴァンレックが持っていたものだ。


「暴れられた際に、少し振っておられたので気になりましたが、ご安心ください、中身は無事です」

「あ、そうなの……じゃなくてっ」


 別にケーキの心配はしていなかった。


「どうしてヴァンレック様を止めないのっ」


 アイリスが慌てて視線を走らせると、そこには先程まで話していたシーマスたちをまとめて持ち上げているヴァンレックがいた。


(な、なんて怪力……)


 止めようとしたようで周囲には、無残にも転がったシーマスたちの同僚、騎士たちの姿がある。


「アイリスは俺の妻だ。狙おうなどと思うなよ」

「は、はい、存じ上げています……」

「下心があったわけでは……」


 あんなにしゅんとしたシーマスも、初め見る。他の騎士たちも陽気な者が多いぶん「下心はないんです」「誤解ですぅ」とか細い声で答えている様子も見慣れないものだ。


 そもそもどうしてヴァンレックは、あんなに怒っているのか。


 それに――。


「どうして急にここへ来たのかしら」

「奥様の匂いを追いかけていらしたのでしょう」


 アイリスは、訝ってブロンズを見た。


「感覚が鋭くなると、玄関先からでも奥様の声や関連する話題も拾います」


 そういえば、どこにいてもヴァンレックは帰ってくると、真っ先にアイリスのもとにくる。


(誰かに聞いたわけではなくて五感で探し当ててるってこと……?)


 獣人族ってすごいな、と思う。いや、そんなことよりヴァンレックだ。アイリスはスカートを再び持ち上げ、場内に駆け込む。


「ヴァンレック様っ、離して差し上げて」


 瞬間、ヴァンレックがそのまま握っていた手を開いた。


「あ」


 アイリスと、場にいた全員の騎士たち声が重なった。


 シーマスたちが見事にどしゃりと落ちる。


「アイリス、ただいたま」


 ヴァンレックがにこやかに挨拶してきた。


「お、おかえりなさい……?」


 アイリスは彼に解放されて沈んだシーマスたちの様子が気になったものの、にこやかなヴァンレックの様子も大変きになった。本当に、先程まで暴走していた人とは思えない。


「俺が向かおう」

「わ、分かりました」


 待っていてと仕草で伝えて駆け寄ってきたので、アイリスはその場であとを止めてヴァンレックを待つことにする。


 その間に、と思って近くで座った騎士たちと、向こうにいるシーマスたちに声をかけた。


「みんな、ごめんなさいね。私も何がなんだか……」

「あ、いいんですお気になさらず」

「獣人族は、みんなそういう時期があるんで」


 なぜかシーマスたちが、揃ってにんまりとした表情を返してくる。


(何かしら、すごく気になるけれど)


 そういう時期、とはいったいなんだろう。


 アイリスがそう思っている間にヴァンレックがやってきた。彼はアイリスの手を取り、段差上の通路へと戻す。


 彼が手を向けると、ブロンズがケーキ箱をヴァンレックに渡した。


「アイリスが好きそうだなと思って買ってみた。三人で一緒に食べよう」

「あ、ありがとうございます……」

「今、中身を見てもいいぞ」


 ヴァンレックはわくわくした様子だ。


(見てほしいみたい)


 そんな彼の珍しい反応に意識を持っていかれるのを感じながら、ケーキ箱の中を覗かせてもらう。


 そこには、色とりどりのミニケーキが入っていた。隣のケーキとぶつかってしまわないよう、丁寧な仕切りも入れてある。


「まぁ。とても可愛いですね」


 つい、和んでアイリスは微笑んだ。


「アリムが食べる姿はとても可愛いでしょうね」

「ああ、可愛い」


 ヴァンレックは、まっすぐアイリスを見ていた。そのせいか、彼の息子の話しをしていたはずなのに、彼が口にした『可愛い』が自分に向けられた感想のような錯覚を受け、アイリスは心臓がどっとはねる。


「アイリスはこういうものも好きなんだな。承知した」

「え? 承知したとは?」

「次からは、小さいサイズも選んでこよう」


 彼はブロンズを呼ぶとケーキ箱のふたを閉めるように指示し、アリムがお昼寝から目覚めているか、見に行こうとアイリスを誘った。


 彼の起床に関してはすぐ知らせるように伝えてある。まだ寝ている可能性もあるけれど、それを言えず、アイリスは頬が赤くなるのを感じて、少し顔を伏せてヴァンレックのあとに続く。


(こんなことされたら、気になってくるじゃないの)


 彼には大公妃に迎えられない愛した女性がいる。


 アリムという、心から可愛がっている息子だっているのだ。


(ただの親切。そう思うことにしましょう)


 自分のために買ってきてくれている理由を、深くは考えないようにしよう。


 協力者として尊重してくれているだけかもしれない。


 アイリスは、すでに彼に対して敏感に反応するようになっている自分の胸に手をあて、落ち着くために深呼吸した。


 ◇∞◇∞◇


「――パパばっかりずるい!」


 アリムがそんなことを言ったのは、唐突だった。


 朝、ヴァンレックの見送りを終えて玄関ホールに戻った彼は、立ち止まり、ぷくっと両頬を膨らませた。小さな両足を踏ん張り、獣耳と尻尾が少し膨らんでいる。


(ぷんぷんしている様子が、とてつもなく可愛いわ)


 アイリスは真剣に取り合うべく、顔には出さないことを決める。居合わせたメイドたちも瞬時に口を固く引き結んでいた。


「何も特別なことはなかったと思うけど」

「アイリスは、パパの言葉に癒やされてるみたいだったよ」


 どきっとした。普通の反応を心がけたつもりだったが、息子よりも喜んでしまっていただろうか?


(子供のアリムには癒やされたように見えたのね。気をつけないと)


「そ、そんなことないわよ」

「一昨日からずっと買ってきてくれているミニケーキ、また別の種類を買ってくるってパパが言ってたでしょう?」

「言っていたわね」

「その時のアイリス、嬉しそうだったもん」


 つい、何か意味があるのかしらと乙女チックな気分になった。それを『癒されていた』と察知されたわけではなかったようだ。


 アイリスはホッとして、言う。


「それは、食べたいかどうか尋ねてくださったからよ。早めに戻るとおっしゃっていたし、予定も組みやすいわ。その時間には、おやつタイムにしましょうね」

「うん、三人でのおやつ大好き!」

「よかっ――」

「でも、パパばっかり褒められてるもん」


 珍しくアリムが声をかぶせてきた。


(……それが不服の理由なのね)


 でも、そんなことしていただろうか?


 念のため思い返してみたが、大丈夫だとすぐに安心する。アイリスはここ数日、意識してヴァンレックとは節度ある心の距離感をたもっていた。おかげで朝食からの始まりも含め、支障は出ていない。


 昨日あったダンスの授業も楽しく終われたし、赤面の度合も――少しは減っていると思う。


「そんなことないわよ」

「あるよ」


 今日のアリムは、なんだか意地を張って子供っぽい。


 何やらご機嫌斜めなので、アイリスはアリムを抱っこしてあげた。いつもはヴァンレックじゃないと恥ずかしがるのに、アリムは自分からも抱き締めてきてくれる。


「僕だって……アイリスのためになりたいんだもん……」


 ――可愛い!


 耳元でごにょごにょと聞こえた不満げな声に、アイリスは胸がきゅぅんっとした。すねているアリムにらは悪いが、めちゃくちゃ可愛い。


「いつもアリムには幸せをもらっているわ! 大好きよ!」


 愛情を込めて力いっぱい抱き締めた。


 するりと口から出た言葉。


(ああ、この子が、可愛く感じて仕方ないわ)


 不思議な力を使ったのもとくに気にならないのは、そんなことより自分には、アリムという子供のことが大切だからだ。


「うん――僕もアイリスのこと、大好き」


 最後は笑顔で和解できた。見守っていたブロンズとメイドたちがほっとして、そして嬉しそうに微笑んでいた。

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